2014年12月9日火曜日

ノー・ウーマン、ノー・クライ

リディー・サルヴェール『泣かないで』
Lydie Salvayre "Pas Pleurer"
2014年ゴンクール賞受賞作品

 ←表紙カヴァーつき(下)となし(上)の2種類が本屋さんに並んでいます。2014年8月に出版された本ですが、11月にフランス文学賞の最高峰ゴンクール賞を受賞して、このように赤い腰巻きがつくようになりました。私の印象では下の黒いベレー帽(スペイン革命の象徴のひとつ)を被った鋭い眼光の少女の半顔というイメージは、小説の全体を誤って単純化しているようで、感心しません。駅キオスク売りのスパイ小説、いわゆる「ロマン・ド・ガール(駅小説)」(日本では英語表現にならって"エアポート・ノヴェル"と呼んでいるようですが)のチープさも匂ってきて残念ですね。
 さて、女性の年齢のことを言うのはエレガントさに欠けることとは知りながら書きますと、このリディー・サルヴェールは当年66歳(1948年生れ)で、作家として1990年代から20編をこえる作品があり、1997年に小説『幽霊師団(La Compagnie des Spectres)』で「11月賞」(アンチ・ゴンクールを標榜した1989年創設の文学賞で、 現在は「12月賞」に名称が代わっている。因みにサルヴェール受賞の翌年1998年にミッシェル・ウーエルベック『素粒子』がこの賞を取っている)を受賞していて、キャリアも貫禄も評価も十分な安定した地位にあります。私たちにちょっと縁の近い分野では、ノワール・デジールのセルジュ・テッソ=ゲー(g)とジャン=ポール・ロワ(b)と共演した朗読CD "Dis pas ça"(2006年)というのもありました。 しかし、新しい才能やこれまで賞を取っていない作家たちに与えられるのが通例のように思われていたゴンクール賞にしては、サルヴェール受賞は異例、意外、驚き、といったメディアの反応が多いのです。それはそれ。年寄りが取ったって、いいじゃないか、で済ませましょう。
 小説は、話者(私。名はリディア)の母親(名はモンセラット。愛称モンツェ)が語るスペイン戦争の頃の体験をクロノロジー的に綴ったものです。時は1936年、舞台はスペイン(カタロニア)の小さな村。スペイン戦争は、人民戦線政府に対して蜂起したナショナリスト反乱軍との1936年から3年にわたって戦われた内戦であり、70万もの死者を出しながら、フランシスコ・フランコ(1892-1975)率いるナショナリスト軍が共和国軍を破って全権を掌握して独裁政治が始まる、というおぞましい結末があります。
 小説の中でこの戦争を証言するのは二人で、この二人は場所も立場も違うところでそれを体験するのですが、出会うことも交信することもない他人です。ひとりは前述のモンツェで、この時15歳の少女です。もうひとりはフランス人作家ジョルジュ・ベルナノス(1888-1948)です。厳格なカトリック信者にして、王党派極右運動であるアクシオン・フランセーズを支持して、反共主義の論陣を張っていた作家です。代表作に『悪魔の太陽の下に』(1926年)、『田舎司祭の日記』(1936年)などがあり、日本でもほとんどの著作が邦訳されています。そのベルナノスが1936年にマジョルカ島に滞在していた時に、この内戦が勃発し、ナショナリスト軍に制圧された島で、夥しい数の人々が(理由もなく/裁判もなく)ところ構わず銃殺刑になっていくさまを目撃するのです。当時のスペインのナショナリスト側のボキャブラリーではこの殺される人たちは「悪い貧乏人」と呼ばれます。すなわち社会主義や共産主義に洗脳され、世の秩序と「神」の秩序を乱す人々と見なされたわけです。ベルナノスはこの地獄のような民衆虐殺劇の連続をローマ法王庁が認めるばかりか、法王がフランコ軍を祝福し、宗教的なバックアップまで買って出たことに底なしの幻滅と絶望を覚えてしまいます。それまで極右を支持し、息子のナショナリスト軍・ファランヘ党への参加をたいへんな誇りにしていたフランス人カトリック作家は、マジョルカ島で実際見たもののために180度の思考転回をよぎなくされ、意を決してこの民衆虐殺を告発する文章を発表し始めるのです。この惨劇を小説化した作品が『月下の大墓地』(1936年)です。つまりベルナノスはこのスペイン戦争にこの世の地獄を見たわけです。
 しかし、この小説の真正な主人公である15歳の少女モンツェは、カタロニアの田舎に突然実現してしまったコミューン的ユートピアに夢のようなひと夏(1936年7月)を体験するのです。何世紀も前から貧乏に生まれて死ぬことを運命づけられた農家にあって、父母は物を言わずに生きることを美徳として子供たちを育てようとしましたが、ある日、モンツェの兄のホセは町に出て帰ってきたらすっかり変わってしまいます。無学だった兄はその町での数日間で、無政府主義(バクーニン主義)に染まってしまったのです。 これは(例として適当かどうかわかりませんが)ロックンロールとの出会いと同じように強烈で乱暴でクレイジーなのです。貧農の長男で不良のボス格だったホセは、その覚えたての革命家気取りの演説で、彼の周りに若いアナーキストグループを組織します。両親に反抗し、古い世の中に楯突く兄をモンツェはまぶしく見ています。
 この夏モンツェは村の大地主の家に女中として雇われることになっていました。この大地主には養子として入った跡取り息子ディエゴがいます。20歳のディエゴは高等教育を受けたインテリで思慮深い男ですが、出自の事情から親に対して反抗的で、共産党に入党します。このディエゴは子供の頃からずっとモンツェに片思いしていると同時に、その兄のホセとはガキの時分から犬猿の仲、より正確にはホセの徹底したイジメの対象になっていて、ディエゴはずっとそのイジメを耐えて受け入れていたのです。小説はこの二人の対照的な若者、貧農の子/富豪の子、乱暴者/インテリ、過激派/穏健派、ロマンティスト/リアリスト、アナーキスト/コミュニスト等々の対立も大きな軸になっているわけですが、しまいには(これはバラしたらいけないんですけど)この二人に深い友情のつながりがあることを知ります。
 さてモンツェは女中に雇われるというその時に、人民戦線(共産主義、社会主義、無政府主義を結集した共和国派共闘)指導による革命の波がこの村にもやってきて、 土地・財産を含む村の村民による自主管理が、直接民主主義によって討議され始めたのです。15歳の少女は突然やってきた革命に狂喜し、村を一歩も出たことがなかった若者たちと徒党を組んでカタロニアの都バルセロナまで赴き、革命の躍動に共振する都の空気を満喫します。それは初めてのタバコ、初めてのアルコール、止むことのない歌と踊りとディスカッション、若者たちから次々に発語される新しいスローガンや詩...。そしてこの狂気の夏にモンツェは初めての恋も体験します。その若者はアンドレと名乗るフランス人で詩人なのです。彼はフランコのナショナリスト軍と戦うために国際義勇軍のひとりとしてフランスからやってきた。そして翌朝に前線に出発するという夜にモンツェと出会い、詩人と少女は激しい恋に落ち、一晩中愛し合ったのです。そして決められたように翌朝詩人は姿を消すのですが、その数週間後、モンツェはアンドレの子を身籠ったことを知ります。
 一方村の人民評議会は、最初ホセたち過激派の提案に賛成して、地主制の廃止、私有財産の没収と分配など急速なコミューン化を打ち出すのですが、徐々に前線の状況があやしくなり、ディエゴの穏健派が「なによりもまずフランコとの戦争に勝つこと、大きな改革はそのあとで」という現実主義路線を提唱、多数派の賛成を得て、ディエゴが仮の村長となり村行政を切り盛りするようになります。ホセは当然面白くないわけですが、フランコのナショナリスト軍は共和国をじりじりと侵食していき、頼りにしていたソ連からの武器はなかなか届かず、共和派の中でも共産主義者、社会主義者、無政府主義者の内部対立が深まっていきます。
 村に戻ったモンツェは妊娠してしまった子供をどうするか悩みに悩み、蒸発することまで考えます。件のフランス人詩人アンドレが再び目の前に現れてくれることを夢見たりもしますが、全く可能性はありません(後日談としてこの詩人はひょっとしてアンドレ・マルローではないか、とモンツェと生まれてきた子供が想像しています)。しかし女の問題は女が最もよく知っていて、モンツェの母親がうまく手を回して、子供の頃からモンツェに恋い焦がれていたディエゴと結婚させることにしたのです。ホセはこのアレンジメントにあたかも政治的権謀術数のごとき卑劣さを見てしまい、モンツェとホセとディエゴの関係は著しく険悪になります。
 こうして最貧の農家から富豪地主の家に少女は嫁いでいきます。最初富豪家族とモンツェの関係はぎくしゃくしていましたが、ホセの言う搾取階級の顔ではないユートピア思想家の義理の父(地主)や、ファシストの義理の姉の優しさや、かなり入り込んだ興味深いエピソードがたくさんあり、この小説の背景を肉厚のものにしています。
 1937年3月、モンツェは女児を出産し、その名はLunita(ルニータ)と名付けられます。小説はすんなり通り過ぎていますが、これ、そんじょそこらにあるファーストネームではないと思いますよ。「統一」という意味のイタリア共産党の機関紙(1924年グラムシが創刊)と同じ名前ですし、日本の書店「ウニタ書舗」と同じ語源でしょうし。
 しかし戦況はどんどん悪化し、4月にはドイツ空軍によるゲルニカ爆撃(1500人の市民が死亡)があり、ナショナリスト軍は全前線で攻勢に出ます。モンツェたちの住むカタロニアの村にもナショナリスト軍の攻撃があるとの情報をつかみます。すると村への道でナショナリスト軍を待ち伏せして迎撃する、という役目をホセとその仲間たちが買って出るのです。普段ことごとく対立しているホセとディエゴはここで雪解けを見るわけですが、この村防御の激戦の中、ホセはどういう状況か誰にも見られていない状態で戦死してしまいます。その甲斐あってナショナリスト軍は退散していきます。ホセの死は英雄的と村人たちは厚くその霊を弔うのですが、あろうことか、どこからかホセはディエゴによって暗殺されたのではないか、という噂が立つのです。人の口に戸は立てられません。村人たちは疑心暗鬼になります。誰も信用できない。村長代理のディエゴはこの噂に深く傷つき、消耗し、不眠症となり、村人たちから孤立していきます。.....

 1937年冬、村はナショナリスト軍の手に落ち、モンツェは乳飲み子ルニータを抱きながら、何日も何日も徒歩で北上し、国境を越えてフランス領に入り、その命を死の寸前で救うことができたのです。17歳の少女母はフランスに受け入れられ、言葉を知らぬことと外国人であることで多少の差別を受けながら、この国で必死に言葉を覚えて「泣かないで」生きていくことを決心したのです。Pas pleurer。泣かないこと。
 
 小説は最初その読み辛さに手こずると思います。それは1920年スペイン生れのモンツェという女性の語り口をそのまま文字化しようと試みているからです。この女性は何年何十年たとうが、ちゃんとしたフランス語を覚えることができないで、スペイン語、カタロニア語、フランス語が混じり合った、モンツェ独特の言語しか語れないのです。作者はそこに注釈など入れたりしないのです。そのままのモンツェ語。この小説のマジックは、この生き生きとしてリアリティーに富んだこのチャンポン語を、読む者がどんどんわかるようになってしまう、ということです。わかると言うのではなく、感じると言うべきでしょうか。
 後日ディエゴもフランスに亡命し、モンツェとルニータと合流します。トゥールーズに近いフランス南西部の町で3人は暮らし、1948年には次女リディアが誕生します。それが作者自身です。
 マジョルカ島で地獄を見たことによって、強硬な右翼人から翻ってファシズムとカトリック教会の共犯を告発するに至ったジョルジュ・ベルナノスの勇気にこの小説は最大級のオマージュを捧げます。少女モンツェはベルナノスが地獄を見ていた同じ頃に、バルセロナで束の間のユートピアを見ていたのです。そしてこの老女は、その夢のような1936年夏から抜け出すことができないのです。Viva la República !


カストール爺の採点:★★★★★

LYDIE SALVAYRE "PAS PLEURER"
スイユ刊 2014年9月 280ページ 18,50ユーロ

(↓)自著『泣かないで』を語るリディー・サルヴェール

Pas pleurer - Lydie Salvayre 投稿者 EditionsduSeuil

1 件のコメント:

清原 睦 さんのコメント...

サンクス!