2014年11月25日火曜日

ヒア・カムズ・ザ・サン

ラ・タルヴェーロ『さんさんの太陽』
LA TALVERA "SOLELH SOLELHAIRE"

 ラ・タルヴェーロのオリジナル・アルバムとしては2009年の『ソパック・エ・パタック』以来5年ぶりになります。マッシリア・サウンド・システムが結成30周年(アルバム『マッシリア』)なら、こちらラ・タルヴェーロは来年35周年で、みんな貫禄十分です(特にセリーヌ・リカールのことを言っているわけではありません)。
 マッシリアがマルセイユ、ファビュルス・トロバドールがトゥールーズ、ニュックス・ヴォミカがニース、モーレスカがモンペリエと、オクシタニア・ムーヴメントのアーチストたちは都市をベースにしているケースが多いのですが、ラ・タルヴェーロはタルン県(ミディ=ピレネー地方)コルド・シュル・シエルという田舎町を拠点としている田園派です。
 このタルン県で最近メディアに大きく取り上げられている事件があります。 それは1969年から進められているタルン川の支流を堰き止めて灌漑用のダムを建設するシヴェンス・ダム計画をめぐって、それに反対するエコロジスト団体や土地の農民同盟(コンフェデラシオン・ペイザンヌ)の抗議行動が、2014年9月に強制的に始まったダム予定地の森林伐採作業によって激化し、反対派と機動隊が激しく衝突した結果10月26日に21歳のエコロジスト青年レミ・フレッスが、至近距離で発砲された催涙弾を受けて死亡してしまったのです。「警察の暴力」「機動隊による殺人」「国家の犯罪」と、激しい抗議糾弾デモが全国で起こり、1ヶ月経った今日も、その抗議行動は鎮火していません。
 わがラ・タルヴェーロも、この事件に関してはインターネットを通じて積極的に抗議のメッセージを発信しています。近隣の土地で起こっている事件であり、土地の農民たちと密接に関係を持っている音楽グループですから。ダニエル・ロッドー(1954年生れ。当年60歳)は コルドでNPO団体コルダエ(CORDAE)を主宰し、ラ・タルヴェーロの音楽活動と、オクシタニア民謡・民話の発掘・採譜・出版活動を行っています。ラ・タルヴェーロのレパートリーは大別して二種類あり、ロッドーとコルダエのメンバーがタルン県および近隣諸県の地方に出向いて、村の奥深くにひっそり伝承されているオック語民謡を発掘・採譜した楽曲を、ラ・タルヴェーロの現代的な編曲で録音・演奏するものが一方にあり、もう一方にロッドー詞曲のオリジナル・ナンバーがあります。どちらもとても重要なことをしているのですが、一般リスナーたるわれわれとしては、発掘民謡再生よりも、田舎から今現在をビシビシ照射するロッドー・オリジナルにどうしても興味を引かれてしまうのです。だから私も持っていてもめったに聞かないラ・タルヴェーロのCDがあります。この辺がこのバンドがポピュラーになれない一因かもしれません。
 マッシリア・サウンド・システムのタトゥーは今から10年前、2004年のデペッシュ・デュ・ミディ(ミディ・ピレネー地方最大の地方新聞)のインタヴューで、こんなふうにダニエル・ロッドーにオマージュを捧げています。
ダニエル・ロッドーは俺の生涯で出会った最も重要な人物のひとりだ。俺にとって手本なのだ。それは反中央主義であり、エリート思想の拒否であり、民衆の声だ。われわれの祖父祖母たちも音楽をやっていたんだが、人々は彼らが農民やプロレタリアだったから興味を示さなかったんだ。それがダニエル・ロッドーのところにはあるんだ。彼は俺に世界との対話に対処する方法を教えてくれた。たとえラ・タルヴェーロがマッシリアのような知名度を勝ち得ていないとしても、それは重要なことじゃない。重要なのは彼らのようにフォルクロール(民衆芸能)を再創造することだ 。デペッシュ・デュ・ミディ紙2004年11月29日
  レゲエ、ラガマフィン、フォッホーなどに比べたら、ずっとジサマバサマに近い音楽をやっているのがラ・タルヴェーロです。重要なのはオクシタン・フォルクロールを再創造すること。父も祖父も音楽をやっていたというロッドーは、若い頃にロックに夢中で、エレクトリック・ギターを弾いてロックバンドをやっていましたが、トゥールーズ大学でオクシタニア文化を学ぶことをきっかけにディアトニック・アコーディオンとボデガ(またの名をクラバ。ラングドック地方のコルヌニューズ。右写真はボデガを弾くロッドー)を自己流でマスターし、その他洋の東西を問わず、幾種類もの弦楽器・吹奏楽器・打楽器に精通するマルチ・インストルメンタリストになりました。毎回ラ・タルヴェーロのアルバムにはいろんな楽器が顔を出しますが、それは南仏オクシタニアの民族楽器に限っているのではなく、世界中の楽器なのです。
 いろいろな世界の音楽も顔を出しますが、とりわけはっきりしているのはブルターニュ(およびケルト)、バスク、カタロニア、マグレブ、コルシカ、サルデーニャ(ロッドー家のルーツです)、そしてブラジル・ノルデスチです。
 それとラ・タルヴェーロのアルバムでいつも楽しみなのは、農場や村市場や山の羊飼いなどのフィールド録音がインターリュードとして挿入されていること。これはマッシリア・サウンド・システムの留守番電話メッセージと同じように、アルバムのピリ辛のアクセントとして重要なエレメントだと思いますよ。

 さて新しいオリジナルアルバム『Solelh Solelhaire(ソレルー・ソレライール)』ですが、このタイトルは「太陽のように輝く太陽」「太陽らしい太陽」といった意味のちょっとした重複語表現です。これはいにしえの羊飼いや農夫たちのまじない言葉で、寒さがあまりに厳しい時に「ソレルー・ソレライール!」と唱えると、ヒア・カムズ・ザ・サン、イッツ・オールライト、と暖かい太陽が現れ、民を照らしてくれた、という故事に由来するのだそうです。この「太陽的な太陽」というニュアンスを、私は日本語+英語のうまい掛言葉として『さんさんの太陽』という日本語タイトルを与えたのでした(どこからも採用されておりませんが)。
  「この『さんさんの太陽』はオクシタニアの太陽であろうが、それは同様にカタロニア、サルデーニャ、ポルトガル、ブラジルといったすべての南の国々の太陽でもあろう。(中略)このアルバムはひとつの物語のように作られている。始まりと結末があり、曲がりくねった道があり、増水した川があり、アルビジョワの国との出会いがあり、時間の進行がある。詩的な表現の詞と政治的なメッセージの歌が隣り合わせで並んでいる。『ソレルー・ソレライール』の隠し味は、音楽スタイルと音色とリズムとサウンド環境の広範囲の多様性であり、それはラ・タルヴェーロのミュージシャンたちが旅したすべての音楽的テリトリー(オクシタニア、ブラジル、アルゼンチン、の反映である。」(コルダエの公式サイトのアルバム紹介)

 ひとつの物語と解説されていますが、豚に始まり、豚に終るストーリーです。アルバムの幕開けである「豚の遺言」は、屠殺の前に最後の意志として公証人を呼んで、豚が遺産相続目録を読み上げる歌です。収税吏には股肉を、銀行家には皮革を、判事には臀肉を、労働者たちには耳と舌を、といった風に皮肉や恨みを込めた遺言が続きますが、世相風刺で大統領夫人(この場合はこの春に大統領と破局したトリエルヴェレール女史)には浮気に耐えられる胃袋(厚かましさの意)をあげよう、なんていう下りも出てきます。そしてロッドーさんには(一番大事な)頭と歯をやるから、俺の死の瞬間にはりっぱな楽の音を聞かせてくれ、と。最後に公証人さんよ、あんたには糞しかやらないけれど、遺言が全部達成されるように責任取っておくれ、というオチ。ブヒの目にも涙。
 このアルバムにもオクシタニアを賛美する歌がいくつか入っていますが、2曲め「オクシタニアの娘たち」は美しい6拍子ブーレで、こんな歌詞です。
オクシタニアの娘たちの
先祖は妖精
山の女神
洞窟と洞窟の間でさまよい
草原に身を転がせる
オクシタニアの娘たちの
先祖は妖精
オクシタニアの娘たちの
瞳の中に虹がかかる
山の色彩
太陽が湿地帯の鏡で
お化粧をすると
オクシタニアの娘たちの
瞳の中に虹がかかる
詩的なイメージです。もう長年のロッドーの良きパートナーとして、またラ・タルヴェーロのメイン・ヴォーカリスト(兼フィフル奏者)として可憐な歌声を聞かせてきたセリーヌ・リカールも、今は大地のおっ母さん的な貫禄ですけど、この伝説を子供や孫に聞かせているような優しさが胸を打ちます。
 オクシタニアに惚れ込んだ遠方の友人の登場です。3曲めはブラジル、ノルデスチのトップアーチストのひとり、シルヴェリオ・ペッソアの詞・曲・歌で「私のシランダ」。シランダは寄せては返す浜の波のようなゆっくりテンポの手をつないだサークルダンスで、トゥールーズのボンブ・ド・バルもよくこのダンスをレパートリーに入れてます。津軽人の私は、これはちょっとネブタ囃子のリズムにも似てるなぁ、なんて思ったりもします。シルヴェリオ・ペッソアとラ・タルヴェーロは2010年に「フォッホクシタニア」(フォッホーとオクシタニアをくっつけた造語)というプロジェクトで共演ツアーをフランスとブラジルで挙行しました。ノルデスチとオクシタニアが歴史的・音楽的に繋がっているというダニエル・ロッドーの仮説(フェムーズ・Tのリタ・マセドによるとこの仮説は立証されていない)もあって(それに加えて、フランスにおけるオクシタニアとブラジルにおけるノルデスチに共通する反中央・反権力の雰囲気もあって)、ロッドーとペッソアは大親友になってしまったのです。ペッソア作のこの歌のリフレインはこう歌います。
やあ オクシタニア
ふたつの海の間で暖まっている国
やあ オクシタニア
俺の国にそのまま留まってくれよ
7曲目の「タルン川の洪水」はおそらく上に紹介したシヴェンス・ダム建設反対運動と関連しての歌だと思います。軽快でフォーキーな歌なのに中身はこんなです。
タルン川が増水すればタルナード
ヴェール川が増水すればヴェラート
レズ川が増水すればレザード
ガルドン川が増水すればガルドナード
そうなりゃすごい洪水さ
ダムの決壊と大浸水
土地は全部ひっくり返される
この災害は鎮まることを知らない

5月がやってきたら
私はよそから吹いて来る風を感じたいの
遠くから聞こえてくる通りの声
それはささやき声だったのが、怒りの叫びになる
最初は9人か10人の声だったかしら
その叫びは夜の闇にかき消される
だけどそれは突然何千人の声になるの
寝床から大河が噴き出るように
国会の与太者どもは大慌て
水が政府を流し去ってしまうの
明日おまえたちは水に流されてる廃棄物でしかなくなるの
小枝か藁くずのようなもの
他の者がおまえたちに取って代わっても
違う洪水がまたやってきて、そいつらも転覆させちゃうの
いやはや恐ろしい自然の怒りでございます。政府は早いところダム建設中止を発表するべきでしょう。
 ところでラ・タルヴェーロというバンドは、ロッドー(各種楽器+ヴォーカル)とセリーヌ・リカール(ヴォーカル、フィフル)、ファブリス・ルージエ(クラリネット)、セルジュ・カボー(パーカッション)の4人以外、固定したメンバーはいなかったのですが、このアルバムではセルジオ・サラニッシュ(ギター、ベース)、トニー・カントン(ヴァイオリン)、そしてヴォーカルとヴァイオリン担当でアエリス・ロッドーがバンドメンバーとしてクレジットされています。アエリスは言うまでもなくダニエル・ロッドーとセリーヌ・リカールの娘で、まだ大学生(モンペリエ、ポール・ヴァレリー大学)ですが、既に2004年の大傑作アルバム『民よ、わが民よ(Poble, Mon Poble)』で7歳で作詞した「爆弾はいらない(Pas de bomba)」という歌でヴォーカルを取っています。今はたいへんきれいなお嬢さんです。
 そのアエリスのヴォーカルもフィーチャーされ、セルジオ・サラニッシュのギターも大活躍する曲で、本アルバムで私が最も気に入っている歌が10曲めの「おまえに送る(Te Mandi Ieu)」です。ゲーム音、プッシュフォン電話の音、ホイッスル、ラテン・パーカッション、ファズ・ギター、カントリー・ギター、コルヌミューズ、アコーディオン、その他たくさんの種類の音が飛び交い、ロッドーのごきげんなかけ声が混じってきます。
鏡の中から見つけ出した
この私の似顔絵をおまえに送ろう
それは命のかけら、私の最も深い考えの反映
私のまぶたのヴェールの上にあった
少しばかりの愛をおまえに送ろう
私の全くはっきりしない思いのつまった
少しばかりの夜と少しばかりの昼を
グレジーニュの森の赤い土の香りを
おまえに少し送ろう
葡萄畑に吹きつける南風と蜜も少し
見知らぬ人からうつされた
大笑いをおまえに送ろう
その口の動きは
無口な微笑みよりもずっと暖かい

わが友船頭よ
見知らぬ海へ漕ぎ出せ
そして急いで
このオクシタニアの手紙を運んでいけ
という手紙の歌なのですけど、自分の思いを伝えるのにいろいろなものを描写して送ろうとする、ちょっともどかしく、ちょっとロマンティックで、 たいへんデリケートな歌詞です。いろんなものを詰めようとするから、いろんな種々雑多なサウンドが顔を出すのですね。複雑で素敵なラヴソング。一回目に出て来るギター間奏が、「バードランド」(ウェザーリポート)のジャコ・パストリウスのハーモニクス・ベースのもじりであることも、ちょっとニッコリしてしまいます。
 この10曲めからアルバムはどんどん尻上がりによくなっていきます。くわしい説明は割愛しますけど、歌うこと音楽を奏でることの病みつきを治す医者などないと歌う12曲め「歌う必要」、美しい赤レンガの町アルビ(「野の中に赤髪のように立ち、鮮紅色の葡萄のように燃える家々」)を歌う13曲め「アルビジョワの国」など、ダニエル・ロッドーのソングライティングに敬服します。
 そして最終トラックの15曲めに至って、出だしがボブ・マーリー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」風なオールドスクール・レゲエで笑ってしまいますけど、現政府および政界全体を徹底的に罵倒する「やつらは盗賊」という歌です。
夏が来ても、夏も前の冬と同じ
いつも同じようにムッシュー 悪政府が統治している
冬が来ても、冬も前の夏と同じ
いつも同じようにどうしようもない悪政府が統治している
保守、中道、左派、
やつらはみんな同じ糸で縫われている
やつらはもうすぐマダム某に連れさらわれてしまうさ
俺たちにはやっと厄介払いができるってこと
わが友、市民よ、よく聞け
支配者たちには吐き気がする
やつらは盗賊で、嘘ばかりついている
俺たちの憎悪の声を上げよう、やつらには悪い最後が来るだろう!
そう、世の中はちっとも良くなっていないし、どんどん悪くなっている。ゼブダやマッシリアやその他のアーチストたちも、みんな同じ結論を言っている。マッシリア30年、ゼブダ29年、ラ・タルヴェーロ35年、ず〜っと同じように社会的・政治的なメッセージを込めて音楽活動をしてきているのですが、 世の中は21世紀に入ってどんどん悪くなっちゃっているのです。だからと言って、言うことをやめる、歌うことをやめる、というわけにはいかないのです。
 ラ・タルヴェーロの本作は、そういう状況コミットメントも相変わらずですけど、それにも増して、詩的(ポエティック)なアルバムです。美しいオクシタニアの野は、太陽がここよりも多いのではなく、太陽を求める声に敏感なのではないか、と思うのであります。

<<< トラックリスト >>>
1. LO TESTAMENT DEL PORC (豚の遺言)
2. LAS DROLAAS D'OCCITANIA (オクシタニアの娘たち)
3. MINHA CIRANDA (私のシランダ)
4. SENS TU (おまえなしには)
5. DE QUE FASON AQUI ? (やつらはここで何をしている?)
6. VOLI CAP MORIR (私は死にたくない)
7. LA BONA TARNADA (タルン川の増水)
8. AI TU MA COTIA (おまえは私の分身)
9. VIDA (命)
10. TE MANDI IEU (おまえに送ろう)
11. LAS TRETZE LUNAS (13の月)
12. LA CANTANHA (歌う必要)
13. AL PAIS ALBIGES (アルビジョワの国で)
14. SE IEU PODIAI MUDAR LO TEMPS (もしも時間を変えることができたら)
15. SON DE BANDITS (やつらは盗賊)

LA TALVERA "SOLELH  SOLELHAIRE"
CD CORDAE/LA TALVERA TAL19
フランスでのリリース:2014年12月8日

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)ラ・タルヴェーロ『さんさんの太陽』抜粋集

Solelh Solelhaire extrait 投稿者 armandine-foglieni



 

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