2007年10月13日土曜日

空の上でダイヤモンドを持っているルーキ



 パトリック・モディアノ著:『失われた青春のカフェ』
 Patrick Modiano "DANS LE CAFE DE LA JEUNESSE PERDUE"


 パリという都市の区々の顔がもっともっとはっきり違っていた時代の小説です。舞台となっている60年代にはセーヌ右岸と左岸という大きな違いだけではなく、例えばモンマルトルの丘の上と下で人々の言葉使いも服装も違っていた、というようなことです。だからその街区から出て違う街区に移動するということが、国境を渡るようなドラマでもあったりします。一歩その境を踏み越えただけで、ずいぶん遠いところに来たようなセンセーションがあります。その一方で特徴的な街区と別の特徴的な街区に挟まれた、あまり性格のはっきりしない中間地帯もあります。作中人物のひとりがこれをニュートラル・ゾーンと呼んで、宇宙のブラックホールに例えています。なぜならこの中途半端で個性のない地帯は時間と共に徐々に増大していって、やがては街区や町全体を呑み込んでしまう、つまり町全体が性格のないニュートラルなものになってしまいつつあるからです。
 60年代の初め、パリ6区オデオン界隈にあったカフェ「ル・コンデ」には明日のことなど考えない文学/芸術系の若者たち(アズナヴールの歌ではないですが)いわゆるボエームたちがたむろしていました。カフェの女主人が後年「迷い犬のような」と回想する若者たちですが、議論とアルコールと前衛の空気を求めていつしかそのカフェの常連になってしまいます。彼らは偽名で呼び合い、住所や職業や学校名はたぶん偽りのもので通していますが、それはこのカフェが実生活と離れた別空間であり、彼らが別人物を演ずる舞台のように思っているからです。(現在、人々はそれをインターネット上でヴァーチャルに"カフェ"化した空間で行っていますが、60年代にはカフェが本当のカフェだったわけです)。その中にある日、ひとりの美しく若い女性が入ってきます。最初場違いのような印象を与えたこの女性はしだいにその空間に慣れていき、ある日常連のひとりがみんなの前で高らかに「きみの名前はルーキだ、きみはこれから自分をルーキと名乗るのだ」と命名します。こうして新常連ルーキはこのカフェの風景を構成するジグソーパズルの一片となったのです。
 小説はこのルーキと呼ばれた22歳の女性の記憶を、4人の話者が綴っていく構成で展開します。4人の証言はすべて一人称体の文で書かれ、読むものに最初誰が「私」なのかを戸惑わせることになります。最初の話者は、ル・コンデの常連の学生で、ルーキに密かな思いを寄せながら、ずっとカフェで彼女を観察していた、4人の中ではもっとも客観的でニュートラルな視点の語り口で、このカフェに集まる群像の描写を交えながら、自分の未来はこの場所にはないと悩みながらの文体は「失われた青春のカフェ」という題に最もふさわしい回想録です。
 二人めの話者は、ルーキと呼ばれた女性の実人生での姿であるジャクリーヌ・シューロー(婚前名ジャクリーヌ・ドランク)の夫から、妻ジャクリーヌの失踪について調査を依頼された私立探偵ケスレーで、美術出版者を偽称してル・コンデに探りに入ります。このケスレーの証言によってルーキがどのような過去を持った女性なのかがはっきりしてきます。モンマルトルの丘の下に、キャバレー・ムーラン・ルージュの従業員として働く母と一緒に暮らしていた少女ジャクリーヌは、14歳で既に20歳以上に見られる大人っぽさがあり、2度「未成年者彷徨」で警察に補導されていました。母の死後、秘書として働いていた職場の共同経営者のひとりで倍ほども歳の違うジャン=ピエール・シューローと結婚しますが、1年後にパリ西郊外の高級住宅街ヌイイにあるシューローの家から姿を消しています。ホテルを住処として、何度かホテルを移り、やがてルーキはル・コンデに辿りつきます。
 三人めの話者はルーキ自身、つまりジャクリーヌ・ドランク自身です。父不明の私生児として生まれたジャクリーヌは、夜から未明までムーラン・ルージュで働く母の不在をよいことに、少女の頃から隠れて夜の町を徘徊する癖がついていました。そしてジャクリーヌはモンマルトルの上と下のすべてを知り、そこから境界を抜けて西へ西へと行こうとします。その名状しがたい越境願望が、二度にわたって補導事件を起したわけです。モンマルトルには母に言えなかった交友関係もあり、カフェの裏側の不透明な人々との抜けられない関係からも彼女は逃避を企てます。彼女の人生はすべて逃避です。母から逃げ、モンマルトルの暗部から逃げ、夫から逃げ、そしてル・コンデに逃げ込むのですが、そこからも逃げ出さなければならない日が来るのです。
 四人めの話者はルーキと同い年の男で、その当時はロランと呼ばれていたボエームで、モディアノの前作『ある血統 Un pedigree』で自伝的に描かれていた、小説を書く前の複雑な父母関係に翻弄されていた頃の作家と同一人物と見ることができるでしょう。ロランもやはり育った家(セーヌ河岸の大アパルトマン)を逃れて、ホテルを転々として生きる青年で、ある書店で紹介された隠遁知識人ギ・ド・ヴェールのプライヴェート読書会に参加したことでルーキと知り合っています。過去から逃げようとしている同じような二人は、お互いに同じ波長を感じ、同じホテルの同じ部屋に住むようになり、ホテルを転々とするようになるのです。パリはこの二人にはさまざまな境界線があり、それを一人ずつで越境してきたのですが、似た者二人はそれを一緒にするようになるわけです。二人はパリ中を徒歩で横切って行きます。この道行きを描くモディアノの筆は、区々が持つさまざまなミステリーと暗く曖昧な輪郭をなぞっていく、墨絵のような美しさです。毎度のことながらモディアノの描くパリは、ドワノーの写真を暗室で見るような思いがします。
 何におびえて、何から逃げているのか。ルーキのそれは結局誰にもわからないのです。越境しても越境しても、その次に越えるべき境界線が見えてきます。それを越えるために、ある日ルーキはホテルの窓から身を投げてしまいます。

 胸が締め付けられる小説です。最後は目の前が白くなりました。「モディアノ・タッチ」のたちこめるうす闇の文体はこの小説では四者四様で、ひとつのテーマの4つのヴァリエーションとなりながら、全体像は絶対にはっきりとは見えないのです。この中に入ったら誰も抜けられないような魔力です。
 なぜ逃げるのか、何から逃げるのか、ということをある種の青春の病いと見る人もいるかもしれません。自覚症状のある人は、自分はいつから逃げなくなったのか、いつから逃げるべき対象を失ったのかを思い出してみましょう。

 Patrick Modiano "Dans le cafe de la jeunesse perdue" (Gallimard刊 2007年10月4日 150頁  14.50ユーロ)

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