2011年12月24日土曜日

(Desperately...) ニコラ帝を探して

  
 12月21日、テレビARTEで放映されたウィリアム・カレル監督のドキュメンタリー映画『ルッキング・フォー・ニコラ・サルコジ』は、パリ駐在の外国プレスのジャーナリスト18人の証言で構成されたニコラ・サルコジのポートレイトです。
 国内の報道機関(ラジオ、テレビ、新聞、雑誌)の大手は2007年以来、サルコジとその近い友人たちがコントロールしていることは、当ブログのあちこちで書いています。エリゼ宮のチェック(検閲と言っていいでしょう)の手は国内プレスの隅々にまで及びます。ところが、その手は外国プレスにまでなかなか届かない。届いたところで、その口を封じるわけにはいかない。ということで、エリゼ宮は外国のプレスを嫌います。具体的には、大統領の内遊外遊の取材に外国プレスの同行を拒否したり、記者会見の記者席の席順で外国プレスを末席に置いたり、質問順に差をつけたりということです。外国プレスは一様にエリゼ宮のやり方に対して不満を抱いています。取材が思い通りにできないので、国内プレスを参照することになりますが、国内プレスが言わないことが(あるいは自粛していることが)たくさんあることを知っています。
 2007年5月に登場した新大統領に、18人の外国プレス記者の多くは、これが本当に自分なのかどうか半信半疑ではしゃぎ回っているやんちゃ坊主の姿を見ます。歴代大統領には見たこともない、ひとつところに留まることを知らない、あらゆるところに飛んで行き、あらゆる分野に言及し、あらゆる問題を解決しようとする過剰にエネルギッシュな大統領です。落ち着きがない。常に動き回っている。すべてをひとりで決める。首相と内閣は人形で,大臣の仕事を大臣にさせずに自分でやってしまう。何かあると大臣よりも先に現地に飛んでしまう。災害,惨事,事件....その現場に行き,生々しい(感情むき出しの)大統領声明を出してしまう。「二度とこの悲劇を繰り返してはならない」とその場で大統領が法を提案してしまう。自分の顔を誰よりも先に出さないと気がすまない。
 ベルギーの新聞ル・ソワールの記者は,当選時に早くも「フランスの大統領」ではなく「世界の大統領」としてのリーダーシップを振るおうとするサルコジの気分の高揚を見ます。「正義」と「民主主義」と「人権」を盾に,世界に対してものを言い,その権力を行使しようとする大統領です。
 ロシアのテレビNTVの記者は,当選前にはロシアがサルコジの親米姿勢を非常に警戒していて,当選後の露仏関係の悪化を懸念していたのですが,当選の夜コンコルド広場でミレイユ・マチューが歌うのを見て,(おおいに皮肉をこめて)「ソヴィエト時代から続いている露仏友好のシンボル的な大歌手ミレイユ・マチューがサルコジの隣で歌うのを見たら,今後の露仏関係も心配ないな,と思った」とコメントしています。
 プーチン,ブッシュ,フー・チンタオ,ブレアといった大役者たちの前に現われたこの新人スターは,大物としての自分の場所を早く確保したくて,国際舞台で目立とうとします。2007年7月,セネガルの首都ダカールでの演説でサルコジは「アフリカの悲劇,それはアフリカ人が人類史に十分に参入していないことである」と言います。サルコジはアフリカでアフリカ人を侮辱したのです。アフリカ・アンテルナショナルの記者はこの時点でサルコジは全アフリカを敵に回した,と断言します。「サルコジはアフリカを有益なものと考えずに,有害なものと決めつけた」と。
 そして私生活をあからさまにして,ゴシップ誌を賑わすことを政治利用するのです。セシリアとの別離,その一ヶ月後のカルラ・ブルーニとの恋仲,これをサルコジは「私は大統領であると同時に,ひとりの人間である」と言い訳します。J-F・ケネディになぞらえるのをむしろ自慢するように。ロシアNTVの記者は,プレス報道全体がサルコジの私生活の証人になってしまったことを「グロテスクでさえある」と評します。サルコジの失恋の悲劇と新しい恋人の出現はフランスの内憂外患よりも優先権のある報道材料になってしまったのですから。
 2008年1月,エリゼ宮の記者会見でサルコジはこう言います。"Carla et moi, c'est du sérieux." カルラと私は真剣な関係である。その場の記者全員およびその映像を見た全視聴者が,二人の婚約発表の立会人にされてしまったのです。これに先立つ(プライヴェートと言いながら報道陣連れの)二人のエジプト旅行の映像が映されます。カルラ・ブルーニの息子オーレリアン(ラファエル・エントヴェンとの子供)を肩車するサルコジと手をつないで歩くカルラ・ブルーニ。しかしサルコジの肩の上のオーレリアンは終始両目を手で覆い隠しています。これにイタリアのパノラマ誌の記者アルベルト・トスカーノはショックを受け,この二人はメディアを操作する術のすべてを知っている,と思うのです。
 米ニューヨーク・タイムズ,英エコノミスト誌,独ZDF,英BBC,スイスRTSR,英タイムズ,英インディペンデント紙,スペイン・エル・パイス紙,独シュピーゲル誌... ここに登場するジャーナリストたちは,一様にサルコジに対して手厳しい批評をします。それは「帝政」の出現を見てしまったからなのです。帝ひとりがすべてを決める国,帝の気分が国を動かしてしまう国,これはスペイン,イギリス,ベルギーといった君主のいる国のジャーナリストでも全く理解できないことなのです。
 帝であれば何でもできる,という最も端的な例が,当時23歳の大学生の息子,ジャン・サルコジをEPAD(ラ・デファンス地区開発公団)の総裁に推したことです。フランスの巨大企業の本社ビルが林立し,世界で最も重要なビジネス拠点のひとつであるラ・デファンスを開発管理する公の機関のトップに,法科の劣等生学生をあてがおうとしたのです。これには中国のCCTVのジャーナリストも「中国の本社から冗談ではないのか,という質問を受けた」 と笑います。
 経済危機の時代となり,親英/親米から大転換してドイツとの協調によるヨーロッパ主導に乗り換えたサルコジは,アンゲラ・メルケルと親密なカップル関係を築くようになります。対照的に異なる性格の二人の政治家が,少しずつ歩み寄ります。独シュピーゲルの記者がこういうエピソードを言います:「アンゲラ・メルケルの夫が,彼女にサルコジという人間はどういう性格なのか,ということを分かりやすく説明するためにクリスマスにフランス映画のDVDをプレゼントした。それはルイ・ド・フュネスの映画だった」。別証言でニューヨーク・タイムズの記者が「サルコジがいない時にメルケルがその物真似をしたんだ。これはルイ・ド・フュネスよ,と断ってね」。
 メルケルはタッチされたり接吻されたり抱擁されることが大嫌いなのだそうです。特にサルコジからそうされることが。(ニューヨーク・タイムズ記者の証言)
2010年7月のグルノーブルでの演説は,このドキュメンタリーに登場するジャーナリストたちの最も批難が集中するものでした。グルノーブル郊外で起きたカジノ強盗事件で,強盗犯のひとりが警官によって射殺されたことから,何夜にもおよぶ暴徒対機動隊の戦闘となったこと,次いでその2日後,ロワール・エ・シェール県サン・テニャンでロマの共同体に属する人間が,警官の検問を実力突破したという理由で警官に射殺され,その共同体の一団が報復で憲兵署などの公的機関の建物を襲撃し,その車を焼き払うという暴動事件があったこと,この二つの事件に猛烈に怒ったサルコジが,言わばあらゆる暴徒(そして不法滞在外国人)への宣戦布告のような激烈な演説をグルノーブルで行います。監視カメラの増設,公安従事公務員への暴力や殺人を冒した者への特別重刑,といった決定の他に,ロマへの特定制裁として,あらゆる違法野営キャンプの撤廃,ロマたちの出身国への大量強制送還が,この演説によって始まります。BBC記者は "Tête Brulée"という表現を用い,ZDF記者は"pitoyable"と呆れ,シュピーゲル記者は"ignoble"と憤怒し,ニューヨーク・タイムズ記者は "dégueulasse"と言い切ってしまいます(仏語わからない人たちは辞書引いてください)。フランスのジャーナリストたちはこういう表現でこの演説を報じたでしょうか。
 エル・パイス記者とル・ソワール記者は,この演説の狙いであるFN支持者層の取り込みを見てとった上に,UMP党とFN党の言説がほとんど変わらなくなっていることから,2012年の(ありえないわけではない)UMPとFNの共闘の可能性を予見します。

 2011年暮れ現在,社会党候補フランソワ・オランドと現大統領ニコラ・サルコジが2012年5月に決選投票となると想定した場合,各社世論調査を平均すると,オランド57% vs サルコジ43% の得票となるようです。(資料:Songages en France ) この傾向を覆せるとすれば,UMPとFN(現在マリーヌ・ルペンの第一次選挙得票率予想は16〜20%)しかないように私も見ています。
 実は数ヶ月前から向風三郎は「サルコジの5年間」(仮)のような原稿を準備していて,毎日このような資料ばかり見たり読んだりして,書くことの肥やしにしております。向風は政治ジャーナリストではないし,このドキュメンタリーに出て来るジャーナリストのような情報量も分析力もないわけですが,憤怒の心の声として "dégueulasse"と言い切るだけの材料はたくさん持っているのです。

(↓ "Looking for Nicolas Sarkozy" 全編 )


PS (12月26日)
上に貼付けたヴィデオのコンテンツが日本では見れないというご報告をいただきました。いろいろ他のプログラムの可能性を探しています。2-3日お待ちください。

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