2012年11月16日金曜日

ステファヌ・エッセルとステファン・エシェールの接点

Stephan Eicher "L'Envolée"
ステファン・エシェール『飛翔』

 東欧ジプシーの血を引くスイスのアーチスト、ステファン・エシェール(ドイツ語圏スイスの人なので「シュテファン・アイヒャー」とカタカナ表記するべきかもしれませんが、ここではフランスでの呼ばれ方に倣います)の12枚目のアルバムです。 前作『Eldorado(エルドラド)』は5年半前に発表されました。正確には2007年の4月16日にリリースされていて、ニコラ・サルコジが大統領に当選する20日前のことでした。『エルドラド』はそのタイトルのように、ある種オプティミスティックな黄金郷/黄金時代待望の雰囲気に包まれていました。ところがこのアルバムの直後にサルコジが国の指導者になったばかりでなく、サブプライムローン問題に端を発する世界大恐慌が始まってしまいます。
 ステファン・エシェールは大きなショックを受けます。エルドラドは存在しない。すべては崩壊してしまった。デモクラシーは機能しなくなり、すべての「民主主義国家」は債権者への返済だけのために国民を動かすようになる。2007年のある晴れた日から、世界の全市民は、その姿の見えない世界金融のために責務者にさせられ、言われのない借金返済のために奴隷のように働かなければならなくなったのです。
 ステファン・エシェールはこれを「メルディエ」(merdier 男性名詞《卑》 手がつけられないほどの乱雑、大混乱、泥沼状態)と名付けました。このメルディエに対して、自分が何らかの答が見つけられないうちはアルバムは出せないと自らに課したのです。
 ステファン・エシェールはフランスに住むスイス人です。おそらく「フランスで税金を払う唯一のスイス人」だろうと言っています。多くの人たちは忘れているんですが、スイスは直接民主主義の国なんです。投票する、自分の意見をはっきりさせる、というのが権利であり義務でもあるような土地柄なんです。投票箱のことをフランス語で ユルヌ(urne)と言うのですが、元々の意味は骨壺なのです。フランスでの選挙というのは、ユルヌに票(フランス語で ヴォワ voix = 声)を投じることですが、このことは骨壺に声を封じて埋葬してしまう意味にもなりませんか。大統領選挙を例に取れば、フランス人は5年に一度この投票をして、その声を5年間地中に封じ込めてしまう、という風にこのスイス人には見えるのです。
 しかし、お立ち会い、ご安心めされい、エシェールは大上段から政治的スローガンを構えて、拳振り上げて歌うようなアルバムは作りません。『L'envolée (飛翔)』は怒りもあれば、哀しみも優しさも、出会いも別れもある、トータルなアルバムです。そのたくさん詰まったアルバムが、12曲34分50秒しかないのです。このことについてはあとで触れましょう。幕開きはこんな歌です:

 1秒の時間を僕におくれ
 まる1ヶ月の時間を僕におくれ
 永遠の時間を僕におくれ
 すべて僕には都合がいい
 光を僕におくれ
 影を僕から遠ざけておくれ
 おまえの祈りの言葉の中に僕のことを入れておくれ
 僕を支えておくれ
 僕に大きくなれと言いつけて
 僕にここにいろと言いつけて
 おまえを僕の腕の中に抱きとめるために
 僕は何をしたらいいのか
 おまえを欺くようにしむけておくれ
 おまえを利用するようにしむけておくれ
 僕の中にいるこの愚か者を
 ほくそ笑ませておくれ
 どの道程を進んでいくべきか?
 どの闘いを挑むべきか?
 どの誓いをやぶるべきか ?
 僕はここにいる
 おまえの一言があれば
 死ぬことだってできるはず
 悪い最後を見ずに生きることなど
 できるわけがないのだから
  ("Donne-moi une seconde")
  (詞 :フィリップ・ジアン / 曲:エシェール+マルク・ドーマイユ)

 ピュタ〜ン....。何という第1曲なのでありましょうか。これが祈りのようなステファンのヴォーカルに、木管楽器やピアノやストリングスや聖歌コーラスやギターやらが複雑に絡まって、螺旋階段を昇るようなアンサンブルハーモニーとなって進行するのですよ。
 このアルバムはいろんな人が手伝ってます。この曲の共同作曲者となっているマルク・ドーマイユは男女フォーク・デュオ コクーン(Cocoon)の男の方で、各種ギター、キーボード、バックヴォーカル、編曲などで参加。ボルドーのエレクトロ系のアーチスト、(フレッド・)アヴリル(Avril)、この人も共同作曲、編曲、サウンドデザインなどで参加。そして、バシュングやテテなどのアルバムの総仕上げ人として知られるお姐さん、エディット・ファンブエナが、全曲の「ポスト・プロダクション」という仕事をしています。これはエシェールとその一党が、これは絶対に必然的になければならない音だからという音をしこたま、ぎゅうぎゅうに詰めてしまったあと、彼女が泣きの涙で「これはない方がいい」とちょちょっと梳刈りを入れたり、ピンセットで抜いたり、という辛い仕事だったそうです。とにかくサウンド的には、1曲1曲、ミニマルからフルオーケストラものまで、環境デザイン、ヴォイスデザイン、頭が下がるほど緻密に作られています。
 それで12曲34分50秒。イントロや間奏も極力排した、凝縮された音楽ばかりです。これはステファン・エシェールで最も短いランタイムのアルバムですが、これもエシェールの批評精神の現れなのです。われわれは今日、音楽を聞く時間がとても短い、ひいてはほとんどないのです。1曲めの「1秒の時間をくれ」というのは詞内容とは関係がなくても、象徴的なタイトルです。音楽家は聞く人たちがいなくなれば生きていけないのです。その聞く人たちの「1秒」を再び音楽家が取り戻すために、エシェールは1秒にどれだけの良質の「音楽」を詰められるのかというチャレンジをしているかのようです。音楽産業の落日、それは音楽家の側にも責任があるのではないか、もっと音楽を念入りに作る努力が必要ではないか、という自戒でもあります(謙虚な人だなぁ)。
 さて、マルチリンガルのエシェールは毎回数か国語の曲が並ぶのですが、この新盤はフランス語9曲とスイスアレマン語(スイスのドイツ語)3曲の2カ国語だけです。後者の方は3曲ともチューリヒの作家マルティン・ズーター(『ブリオンの迷宮』など日本でも出版されています)の手になるもの。ブックレットに仏語訳がないので内容を把握できないのが残念。そしてフランス語詞はこれまで作家のフィリップ・ジアン(『ベティー・ブルー』)の独壇場だったのですが、今回は9曲のうち7曲がジアン、1曲が前述のフレッド・アヴリル、そしてもう1曲が(ブレストの乱暴者)クリストフ・ミオセックが書いています。

俺は俺の心を解雇し
俺の感情を売却し
俺たちの恐怖を解任し
俺たちの幻想を罷免し
俺たちの武器を捨て
俺の興奮を追い払った
冒険はここで終止符を打つ
いままでずっと俺についてきてくれてありがとう
俺は作業エプロンをはずし
店を見回してみる
明日この店を開くことはまずないだろう
すべては消え去らなければならない(在庫全品処分)
すべては消え去らなければならない
過去の俺のすべて
今あるべきだった俺のすべて
すべては消え去らなければならない
 ("Disparaître")
    (詞:クリストフ・ミオセック / 曲:エシェール+アヴリル)
危機の時代の歌です。拳を振り上げているわけではありません。私たちはこういう工場閉鎖や倒産を身近にたくさん見て2012年的日常を生きています。一体何のために、どうして、そしてこれは避けられないことなのか、私たちはそれを問うと、ステファヌ・エッセルの小冊子『憤激せよ』に従って行動しようという気持ちになってきます。しかし、ステファン・エシェールとフィリップ・ジアンのコンビは、ジャン=ジャック・ルソーからステファヌ・エッセルにまで通じる性善説に賛成しないのです。人間の悪を見てしまう。そういうテーマでジアンはこんな詞を書きます:

非情であれ
誰も中に入れるな
言葉に惑わされるな
奴らに絶対にドアを開けるな
奴らの微笑みや言葉は毒を盛られていて
奴らの約束や奴らの夏は
すべて死んだ言葉だ
だが俺だけは例外にしてくれ
 ("L'exception")
    (詞:フィリップ・ジアン / 曲:エシェール+ジアン)

 20年来の親友である作家フィリップ・ジアンが、このアルバムで初めてヴォーカリストとしてエシェールとデュエットしている(10曲め "Elle me dit")、というのもこの新盤の花のひとつです。
  また、アメリー・レ・クレヨンの新盤『Jusqu'à la mer (海に至るまで)』と同じように、すばらしいイラストレーション14葉に飾られたブックレットが、このCDをぐっと引き立てています。こういうCDがある限り、人々はCDを買い続けるでしょう。買い続けなければなりません。

<<< トラックリスト >>>
1. Donne-moi une seconde
2. Morge
3. Le sourire
4. Dans ton dos
5. Tous les bars
6. Envolées
7. Du
8. Disparaître
9. La relève
10. Elle me dit (en duo avec Philippe Djian)
11. L'exception
12. Schlaflied

STEPHAN EICHER "L'ENVOLEE"
CD Barclay/Universal 3713826
フランスでのリリース:2012年10月22日

(↓ "Le sourire"のヴィデオ・クリップ)




 

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