2008年7月9日水曜日

それにつけてもこいつはカルラ



 7月9日,オフィシャルサイト「カルラ・ブルーニ・ドットコム」で,2日後7月11日リリースのアルバム"COMME SI DE RIEN N'ETAIT"(NAIVE)の試聴が可能になったとたん,同サイトのアクセス数はピークに達したのだそうです。
 爺もアクセスしてみました。「espace vip」というところに会員登録が必要で,氏名,郵便番号と国名,誕生日,メールアドレスを書き込まなければなりません。それからオフィシャルサイトからの認証をもらって,やっと「espace vip」への入場が許されます。その場に居られるのは120分のみで,残り時間が表示されてます。14曲全曲がイントロからエンディングまでノーカットで試聴可能です。お慈悲深いことに無料です。まあ,これだけの個人情報と引き換えにということですから,怖がる人たちも多いと思います。明日からエリゼ宮からプロパガンダ・メールが届くようになるかもしれません。この無料試聴サーヴィスは7月21日まで続くそうです。

 これはプロモーション効果としてはどんなものでしょうか。リベラシオン紙のインターネット版には9日午後から轟々の投稿が来ているそうで,そのほとんどがアルバムを酷評する内容です。聞いていない人たちの投稿が多いのかもしれません。しかし発売前からこういう世評を作るチャンスを消費者(あるいはフランス国民)に与えてしまっていいものでしょうかねえ。
 ドミニク・ブラン=フランカールのプロデュースによるシクスティーズ・フォークテイストの編曲で,弦のアレンジにバンジャマン・ビオレーも起用されてます。ミッシェル・ウーエルベックの詩「ある島の可能性」(同名小説の最終部に出てくる詩です。ウーエルベック自身が監督した同名映画もこの秋公開の予定です)は2曲目という重要な位置にあります。ボブ・ディランのカヴァー "You belong to me",ジュリアン・クレール曲の"Déranger les pierres",死んだ兄に捧げられた "Salut marin"...。爺が一聴しただけで,これはやっぱりカルラ・ブルーニだと思わせる曲がありました。まあテレラマ誌のヴァレリー・ルウーが「凡庸なヴァリエテ・アルバム」としながらも「きれいな曲が中にはある」と書いてあったのは,このことなんだろうと思いました。
 ル・モンド紙は今日付けでアンヌ・ギヤールによるアルバム評が出ました。以下に結論部を訳します。

 Mais Carla Bruni-Sarkozy paraît avoir oublié le côté ludique de la langue, et l'émotion n'est pas au rendez-vous (....) La première dame reste dans sa bulle, comme si de rien n'était.
 しかしカルラ・ブルーニ=サルコジは言葉の持つ遊びの面を忘れてしまったようで,感動はついに訪れない。(...) ファーストレディ様はシャボン玉の中に留まっている,何ごともなかったかのように。

 

 何ごともなかったかのように。そのままタイトルです。これが7月11日に店頭に並びますよね。翌週は7月14日(革命記念日=祝日)があるので,SNEP(フランスレコード協会)のオフィシャル・チャートの集計はたぶんないと思います。だからこの週のアルバムチャートの発表は7月22日の火曜日になるでしょう。この時「カルラ・ブルーニ初登場1位」ということが仮に発表されるとしますね,それはどういうことになるか,それは「音楽的大事件」にはならず,「政治的大事件」になるはずなのです。断言すれば,このアルバムは絶対に「初登場1位」になるわけのない作品なのです。この不可能が可能になった場合,それは政治的な何か,なのです。おわかりかな,お立ち会い?

 アルバムの収益中,アーチストのロイヤリティーは全額慈善団体FONDATION DE FRANCEに寄付されます。つまりカルラ・ブルーニは一銭ももらいません。
 なお,今朝の国営ラジオFRANCE INTERに出演したカルラ・ブルーニは,正式にフランス国籍を取得したことを発表しました。チャオ,イターリア! チャオ,ベーラ!!! 


PS 1 (7月10日)

このブログで頻繁に取り上げること自体,間接的にプロモーションの手伝いをしてあげることになってしまうので,そろそろやめましょう。7月10日日刊(地下鉄配布)フリーペーパー新聞METROに掲載されたインタヴューには,(1)カルラ・ブルーニ=サルコジは妊娠していない + ボディのラインが変わったのはビールの飲み過ぎである (2)北京オリンピック開会セレモニーに正式出席すると大統領は表明したが,カルラ・ブルーニ=サルコジは同行しない,といった情報が載っていたようです。
(2) の方には,一連の中国問題(人権やチベット)に関して,大統領と大統領夫人のご意見の違いみたいなものを期待してしまうムキもありましょうが,その部分をそのまま転載しますと
(METRO) Allez-vous accompagner votre époux aux JO de Pékin?
(CBS) Non. C’est un très long voyage, il n’a jamais été question que j’y aille.
(METRO 北京オリンピックにご主人と同行されますか?)
(CBS いいえ行きません。それは大変な長旅なので,私が行くことなど問題外なのです)
となっています。つまり長旅だから行かない,ということです。洞爺湖に行かなかったのも同じ理由と考えられます。ロジックです。ただ解釈によっては,夫人が長旅がいやだから,という理由が通ったとも考えられます。ファーストレディの随行は法で決められた義務ではないし,理由があればちょっと国家代表として格好が悪いけれど単身訪問もしかたないでしょう。長旅がお好きでない。そうかもしれません。21世紀の女性ですから,夫の体面のためにお好きでないこともがまんしてしなければならない,という旧時代的な考え方は捨てましょう。 - 「どうして行かないの?」「だって疲れるんだもん」 - このレベルでの決定ではないか,とも考える爺です。アンニュイには理由がある。

PS2 (7月17日)
7月6-12日のSNEPアルバムチャートが発表になりました。
Top Album IFOP/SNEP
1位コールドプレイ、2位ローラン・ヴールズィ、3位(初登場)カルラ・ブルーニ。なにかとてもホッとした気分です。18日付のリベラシオン紙によると、11日/12日2日間の売上枚数は14000枚で、レコード会社Naiveはたいへん満足しているそうです。リベ記事「カルラ・ブルーニ14000枚」

PS3 (7月23日)
7月13-19日のSNEPアルバムチャートで Top Album IFOP/SNEPで,カルラ・ブルーニが1位になってしまいました。サルコランドの現実でしょうか。あ〜あ。

3 件のコメント:

Tomi さんのコメント...

カルラさんのアルバムを1枚も持ってないのですが、逆に今回は「聴いてみようかなぁ」と考えています。
洞爺湖サミットの件では内閣官房長官までもが「猿誇示夫人が大統領に同行しないのは残念、とても美しい方ですのに」と、個人的好みを出して?お話になったのも話題でした。
さっき、仏AMAZONを覗いたら、既にコメントがいっぱい載ってて、私の語学力ではさすがに全部読めるレベルではないのですが、★なし、または★1よりも★5を付けてる人が多いのには興味を引きました。(これを売るために関係者が作為的に・・・とも取れるかもしれませんが。)

Pere Castor さんのコメント...

Tomiさんはジュリアン・クレールが絡むと放っておけない部分があるのでしょうが、私は2回オフィシャルサイトで聞いた限りでは"Déranger les pierres"はとても良いメロディー+とても良いカルラ・ブルーニのヴォーカルパフォーマンスと思いました。
このアルバムは「人が言うことを気にしない」という人たちには素直に良い出来の作品だと思います。
オフィシャルサイトで、いろいろな質問(名前や生年月日を教えろだの、メルアド/国籍を教えろだの)にめげずに、試聴されることをお薦めします。日本盤はポニーキャニオンが秋に出す予定と聞いています。
話題性だけではない「何か」を感じてくれる人たちだけが愛せるアルバムでしょうが、その「何か」を持った作品なのかどうか。
ジャケ写はジャン=バチスト・モンディーノです。良い絵ですが、なんかクラシック廉価盤のヴィヴァルディ四季的な安っぽさも感じてしまいました。私はなにかにつけてネガティヴに見てしまうので、ごめんなさいです。すっきりするためには、全部サルコジ夫人をやめてからやり直してくれ、というのが私の勝手な願いです。それは遠い将来のことではないように思っています。

Tomi さんのコメント...

もうyoutubeなどでは音が流出していますね。
たぶん、秋の発売を待てずにマキシム・ル・フォレスティエのアルバムと共に買ってしまいそうです。
私の視点が男っぽいのかもしれませんが、
カルラって結婚したらそれ以前よりずっときれいになった気がします。
嫌味なく、素直な美しさと言うと語弊があるかもしれないですけど、でも、今の彼女は本当に・・・。
それがサルコジのせいでなく、他人に見られる頻度が理由なのかも、と思います。
多分、世の多くの人は”別れた方がいい”と
思ってるでしょうね。
別離も芸の肥しにできる人なのだから。