2009年1月10日土曜日

氷山は簡単には溶けない



 (←視界がせまい!)
 アラン・ルプレスト『氷山が溶けてしまう時』 
 Allain Leprest "Quand auront fondu les banquises"


 配給会社(L'Autre Distribution)がステッカーをベタベタ貼るので、どういう図なのかわからないではありませんか。これでは検閲されているみたいです。アーチストやジャケ制作したアートデザイナーの身にもなってください。責任者リュック・ジェヌテーの反省を促します。
 とは言うものの、これは勲章が3つ。見せたい気持ちもわかります。フランスで最も権威あるシャンソン専門季刊誌コリュス(CHORUS)の最高評点"COUP DU COEUR"。フランスで最も硬派な総合カルチャー週刊誌テレラマ(TELERAMA)の最高評点"ffff"(これは爺の最も信頼するシャンソン批評家ヴァレリー・ルウーの評です)。そしてフランスで最も歴史あるレコード芸術振興団体アカデミー・シャルル・クロの"Grand Prix"。言っておきますが、これは金で買えるものではありません。大レコード会社が裏で根回しすれば手に入るというものではありません。
 言わば、高度な専門家たちの異口同音、満場一致の最高評価です。ルプレストの場合、これはいつものことなのです。以前このことは雑誌にも書きましたけど、それだからと言ってルプレストのアルバムが売れるとか、テレビ/ラジオで紹介されるとか、そういうことにはならないのです。いつまでも孤高のマージナルアーチストなのです。それは本人が望んでいるわけではありません。
 これは死の床からの帰還を記念するアルバムです。言葉の出どころとも言える「脳」を冒され、その手術と闘病の間にすべてを閉ざされた男が見ていたものを記憶するアルバムにも聞こえます。覚醒したような、悟ったような、いろいろなものを許した後のような、「ザ・デイ・アフター」な雰囲気と言いましょうか、なにかが変わってしまったという感じが支配的です。それは大病後のやや頼りない声、ということだけではないでしょう。こんなに「丸い」ルプレストを聞いたのは初めてだ、ということです。実際の年齢が54歳でも、急激に20歳老けてしまったような...それでも枯れるというのではなく、丸みをつけていく老いと言いましょうか。
 3曲め「ポーヴル・レリアン」(Paul Verlaineポール・ヴェルレーヌ自身によるアナグラム)で、第一行が Il pleut, Paris fait sa Brussel(雨が降り、パリがブリュッセルに早変わり)と来ます。目の前を瞬時にして変えてしまう、ルプレスト流の第一行アートの力です。9曲め「張り出し窓(ボウ・ウィンドウ)」のリフレインが、Je n'aime rien tant / Rien ne m'émeut tant / Que toi (ジュ・ネーム・リヤン・タン / リヤン・ヌ・メムー・タン / ク・トワ)と来ます。私はおまえほど愛したものは何もない、おまえほど私を揺り動かせるものは何もない。訳すとありがたみが消えてしまいますが、この人にあって詩は何よりも強い、と改めて脱帽します。
 自分の死の床からの眺めを描写する4曲め「俺が死んでいた時」(作曲がドミニク・クラヴィック)、環境破壊のザ・デイ・アフターを歌う表題曲5曲め「氷山が溶けてしまう時」(「ジョージ・W・ブッシュに捧ぐ」と端書きあり)、活き活きとしたコスモポリタン下町メニルモンタンを言葉遊びで茶化す12曲め「メニルマヌーシュ」...挙げていたらきりがない佳曲ぞろい。それでも声のプレゼンスと、僚友ディディエ・ロマンのピアノ、この二つがこの傑作の大きな決め手だと、私は思うのです。二人に深い敬意を。

<<< トラックリスト >>>
1. Les Tilleuls
2. Nananère
3. Pauvre Lelian
4. Quand j'étais mort
5. Quand auront fondu les banquises
6. Arrose les fleurs
7. En joue
8. Amante ma jolie
9. Bow window
10. J'habite tant de voyages (en duo avec Yves Jamait)
11. SOS
12. Ménilmachouch'
13. Qu'a dit le feu qu'elle a dit l'eau
14. On leur dira

ALLAIN LEPREST "QUAND AURONT FONDU LES BANQUISES"
CD TACET/L'AUTRE DISTRIBUTION TCT081101-1
フランスでのリリース 2008年12月



(← セロファン包装を取ると、こういう姿)









PS 1 (1月11日)
1月5日に国営TVフランス2でスポット放送された"CD'AUJOURD'HUI" アラン・ルプレスト『氷山が溶けてしまう時』
 

0 件のコメント: