2019年1月4日金曜日

爺ブログのレトロスペクティヴ2018

Pépé Castor is alive and well and living in Paris

ブログの2018年にアップした56件の記事から、ビュー数統計の上位10位を紹介するレトロスペクティヴ2018です。これはブログに管理者用「ガジェット」として付いているビューカウンターをそのまま信頼してのランキングですが、たまにブログ上でも触れているように、時々明らかに読者ではない機械(ロボット)による大量「訪問」があり、奇妙なカウンター表示になることがあるのです。これは私にはどうすることもできないのです。2018年に関しては(前年2017年後半からの傾向ですが)1月と2月まで、異常に多いビュー数カウント(軒並み超5000ビュー/記事)があり、3月以降は急落ですが納得できるビュー数(数百ビュー/記事)に落ち着いて今日に至っています。爺ブログは(カウンターが表示する)東欧や中央アジアやアラブ首長国連邦などに多くの読者がいるとは考えられないのですが、そういうことになっています。もしもそれが事実だとしたら、それは大変な光栄なのですが。そういう事情で、レトロスペクティヴ2018は1月と2月に掲載した記事が多く上位にありますが、1月に亡くなったフランス・ギャル、#MeToo運動の盛り上がりなどに純粋に多くの方たちが反応してくださったのかもしれません。記事関連で言えば、個人的に2018年の最も大きな出来事は7月のフットボールW杯のフランス優勝と、11月からの「黄色いチョッキ」運動でした。
 最も心動かされた映画はクリストフ・オノレ監督の『愛され愛し早く走れ』 でした。最も印象に残った小説は(ごめんなさい、爺ブログで紹介してません。ラティーナ誌2019年1月号で書きました)本年のゴンクール賞受賞作であるニコラ・マチュー著『彼らの後の彼らの子供たち(Leurs Enfants Après Eux)』でした。そして最も多く繰り返し聴いたアルバムはアークティック・モンキーズ『トランクイリティー・ベース/ホテル+カジノ』でした。それから点滴治療中のイヤホン・ミュージックはもっぱらトム・ミッシュ『ジオグラフィー』でした。
会社を畳んで1年半、今やすっかり隠居老人/年金生活者になっていますが、2019年でガン治療生活3年目に入りました。18年10月から3週に一度ガン研究所に登院して免疫療法(治験)の点滴を受けています。「病気と共に生きる」はいよいよ日常的現実となっていて、これはりっぱな「仕事」だなぁと思うようになりました。コンサートと映画に行く回数は激減したものの、読む本の数は倍増しているのでバランスは取れています。生きている限り、やることはあります。爺ブログはそれを直接証言するものではありませんが、カルチャーというものが生き延びていく上でどれほど重要なものか、ということを私なりにいらっしゃる皆さんにお伝えしたく、楽しみながら続けています。どうぞ本年もよろしくおつきあいのほど、お願いいたします。

1. 『生まれついての”豚”(2018年1月13日掲載)
今最も信頼できる作家にして言論人であるレイラ・スリマニが、#MeToo運動に反論したカトリーヌ・ミエ+カトリーヌ・ロブ=グリエの「男が誘惑する権利を擁護する」論(これに大女優カトリーヌ・ドヌーヴが賛同者となったことで紛糾した)に真っ向から反駁してリベラシオン紙に投稿したトリビューンを全文日本語訳して爺ブログに掲載した。たちまち7千ビューを突破して、FBやツイッターでも多くシェアされた。リベ紙発表1月12日、爺ブログ掲載1月13日という速攻で、著者にも新聞社にも許可を取っていない。こういう無許可転載が多くなったのもこの2〜3年の爺ブログの傾向だが、こういう緊急の重要発言を見ると、多くの人たちに緊急で知らせたいといてもたってもいられなくなる。レイラ・スリマニはこのほかに11月にマクロン大統領の不法滞在外国人に関する発言に怒ってル・モンド紙に反論トリビューンを発表、これも爺ブログのここで全文訳して掲載したが、こちらは300ビュー足らずという奇妙な統計結果。

2. 『Tout pour la musique !(2018年1月12日掲載)
2018年1月7日にこの世を去ったフランス・ギャルに関して、爺ブログは1月9日、10日、12日と続けざまに3件の記事を掲載し、そのいずれもが多くの人たちの関心を集め3千ビューを超えていて、このレトロスペクティヴTOP10に3件とも入っている。ただ、そのいずれも私が書いたものではなく、パリ・マッチ誌、テレラマ誌、ル・モンド紙に掲載された記事を翻訳して紹介したもの。私自身の追悼稿は電子雑誌ERISの第23号にアルバム『ババカール』(1987年)紹介記事として1万字書いた。爺ブログで最も多く読まれたのは、このパリ・マッチ誌に載ったヤン・モワックスの追悼記事。「フランスを去ることには慣れているが、フランスに去られることはめったにない」という第一行から、エモーショナルなフランスと80年代への挽歌。5千ビュー超え。

3. 『裸々ランド (2018年1月19日掲載)
2017年発表のアルバムなのに、遅れて紹介した女性デュオ、ブリジットの5枚目"NUES"の短い紹介記事。アルバム紹介と言うよりは、その1曲め「パラディウム」だけの説明になっていて、それも「いっぱい泣いたら、オシッコの量が少なくなる」というこの部分だけに感銘を受けたという話。2018年、カテゴリー「新譜を聴く」で紹介したアルバムはたったの12枚。音楽業界人をやめたせいもあるだろうが、実際購入したアルバムも激減している。もっと音楽について語るべき、と反省もしている。「ラティーナ」連載も本紹介の方が多くなっていて、音楽雑誌にこういうことでいいのだろうか...。

4. 『Ta douleur efface ta faute (2018年1月29日掲載)
マルグリット・デュラスの同名小説をエマニュエル・フィンキエル監督が映画化した『苦悩』は、2018年最も印象に残った映画のひとつ。おそらく女優メラニー・ティエリーの代表作として歴史に残る可能性がある。第二次大戦後期の占領下のパリ、ゲシュタポのフランス人刑事(ブノワ・マジメル)と、捕われたレジスタンスの夫を救おうとする作家マルグリット(メラニー・ティエリー)の奇妙な関係。待つことの堪え難い時間の長さ。愛人(バンジャマン・ビオレー)との揺れる情欲。パリ解放後にして初めて知るナチスの想像を絶する残虐さ。観ている者をどんどん不安にさせるさまざまな映画効果。観客は呼べなかったかもしれないが、歴史に残って欲しい映画。

5. 『逃げてきた民に何の区別があるのか(ル・クレジオ) (2018年1月16日掲載)
ノーベル賞作家JMG ル・クレジオが、シリアやアフガニスタンなどからヨーロッパにやってきた避難民に対するフランス(大統領マクロンと当時の内務相ジェラール・コロン)の非人道的対応に猛烈な怒りを表明したトリビューン(週刊誌ロプス掲載)を、全文和訳して爺ブログに転載したもの。さらに4月にジュルナル・デュ・ディマンシュ紙のインタヴューでル・クレジオは再びマクロンの難民政策を厳しく批判したので、その部分訳も追記として転載した。隣国イタリアをはじめEU圏内でも移民/難民排斥を唱えるポピュリズムが台頭しつつある中、マクロンは少しずつこの傾向に近づいていっている。ル・クレジオの批判も「知識人の考えすぎ」と軽視したマクロン。支持率の急落はそういうところから来ているということに無自覚。嵐は11月にやってくる。

6. 『Merci les Bleus !(2018年7月20日掲載)
上に書いたように、個人的には最大の興奮事だったW杯優勝について書いた記事。おそらく2018年に私が最も高いテンションで書いた文章であり、長い。それだけ興奮していたのだと思う。歓喜の興奮。私があの夜興奮を抑えきれなくて出て行ったシャンゼリゼ通りを、その5ヶ月後、怒りの民衆たちが黄色いチョッキを着て行進している。このことについても私は何かを書かねばならない、という使命感がある。この民衆たちの運動は多面的で多様で、11月から1月現在までいろいろ変容もしてきた。たぶん同じ民衆なのだと思う。もっと中に入って行かねば、と思っている今現在である。

7. 『80年代を象徴する顔 (2018年1月9日掲載)
フランス・ギャルの死(1月7日)の当日、テレラマ誌のシャンソン評論家ヴァレリー・ルウーがウェブ版テレラマで発表した追悼記事を、全文和訳して転載したもの。私の最も信頼する音楽ジャーナリストのそれは、他のメディアが全般的に「偉大な国民的歌手」オマージュだったのに、驚くほど辛口で、80年代という危機感の少ない時代を平易なメッセージでスタンダード化した、言わば時代の産物のような評価だった。同時代人であるスーション、サンソン、クレールなどとは違って見られていたのだ。だから、彼女の死を悲しむ人たちは、消え去る80年代を悲しむのとほぼ同じ悲しみなのだろう。私もその同時代人だったから、よけい悲しかったのだと思う。

8. 『世界の起源 (2018年2月13日掲載)
今回のレトロスペクティヴで最も意外だった3千ビュー超えの記事。ノルウェーの若い女医二人が著した分厚い女性器解説書『下(しも)の悦び』(Les joies d'en-bas)を特集したテレラマ記事の一部を紹介したもの。女性を解放する最良の道は女性器を知ること。すべての秘密は女性器にあり。と、まあ、私のような老人男が言うには憚られることばかりであるが、歴史的にこれまでの「性はこのように教えられるべき」という理論はすべて男が捏造してきたもの。女性たちがそれに反証をつけて覆していく。その象徴的な例が、「処女膜(ヒーメン)」とその「出血神話」。なぜ有史以来、世界の人々はそれを信じてきたのだろう? 私はこの本を買って、娘にプレゼントしたが、どうも読んだ気配はなさそうだ。

9. 『フランス・ギャルとアフリカ(2018年1月10日掲載)
フランス・ギャルの死後、次々に出された追悼記事のうち、ひときわ目を引いたル・モンド紙ダカール駐在ジャーナリストによるセネガルとフランス・ギャルの親密な関係を紹介した記事を、(これまた)全文和訳して掲載したもの。加えて追記としてパリジアン紙に載ったユッスー・ンドゥールの追悼談話の記事も和訳して掲載した。セネガルとの関係は一般には「ババカール」の歌がよく知られているが、フランス・ギャル個人としては、夫ミッシェル・ベルジェが生きていた頃からあった夫婦の確執、そして夫の死、さらに娘の死といった連続した出来事の心の傷を癒せる唯一の場所がダカールの沖合にあるンゴール島だった、ということ。学校や医療施設を作ったりという美談もあるが、一番は心のセラピーだったのである。

10. 『I saw the light(2018年2月15日掲載)
2018年爺ブログで紹介した新作映画は9本。その中でとりわけ目立ったわけではない映画。グザヴィエ・ジャノリ監督『L'apparition (顕現)』は、社会派男優としてますます存在感を増しているヴァンサン・ランドンの毎度感服するヒューマン丸出しの演技が救いの作品。フランスの山間の村で聖母マリアの顕現を目撃したという少女、ローマ法王庁がそれが真実か否かの調査を依頼したのが、元戦場ジャーナリストのジャック(ヴァンサン・ランドン)。戦争も奇跡も詐欺も登場する宗教ミステリー。う〜ん...。映画はもっと多く観て紹介しないとだめだな、という自戒でレトロスペクティヴ2018は結び。

1 件のコメント:

UBUPERE さんのコメント...

カストール爺様、あけましておめでとうございます。今年も昨年同様に中身の濃い貴重な情報を発信してくださることを期待しています。私にとって昨年は単なるアイドル歌手のイメージしかなかったフランス・ギャルを見直した年でした。爺ブログのおかけです。どうぞお元気で!