2019年3月12日火曜日

姐ェよ銃をとれ

『江湖儿女』
仏語題 "LES ETERNELS"
英語題 "ASH IS PUREST WHITE"


2018年中国映画
(2018年カンヌ映画祭出品作)
監督:ジャ・ジャンクー(賈 樟柯)
主演:チャオ・タオ(趙濤)、リャオ・ファン(廖凡)
フランス公開:2019年3月6日
 
 舞台は中国内陸部の山西(シャンシー)省の大同(ダートン)、時は2001年から2017年まで。この時の移り変わりは携帯電話からスマホまで、オンボロ乗合バスからかの「高速鉄道」まで、ひなびた炭鉱の町に巨大なサッカースタジアムが建設されるまで、という背景映像でよくわかる。目まぐるしいまでの「発展」である。物語はこの地方都市で賭場や密売などでシマを張っている極道グループがあり、その若きカシラで義侠に厚いビン(演リャオ・ファン)とその愛人キャオ(演チャオ・タオ)の極道ラヴストーリーから始まります。カシラと姐御、その睨みの利かせ方や部下の統率もいい感じ、任侠の世界かくあるべし、という図。消えていく炭鉱で一生働いて社会主義建設を目指していたキャオの父親は、資本主義的変容に最後まで抵抗する老兵のように頑固だが、カタギでなくなったキャオの父への思いはせつない。カタギか極道かという身の置き方の前に、世の不条理・不道に痛めつけられ、それから自衛するために兄弟/一家を築いてきた、「惚れましたぜ、兄貴っ」というノリ。当然この映画にもヤクザ映画やマフィア映画のたくさんのエッセンスが詰まっているのだが、古典的というよりはタランティーノ/北野武寄り。ディスコで愛のダンスのようにYMCA(ヴィレッジ・ピープル)を踊るカシラと姐御。まじに美しい。
そして宴の終わりに、カシラ、姐御、腹心の舎弟たちが、持ち寄った様々な酒瓶を全部タライの中にぶちまけてごちゃごちゃに混ぜ、その濃〜い混じり酒をめいめいコップですくって、乾杯一気飲みをして「永遠の兄弟の誓い」を立てるのです。まじに美しい。
さらにカシラはその命を預けるように、姐御に自分の護身用の拳銃を渡す。それを手にしたらもう永遠に極道である。引導を渡されたようなもの。これをキャオは永遠の愛を誓い合ったことだと確信するのだが...。野の丘の上で拳銃を二人の手で撃つシーンがこの映画のポスターになっている。まじに美しい。
 しかしこの「永遠」があっけなく崩壊するのが、極道の世界でして。 夜、ダートンの繁華街を(運転手つき)黒塗り高級車で走行するビンとキャオの行く手を阻むチンピラ軍団、車を取り囲み、凶器(登山スコップ?)で攻撃を始める。運転手が応戦するが多勢に無勢、ついにビンも車を降り、鉄拳でチンピラたちを殴り倒していくが、これも多勢に無勢、集団のスコップの殴打に敗色濃厚、そこへ姐御キャオが拳銃を空に向けてバーン、ついで銃口をチンピラどもに向け、ものすごい形相で睨みつけ、さらにもう一度空に向けてバーンっ!
 その場の騒ぎはそれで治ったものの、キャオとビンは警察に捕らえられ、裁判にかけられる。裁判の最大の争点は一体この銃は誰のものかということで、キャオはビンをかばうために一貫して銃は自分のものだと証言する。その結果、キャオは4年の禁固刑をくらい、ビンは1年だけの刑で先に出所する。しかし4年の懲役刑を終えて、キャオが出所した時、刑務所の門にビンは迎えに来ていなかった...。
 ダートンに帰ってみれば、ビンの姿がないどころか、その極道グループは既に解散して昔のことは誰も語りたがらない。ここから映画はメロドラマ化し、キャオはビンの行方を方々探し回り、まるで隠れるように逃げ回るビンをついに探し出して、もう一度やり直そうと手を差し伸べるのだが...。すでに眼光も極道パワーも覇気も失っていたビンは、俺にはもう女がいる、とその手を払い、二人の永遠の誓いはご破算になるのだった。
 月日は流れ、キャオはダートンの町で再び賭場の姐御としていっぱしの極道として復帰し、高級ブランドの衣服で身を飾っていた。ダートンにも開通した「中国高速鉄道」、その駅に車椅子に乗った半身不随のビンが降ろされた。キャオはその障害のある中年男をその一家に「客人」として迎え入れる。その話では、長年の極端なアルコール摂取により神経を患い、下半身がまったく動かなくなったのだ、と。病院の診断ではもう手の施しようがないと言うのだが...。
 ダートンに十数年ぶりに姿を見せたビンであったが、かつてのギャングヒーローの落ちぶれた姿にかつての舎弟たちも冷たい。それをキャオはひとりで庇い、絶対に元どおりのビンに戻してみせる、二人でまたやり直すんだ、といじらしくも甲斐甲斐しい極道姐御ぶりを発揮します。ここが中国映画のマジック。ここで奇跡を起こすのだね。西洋医学では全く手が出せない分野で、中国三千年の叡智はこの神経疾患を針治療で治していくのです!下肢が少しずつ動くようになったビンを車椅子に乗せて、あの若い日に二人で拳銃を射った野の丘の上に連れていく。そこでキャオは車椅子から5メートルほど離れた位置に立ち、ビンに立ってここまで来い、と手招きするのです! ー これは『アルプスの少女ハイジ』の「クララが歩いたぁぁぁっ!!!」シーンの再現でなくて何であろうか。泣くよね。

 しかしこの任侠メロドラマはハッピーエンドではない。結末には触れないでおくが、この耐えて信じて命かけて「永遠」を通そうとしたキャオという女性の気高さを、この元ギャングヒーローは受け止めることができない。釣り合いが取れない。どうしていいのかわからない。ルーザーはやはり去るしかないのかもしれないが、映画の余韻は、また繰り返される永遠のメロドラマの方向性も。軽妙な任侠メロドラマのように始まるこの映画はどんどん女の顔と共に熟していく。このキャオを演じるチャオ・タオという女優(ジャ・ジャンクー監督の奥様だそう)の、姐御から菩薩に至る女性の凄さを体現する演技の素晴らしさに尽きると思うよ。

 映画で挿入されるエピソードで、キャオがビンと再会し破局して、ひとりダートンに長距離電車で帰る途中、ひとりの男にナンパされかける話がある。この男は口がうまく弁が立ち、喋り出したら周りの人間をすべて巻き込んでその論を詳細展開して説得するタイプ。滅法押しがきく営業マン型。2019年的には世良商事型と言うべきか。つまり山師ということ。この男がキャオをその話に引き込んで、刑務所上がりで職を探しているというキャオに僕のところで働いていいから、と。そのホラ話は彼は観光エージェントであり、今、某地区にある壮大な観光プロジェクトを立てているのだ、と。その場にいた電車の乗客たちは、あそこは観光と言っても何もないところだよ、と否定的。実際何もないのだけれどね、その住民たちは他の地にはない奇妙な体験をしているのだ、それは多くの人たちがUFOと遭遇したと証言しているのだ、と。そのプロジェクトというのはその村に、UFO体験のできるテーマパークを作り、全世界に宣伝すれば、その数知れない数の愛好者たちは世界から集まって来る、と。なるほど、と一同納得してしまうんだね。で、キャオもその話を半信半疑ながら、この男、悪い感じがしない、とふらふらとついて行きそうになる。電車を乗り換え、その男と二人旅になり、夜汽車は行くのであったが、ちょっとボーっとしていたキャオはわれにかえり、ある停車駅で、深々と寝入っている男を車内に置き去りにして、ひとり下車する。降りてみたはいいが、そこは真っ暗で人気のない小さな駅、右も左もわからない。さあどうしようと呆然としていると、急に頭上が明るくなり、見たこともないような物体の気配が....。私、このエピソードはこの映画の宝石だと思いますよ。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『江湖儿女 - LES ETERNELS』 フランス語版予告編。


(↓)カシラと姐御と舎弟たちが同じたらいの混じり酒を飲み、永遠の兄弟仁義の誓いを立てるシーン。


2019年9月より日本公開 日本上映題『帰れない二人』

 

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