2018年11月17日土曜日

2018年のアルバム その1「ぶろる」

アンジェル『ぶろる』
Angèle "BROL"

い空をバックに白ふちの抜き取り文字で "BREL"と書くと、ベルギーが生んだ不世出の大歌手ジャック・ブレル(1929-1978)の遺作アルバム『レ・マルキーズ』(1977年11月17日発表)のジャケットになる(↓写真)。
 この12月で23歳になるベルギーの女性シンガーソングライター、アンジェル(本名アンジェル・ヴァン・ラーケン)のファーストアルバムは『ブロル』というタイトルで、青地のバックに白ふちの抜き取り文字で "BROL"と書かれている。なんらかの意図がないわけがないではないか。ここに私たちは確固としたベルジチュード(ベルギーらしさ、ベルギー気質、ベルギー度)を見て取れるのである。
ベルジチュードに関しては爺ブログのここ(『華麗なるベルジチュード』2015年3月)で爺論が展開されているので参照のこと。あの小さい国のそのまた半分(ワロニー=フランス語圏)から、フランスを凌駕してフランス語文化圏に衝撃を与える作品やアーチストががんがん出てくる。ルネ・マグリット、ジョルジュ・シムノン、タンタン、ブレル、アダモ、アメリー・ノトンブストロマエ.... ふだん「単純な隣人」とコバカにしがちなフランス人たちは、ときおりこのベルジチュードの見事な逆襲に尻尾を巻くことになる。アンジェル、素晴らしい。2018年ベルギー発のわが一等賞アルバムである。
 まず、(→)アルバム裏ジャケが示すように、このお嬢さんは長いブロンド髪でたいへん端正な顔立ちをしている。これだけで音楽アーチストとして面出しをすると、どういうことが起こるかというと、判で押したように「それだけの人」という反応で消される(今日びの日本語ではディスられる)のである。世の人たちは才能もなく頭も悪いのが「ブロンド美少女」であると信じているのだから。ベルギー人のブロンド美人が「実はわたしアタマいいのよ」と言ったって誰が信じるだろうか。ベルギー&ブロンドは70年代から天才寄席芸人コリューシュが徹底的に揶揄した2大ターゲットであった。へへん、そんなもの怖くない、とアンジェルは今の自分から遠いのだけれど正真正銘の自分(どろ〜んとした目の5歳、乳歯が抜けましたぁ!)の顔面ポートレートの大写しをジャケ写に。強烈なインパクト。ベルギーの金髪に強烈な個性などあるわけがない、という説は一発でくじけてしまう。
 うわさはもう1年以上前からあり、彼女の最初のヴィデオクリップ「マーフィーの法則」は 瞬く間にSNS上で1200万ビューを超えた。

マーフィーの法則が解く「トーストパンのバターを塗った面がカーペットに落ちる確率」に代表される、ありとあらゆる「ありえる」災難が自分に降りかかる確率は、思っている以上にありえるのである。ヘアーサロンに行った日には雨が降るのである。銀行窓口の順番待ちで、老女に順番を譲ると、1年分の出納明細の話を始めてしまうのである。駅に行く途中、道を聞かれて親切に教えてやると、電車に乗り遅れるのである。すべてはマーフィーが私を陥れようとして前以て決めていたことなのだ。こういうテーマを訛りのある英語まじりで堂々と歌ってしまうブロンド娘。ただ者ではないと思う一方、このユーモアの質のベルギー的高さに圧倒されてしまうではないか。
 アンジェルはポッと出のアーチストではない。父親は90年代にフランスでも評価の高かったシンガーソングライター、マルカであり、母親は女優・劇作家・ユーモリストのローランス・ビボ、そして3歳上の兄がラッパーのロメオ・エルヴィス(当たり前かもしれないが親父のマルカに本当よく似ている)というベルジアン・ポップ第一線の環境で育ったお嬢さんである。楽器はピアノ(クラシック→ジャズ)を習得。父・母・兄のステージ見てたら、怖いものなど何もなくなるのではないかな。そして2010年代のSNSど真ん中世代、大メディアを必要とせずインスタやユーチューブで才能を開花させていくノーハウをばっちり身につけている。このお嬢さんはひとりで何でもできる。詞曲・アレンジ・クリップ映像のシナリオまで。10歳年上のベルギー人ストロマエを想わせるものがある。
 アルバムからの最新シングル "TOUT OUBLIER"は、兄ロメオ・エルヴィスとの共演である(↓)。

クリップの最初に写真立てに入ったシャルル・ボードレールの肖像が出てくるが、これはリフレインに出てくる "spleen"という言葉にかけてのことで、かの散文詩集『パリの憂鬱(Le Spleen de Paris)』がココロである。リフレインはこう歌う:
スプリーンはもう時代遅れよ、幸せになるのは複雑なことじゃない
スプリーンはもう時代遅れよ、複雑なことなんて何もない
すべて、すべてのことを忘れてしまえばいいのよ
信じたいなら、すべてを忘れることよ
賭けると言ったって、私はもう賭けすぎた
この幸せは、手に入れたかったら絶対に手に入るわ 
と冬の山小屋でチーズフォンデュを食べ、スキーウェアを羽織って小屋の外に出るとそこは真夏のビーチだった。シュールな絵であるが、スプリーンのすべてを忘れようというダンスへの誘いである。一貫して憂鬱な顔が続くところ、どことなくストロマエ "Alors on danse!”(2009年)と共通すると思わんか?
 このお嬢さんの歌には日常の憂鬱や、起こりうる失敗への恨みや、嫉妬(3曲め "Jalousie")や、SNS上の寂寥(7曲め "Victime des réseaux")など、笑いごとではない複雑なテーマが多い。8曲め "Les Matins"はひとりで目覚める朝の泣きたくなるような寂しさを歌うのだが、こんなリフレインだ。
こんな朝が私を泣かせるのよ
朝の真実が私を殺すほどに
夜は私に忘れさせることができるけど
こんな朝が私を泣かせるのよ
私が過ごした孤独の夜のことを
目の当たりに見た瞬間から 
泣かせる歌も書けるお嬢さんなのだ。そして2018年的大事件・大現象も私的主題として反抗的にオピニオンを展開できる。アンジェルは世相も確かな目で捉え、恐れずに独自の視点でコミットしていく。フランスの "#MeToo #BalanceTonPorc"へのシンパシーと、音楽界とくにラップ界のミソジニー(女性蔑視)を告発する2曲め "BALANCE TON QUOI"は勇気ある1曲である。
彼らはみんな動物のように言葉をしゃべる
子猫たち(註プッシー、おまんこ)について悪く言う
2018年の今日あんたに必要なものは何なのか私は知らない
だけど私はもう動物じゃない
ラップがすごく流行ってるのはわかるけど
それは言葉が汚いほど成功するのね
まあそろそろそのコードを破った方がいいんじゃないの?
その先鞭をつけるのがひとりの娘なのは当然でしょ
Balance ton quoi (あなたの何かを告発して)
あんたが女のことを悪く言ったとしても、あんたは心の奥底では理解してるだろ 
Balance ton quoi、いつかは変わるのよ
2017-2018年、女性たちはもう動物ではなくなったのだよ、男たち!アンジェルはアンジェル独自のフェミニズム讃歌をユーモアと風刺を込めて歌う。したたかで明晰な女性の言葉である。
 こんな風にこのアルバムは22歳のしっかりした視点で、世のごちゃごちゃなテーマの数々を歌い上げるのだ。ベルギー流のオールドスクールなテクノ(テレックスを生んだ国だもの) も、凝り性なメロディーも、ダンサブルな展開も、醒めてハスキーな声の歌唱も、みな素敵だ。このごちゃごちゃのことを、フランス語では "bordel"(ボルデル、淫売窟、ごった返し)と言い、ベルギー(ブリュクセル)の町言葉では "Brol"(ブロル)と言うのである。明白に文句なしに圧倒的にベルジチュードの勝利。

<<< トラックリスト >>>
1. La Thune
2. Balance Ton Quoi
3. Jalousie
4. Tout Oublier (with Roméo Elvis)
5. La Loi De Murphy
6. Nombreux
7. Victime Des Réseaux
8. Les Matins
9. Je Veux Tes Yeux
10. La Reine
11. Flemme
12. Flou

ANGELE "BROL"
LP/CD VL RECORDS 0256797720
フランスでのリリース:2018年10月5日

カストール爺の採点:★★★★★

(↓)アンジェル「ゼニ(La Thune)」


*** 2019年4月16日追記 ***
4月15日にYouTube公開された "Balance Ton Quoi" のオフィシャルクリップ。明るい「性差別糾弾」の歌であるが、クリップは内容が濃く、「反性差別アカデミー」という公開講座シーンが挿入され、全然理解できてない受講生としてピエール・ニネイとアントワーヌ・グーイが出演している。
ニネイ「例えば女の子がノンと言っても、そのノンには少しのウィがあることもあるんでは?」
アンジェル講師「ノンはノンなのよ。」
ニネイ「例えば女の子が寝てる時って、ノンかウィかわからないことがあるよね。この場合はウィと考えられることも?」
アンジェル講師「いいえ、そのまま寝かせておきなさい。」
こういうセクハラ教育のイロハを、何度言ってもわからない男共。だったら何度でも言ってやればいいんです。わかるまで。
(↓)"Balance Ton Quoi" オフィシャルクリップ。


0 件のコメント: