2023年5月26日金曜日

いちご野郎をもう一度

"Omar la Fraise"
『いちご野郎オマール』


2023年フランス/アルジェリア映画
監督:エリアス・ベルケダール
主演:レダ・カテブ、ブノワ・マジメル、メリエム・アミアール
フランスでの公開:2023年5月24日


イルドサイドに生きる男たちの通り名は「まむし」「シャチ」「さそり」「ハゲタカ」など怖いものが一般的だが、このめっぽうワルいことで知られたオマール(演レダ・カテブ)は「いちご」の異名を取る。オマール・ラ・フレーズ、いちご野郎オマール。いちご怖い。古典落語まんじゅう怖いとの関連はない。怖いものなのである。フランス語”fraise”は回転切削工具「フライス」のことでもあり、歯医者が使う回転ドリルもフランス語では”fraise"である。オマールの相棒であるロジェ(演ブノワ・マジメル)の説では「達人の”fraise"使いの名歯科医みたいに狙い撃ちの名手だからさ」ということなのだが、映画の後半で「いちご伝説」が明らかになる。オマールが学童だったガキの時分、品行が悪いことで先公にこっぴどく叱られる。反省のしるしにオマールは先公が大好きだと言ういちごを丁重にお届けする。だがそのいちごの実の中には無数の鋭利な針が仕込まれていた... 。この日からこのワルガキはオマール・ラ・フレーズと呼ばれ恐れられるようになったのだ、と。


 これはアルジェリア(その首都、白い街アルジェ)のワイルドサイドを舞台にした(クエンティン・タランティーノ流儀の)任侠映画である。ドンパチも流血もある。オマールとロジェはフランスからの流れ者である。親の血を引く兄弟よりも、固い契りで結ばれたオマールとロジェであるが、ロジェはフランス白人、オマールはこのブレッドにルーツを持つ放蕩野郎である。その悪行はすでに神話であり、弁護士からフランスでの欠席裁判で刑「20年」が確定したことが知らされる。だからもうフランスの地を踏むことはできない。アルジェリアで大人しく(目立ったことで警察に厄介になることなく)生きていくしかない。
 アルジェの海を見下ろす丘の上の大邸宅(ただし家具調度がほとんどない、修理中らしいプールにはいつまでたっても水が入らない)に住み、筋トレしたり、チェスに興じたり、浴びるほど強いアルコールを飲み干したり、コカインをキメたりするのであるが、おおいなる憂鬱(アンニュイ)がまさってしまう。退屈なのである。パリも恋しくなる。アルジェの高級クラブごときで息巻いてみても虚しい。
 オマールにアルジェで”堅気”の仕事をという弁護士の口利きで、オマールはビスケット製菓会社の雇われ代理社長となり、毎朝製菓工場に”出勤”するようになる。ところがこういう極道者であるから、”雇われ代理”というポジションが気に食わなくてしかたがない。そこで、ひょんなことで仲良くなったアルジェのストリートの子供たち(端的に言えば浮浪児窃盗団)の協力を得て、かなり手荒な方法で現社長を追い出すことに成功する。この10人ほどの子供たちが非常に重要なオマールの”弟分”になっていく。手製の刃物を武器に闇雲に盗みを働いていたこの子らにオマールはチームワークによる計画的強盗のイロハを伝授し、不必要に血を流すな、最も重要なのは生きるも死ぬも一緒という鉄の兄弟仁義である、と極道の極意を説く。この共同体はピーターパン的である。ガキの心を持ち続けるオマールが弟分たちを新たなワクワクするような冒険に導くイメージ。
 そしてオマールはこの製菓工場の責任者である女性サミア(演メリエム・アミアール)に恋慕の情を抱いてしまう。不器用な極道の恋。堅気でインテリでビジネス手腕もあり、そんじょそこらの男らなど問題にならない切れ者であるが、一方でボランティアで慈善活動もする義侠の女。不器用に、時には粗野にサミアの心を掴もうとするがなかなか成就しない。その間をとりもつように、ぎくしゃくした二人の関係を柔和にさせるのがロジェの存在で、お調子者で口はめっぽう立つこの恋の道化師役は素晴らしい。三人で砂漠まで遠出して、ラクダ競走に興じるシーンの美しいこと。このシーンはしあわせになれますよ。ここでロジェにこのラクダレースを大掛かりに主催して、ネットで全世界中継してラクダ賭博の胴元になろうという素晴らしいアイディアが浮かぶ。三人はめちゃ乗り気になるのだが...。
 しかしロジェはその夢を果たせぬまま、麻薬密輸のブツの取り合いに巻き込まれ、アルジェの地元暴力団の頭目に呼び出され、深手の傷を負い、救いに来たオマールの腕の中で息絶える。魂の兄弟を奪われたオマールは復讐に立ち上がる....。

 非常にわかりやすく、任侠映画の定番パターンに則ったワクワクものの作品。アルジェリア人エリアス・ベルケダールの初監督長編映画。凄みとやんちゃさが同居する極道というキャラクターを演じるレダ・カテブ、狡猾でお調子者で恰幅の良い(小型のジェラール・ドパルデューのような体型で登場)白人というキャラクターを演じるブノワ・マジメル、この二人の名コンビの怪演でどれほど救われている映画か。白い街アルジェ、地中海の不条理な太陽(あ、アルベール・カミュを想ってください)の下で展開する二人の極道の物語。上に紹介した砂漠とラクダ競走だけでなく、高層社会住宅の広大な中庭で展開される”闘ヤギ”賭博のシーンなど、コアなアルジェリア光景も織り込んでいる。
 それからアルジェリア人音楽アーチストのソフィアン・サイディがオリジナルスコアと選曲を担当したサウンドトラックがのけぞるほど素晴らしい。冒頭から大音量のライナ・ライ「ジナ」(1982年)で煽る。そのほかシェイハ・リミティ、ファデラ、シェブ・ハスニ、ウーム・カルトゥームなど。(復讐が終わって)最後にオマールとサミアと子供たちが平和に海浜ビーチで遊ぶシーンの音楽がソフィア・ローレン「イルカに乗った少年 boy on a dollphin」(1957年)であるところなんか泣かせる泣かせる。(このサントラのトラックリストはこちらのリンクに載っているので参照してください)

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)『いちご野郎オマール』予告編


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