2018年9月1日土曜日

やめられないとまらないエピセーヌ

Amélie Nothomb "Les Prénoms Epicènes"
アメリー・ノトンブ『わが名はエピセーヌ』

 レノン・エピセーヌ(prénom épicène)とは、男名前でも女名前でも通用するファーストネームで、フランスではカミーユ(Camille)、フレデリック(Frédérique)、マクシム(Maxime)などがありますが、この小説で登場するのはドミニク(Dominique)とクロード(Claude)です。エピセーヌ名前の二人、ドミニクという女性とクロードという男性が出会って夫婦になり、娘が生まれます。 そこで娘につけた名前がエピセーヌというのです。エピセーヌの二人から生まれた子供がエピセーヌ。ここまで読んで、なんともはやくだらん、と思われたムキもありましょうね。
 ところがこのエピセーヌという名前は歴史的に由緒あるものなのです。英国17世紀、ウィリアム・シェイクスピアの同時代人の詩人・劇作家にベン・ジョンソンという御仁がおって、その代表作のひとつが『エピシーン、またの名を無口な女 (Epicoene, or the Silent Woman)』(初演1609年)です。音が何よりも嫌いで防音屋敷に住む偏屈老人モローズは、子がないために死んだら財産をすべて大嫌いな甥のドーフィンに取られてしまう。それを避けるためになんとか結婚相手を探して今から子作りをしようと。見つけてもらった嫁は1日に6語しかしゃべらないという寡黙なエピシーン。ところがいざ結婚すると豹変して立て板に水のように1日中しゃべりっぱなし。モローズはこれはたまらん、こんな地獄を味わうんだったら、甥に財産を譲った方がまし、と書類にサイン。しかしわかたのはこのエピシーンは、ドーフィンが育て上げ意のままに動くようになった女装の少年であることがわかる....。
 ジェンダーフリーな名前をしたジェンダーフリーな人物だったというわけです。このベン・ジョンソンの作中人物に魅せられたドミニクとクロードが、このエピシーンという名前をいただいて、フランス化してエピセーヌとして娘につけたのです。しかしこのノトンブ小説はジェンダーを主題にしたものではありまっせん。
 2017年の前作『己が心臓を叩きたまへ(Frappe-toi le coeur)』のテーマは「嫉妬」でした。2018年新作のテーマは「復讐」です。ここ数作に続いている寓話調の展開で、最初は荒唐無稽なストーリーの始まりのような印象さえあります。なにしろ「名前」の話ですから、こんな名前の人はその名前に縛られた運命で生きてしまうみたいな安直物語なんじゃないか、という危惧ですね。ノトンブを甘く見ないで。大丈夫大丈夫。
 物語の最初は1970年です。イントロは男女の別れです。ついさきほどまで燃えるような愛情交わりをしていた25歳の男女、男が求婚するが、女が大企業の御曹司にプロポーズされてパリで大ブルジョワの妻として暮らす、と告げ、男を捨てる。男は一生の女性に見限られ、極度の上にさらに極度の忿怒のあまり、復讐を心に誓う。
 本編に入って、ところはフランスの西の果てブルターニュのブレスト。土地の小さな貿易会社テラージュ社に勤める目立たない25歳の女ドミニクの前に忽然と現れ、シャンパーニュをおごる男クロード、一目惚れしたとその後もデートに誘う。男を知らぬおぼこではないが、"ravissante"(うっとりするほど美しい)とは言われたことがないドミニク、自分とは無縁のことのようにうっちゃっておこうとするがどこか気になる。3日後の2度めのデートで、男はパリに会社を設立するために奔走していると言い、近い将来そのトップとしてパリで暮らすことになる、と。田舎娘のドミニクには一度も足を踏み入れたことのないパリなど遠い世界だったが、特段憧れもあったわけではない。田舎の誘惑者によくあるホラっぽい「パリに連れていってやる」の類かと思いきや、その設立予定の会社が彼女が勤めるテラージュ社のパリ支社であると知り、信用していい話かも、と。これらすべてが壮大なるクロードの復讐計画の緻密に計算されたディテールであった、というのがわかるのは小説終盤のことだがそれはそれ。パリやら企業トップやら「本物の恋」やらが自分とは無縁のものと決めつけていたドミニクを少しずつ揺さぶっていくクロード。その決定打が、なんとシャンゼリゼの香水店で買ってきたお土産の「シャネルの5番」なんですぜ。どこの田舎でこんな古典&古典、俗悪ですらある女騙し道具にひっかかる女があるものか、と思うでしょうが、ノトンブの描写は違う。この香りの陶酔を一切の揶揄皮肉なく、見事に描くパッセージ、素晴らしい。このシャネル5の魔法は本物なのである。
 小説全体で現代ブルジョワ社会の象徴として(ブランドとしての)シャネルと、(実生活でノトンブが紅茶代わりに飲んでいるという)シャンパーニュのドーツ(Deutz)が随所に登場します。この辺のエレガンスを悪びれずに称賛的に書いてしまうノトンブですが、堂々としたものだなあと思いますよ。
 さてドミニクとクロードは結婚して、パリ右岸エチエンヌ・マルセル通りに居を構えます。庶民的なレ・アール地区なんですが、これをクロードは人に言う時は「ヴィクトワール広場近く」と言うようにドミニクに強調します。その方がシック(原文のまま chic)に聞こえるから。クロードは何かにつけてこのアッパークラスへのこだわりがあります。テラージュ・パリ支社は最初環状線の外のサン=トゥーアンに社屋を構えますが、商才に長けた若きビジネスマン、クロードの手腕でぐんぐん成長し、パリ市内バティニョール地区に移転して大社屋になります。とにかくパリのアッパークラスに食い込もうという上昇志向です。そして住居も庶民的パリ右岸から、シックなパリ左岸7区ブルゴーニュ通りに引っ越していく。この時はドミニクに「ブルゴーニュ通りに住んでいる」ということを強調するように言うのです。絵に描いたようなブルジョワ志向ですが、ブルターニュからパリ右岸そしてパリ左岸という道程にノトンブはスタンダール小説的な立身出世ストーリー性を重ねるわけですね。言うまでもなくノトンブはベルギーの人ですから、今のようなパリ左岸人になるまでにさまざまな道程を越えてきたという自身のストーリーもあるようです。
 ずっと子供を望んでいて(しかも3人も欲しかった)そのためには毎晩でも性交するクロードの願いはなかなか叶わず、やっと4年目の1974年9月、ドミニクが死ぬほど苦しんだ挙句に女児を出産。上で述べたように、名前はエピセーヌ。しかし待望かなったはずなのに、クロードは生まれたとたんにこの子を激しく憎悪してしまう。これも小説の終盤でクロードから述懐されることなんですが、一目見たとたん、この子は自分に似すぎていると悟ったからなのです。クロードの壮大で綿密な復讐計画の唯一の失敗がこのエピセーヌの誕生であった。そんなことも知らず、子供はドミニクの愛を一身に受けてすくすく育っていきます。物心つくと自分は父親から愛されていない、と言うよりははっきりと嫌われている、ということがわかってしまう。この嫌う父と嫌われる娘の間に立たされるドミニクは、娘をかばいながらも夫を咎めることができない、弱くて薄い存在なのです。なぜならどんなことがあっても1970年のシャネルの5番以来、クロードはドミニクの「生涯の男」であり続けていたのです。サイテーなのは(これも後年のクロードの述懐からですが)クロードは弱くて薄いゆえにドミニクをほぼ完璧に操作することができたということです。終盤の終盤では「存在すらしない女」と言ってしまいます。それはそれ。
 この小説のすごいところは、クロードという怪人物を父としてそれから徹底的に忌み嫌われる娘エピセーヌが、その憎悪において父を凌駕してしまう、つまり父が娘を嫌う数倍の憎悪でもって娘が父を嫌い、10歳のみそらでいつか父を殺してやると心に決めるのです。そのいつかは長い時の末であることはわかっている。この執念深さこそ、クロードとエピセーヌに共通するものであり、クロードからエピセーヌへのDNAであると言えるのですね。
 エチエンヌ・マルセル通りで幼い日々を過ごすエピセーヌにはたったひとりの親友サミアがいました。大家族で、兄弟姉妹がたくさんいて、いつも美味なミントティーを作ってくれる母親、エピセーヌを見ると頬ずりして抱きしめ「ここはおまえの家だから」と言ってくれる父親、エピセーヌの三人家族とは全く対照的な世界です。ノトンブには珍しく社会格差やレイシズムの問題が登場します。切っても切れない親友同士となってもバックボーンの違う二人は引き裂かれます。クリッシェではありますが、ある日、サミアからの電話をたまたま居合わせた父クロードが取ってしまい、こういう黒々とした悪意丸出しのセリフが飛び出します。
「アロー? きみがサミアだね、モロッコ人アラブよろず屋の娘だろう... なんだってきみの父親はアラブよろず屋じゃないって? フランスでアラブよろず屋じゃないモロッコ人なんて存在するのか? 待ちたまえ、娘が目の前にいるから代わるよ...」 
この直後、エピセーヌはサミアから絶交を言い渡されるのです。サイテーっしょ。この日エピセーヌは心の日記にこう記します「1985年11月19日はわたしが死んだ日。享年11歳。」
 この日からエピセーヌは深海魚と化すのです。より正確にはあの古代魚シーラカンスに。生態環境が種に適さなくなった時、次にその環境が再び適したものに戻ってくるまで、この魚は死のような眠りの潜伏期に入れる。エピセーヌは深々と仮死期に入り、寡黙な成績抜群優等生として、パリ左岸5区のブルジョワコレージュ(中学校)に進みます。
 小説はここからにわかにドミニクが前面に出てきます。あとで思えばクロードの仕掛けであったわけですが、娘と父の問題、会社の急成長、そんな中で外野に置かれていたような疎外感を持っていたドミニクに魔法をかけたのがまたシャネルでした。好きなだけシャネルのウェアを買ってやり、外食に連れ出し、それまで顔を出させなかったブルジョワ交流にも顔を出させ、華のある世界にドミニクの場を作ってやったのです。ドミニクは最愛のクロードの愛が帰ってきたと、15年前のシャネル5の陶酔を思い出すのです。こうして美しいブルジョワ夫人と変身したドミニクに、クロードは相談を持ちかけます。会社で絶対に取引を成功させたい相手がいるが、キーパーソンのクレリー氏がフランス第二の電機会社の重役かつ大富豪家御曹司ゆえ、なかなか近寄れない。その人物と同じゴルフクラブやジムなどに登録して近づこうとしたが顔を合わせることもできない。聞けば、その御仁は三人の娘がいて、うち二人はエピセーヌと同じコレージュに通っているそうだ...。ここでドミニクはひらめき、その夫人とコレージュのPTA会合の機会に接近してみる、と言うのです。愛の戻ったクロードからのミッションを与えられ、水を得た魚のように社交スパイと変身したドミニクは、その道に自分でも気づかなかった新能力を発揮します。しかし時間はかかりました。2年越しでそのクレリー夫人(その名をレンヌ Reine すなわち女王と言う)と知り合い、親しい交際が始まり、友情すら芽生えてしまいます。
クロードはもうひと押し欲しい。超セレクトなクレリー氏のサークルに入るために、クレリー家が時折開催するレセプションに招待されて、公式に対面して話ができるようにしてほしい。ドミニクはその最後の使命をまんまと成功させ、1986年1月26日、クレリー家夜会にドミニクとクロードは現れます。シャンパーニュ・ドーツ・キュヴェ・アムール(右写真)が皆に注がれます。「これこそ世界最高のシャンパーニュですわ!」と感嘆の言葉を、まるで自分の勝利宣言のように叫ぶドミニクでしたが...。
 愛するクロードのために使命を遂行できた喜びで最高に満たされたドミニクでしたが、その最高はサイテーに大転落します。夜会のサロンから、レンヌ・クレリーと夫クロードが忽然と姿を消した。ドミニクはクレリー邸の中を方々探し、奥の間で二人が話し込んでいるのを聞いてしまうのです。
 すべては小説のイントロに戻っていきます。すなわち16年前に破局した男女とはクロードとレンヌであったわけで、クロードは16年かけて、若いレンヌを自分から奪っていった富と権力とパリ・ブルジョワ生活を手に入れ、レンヌを奪い返すという壮大で綿密なリヴェンジを企てたのです。そのためにドミニクを手なずけ、自分の駒として動かしてきたのです。「クレリーと別れて俺と一緒になれ、16年前愛していた男とやり直そう、俺には今やすべてがある」とクロードはレンヌに迫りますが、レンヌは拒否し、リヴェンジは頓挫します。そればかりか、その話をすべてドミニクに聞かれてしまったのです...。

 ここからは14歳の少女エピセーヌがすべてイニシアティヴをとります。ドミニクからすべて事情を知らされ、母娘はドミニクの両親の住むブレストの家に逃げてきます。ほぼ生まれた時から父を憎んでいたエピセーヌはついにわが復讐の時は来た、といともてきぱきとドミニクとクロードの離婚訴訟を手配し、母娘の新生活の準備万端を整えます。動顚したドミニクは何もできないでいるのに、14歳の天才的に頭の良い娘がすべてをしてしまう。これは前述のシーラカンス理論で、11歳から14歳までの仮死状態の時に深海で種の古えの知恵などを学習しまくり、来たるべき再生の時を待つ、ということをエピセーヌもしていたということなのです。すべてに聡明で冷静で論理的であらゆるノウハウを知り尽くしたような14歳になっていたのです。この離婚は妻と夫の離婚だけではない、娘と父の離婚でもある。父の娘への憎しみを娘の父への憎しみが凌駕する。絶対に壊されなかった父と娘のパワー・オブ・バランスを遂に破壊して、娘は解放される。勝利。クロードはすべてを失い姿を消す...。
 その10年後、ガンに冒されほぼ死の床にあったクロードからエピセーヌに電話が来て、24歳の英語教授となったエピセーヌは呼び出しに従ってクロードの病室を訪問します。父の最後の意志の話に立ち会っても、娘が小さい頃に抱いた殺意は一向に消えないのです。執念深さだけが似てしまった父娘の、どちらの執念深さが勝つか...。

 ね?読ませる小説ではありませんか。世にも稀なストーカーであるクロードというキャラクターよりも、弱くて薄いと定められたドミニクという女の浮き沈みが本当によく描かれていると思います。そしてドミニクの一番の恨み言は、この一連のストーリーにおいて結局自分は「当事者」ではなく「第三者」であったということの悔しさなのです。これをエピセーヌは娘の分際で賢者のような言葉で、しかしあなたは彼を愛していたでしょう、愛する者は常になによりも強いのです、
La perssone qui aime est toujours la plus forte
なんて言ってしまうのですよ。 けっ、14歳の小娘に40歳の母親が諭される、これ「チコちゃんに叱られる」ですね。

Amélie Nothomb "Les Prénoms épicènes"
Albin Michel刊 2018年8月22日 160頁 17,50ユーロ

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)アルバン・ミッシェル社によるプレゼンPVで本作を語るアメリー・ノトンブ。
インタヴュー中、ぐびぐびシャンパーニュを飲んでおる。


(↓)国営TVフランス5の文学番組ラ・グランド・リブレーリー、2008年の放送開始から毎年9月1週目に登場するアメリー・ノトンブ。2018年9月5日放送分。


(↓)記事タイトルに援用した「やめられないとまらない」のCMテーマ(1969年)は『(ルイ・ド・フュネス)サントロペ大混戦』(1964年)の歌"Douliou-Douliou Saint-Tropez"(曲レイモン・ルフェーブル+ポール・モーリア)のパクリだと思う。

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