2017年6月11日日曜日

T'as l'air con chez toi ? (エアコンある?)

ジュリ・ブランシャン・フジタ『ジェーム・ル・ナットー』
Julie Blanchin Fujita "J'aime le nattô"

 本にいるちょっとだけ日仏バイリンガルな日本人友人(女性)に誕生日プレゼントで送るつもりで買ったのですが、読み出したら止まらなくなりました。ジュリ・ブランシャン・フジタは1979年フランス西海岸シャラント・マリティーム県サント(ジ・アトラス・マウンテンズのフランソワと同じ出身地ですね)生まれのイラストレーター/BD作家です。この本の序章のような生い立ち紹介によると両親とも美術教師&絵描きで、お金はそんなになくても廃屋を買って改装して売りに出すような器用/ラヴ&ピース/自由気ままな家庭環境だったようで、ジュリさんも色々反抗しながらもリセから絵描き方面の学校に進みます。美術系のディプロマは取っても職にありつけない悪戦苦闘は「アマゾンでの生活よりも辛い」と、それよりも若干楽なアマゾンに滞在すること6ヶ月、その体験をBD作品化したところ出版社が見つかり、その作品が各方面で目に止まり、学術系のイラストレーターとしての道を歩むはずだったんですが...。日本の極地動物研究チームに同行して日本の南極観測船「しらせ」に乗って南極へというプロジェクトへのフランスの助成金が断ち切られ、明日をも知れぬ状態でジュリは日本にやってきてしまいます。これが2009年10月のこと。
 それ以来、東京(+近郊)で畳アパート暮らしで、東京&日本に溶け込んでいくのですが、住んだところが町田、鶴瀬(埼玉県)、目黒、碑文谷(学芸大学)、清澄白河... なんていう、私のような東京知らずにはエキゾチックなところばかりなのです。
 
230ページのバイリンガル(仏日語)イラストレイティッド生活体験記です。えらいのは、立派にバイリンガルなんですよ。多分に日本人夫の協力は得ていると思いますけど、(→)こんな感じで、手書きフランス語と手書き日本語が並んで乗ってます。ただ、本当にバイリンガルの人にはわかる、この仏文と日文の微妙な違いや意図的なはしょり方が実は非常に面白いのです。だからこれは絶対両方読まなければなりません。
 フランスとは大きさも黒光りも違う日本のゴキブリが飛ぶこともできるという驚愕の発見や、電車の中は深々と熟睡できる環境だったり、 歩道を傍若無人に暴走するママチャリへの恐怖、ゆるキャラやマスコットの氾濫(警察マスコットのピーポくんの「万引きはダメ、本は買いましょう」ーこんなん初めて知りましたよ)... などなどその観察眼はやや「不思議の国ニッポン」風ではありますが、ベースには日本の大衆生活の見事さを愛でるリスペクトがあります。
そして本のタイトル通り、日本の大衆食への偏愛があります。『ジェーム・ル・ナットー(私は納豆が好き)』はマニフェスト的です。よく言われることですが、これは非フランス人にとっての香りのきついフレンチ・ナチュラル・チーズ (fromage qui pue)と同じで、その国の人でなければ最初は一様に拒絶感をあらわにします。納豆に至っては頑なに拒絶する関西人たちも多いでしょう。本書のジュリさんも最初はダメなんですが、やがて大ファンになっていきます。日本食は何でも食べられるけど納豆だけはダメというガイジンとは「チョトチガイマス」という誇らしさが。
 この日本生活体験記の中に、2011年3月11日の東日本大震災も描かれています。18ページのスペースを使って、大地震体験から、日本人と滞日欧米人などに入る情報の違い、フランス国による退避勧告で沖縄に一時疎開といったことが描かれています。これはフランス人にも日本人にも一般にはあまり知られていなかった「あの時の在日フランス人」の貴重な証言だと思いますよ。
 そしてイッセイ(一世)君という秋田出身の若者と恋に落ちて、悪戦苦闘の挙句、フランスで二人で新生活を始めようと日本を去るというエピローグで終わる本ですが、日本を去る前に若者の郷里の秋田に行き、雪に埋もれた温泉宿「鶴の湯」に一泊します。そこで雪の露天風呂に二人で浸かっていると、イッセイ君の姿が見えなくなり、そこに一羽の鶴が舞い降りてきます。鶴はジュリさんの頭に乗った温泉手ぬぐいをくちばしでツンツンと突きます。あ、これはもしかして...。そうです、これはフランスではコウノトリ(シゴーニュ)が運んでくるもの...。
 こういう風に日本が見られたら、そりゃあ、日本だって捨てたもんじゃないですよ。西洋白人(女性)からの恵まれた日本観察という偏見を打破できるのは、まさにこのバイリンガル視線だと思いますよ。結局日本語をものにできなかったアメリー・ノトンブとの決定的な違いはこれです。多くのバイリンガル人にお勧めできる本です。

JULIE BLANCHIN FUJITA "J'AIME LE NATTO"
Hikari Editions刊 2017年5月、230ページ  18,90ユーロ

(↓)ジュリ・ブランシャン「納豆が好き」のプレゼン。

2 件のコメント:

UBUPERE さんのコメント...

UBU PEREです。"T'as l'air con chez toi" 最高です!

いつもながらひとひねりもふたひねりある諧謔に富んだタイトルに脱帽!

Pere Castor さんのコメント...

Ubu pèreさん、コメントありがとうございます。
この本には日仏バイリンガルの人たちにのみわかるこういう「意味ずらし」がよく効いているところが所々に。l'Air Con は在日フランス人同士の blague として紹介されています。