2018年11月4日日曜日

炭鉱長屋(レ・コロン)

ピエール・バシュレ「レ・コロン」
Pierre Bachelet "Les Corons" 

詞:ジャン=ピエール・ラング
曲:ピエール・バシュレ
1982年発表

代のシャンソン歌手ジュリエットが2018年2月に発表した13枚目のオリジナルアルバム『私はシャンソンが嫌い(J'aime pas la chanson)』の増補版を10月26日に発表し、他者のシャンソンをカヴァーした新録音4トラックのボーナスCDを追加した。意表をついた選曲。
1. Padam Padam(エディット・ピアフ)
2. Ma préférence (ジュリアン・クレール)
3. Les corons (ピエール・バシュレ)
4. Les brunes comptent pas pour des prunes(リオ)
このプロモーションで10月22日にフランス国営ラジオFrance Interの朝番組「ブーメラン」(ホスト:オーギュスタン・トラプナール)に出演して、生弾き語りで「パダム・パダム」と「レ・コロン」を披露した。


Au nord, c'étaient les corons (北の国 それは炭鉱長屋)
La terre c'était le charbon (大地 それは石炭)
Le ciel c'était l'horizon (空 それは地平線)
Les hommes des mineurs de fond (人間 それは炭鉱夫)

北の国で炭鉱が閉鎖されてから既に四半世紀以上経った時の流れのせいだろうか。オリジナルより数百倍もノスタルジックで憂愁に満ちたジュリエットの歌唱。地方の産業が切り捨てられ、地方が荒廃してしまう歴史はまだまだ続いているというのに。
今から11年前、この歌を向風三郎はその唯一の著作本『ポップ・フランセーズの40年』 の中で解説していたのだが、今日読み返して、えええ?こんな泣けるような文章書いてたのか、とわれながら驚いた。以下再録します。

 私は北国出身であるから、こういう歌は絶対に外さないのである。「エマニエル夫人」(1974年)の音楽を書いたピエール・バシュレ(1944-2005)は、パリ生まれだが、父親の出身地である背伸びして見る海峡の町カレーで育っている。北フランスは19世紀から炭田地帯であり、産業革命期からこの炭田が国を支え、北フランスは多くの移民労働者たちも住む炭鉱長屋(コロン。何列にも続く坑夫住宅棟)がいたるところにあった。イタリア人もオーヴェルニュ(フランス中央山塊)人も多く坑夫としてやってきて、彼らが持ってきたアコーディオン音楽は北フランスでも重要な文化として根付くのである。そしてベルギー同様、美味いビールを産する。この歌でも「ワインはバラ色のダイアモンド」と形容されるほど貴重だが、ビールは安く浴びるほど飲めるものであった。また炭鉱は労働者たちが身を守るために組合と労働運動と社会主義を育てていき、エミール・ゾラの小説『ジェルミナル』を書かせ、歴史的に北フランスは左翼の地盤であった。この歌にも社会主義者ジャン・ジャレス(1859-1914)の名が登場する。
 しかし20世紀後半から炭鉱はひとつ、またひとつと閉山していき、石炭産業は衰えてしまう。人々は職を失い、北フランスは活気を失う。そして移民労働者を追い出せば職に回復できるという排外思想が伸張し、左翼の地盤であったところに極右フロン・ナシオナル党が大きく勢力を張っていくのである。80年代シュティ(ch'ti)()と呼ばれた北フランスの炭鉱夫たち(「Gueule noir グール・ノワール=黒い顔」とも俗称された)は、この地上から消え去りつつあった。そんな時にピエール・バシュレはシュティへのオマージュの歌を発表したのである。
 「北、それは炭鉱長屋。大地、それは石炭。空、それは地平線。人間、それは炭鉱夫。」ー 力強いリフレインである。この土地を愛するように、この職業を愛する人たちがいる北の国、ピエール・バシュレはその国の子であることを誇りに思うと歌う。素朴だが厳しい北の生活とその労働者たちへの讃歌は、数週間にしてシングル100万枚を売り、北だけではなくフランス全土がこのリフレインを歌ったのである。82年、オランピア劇場でフィナーレの曲として「レ・コロン」を歌い舞台から引き下がったバシュレは、総立ちのオーディエンスによるこの曲の大合唱によって舞台に引き戻されている。
 「レ・コロン」はひとつの職業の終わりを記録した歌でもある。91年12月、北フランスに残された最後の炭鉱が閉鎖された。19世紀から続いた産業革命はやっと終わったのである。顔を真っ黒にして働く北の人間はもういない。
)向風は「シュティ」を炭鉱夫の呼び方であるように書いたが、これは間違い。シュティは北フランス、ノール=パ・ド・カレ地方の土地っ子全般のことで、その方言「シュティミ」を話す人々。原文を訂正してもよかったのだが、あえてそのまま再録。
(↓)ピエール・バシュレ「レ・コロン」(1982年)

(↓)2013年、北のプロフットボールチーム RC LENS(ランス)のサポーターたちによる「レ・コロン」のスタジアム大合唱。



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