2008年10月9日木曜日

永遠に旅するル・クレジ王



 きのう新刊の "Ritournelle de la faim"を買ったばかりでした。メトロの中で一気に40頁読めたので,この分ではこの週末に「新刊を読む」のエントリーができるのではないかな,と思っておりました。
 私より少し上の世代はカミュやサルトルがきっかけでフランス語始めた人たちがずいぶんいたと思います。私たちはその次世代で,そのヒーローのひとりが彼でした。ル・クレジオの小説の邦訳が出始めたのは私が高校生の頃でした。『調書』『大洪水』『砂漠』『物質的恍惚』...。高校2年くらいでこんなのにぶつかったら,そりゃあ,あんた,ショックですよ。豊崎光一はル・クレジオの訳者というだけで,一挙に仏文界のスター教授になってしまいましたし。70年代前半,日本の仏文科生はル・クレジオに夢中でした。異星から来たイメージはデヴィッド・ボウイーのようでもありました。するどい顔してましたし。『調書』は23歳の時の作品でした。
 中南米やアフリカやアジア...世界中に居場所を持っている人で,日本にもよく行ってます。フランスではインタヴューなどにほとんど出て来なくて,謎めいた作家になっていました。初期の頃のイメージから「難解」と言われていますが,80年代頃からわくわくするようなストーリーテラーに変身していて,「あのル・クレジオがこんなに物語していいのか」なんて思ったものです。
 エッセイを除いて,私はほとんどの小説を読んでいる,言わばファン読者です。私のように死ぬまでル・クレジオを読み続ける読者,世界にたくさんいるんですね。この10年くらい,もう万年ノーベル賞候補みたいにノミネートされていましたけど,10月9日,午後1時,「ジャン=マリー=ギュスタヴ・ル・クレジオ,ノーベル文学賞!」のニュースが,ストライキ中のラジオ局FIPから流れてきました。ストをも破る価値のあるニュースと判断したFIPの人,いいなあ,その感じ,世界大恐慌なんてこのニュースに比べたら何でもないさ。
 ノーベル賞選考委員会のコミュニケにはこうあります:

 «écrivain de la rupture, de l’aventure poétique et de l’extase sensuelle, l’explorateur d’une humanité au-delà et en-dessous de la civilisation régnante»

 「断絶と詩的冒険と官能的恍惚の作家にして,今日支配的な文明の向こう側および下方側に生きる人間世界の探検家」

 うまいこと言いますねえ。ル・クレジオ68歳。まだまだ書きますよ。とりあえずうれしいニュース。"Ritournelle de la faim"は近日中に当ブログで。ご期待ください。

(← 昨今はこんな柔和な表情にもなる)

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

おめでとうございます。って翁にお祝いを言ってどうする。って思うけれども、この悦びを分かち合える人がいなくて…(泣)。

さすがに僕はル・クレジオ世代ではないのですが、ちゃんと勉強しましたともさ。僕にとっての最新フランス文学と言ってもフランスにはその後のスターがいなかったのだけれども、それはソレルスだったりしました。パルクとかノンブルとかあんなものを10代で読んだら人間が毀れます。

今日は、色々な方々から「ノーベル賞を貰ったフランス人の作家は有名な人なのですか?」と質問されてへこみました。みんな翁のホームページの読書コーナーを読んでなかったのか!家の者さえも洗脳されてル・クレジオ読んじゃったよ!翻訳だけどさ、とかプンスカです。

「ねぇねぇ、ル・クレジオの前にノーベル文学賞を穫ったフランス人が誰だか覚えている?」ってクイズを披露したくても、誰も引っ掛け解答さえしてくれないと思うと、やる気を無くしましたぜぃ。つい先ほど、O野S平御大には試したみましたが、御大さえ「ロブ=グリエ?」なんて言うのだもの。

それから、よかったらURL見てやって下さい。

Pere Castor さんのコメント...

かっち君,コメントありがとうございます。
わが地元のFNACでは,先週末ル・クレジオの本がほとんどなくなっていました。新刊は事前に買っておいて本当によかったという感じです。このところ夜の外出が続いていて,まだ新刊は読了できていないのですが,明日あたりで終わると思います。モーリシャス島系のブルジョワ家の娘がパリで1940年代に破産して無一物になる話で,今読んでいるあたりが極端な貧乏に落ちていくくだりで,辛くて読み進まないのです。大団円がありそうな話なのですが,そこまでは読むのが辛いという,「物語読み」の心にチクチク刺さる本です。
3冊も読み終わってもいない本があるのに,ジャン・エシュノーズの人間機関車ザトペックを描いた『走るなり - COURIR - 』という小説を買ってしまいました。今年のゴンクール賞はオリヴィエ・ロランの『ライオンを狩る男』だという下馬評ですが,私は半分でめげました。