2011年12月26日月曜日

ロンドンは向こう側,ここはル・アーヴル

『ル・アーヴル』(LE HAVRE) 2011年フィンランド/ドイツ/フランス合作映画 アキ・カウリスマキ監督作品
主演:アンドレ・ウィルム,カティ・オウティネン,ジャン=ピエール・ダルーサン,ブロンダン・ミゲル
2011年カンヌ映画祭正式出品作(コンペティション)
フランス公開:2011年12月21日

 ル・アーヴルはノルマンディー地方にある欧州でも上位にある水揚げを誇る港町です。この町を舞台にした映画として当ブログでは2008年のお笑い大衆映画の『ディスコ』を紹介していますが,アキ・カウリスマキのこの映画は言うまでもなくお笑いではありまっせん。
 作家としての道を歩むことのできなかった老人マルセル・マルクス(アンドレ・ウィルム)は,港町ル・アーヴルの路上の靴磨きに身をやつしながらも,その安らかで清貧の生活を外国人妻アリエッティー(カティ・オウティネン),そして犬のライカと分かち合っています。しかし平静を装っていたアリエッティーには長い間マルセルに隠していた病気があり,ある日腹部に激痛を覚え倒れてしまいます。担ぎ込まれた病院で,医師ベッケル(なんとピエール・エテックスだ!)から不治の病いを宣告されますが,アリエッティーはそれをマルセルに隠し,精神力による闘病生活を始めるのです。
 港町ル・アーヴルに陸揚げされ,次の目的地への移動を待って積まれている無数のコンテナーのひとつの中に,密航者たちが潜んでいます。 そのアフリカから来たコンテナーの闇の中には数十人のアフリカ人密航者たちが極限の健康状態で息をひそめていますが,フランス警察はそれを見つけ,移民収容センターに連行します。しかしスキありと見るや,ひとりの少年が警察の網の目から抜けて逃走します。
 老靴磨きマルセルは昼食のサンドイッチを食べようと港の岸壁に腰掛けますが,海から声が聞こえます。腰まで水に浸かりながら港の運河づたいに逃げ道を探している少年が老人に尋ねます:
- ここはロンドンですか?
- ロンドンはこの海の反対側だ,ここはル・アーヴル。
 こうして老人と少年イドリサ(ブロンダン・ミゲル)は出会います。21世紀的今日のフランスに生きる人ならば,このアフリカの子がなぜ逃げているのかというのは説明を全く要さずに理解出来るでしょう。不法滞在者,密航者,サン・パピエ... 港町/海峡の町にはこういう通過者がゴマンといて,越境のチャンスを窺っています。映画は老人がアフリカ少年をかくまった時点で,一転して「レジスタンス映画」のような展開になります。マルセルの古くからの隣人仲間であるパン屋のおかみさん,バーの女主人,靴磨き仲間の中国人(と言いながら実はヴェトナム人。つまり偽証の身分証を持っている),アラブよろず屋の旦那,犬のライカ,これらが連帯しあってイドリサを保護します。それを追って迫るのは黒の帽子/黒のトレンチコートの警視モネ(ジャン=ピエール・ダルーサン)。このゲシュタポのような追求を手助けする「コラボ」のように陰険な密告者役で,なんとジャン=ピエール・レオー(!)が出ています。
 なぜイドリサはロンドンに行こうとしているのか? それはそこに母がいるからなのです。イドリサは文字通り母をたずねて三千里の旅をしているのです。
マルセルは漁船主の友人にイギリス渡航の手だてをつけさせますが,英仏海峡上で身柄をイギリス側の手配師に渡すという方法に三千ユーロの報酬が要求されます。こんな大金マルセルに出せるわけがない。バーの女主人とパン屋のおかみさんは「きれいな方法でお金集められるわよ,チャリティー・コンサートをすればいいのよ」と提案します。偽中国人チャンも「そうともリトル・ボブがやってくれるさ」と大賛成。
 お立ち会い,リトル・ボブ とは実在のアーチストで1970年代からル・アーヴルで「パブ・ロック」をやっているフランスでも有数の硬派のロックンローラーで,ル・アーヴルの名物男です。しかしリトル・ボブは恋人と破局したばかりで,悲しみに沈んでいます。「俺は彼女がいなければ歌えないんだ!」とリトル・ボブはバーのカウンターで焼け酒を飲んでいます。マルセルはリトル・ボブに彼女が帰ってきたら,イドリサのために歌ってくれるか,と頼みます。リトル・ボブが「ああ,ああ,何だってするよ」という返事をしたところで,振り返るとバーの戸口から恋人が登場します。ー ここのシーン,まるで60年代日活映画を見ているような美しさです。
 パワーを得たロックン・ローラー,リトル・ボブのカムバック・コンサートは大成功し,金は用意でき,あとはイドリサを船に乗せて出航させるのみ。ところが,イドリサが船倉に身を隠したところで,警察隊のサイレンが鳴り,警視モネが乗り込んできます....。

 この映画で奇跡は2度。イドリサの渡航成功と,妻アリエッティーの完治。これは映画を見る者がマルセルを真ん中にしたユートピアが出来上がっていくのを体験するファンタジーのような作品です。シンプルな人々のレジスタンスが成就するストーリーです。
 ル・アーヴルは第二次大戦末期にかのノルマンディー作戦で壊滅的な打撃を受け,戦後オーギュスト・ペレの設計で直線的で幾何学的な建築の町として復興し,2005年にはユネスコ世界文化遺産に登録されました。この特徴的な町並みのために,ある種1940年代/50年代から時間が止まってしまった町のようにも見えます。アキ・カウリスマキはこれをまんまと利用して,おおむねレトロ(40年代/50年代) な雰囲気を醸し出す画面作りをしていますが,見ている者は,これが一体いつの時代のものなのか,時々タイムスリップさせられてしまいます。車だけをとりあげても,警視モネの車はルノー16(70年代),タクシーは50年代のプジョー,アリエッティーを病院に運ぶパン屋のおかみさんのバンには80年のヴィニェット(車税証)が貼ってあり,しかし警察機動隊の装備や車は21世紀のものなのです。登場する電話はダイヤル式ですし,誰も携帯電話など持っていないのです。もちろん不法滞在移民狩りは21世紀的現実です。しかしマルセルとその友人たちは,いろいろな時代を生きてきた「しわの数の多さ」を思わせる衣服/身なり/顔立ちなのです。この映画のマジックは,そういう時間/時代を超越した場面展開で形成される,いろいろな障壁を超越してしまった人間同士の連帯が,単純な人たちの単純なダイアローグでできてしまうということだ,と見ました。北欧エレキのような音楽も渋い。この暖かみはとても不思議です。

(↓『ル・アーヴル』予告編)



(↓『ル・アーヴル』の中のリトル・ボブのコンサート)

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