2018年1月16日火曜日

逃げてきた民に何の区別があるのか(ル・クレジオ)

ランスは人権宣言の発祥国であり、内外に「人権の国」と自負してきた。しかし事情はその自慢に反することも少なくないし、それは完全不可欠な国とは誰にも言えないフランスの「人間的」な面として、仕方ないことのようにも思われた。しかし昨今のはひどいと思わせるものがある。事情は2015-2016年からのシリア、イラク、アフガニスタン、アフリカの戦乱国からヨーロッパ大陸に押し寄せてきた何百万という難民の受け入れをめぐって大きく変わってきた。
フランスのMigrants(ミグラン=移動民)受け入れは、アンゲラ・メルケルのドイツのそれに比すればやや消極的ではあるが、それでも...。しかし選挙のたびにこれは2015年前までの「移民問題」の数倍の重さを持って、票の駆け引きの材料になっている。極右には格好の票取り材料で、治安と失業とフランス的アイデンティティーの問題をすべてこのミグラン襲来をタネにすればよく、票も随分伸ばした時期があった。
極右のマリーヌ・ル・ペンを破って2017年5月に大統領になったエマニュエル・マクロンは、積極的なミグラン受け入れ論者ではない。保守&左派の寄り集まりの新政党(大統領派)LREMは移民政策もどっちつかず。
元社会党で元リヨン市長であるジェラール・コロン内務大臣は、2012-2017年のオランド社会党政権時のどちらかと言えば寛容的とも見えた移民政策を継続するつもりは全くない。マクロンの意向でこの春に上程予定の新移民法の骨子は、2007−2012年のサルコジ時代とも似た選択的移民政策で、国に有益な外国人労働力をのみ選択的に滞在を許したいという考え方。現在の問題は、フランスに入国する前にそういう選別をしたいということではなく、現在入国してしまっているミグランたちをどうするかということ。ジェラール・コロンは、国の管理するミグラン収容センターや、ミグラン支援NGO団体がケアするキャンプ村などに、警察の調査官を送り込んで、いわゆる「戦争難民」なのか「経済難民」なのかを識別したい、などとものすごい「経済難民」締め出し策を考えている。これには一斉に反発の声が上がった。一体「人権の国」は どこに行ってしまったのか?(↑)の週刊誌ロプス(L'OBS)2018年1月11号は、マクロンの顔に鉄条網を巻きつけて、『ミグラン : 人権の国へようこそ』と題されたマクロンとコロンの人権無視の移民政策を特集。その中に特別寄稿で、2008年ノーベル文学賞作家、ジャン=マリー=ギュスターヴ・ル・クレジオの怒りの一文「耐えがたい人間性の否定」を掲載。「冷血な怪物」(Monstre froid)、「下司の極み」(Dégueulasse)など激しい言葉で語られる素晴らしいトリビューンなので、無断で全文訳して紹介します。


耐えがたい人間性の否定
テクスト:J-M-G ル・クレジオ

 ミッシェル・ロカール(1989年首相時)の有名な言い回し「フランスは世界のすべての貧困を受け入れることはできない」ー 最近マクロン氏は経済的難民に対する強固な閉鎖政策を正当化するためにこの言い回しを再度援用した。レバノンやヨルダンのような小さな国が受け入れる避難民の数の割合を考えれば、これは全くのナンセンスである。そしてこれは何よりも耐えがたい人間性の否定である。どのようにして選別するのか? 政治的理由において、受け入れに値する人々とそうでない人々をどうやって見分けるのか? その国で彼らが被っている死の危険を理由に庇護を求める人たちと、経済的な理由でその国を逃れてきた人たちとの間にどんな違いがあるのか? 飢え、困窮、棄民によって死ぬことは、暴君の発砲によって死ぬことほど重要でないということか? 往々にしてそういう暴君たちをフランスは支持し、おべっかを使い、可愛がり、クーデターで失脚した時には寛容に国境を開いて暴君たちを迎えるが、彼らこそその国の最も貧しい民たちの命を脅かしているのではないか? フランスが長い間利益を得てきて、今日も利用し続けているこのシステムにおいて、フランスには責任がないのか?
 人は予算のことを言い、分配における限界を口にする。確かにそうだが、すべての技術面で明らかに進んでいて、穏やかな気候に恵まれ、賞賛すべき社会的平和がある非常に豊かな国が、その富の少しを、資源を探し直し、その力を回復し、子供達の未来を準備し、自らの傷を癒し、希望を取り戻す必要がある人たちのために捧げることを拒否する時、どこに分配と言えるものがあるのか?これこれの人々は尊重すべきで、かの人々は何の価値もない、という比較はどのようになされるのか?道に身を投げ出し、砂漠を横断し、命がけで筏に乗り込み、熱い国の衣装のまま冬の雪山を越えていく人々に選択の余地があったなどと平気で言い、それを信じ込ませることなどどうしてできようか?彼らが出発を決意したことは断腸の思いであったということをどうして理解できないのか?彼らが後に残してきたものはすべての人間にとって大切なもの、すなわち生まれた国、先祖たち、そして旅立つには小さすぎる子供たちではないのか?
 ここでは平易な感傷や憐憫はお門違いだ。この移動民たちを直視しましょう。船舶のデッキや地べたに横たわり、太陽に焼かれ、飢えと渇きで痩せけているこの人たちを直視しましょう。彼らは私たちにとって見知らぬ人たちではない。彼らは侵略者たちではない。彼らは私たちに似た人たちだ。彼らは私たちの家族ではないか。
かつて私の母が母方の祖父母と共に私と兄を連れて戦争から逃れるためにフランス中を横断した時、私も彼らのような移動民の一人だった。私たちは庇護の申請者ではなかった。庇護はなかったのだから。私たちはひたすら生き延びるための場所を探していた。私たちが逃げている戦争がこの先10年、20年あるいは100年続くのか私たちにはわからなかった。貧困と飢えが戦争の状態である。それらから逃げる人たちは難民でも亡命申請者でもない。彼らは逃亡者なのである。
 政治は冷血な怪物である。それは法と命令には従うが、人間感情は考慮に入れない。零下6度の寒さで天幕の下に眠っている移動民たちを追い出すために、警備員たちがそのテントを潰してしまうということを知ったとしても。路地にいる哀れな者を一斉検挙し、家族と切り離して隔離した後、その出身国と見なされる国へ飛行機で送り返すということを知ったとしても。この惨めな人たちを野良犬であるかのように追い回すということを知ったとしても。いやはや、これは下司の極み(dégueulasse)としか言いようがないではないか。
 明晰かつ現実的であろう、それが約束ごとだ。悲壮みあふれる言説はそれが役立とうとする大義を邪魔するばかりだ。コミュニケーションと知識と他者の承認によって結ばれているということは私たちの現代社会の素晴らしさである。しかし気をつけよう、この素晴らしさは壊れやすいものであり、私たちには義務のようなものではなく、一つの特権のように作用することもある。私たちの周りに心理的な国境を築かないように注意しよう。それは政治的国境よりもずっと不当なものであるから。まさに「世界のすべての貧困」という言い回しに慣れっこにならないように注意しよう。それは私たちがあたかも不可侵の完璧なる島に住んでいて、気の毒な対岸の住民たちが同士討ちの戦いの末、その不幸の中に圧死していくのを、遠くから昆虫学者のような冷徹な目で眺めるようなものだから。この悲惨に関して目と耳を閉ざさないように気をつけよう。私たちの軍隊と判事たちと立法官たちのまやかしの保護に逃げ込まないように気をつけよう。もしもそれが富の分配やヒューマニズムの問題でないとしたら、それは戦略の問題であればいい。歴史的に不正と奴隷制と侮蔑によって成り立った帝国の数々は長続きしたためしがない。それらは金で堕落したがゆえに内部から腐敗していった。
 行動を起こすには遅すぎることはない。それはさほど複雑なことではない。理屈をひっくり返し、脅迫感にかられた行動をやめるだけでいいのだ。この分配とは受け入れのことだけではなく、未来を準備することでもある。すなわち支援と変化の両方だ。世界中で戦争道具を増やすために使われるありえない額の予算の一部、ほんのひとかけだけでも、危機に瀕した国の市民たちを助けるために、飲料水、教育、医療、企業創立、平衡と公正のためにあてがわれんことを。
(L’OBS 2018年1月11号)
(↓ YouTubeアマチュア投稿による、L'OBS上 ル・クレジオ寄稿の断片コラージュ)



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2018年4月1日追記
ル・クレジオ4月1日JDD紙上で再びマクロンの難民政策批判
(向風三郎FBの4月1日タイムラインに書いたものの転載です)

月1日付日曜週刊紙ジュルナル・デュ・ディマンシュ紙上のインタヴューで、ル・クレジオが再びマクロンの難民政策を批判している。
1月にル・クレジオがロプス(L'Obs)誌に寄せたトリビューンで「耐え難い人間性の否定」とマクロンを糾弾したのに対して、マクロンは「知識人たちの"偽善的好意 faux bons sentiments"」と揶揄するコメントを出している。カレーなど現地での難民/移動民へのフランス内務省指示による非人道的な冷遇は改善の兆しがない。
ル・クレジオは「マクロンどの、Améliorez-vous!」と呼びかける。

****(JDD紙4月1日号部分訳)****

JDD ー あなたは2018年1月ロプス(L’Obs)誌上の論壇でエマニュエル・マクロンの避難民に関する政策を激しく非難しました。
ル・クレジオ「私はエマニュエル・マクロンの政敵ではないし、そのロプス誌の(マクロンの顔を鉄条網で包んだ)表紙にはショックを受けた。私は避難民の問題に関する自分の意見を表明したかっただけで、(党派や運動の)スポークスマンをしたかったわけではない。私は今でも内務省の指令による避難民の取り扱い方に憤激している。それは毅然とした方策であることをうたっているが、現地では毅然をはるかに通り越した強硬策になっている。彼らは無防備な人々に対して手酷い扱いをし続けている。国境を閉ざすか開くかは、ひとつの問題として議論の余地があるが、ひとたびこの人々がフランスの地にいるかぎり、彼らにひどい処遇を課すことは容認できない。私は国境の開放に賛成する。私は理想主義的にすぎるのか? 世界中のいたるところで、私たちは恐怖に支配されることに甘んじている。バラク・オバマは天使の慈愛に満ちたような大統領ではではなかった。不法移民の強制追放の件数が最も多かったのは、オバマ在任中であった。私はエマニュエル・マクロンが大統領選挙でマリーヌ・ル・ペンを退けたことには感謝しているが、マクロンはもっと不遇な状態にある人々のことを考慮に入れるべきだ。私はその大統領の役目においてエマニュエル・マクロンに失望はしていないが、彼には修正しなければならないことがたくさんある。マクロンさん、もっと良くおなりなさい!(Améliorez-vous, monsieur Macron !)」
JDD ー エマニュエル・マクロンは避難民に対する知識人たちの「偽善的好意」という言葉で語っていますが。
ル・クレジオ「私は自分のナイーヴさを指摘されることには慣れているし、私は子供の時からナイーヴな人間扱いされてきた。私はモーリシャス島的環境で育てられたし、ニースにあっても私は乞食に食べ物を運んでやるのはごく当然のことだと思っていたが、学校仲間たちは乞食に石を投げつけていた。私は植民地の自由も擁護していたのだから、私は群れの中にはいない習慣があったということだ。私はナイーヴではない。私は単に物ごとを違うように見ているだけだ。私は政治家よりも芸術家を好む。しかし私は論戦から逃げたりしないし、しっかりと自分の立場を守る。私の家系的な過去、それはブルターニュとモーリシャスに起源をもつもので、その血は私に分配/共有を優先するよう私を導いている。だから、必要とあらば、私は避難民の冷遇に抗議するトリビューンを新たに書くことになろう。

1 件のコメント:

Joni さんのコメント...

カストール爺 様
はじめまして。東京在住の者です。あまりブログを読んだりしませんが、たまたま辿り着き、いくつか拝読し、思うところがあったので、末筆ながらコメントさせていただきます。
電車の優先席で、目の前に高齢者が立っているのにスマホに夢中になって席を譲らないのが通例って、どうなっちゃってるんだ? と思うことが多々あります。この人たち、難民受け入れ賛成派 ではないんだろうな…。他者を思いやれなくなっていますね。
そのほか女性器の特集も読みました。若い女性がステージで話していて、うーん かっこいい。これぞ私の思い描く21世紀だと思いました。