Ezéchiel Pailhès "Mélopée"
エゼキエル・パイレス『調べ(メロペ)』
もうちょっと優雅に翻訳するべきなんだろうが、だいたいこんな感じ。古風な”激情恋慕”の表現だと思うが、(19世紀的には)大胆な女性のエモーションが伝わってくる。それがエゼキエル・パイレスの音楽世界ではどうなるのか?
ストロマエのラテン趣味("Tous les mêmes"、"Santé"...)をほうふつとさせる、軽妙エレクトロ・ハバネラになってしまうんですよ。ジュリアン・クレールとはずいぶん方法論が異なるということがわかると思う。
ひどい訳でごめんなさいだけど、だいぶ(ヴェルレーヌやボードレールに近い)象徴主義的詩風になっているのがわかるかしら?レスビアンの恋情が高踏的な表現で綴られているわけだが、この詩で表現されている音楽はやはり高踏的でないとまずいんじゃないか、と思うわね。ところがエゼキエル・パイレスの手にかかると... 。
そして今回のアルバムで取り上げられたもうひとりのいにしえの女流詩人が16世紀ルネサンス期のルイーズ・ラベ(→写真)。この人も日本で研究書が複数出ているようで、グーグルジャパンで「ルイーズ・ラベ」と検索してみたら、いろいろわかる。日本語ウィキで、網紐商人の夫人となったルイーズの異名である「ラ・ベル・コルドニエール(La belle cordière = 美しい網紐商夫人)」を「網屋小町」という訳語で紹介しているのには笑った。それはそれ。エゼキエル・パイレスがこのアルバム『メロペ』の最終曲(11曲め)にルイーズ・ラベの詩をもってきたのはそれなりにわけあってのことだろう。
中世フランス語の韻文なので、雅(みやび)な古文風な日本語で訳すべきところであろうが、私にはそういう教養がないのでごめんなさい。ルネサンス期の(女性の)恋歌である。16世紀にこの女流詩人が切り開いた自由な浪漫詩への敬意/オマージュがあってしかるべきところであるが、エゼキエル・パイレスはこんなふうなのだ(↓)
ロマンティックなピアノと、アンニュイで渋めなクルーナーヴォーカル、後半の弦サンプルの厚めなバックトラック、これは中世浪漫詩とはかなり距離がある、ウルトラモダンなチルアウト音楽ではないですか。
46歳の、たぶん機械が揃っていれば何でもできる人。ストロマエを老成したようなヴォーカルとエレクトロセンス。よく練ったメロディー。たいへん驚きました。バロック(baroque)という言葉は「奇異な、風変わりな、異様な、(真珠が)いびつな」という意味であるが、音楽(文学/建築/美術)の様式の意味に捉われずにあえて言えば、このエゼキエル・パイレスというアーチストは非常にバロックな人だと見た(聴いた)。
<<< トラックリスト >>>
1. Dors - tu ? (poème : Marceline Desbordes-Valmore)
2. Regard en arrière (poème : Renée Vivien)
3. Mélopée (poème : Renée Vivien)
4. L'attente (poème : Marceline Desbordes-Valmore)
5. Elégie (poème : Marceline Desbordes-Valmore)
6. Prélude (instrumental)
7. La fille de la nuit (poème : Renée Vivien)
8. Ni toi, ni moi (Ezéchiel Pailhes)
9. Le beau jour (poème : Marceline Desbordes-Valmore)
10. Opaline (Ezéchiel Pailhes)
11. Tant que mes yeux (poème : Louise Labé)
EZECHIEL PAILHES "MELOPEE"
CIRCUS COMPANY CC022 (LP/CD/Digital)
フランスでのリリース:2022年10月
カストール爺の採点:★★★☆☆
(↓)"L'attente"(詩:マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール)これはエレクトロ・レゲエバラード。
エゼキエル・パイレス『調べ(メロペ)』
初めて聴いたアーチストだが、2013年からすでに3枚のソロアルバム(+ダニエル・ラフォールと共作のブルーノ・ポダリデス監督映画"Bancs Publics"のサントラアルバム)を出していて、その前は2001年からエレクトロ・ポップ・デュオ Nôze (アルバム5枚)として活動していた人。現在年齢46歳。コンセルヴァトワールでクラシック・ピアノ次いでジャズ・ピアノを学び、ジャズマンとなるはずだったが... (エレクトロに転向)。
2020年の3枚めのアルバム"Oh!”の中で、19世紀の浪漫主義詩人マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール(Marceline Desbordes-Valmore 1786 - 1859)の3篇の詩に曲をつけてエレポップ仕上げの歌にしている。古典詩にインスパイアされる傾向があるようだが、20世紀のシャンソンの巨星たち(トレネ、フェレ、ブラッサンス、ムスタキ等)がランボー、ヴェルレーヌ、ボードレールなどに曲をつけて歌ったのとは、やや趣きが異なるようだ。
2022年のこの新作『メロペ』は1曲のインストルメンタルを含む11曲入りだが、そのうち8曲がこの古典詩に曲をつけたもので、そのすべてが女流詩人(ポエテス)の作品である。上述のマルスリーヌ・デボルド=ヴァルモールが4篇、ルネ・ヴィヴィアン(Renée Vivien 1877 - 1909、彩流社より日本語訳詩集→写真)が3篇、そしてルネサンス期のリヨンの詩人ルイーズ・ラベ(Louise Labé 1525 - 1566)が1篇となっている。
ランボーとヴェルレーヌに多大な影響を与えたと言われる近代浪漫主義詩のパイオニアであるマルスリーヌ・デボルド=ヴァルモールの詩を歌曲化した例は古今多数あり、同時代人カミーユ・サン=サーンス、ジョルジュ・ビゼーをはじめ、われわれの時代ではジュリアン・クレール、パスカル・オビスポ、ヴェロニク・ペステルなども。
参考作品として(↓)ジュリアン・クレール "Les Séparés"(N'écris pas)"(1997年アルバム『ジュリアン』)
2020年の3枚めのアルバム"Oh!”の中で、19世紀の浪漫主義詩人マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール(Marceline Desbordes-Valmore 1786 - 1859)の3篇の詩に曲をつけてエレポップ仕上げの歌にしている。古典詩にインスパイアされる傾向があるようだが、20世紀のシャンソンの巨星たち(トレネ、フェレ、ブラッサンス、ムスタキ等)がランボー、ヴェルレーヌ、ボードレールなどに曲をつけて歌ったのとは、やや趣きが異なるようだ。
2022年のこの新作『メロペ』は1曲のインストルメンタルを含む11曲入りだが、そのうち8曲がこの古典詩に曲をつけたもので、そのすべてが女流詩人(ポエテス)の作品である。上述のマルスリーヌ・デボルド=ヴァルモールが4篇、ルネ・ヴィヴィアン(Renée Vivien 1877 - 1909、彩流社より日本語訳詩集→写真)が3篇、そしてルネサンス期のリヨンの詩人ルイーズ・ラベ(Louise Labé 1525 - 1566)が1篇となっている。
ランボーとヴェルレーヌに多大な影響を与えたと言われる近代浪漫主義詩のパイオニアであるマルスリーヌ・デボルド=ヴァルモールの詩を歌曲化した例は古今多数あり、同時代人カミーユ・サン=サーンス、ジョルジュ・ビゼーをはじめ、われわれの時代ではジュリアン・クレール、パスカル・オビスポ、ヴェロニク・ペステルなども。
参考作品として(↓)ジュリアン・クレール "Les Séparés"(N'écris pas)"(1997年アルバム『ジュリアン』)
というわけで、ジュリアン・クレールの古典詩へのアプローチはたいへん折り目正しく格調の高さも感じられるのだが、このエゼキエル・パイレスの制作態度はどうなんだろうか。アルバム冒頭第一音からそこはかとないメランコリーが全体を包むのだけど、始まるのは繊細で小洒落たエレクトロシンセポップなのだよ。思わず首が振れてしまう心地よいリズムとピコピコ音。これは誰も古典的な名詩だと意識しないで聴いてしまうと思うが、それでいいのか?
例えば5曲め「エレジー(哀歌)」、詩はマルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール。
たぶんあなたに会う前から私はあなたのものだった
私の命は形になる過程ですでにあなたのものと約束されていたあなたの名前は予期せぬときめきによって私に告げられたあなたの魂は私の魂を目覚めさせるために潜んでいたのだあなたの声は私を青ざめさせ、私の目は下を向いた
交わされた沈黙の視線のうちに、二人の魂は抱きあっていたこの視線の奥に、あなたの名前が明かされた
それを問うことなく、私は思わず声を上げた、これこそその人だと!ある日その声を聞いた時、私は声を失ったその声にしばらく聞き入り、私は答えることを忘れてしまった私の存在とあなたの存在は見分けがつかなくなり
私は生まれて初めて名前を呼ばれたと思った
あなたはこの奇跡を知っていたの? あなたのことを知らずに
私はその名で私の恋人と見抜いた
あなたの声の響きを聞いただけでそうとわかった
私のやるせなくも美しい日々をあなたは輝かせてくれた
その声が私の驚いた耳に届いたとたん
耳はそのとりこになり、狂喜した
私はそれだけで私のこの上なく甘美な感情の数々を表現できた
私はそれを集めて、誓いの言葉を書き著した
その名が私を愛撫し、私はその息を吸い込む
愛しい名前! すてきな名前! 私の運命のお告げ!
なんてこと! あなたは私を魅惑し、あなたの優美さが私を射抜く!
まるで私の口を閉ざす最後の接吻のよう
もうちょっと優雅に翻訳するべきなんだろうが、だいたいこんな感じ。古風な”激情恋慕”の表現だと思うが、(19世紀的には)大胆な女性のエモーションが伝わってくる。それがエゼキエル・パイレスの音楽世界ではどうなるのか?
ストロマエのラテン趣味("Tous les mêmes"、"Santé"...)をほうふつとさせる、軽妙エレクトロ・ハバネラになってしまうんですよ。ジュリアン・クレールとはずいぶん方法論が異なるということがわかると思う。
流れる水のようなおまえの声で語っておくれ告白のささやきがゆるやかになったら
冷やかしや残酷な言葉も言ってもいい
そして酔わせるような調べ(メロペ)で私を揺すっておくれ私をしんみりさせたり喜ばせたりしてくれるおまえのくぐもった声で私の額がおまえの波打つ髪にうもれる
おまえの望み、おまえの悔い、おまえの願いを表してくれ
おお、私の妙なる調べを奏でる恋人よ
おまえの姿は稲妻おまえの微笑みは一瞬だけおまえを切望する声がするとおまえは逃げてしまう、おお私の望みよ
おまえの姿は稲妻、つかまえようとしても腕の中はからっぽおまえの微笑みは一瞬だけ、とらえることができない
おまえを激しく切望する声が私の唇から発せられると
おまえは逃げてしまう、おお私の望みよ
おまえはシメールのように襲うことなく軽く触れていくだけいつもおまえの満たされない望みを差し出していく
この苦悶にまさるものはない
おまえの希なくちづけの苦い陶酔よ私はおまえの声、その優しい歌を聞き続けるだろう
私は何も理解できなくなっても聞き続け探すだろうさもなくばすべてを忘れるか、うとうとと眠ってしまう
もしもほんの一瞬でもおまえが歌うのをやめてもその沈黙の奥から私は聞くだろう
なにか恐ろしいものがすさまじい声で泣いているのを
おまえの望み、おまえの悔い、おまえの願いを表わしてくれ
そして酔わせるような調べ(メロペ)で私を揺すっておくれ
ひどい訳でごめんなさいだけど、だいぶ(ヴェルレーヌやボードレールに近い)象徴主義的詩風になっているのがわかるかしら?レスビアンの恋情が高踏的な表現で綴られているわけだが、この詩で表現されている音楽はやはり高踏的でないとまずいんじゃないか、と思うわね。ところがエゼキエル・パイレスの手にかかると... 。
そして今回のアルバムで取り上げられたもうひとりのいにしえの女流詩人が16世紀ルネサンス期のルイーズ・ラベ(→写真)。この人も日本で研究書が複数出ているようで、グーグルジャパンで「ルイーズ・ラベ」と検索してみたら、いろいろわかる。日本語ウィキで、網紐商人の夫人となったルイーズの異名である「ラ・ベル・コルドニエール(La belle cordière = 美しい網紐商夫人)」を「網屋小町」という訳語で紹介しているのには笑った。それはそれ。エゼキエル・パイレスがこのアルバム『メロペ』の最終曲(11曲め)にルイーズ・ラベの詩をもってきたのはそれなりにわけあってのことだろう。
私の目が涙を流せる限り私の手が網紐を引っ張れる限り
あなたとの過去を悔い
涙とため息を抑えようとする時私の声はほんの少しものを言う可憐なリュートに合わせ、あなたの優美さを歌う
魂があなたのことを理解することしかできないことに甘んじている限りおお甘美な視線よ、おお豊かな美をたたえた眼よ私はそれを自信をもって言いたくはないおお優しき睡りよ、おお私の幸福な夜よ心地よい休息、静けさに包まれ私の夢を毎夜見させ続けておくれ万が一私の哀れな恋する魂が
現実の世界で幸福を知らぬことになろうとも
せめてその幻想だけでも見させてやっておくれ
中世フランス語の韻文なので、雅(みやび)な古文風な日本語で訳すべきところであろうが、私にはそういう教養がないのでごめんなさい。ルネサンス期の(女性の)恋歌である。16世紀にこの女流詩人が切り開いた自由な浪漫詩への敬意/オマージュがあってしかるべきところであるが、エゼキエル・パイレスはこんなふうなのだ(↓)
ロマンティックなピアノと、アンニュイで渋めなクルーナーヴォーカル、後半の弦サンプルの厚めなバックトラック、これは中世浪漫詩とはかなり距離がある、ウルトラモダンなチルアウト音楽ではないですか。
46歳の、たぶん機械が揃っていれば何でもできる人。ストロマエを老成したようなヴォーカルとエレクトロセンス。よく練ったメロディー。たいへん驚きました。バロック(baroque)という言葉は「奇異な、風変わりな、異様な、(真珠が)いびつな」という意味であるが、音楽(文学/建築/美術)の様式の意味に捉われずにあえて言えば、このエゼキエル・パイレスというアーチストは非常にバロックな人だと見た(聴いた)。
<<< トラックリスト >>>
1. Dors - tu ? (poème : Marceline Desbordes-Valmore)
2. Regard en arrière (poème : Renée Vivien)
3. Mélopée (poème : Renée Vivien)
4. L'attente (poème : Marceline Desbordes-Valmore)
5. Elégie (poème : Marceline Desbordes-Valmore)
6. Prélude (instrumental)
7. La fille de la nuit (poème : Renée Vivien)
8. Ni toi, ni moi (Ezéchiel Pailhes)
9. Le beau jour (poème : Marceline Desbordes-Valmore)
10. Opaline (Ezéchiel Pailhes)
11. Tant que mes yeux (poème : Louise Labé)
EZECHIEL PAILHES "MELOPEE"
CIRCUS COMPANY CC022 (LP/CD/Digital)
フランスでのリリース:2022年10月
カストール爺の採点:★★★☆☆
(↓)"L'attente"(詩:マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール)これはエレクトロ・レゲエバラード。
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