2016年1月14日木曜日

ア・ロング・アンド・ワインディング・ロード

ミッシェル・デルペッシュ『生きる!』
Michel Delpech "Vivre !"


 ボウイーと同じ新年に、ボウイーと同じ歳(69歳)、ボウイーと同じ病気(ガン)で逝ったデルペッシュ。ボウイーの命日以後はとたんに目立たなくなってしまいましたが、それはそれでいいではないですか。本書は2015年6月に刊行されたもので、文面から推定すれば書き始めは2013年。デルペッシュが初めてその深いキリスト教帰依を告白した本 "J'ai osé Dieu..."(Presse de la Renaissance、2013年11月刊)の推敲が終った頃、一度克服したはずのガンが3ヶ月後に場所を変えて再発します。しかもそれは歌手の命である喉と舌という場所に。再入院、放射線療法、化学療法など、さまざまな治療のさなかにノートに書き綴っていたものだそうです。
 温厚な人、控えめな人、自分より上のものがあるということをよく知っている人、例えば料理にかけては私はこの人にはかなわないという人の料理はおいしい、道をよく知っている運転手がいるときは行程は彼にまかせる、室内装飾は私の妻にはかなわないのですべて彼女の趣味に従う。舟に乗ったら船頭にまかせる。そういうあたりまえだが実際には難しいことを、この人が書いたらとても説得力があります。
 長いスランプ期、離婚、極端な鬱病、アルコールとドラッグ。学校を出ていない(バカロレアも取得していない)ということをすごく気にしていた人。その基礎のない(と彼が思っているだけで、誰も専門分野には基礎などないのですけど)頭で、哲学書や宗教書(主にキリスト教と仏教)を読み漁り、宗教秘跡めぐりの旅に出たりするわけですが、その長い時間にどんどん落ち込みは深くなっていきます。こうやって手短かに書くのは簡単ですが、その期間は20年も続いたのですよ。
 歌うことは職業ではない。彼は歌うために生まれてきた。歌い、酔わせ、踊らせ、言葉とメロディーを伝え、共にエモーションを分ち合い、旅から旅へ、新しい歌を作り、新しい出会いと共感を...。トゥルバドールの一生をデルペッシュは後悔していない。トゥルバドールであることを誇らしげに語っている本です。
 この本の結びの段落を以下に訳します。最後のあの有名な曲の題の引用が、定冠詞の「ザ」ではなく、不定冠詞の「ア」であること、これがデルペッシュという人の度量の深さのすべてを語っているように思いませんか。

 時の流れに沿って、多くの幻想は消え去っていく。荷は軽くなる。まちがいなく頂点に近づいていく。そして人は頂点に至り、自分を幸福だと思うことができる。しかしこの頂点は外界の動きに由来するものではない。それは人が物事を見つめ、それを把握するしかたに由来する。これは内的な作業である。妻と子供たちから愛されるだけでは十分ではないのだ。それはそれで素晴らしいことだが、十分ではないのだ。頂点はその上を行く。それは道探しである。人が向かうべき何か。私が名状することはできない何か。それは平静だよ、きっと。ア・ロング・アンド・ワインディング・ロード....
(Michel Delpech "Vivre!" p140)

MICHEL DELPECH "VIVIRE!"
Plon刊 2015年6月 140ページ 14ユーロ

(↓)2016年1月8日、パリ、サン・シュルピス教会での葬儀。

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