Massilia Sound System "Sale Caractère"
マッシリア・サウンド・システム『性悪』
2014年の青いアルバム『マッシリア』から7年後、マッシリア・サウンド・システムの9枚めのアルバム『サル・キャラクテール』である。前々作『ワイと自由』が2007年であるから、同じように7年のインターヴァルを置いてマッシリアは還ってきた。2014年、前作『マッシリア』、ドキュメンタリー劇場映画『マッシリア・サウンド・システム:ル・フィルム』(クリスチアン・フィリベール監督)、400ページの大著評伝"Massilia Sound System - La Façon de Marseille"(カミーユ・マルテル著)、そして全国ツアーで結成30周年(一応1984年結成ということになっている)を祝ったこの中高年たちがまた還ってきた。なぜ還ってくるのか。それは私が7年前アルバム『マッシリア』の紹介記事にも書いたことだが、マッシリアがいくら30+α年間がんばってきても、その地盤マルセイユ(およびプロヴァンス、ひいてはオクシタニア)は少しも良くなっていないどころか、日に日に悪くなっているということに、この中高年バンドは黙っておれないからなのだ。
マッシリア・サウンド・システム『性悪』
2014年の青いアルバム『マッシリア』から7年後、マッシリア・サウンド・システムの9枚めのアルバム『サル・キャラクテール』である。前々作『ワイと自由』が2007年であるから、同じように7年のインターヴァルを置いてマッシリアは還ってきた。2014年、前作『マッシリア』、ドキュメンタリー劇場映画『マッシリア・サウンド・システム:ル・フィルム』(クリスチアン・フィリベール監督)、400ページの大著評伝"Massilia Sound System - La Façon de Marseille"(カミーユ・マルテル著)、そして全国ツアーで結成30周年(一応1984年結成ということになっている)を祝ったこの中高年たちがまた還ってきた。なぜ還ってくるのか。それは私が7年前アルバム『マッシリア』の紹介記事にも書いたことだが、マッシリアがいくら30+α年間がんばってきても、その地盤マルセイユ(およびプロヴァンス、ひいてはオクシタニア)は少しも良くなっていないどころか、日に日に悪くなっているということに、この中高年バンドは黙っておれないからなのだ。
2020年、マルセイユでは25年間におよんだ保守ジャン=クロード・ゴーダン市政に終止符が打たれ、エコロジスト+左派共闘による新市政(EELVミッシェル・リュビロラが新市長としてスタートしたが病気のため退き、社会党ブノワ・ペイヤンが現市長)が誕生した。とは言えこれはマッシリアにとっては特段喜ばしいことではない。もとより既成政党による「中央から見下す」地方政治に異を唱えてきたオクシタニストたる彼らにしてみれば、保守と大差ない首のすげ替えでしかない。だがその30数年間でどうしても許し難く、声を大にして抗戦しなければならないのは、極右の伸長である。その中心勢力たるRN(ラサンブルマン・ナシオナル=国民連合、旧称"FN"フロン・ナシオナル=国民戦線)は、2020年2月以来のコロナウィルス・パンデミック下にあって、大統領マクロンが見えない敵との「戦争」と名付けて一種の挙国一致体制で前代未聞の感染病と戦っている状況の中で、唯一政府対策にことあるごとに批判的な声明を出す政党として”存在感”をアピールしてきた。このコロナ禍状況で、2022年大統領選挙の闘いは各党ともキャンペーンを本格的に開始できない自粛傾向にあったが、2017年5月大統領選の決選投票敗北の時から既に雪辱戦キャンペーンを開始していたマリーヌ・ル・ペン(RN)はひとり他候補(立候補予定者)たちよりも何十歩もリードしていた。2021年5月現在、調査機関IPSOSのアンケートによると、2022年大統領選第一次投票の得票予想はマリーヌ・ル・ペンが 28%〜30%で、現職のエマニュエル・マクロン(25%〜27%)をリードしている。
そして今現在(2021年6月)の関心事として、6月20日(第一次投票)と27日(第二次投票)に行われるフランス地域圏選挙(Elections régionales)&県選挙(Elections départementales)がある。マルセイユのある地中海沿い南東フランスの地域圏プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール(通称”PACA = パカ")では、ニュース専門TV局LCIのアンケート調査によると、現職地域圏知事の保守ルノー・ミュズリエがマクロン大統領派政党LERMとの共闘が成立したにもかかわらず、予想得票率が35%にとどまり、極右RNのティエリー・マリアニ(39%)に負けるということになっている。地中海沿いの南仏地域圏PACAがRN圏に!? これは大危機ではないか。
こういうことになるからマッシリアはたとえ老体になっても、マルセイユ人、プロヴァンス人、オクシタニア人たちに激弁をふるって警鐘を鳴らし、何度でも言って聞かせなければならないのですよ。
新アルバムの音楽的屋台骨は「ラバダブ Rub a Dub」である。すなわち1970年代ジャマイカのダンスホール・サウンド・システムの原初的なレゲエ・ルーツのスタイルに立ち返って、ということなのだ。ヴィンテージな機械と電子楽器のリディム(インスト)とサンプルによる100%卓上づくりのバックトラックである。驚くかもしれないが、ブルー(Bluことステファヌ・アタール)のギターもバンジョーも聞こえない(やっと12曲め「早かれ遅かれ Tôt ou tard」でバンジョーとアコギが)。前作前々作でブルーのよく鳴るギターのせいで「マッシリアのロック化」のようなことも言われたものだが。これは、マッシリアのオフィシャルなファーストアルバムと言われる『パルラ・パトワ(Parla Patois)』(↑写真、1992年)の30周年(マイナス1)、ということがおおいに関係しているらしい。2015年に44歳の若さで他界したゴアタリ(Goatari Lo Minot、マッシリア在籍1989年 - 1996年 ターンテーブル/キーボード/リズムボックス)への弔いということもあろう。あの頃のスタイルで初心に還り、とジャリ・パペ・Jとタトゥーがイニシアチブを取ったのだ。
そして今現在(2021年6月)の関心事として、6月20日(第一次投票)と27日(第二次投票)に行われるフランス地域圏選挙(Elections régionales)&県選挙(Elections départementales)がある。マルセイユのある地中海沿い南東フランスの地域圏プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール(通称”PACA = パカ")では、ニュース専門TV局LCIのアンケート調査によると、現職地域圏知事の保守ルノー・ミュズリエがマクロン大統領派政党LERMとの共闘が成立したにもかかわらず、予想得票率が35%にとどまり、極右RNのティエリー・マリアニ(39%)に負けるということになっている。地中海沿いの南仏地域圏PACAがRN圏に!? これは大危機ではないか。
こういうことになるからマッシリアはたとえ老体になっても、マルセイユ人、プロヴァンス人、オクシタニア人たちに激弁をふるって警鐘を鳴らし、何度でも言って聞かせなければならないのですよ。
新アルバムの音楽的屋台骨は「ラバダブ Rub a Dub」である。すなわち1970年代ジャマイカのダンスホール・サウンド・システムの原初的なレゲエ・ルーツのスタイルに立ち返って、ということなのだ。ヴィンテージな機械と電子楽器のリディム(インスト)とサンプルによる100%卓上づくりのバックトラックである。驚くかもしれないが、ブルー(Bluことステファヌ・アタール)のギターもバンジョーも聞こえない(やっと12曲め「早かれ遅かれ Tôt ou tard」でバンジョーとアコギが)。前作前々作でブルーのよく鳴るギターのせいで「マッシリアのロック化」のようなことも言われたものだが。これは、マッシリアのオフィシャルなファーストアルバムと言われる『パルラ・パトワ(Parla Patois)』(↑写真、1992年)の30周年(マイナス1)、ということがおおいに関係しているらしい。2015年に44歳の若さで他界したゴアタリ(Goatari Lo Minot、マッシリア在籍1989年 - 1996年 ターンテーブル/キーボード/リズムボックス)への弔いということもあろう。あの頃のスタイルで初心に還り、とジャリ・パペ・Jとタトゥーがイニシアチブを取ったのだ。
その先陣を切ってアルバム1曲め「ア・カヴァロ(A cavalòt)」(騎馬)(以下、青字リンクを貼った曲はYouTubeに飛んで試聴できます)は、老兵ジャリとタトゥーによるマッシリアのオールドスタイルを誇示するような、丁々発止のチャチュ合戦が見事なラガの逸品である。
目を覚ませ、寝床から立ち上がれ眠っていたらおまえの人生は変わらないんだタトゥーとジャリが合体した
これがラバダブ、いかしたラバダブ・スタイルさ!
このマルセイユのサウンドが聞こえたらおまえはケツをふりふり勇しくなるんだこのマルセイユのサウンドが聞こえたらおまえは身軽になって
イライラなんか気にならなくなる
そうさ、マルセイユはおまえの一部さ(A cavalòt)
この二人にあこがれて、マッシリア親衛隊であるマッリシア・チュールモのメンバーとしてバンドに近づき(故リュックス・Bと共に)1993年にMCに昇格していったガリ・グレウは、マッシリアが単なる音楽バンドではなく音楽・マルセイユ文化・博愛主義・反ファッショなどを共有する大きな共同体の推進者であることを、人一倍肝に銘じているMCである。2曲め「カーザ・マッシリア(Casa Massilia)」は、ガリの発声で開かれた共同体としての"マッシリア一家”を歌う、3人MCの揃い踏みのファミリー賛歌である。
(ガリによるリフレイン)
おまえが必要なものすべておまえにやろう何の問題もないおまえにすべてやろう取り決めなんかないさおまえにすべてやろう(ジャリ)
マッシリア亭へようこそ、気楽にしてくれ客は王様と言うが、ここには客なんかいない友だちしかいないんだ、友だち、
踊って笑い合う元気なやつら、みんな喜んでるみんなここにエネルギーをくれに集まってきたんだそしてエネルギーをもらいにもね、それがMCたちの魔術さ絶対遅れて来るなよ、おまえの目が星のように輝くのさマッシリア亭には毎晩でも来ていいよ、ここはオープンバーさ
(Casa Massilia)
アルバムタイトル曲「サル・キャラクテール(性悪)」は、舌を出して悪態をつく女の子がジャケになっているが、テーマはムカつき老人である。すなわち状況がこれ以上悪化するとムカつきにとどまらず爆発してしまいそうな老人の心をジャリとタトゥーがまくしたて、ガリがこのジジイたちを怒らせたらあかんで、と援護する。
(リフレイン:ジャリ)
わしらは性悪なんで、わしらの前を横切ったらいかんぞさもないとわしらは自制心を失い、全部ひっくり返してしまうぞ
わしらは性悪なんで、怒らせたらいかんぞ
一歩うしろに引いてろ、わしらを調子に乗せたらいかんぞ
(Sale Caractère)
(↓)そのオフィシャル・クリップは(予算をかけた)”時代活劇”風に脚色されたバーレスク悪漢ムーヴィーであるが、この人たちは役者としては今ひとつもふたつもなので....意図はわかりますけどね。評価は分かれるところであろう。
癇癪持ちの老人の歌とは一転して、老いたタトゥーが波止場のベンチにひとり座って、過去と現在を無気力な目で追ってしまうバラード曲「イヤフォンに聞こえるのは(Dans l'Oreillette)」(5曲め)も印象的な(年寄り)歌である。
年月、過去前進、退却成功、失敗まんまと見逃した機会まだおまえは刀を抜けるかい?頭を持ち上げられるかい?それとも口をつぐんだままおまえの時がほつれ散ってしまうのをただ見ているのかい
つけたイヤフォンから聞こえるのは
前世紀のレゲエ
(Dans l'Oreillette)
そう言えば、私たち年寄りは前世紀の音楽ばかりヘッドフォンで聴いているなぁ。
そしてマルセイユに言及する曲がある。2013年”欧州文化首都”マルセイユ=プロヴァンスという大イヴェントをきっかけに、低所得者層を駆逐して新たな裕福階層が大手を振るうようになったマルセイユ。ガリとジャリによる「露頭に(A la rue)」(6曲め)。
(リフレイン:ガリ)不幸なことさ、マルセイユが露頭に迷うマルセイユは露頭に迷っているもともとそうだったように、おまえはそうなってしまった
マルセイユ、不幸なことさ
(ジャリ)
マルセイユが露頭に迷っているのなら
それは路地が全部マルセイユのものだったらいいさ
ここでももう立ち行かないんだ、古い亡霊がまた現れる
犯罪は金のためになるし、儲かるってみんな知ってる
ラ・ローズ地区からジュリアン遊歩道まで、海岸の端から端までやつらはたんまりもうかって、金は仲間うちで流れていく
裕福で飽食したやつらは強力な手段をつかう
弁護士たちはやつらをそそのかして、団体を組織する怪物のような建築ブームはまだまだ終わらないこれが雇用を拡大し続ける唯一の工場さ個人的に俺にはこれが頭痛の種なんだ俺の住んでる界隈のことだから悪意ある回答と、まずい質問ばかりさ
(A la rue)
何が悪いのか、何が原因なのか。私たち年寄りは飽きるほど繰り返し言っているのだが、何度言ってもわからない人たちがいる。もうそんなものは聞き飽きたと言われても、年寄りは言い続けるしかない。マッシリアはもう一度はっきり歌っている。すべての悪は資本主義に由来するのだ、と。労働革命歌のように勇ましい7曲め「市場経済(Lo Mercat)」。
すべては買われ、すべては売られる俺はもっぱら買ってばかりすべては買われ、すべては売られる俺はもっぱら払ってばかり金は金を呼ぶ俺には頭と両腕しかない金は金を呼ぶ俺は太れるわけがない
市場経済は全能だ誰にも選択の余地はないようだ金持ちがその舵取りでそべてはやつのお好みしだい金持ちが司令官で俺は服従するしかない
(リフレイン:タトゥー)
Le Capitalisme est une cochonerie 資本主義は汚辱そのものだQui nuit gravement à la santé 健康に非常に有害なもの
C'est une véritable saloperie 不潔きわまりないものだ
Qui devait être prohibée 禁止されるべきものだ
Le Capitalisme est une maladie 資本主義は疫病だQui détruit notre humanité われわれ人類を破滅させる
C'est une dramatique pathologie それは悲惨な疾病だ
Qui devrait être éradiquée 根絶されるべきものだ
(Lo Mercat)
アルバム中、一曲だけ(地中海)オリエント風味がかかった曲。タトゥーの趣味だと思う。そのメッセージもタトゥーの力量である。資本主義は根絶されるべき疾病である。想像してみよう。2020年から2021年、全人類は前代未聞の疫病と戦ったのである。人類の総意によってこの疫病を克服しようとしたのである。いつか人類は同じようにこの資本主義を根絶するために立ち上がるだろう(か?)ー ま、何言われたって、言い続ける年寄りはいるわけで、マッシシアも私もその点では連帯してますよ。
連帯ということでは10曲めに「連帯万歳 Vive la solidarité」という3人のMCのマニフェスト的な曲がある。
(リフレイン:3人)
これはわが家でつくった歌
友だちを労わらなければならないと歌ってるこの歌は気取らずに語ってるんだ
Conosには禁止だ、「連帯万歳」
(3番歌詞)
(タトゥー)都市に郊外に田舎に山々から海原まで歌は広がり、あらゆる人々に歌われる自分に勇気を与えるために、赤ん坊を寝かしつけるために「連帯万歳」の歌が聞こえてくる
(ガリ・グレウ)
この歌は朝の目覚めから、シャワーをあびる時にもついてきて
きみの耳から入って、そしてきみの口から出ていくんだいたるところで歌われ、ロシア語にもオック語にもウルドゥー語にもなってペキンやリオやウガドゥーグーでも定番曲さ
(ジャリ・パペJ)地球上のすべてのヒットチャートで1位
それでこの歌がのぼせ上がったりはしないさ
心配するな、この歌は絶対に下手に歌われることはない
Conosには禁止だ、連帯万歳!
"Conos(コノ)”とはオック・プロヴァンサル語、スペイン語、カタロニア語その他で「愚か者」「まぬけ」を意味する罵倒語であるが、ここでは1990年代からマッシリア・チュールモが展開している反ファシスト/反極右の運動 "STOP CONO MOVEMENT"が示しているように、極右および極右支持者の意味。極右だけは断じて止めなければならない。この点で私たちは連帯を崩してはいけないのだよ。
今は全曲について歌詞紹介はしないが、求められれば(日本でアルバム配給するという会社が現れたりすれば)やりますよ。ジャリ・パペJとタトゥーと私は同世代である。年寄りはまだまだ言わなければならないことがあり、引っ込んでろと言われても出てきますよ。次はマッシリア40周年か。私ももう少し長生きしよう。
<<< トラックリスト >>>
1. A cavalòt
2. Casa Massilia
3. Nine
4. Sale Caractère
5. Dans l7Oreillette
6. A la rue
7. Lo Mercat
8. Drôles de poissons
9. La Mouche
10. Vive la Solidarité
11. Bòma Adreiça
12. Tôt ou tard
13. Uei
MASSILIA SOUND SYSTEM "SALE CARACTERE"
CD/LP/Digital Manivette Records MR20
フランスでのリリース:2021年6月4日
カストール爺の採点:★★★★☆
カストール爺の採点:★★★★☆
(↓)「性悪(Sale Caractère)」スタジオセッション動画
(↓)「カーザ・マッシリア(Casa Massilia)」スタジオ・クチパク動画
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