2008年12月7日日曜日

この本はサイテーである。



 マキシム・ヴァレット/ギヨーム・パッサグリア/ペネロープ・バジウ『糞忌々しき人生』
 Maxime Valette / Guillaume Passaglia / Pénélope Bagieu "VIE DE MERDE"


 爺は来年で在仏30年になります。この国は「おおむね」好きです。しかし生活者ですからさまざまな局面でこの国の人たちや制度や慣習などと衝突したり,理不尽に拒否されたり,リスペクトを欠く対応をされたりということがあります。それはしかたのないことだと思っています。この国に限ったことではないですし。
 また,この国の人たちがどうしようもなくアホであると思う時もないわけではありません。サルコジが大統領に当選した時には真剣にそう思いました。また,極々たまにですがフランス最大の民放TV局TF1の超高視聴率の娯楽番組など見てもそう思います。(まあ,日本のテレビ娯楽番組のことを考えたら,まだ救われているような気もします)。スカイロックやFUNラジオのような若者向けFMの早朝や夜の聴取者ダイヤルインの番組などでもそう思いますが,まあこれは若い衆の「程度の低さ」というものだからしかたがない部分もあります。
 イントロが長くなりました。この本は民放ラジオEUROPE 1のルーラン・ルーキエの番組で取り上げられたのを,たまたま車の中で聞いていて,面白そうだと思って帰宅後すぐにインターネット・オンライン・ショップに注文したのでした。しかし,結果は本当にアホな本でした。本というのは本屋店頭でペラペラと読んでみてから買う,という習慣を省いてしまった私が一番アホなんですが。
 "VIE DE MERDE"(クソ人生)は,もともとインターネット上のフォーラムボードでした。アドレスはwww.viedemerde.frです。泣きたくなるような,呆然と立ち尽くすような,場合によっては死にたくなるような失敗談や遭遇事件を,書込み告白して,それをみんなで笑い合うというのが,このサイトの始まりでした。糞忌々しい自分の運命を呪う書き手は,このサイトでみんなに笑われて,一種の厄払いをするわけです。書き方にはルールがあり,必ず "Aujourd'hui"(今日)で始まり,"VDM"(vie de merdeのイニシャル。クソ人生)で終わります。

Aujourd'hui, en jetant ma cigarette par la fenêtre de la voiture, le vent l'a renvoyée à l'intérieur. Je me suis brûlé tout le pantalon. VDM
 今日,車の窓からタバコをポイ捨てしようとしたら,風に戻されて内側に落ちて,ズボンが全部燃えてしまった。クソ人生。

Aujourd'hui, j'ai fait un don de sperme à l'hôpital. L'infirmière qui était là pour m'aider était ma cousine. VDM
 今日,病院で精子バンクの提供者になった。俺を担当してくれた看護婦はなんと俺のいとこだった。クソ人生。


 こういう投稿による失敗談や事件談を約850編セレクトして本にしたものです。インターネットで大人気を博していたものなので,内容は総じて若いです。当然匿名投稿ですから,至って無責任な内容です。匿名だと何でも書けると思っている人たちは困りものですね。自分の名前で何もできなくなってしまいますよ。
 こういうサイトは最初は真剣に失敗談を書く人の方が多かったんでしょうが,だんだん書く側は面白おかしければそれでいい,になっていくんでしょう。サイト運営者がちゃんとした編集権を発揮して,「実話だけにしぼる」という努力をしないと,ただの笑い話サイトに堕してしまうと思います。笑い話だったら,プロが書くような笑い話の方がずっとずっと面白いのです。しかしそれが真にシロートの書く実体験失敗談ならば,それに増して面白いはずなのです。中には,本当にこれは困ったろうという話も載っています。

 今日,俺の車のドアが開かなくなった。俺はいらいらしてドアに差し込んだキーを力いっぱいひねった。そうしたらキーがカギ穴の中でパキンと折れてしまった。よく見たら俺の車ではなかった。VDM

今日,朝早くまだ仕事場に俺ひとりしかいなかったので,俺は辺りに気にすることなくおならをした。ところが,それはおならだけではない結果になった。俺は仕事場には替えのパンツなど持っていない。その上俺の家はここから45キロも離れている。一日が長くなりそうだ。VDM


 しかし,大半は本当に程度の低いことばかりなのです。重要な場面(就職面接)やお目当ての女性の前でゲップしたりオナラしたり,携帯メールの宛先を間違って悪口や別れ話や愛の告白をしたり,本人が近くにいるにも関わらず大声で悪口を言ったり,数時間の仕事の後「保存」の代わりに「終了」を押したり,パソコンのポルノサイトの履歴を子供や恋人に見られたり,自慰の現場を親や恋人に見られたり,自分で気づかない口臭や体臭を一番言われたくない人から指摘されたり...。これを何十万というフランス人が見て,人の不幸を笑っていると思うと,とても情けない気持ちになります。私がいや〜な感じを持つのは,この人たちは「ウケ狙い」を第一の目的にしているようなところなのですね。

 今日,病院での長い検査の結果,俺は自分の精子が生殖不能であることを宣告された。俺の妻は,今俺たちの二人目の子を妊娠している。俺は今夜妻にいろいろ質問するだろうな。VDM

 今日,会社で仲間たちを集めて,俺が遠隔で自宅のウェブカムを作動させることができることを自慢げに披露したのだ。その結果,その場の全員が俺がコキュであることを知ったのであった。VDM


 上の2つのエピソードはフランスのお家芸のような「コキュ話」でありますが,話としては良く出来ていても,これは実話であるわけはないのが一目瞭然ですよね。こういうところがこの本のいやらしいところだと思うのです。匿名の創作話だったら,笑ってナンボのもんでしょうに。実体験の恥を包み隠さず告白してこそ,それを共有できる笑いの輪が救済となるのでしょうに。
 世界に自分ひとりしかいなくなったような孤独の瞬間があります。誰もこんな思いはわかってくれるわけがない荒野の寂寥と言いましょうか。たぶんこのサイトは,そういう思いを持った人たちが書き始めたと思うのです。他人にわかるはずのない恥,失敗,苦しみをあえて露呈してみようか,と。しかし公開してしまうと,人は平凡なものよりも極端なものをもてはやしてしまうんですね。これはインターネットが持つ,極端なものへ,より極端なものへと人を駆り立てる傾向のせいで,当初の意図なんかとうの昔に消えてしまっているのでしょう。
 インターネット的孤独ということではこういう話も載っていました。買い物やサービスサイトで人は知らず知らずのうちに,あちこちに自分の誕生日というのをばらしているではないですか。自分の誕生日が来て,身内からも友人からも誰からもお祝いメールなど来ないのに,誕生日おめでとうの多数の商業メールばかりが届いている,という話。これはウルトラ・モダンな寂寥 (ultra-moderne solitude)ですよね。

Maxime Valette / Guillaume Passaglia / Pénélope Bagieu "VIE DE MERDE"
(Privé刊。2008年10月。280頁。13.90ユーロ)


 

3 件のコメント:

taupe さんのコメント...

すべてにおいて同感です。しんみりした気分になりました。

Pere Castor さんのコメント...

taupeさん、コメントありがとうございます。
さりとて、この本を最初から最後までしっかり読んでしまった私も、この低次元に魅されてしまったのでしょう。なんだかんだ言っても笑える逸品は結構ありますし。

「今朝寝坊して、時間がとても少なかったので、時間を短縮するために歯磨きと小便を一緒にした。そうしたら歯磨きをする片手の動きと、小便をする片手の動きが一緒になってしまった。その結果、壁一面が...。 VDM」

taupe さんのコメント...

思い当たるフシがないでもなく‥‥‥クククク。低次元には底知れぬ底力があるもんですなぁ。