2014年10月13日月曜日

忘却とは忘れ去ることなり

フレデリカ・アマリア・フィンケルステイン『忘却』
Frederika Amalia Finkelstein "L'Oubli"


 現在23歳の哲学科女子大生の初小説です。原稿をさまざまな出版社に送りつけたところ、ガリマール社のアルパントゥール(測量技師の意)叢書編集部の目に止まり、出版のはこびとなりましたが、出たばかりの時にノーベル賞作家ジャン=マリー=ギュスタヴ・ル・クレジオから熱烈な賛辞の手紙を受け、たちまち今期のルノードー賞の候補となっています。お立ち会い、ル・クレジオのお墨付きですよ、ただ事ではないでしょうに。
 この小説は、単に私が慣れ親しんでいない若い世代のエクリチュールというだけの理由ではなく、私はその波に乗るまでにずいぶんと時間がかかりました。読み始めから読み終えるまで2週間かかりましたから。文中に出て来るように、この作者はイヤフォンには常にダフト・パンクがあり、飲み物と言えばコカ・コーラかペプシ・コーラで、プレイステーションなどのゲームで熱中的な時間つぶしをします。文中に最も登場する音楽は「ワン・モア・タイム」(ダフト・パンク)です。これは小説の中で無機質的なロボット音楽という揶揄的な使われ方をしているわけではなく、あきらかに何かの呼び声なのです。作者が書いているように、これは完成度の高い音楽だと私も思っていました。何かを喚起する音楽であるのです。
 この小説はフランス語で「ロマン(roman)」と冠されていますが、筋に乏しい、一人称で綴られる長いモノローグであり、省察録エッセイと言ったほうがいいかもしれませんが、錯乱的で混沌とした最終部のアドリブ的大団円は、やはり「小説」の醍醐味と言わざるをえません。
 アルマと名乗るこの小説の話者は、孤独で、身内と言えば、パリ左岸に住む弟バルタザールだけで、両親はフランスを去ってアルゼンチン(ブエノスアイレス)に移住してしまっています。学生としてひとりでパリ11区に住んでいますが、不眠症で、夜明け前から町を徘徊するクセがついています。夜明け前に弟のバルタザールのところまで行って、一緒にプレイステーションでゲームを楽しみ、夜が明けたら一緒に朝食を取りたい。しかしその願いは果たせず、バルタザールはどこかに出ていってしまっていて不在でした。不眠症の娘はしかたなくパリの町を歩いて縦断し、ダフト・パンクをイヤホンで聞き、ペプシ・コーラ(あるいはコカ・コーラ)を飲み、混沌とした思念をぐるぐると回転させながら、パリの西の端であるオトイユ競馬場までたどり着くのです。
  その道々の独白は、この20代前半の女性が実存の危機的状態に陥っていて、この状態から抜け出して生き延びるためには「忘れること」だけが唯一の道であると考えています。それは、ショアー(Shoah)、ホロコースト、ナチスのユダヤ人絶滅政策のことです。ナチスのために6年間に6百万人のユダヤ人が虐殺されました。アルマはその民族の子孫です。その祖父はポーランド系ユダヤ人で、第二次大戦が始まる前に、ナチスの台頭に危険を感じて海外への逃亡を試み、偶然に乗り合わせた船でアルゼンチンに渡っています。アルマが一度も会ったことがないこの祖父の逃避行のおかげで、今日アルマはこの世にあるのです。この祖父がいなければ根絶やしにされた夥しい数のユダヤ人同様、「私の現在」は存在しない。言い換えれば「私の生」はショアーと直接に繋がっている。話者はその記憶を否応無しに背負ってしまっている。貨物列車、収容所、ガス室、人体実験....。ひとつの民族を絶滅させるという政策がまかり通った時、人間性はネズミのレベルになった、と話者は考えます。実際にユダヤ人たちはネズミの大群が殺されるように、処理されたのです。
 ではネズミのレベルまで落ちてしまった人間性は、ヒトラーが死に、連合国がナチスに勝利して第二次大戦が終ったことによって、再び元のようになったか、というとそれはないのです。「私はヒトラーを根絶できなかった世界に生きている」(p83)と話者は言います。ヒトラーが死んだということで連合国が勝利したというのは大いなる幻想である、われわれは1945年に敗戦したのである、という論です。その部分以下に訳します。

(1945年)4月30日、午後3時半頃、赤軍が要塞の数百メートルのところまで接近していたにも関わらず、アドルフ・ヒトラーはエヴァ・ブラウンを道連れにして自殺する。ヒトラーは自分の口の中に弾丸を撃ち込み自らの命を絶った。
 アドルフ・ヒトラーは自らの死の時期を決めていた。私たちは彼に自殺することを許したのだ。故に私たちは彼にその勝負を勝たせたのだ。チェックメイトだ。アドルフ・ヒトラーは死んでいないし、蒸発もしていない。もしも連合軍によって殺害されたのであれば、アドルフ・ヒトラーは確かにこの世から無くなっていただろう。だが彼の自殺は歴史を混乱させる。
 アドルフ・ヒトラーの自殺は小さな事ではない。それは最も高度な重要性を持っている。自殺すること、それは死ぬことではない。自殺すること、それは蒸発することではない。自殺すること、それは短絡を生じさせることである。アドルフ・ヒトラーはそれを知っていた。それゆえに彼は口の中に弾丸を撃ち込んだのだ。もしも連合軍がアドルフ・ヒトラーを殺したのであれば、私たちは1945年に戦勝していたのだ。(....) 。私たちはこの自殺によって第二次大戦に敗れたのである。(p83-84)

 ちょっと繰り返しの多い文ですが、そのまま訳しました。ヒトラーを仕留めることができなかったゆえに、ヒトラーは消滅せず、ナチズムは消滅せず、ユダヤ人絶滅計画は消滅していないのです。アルマの不眠症は、この消え去ることがなかったホロコーストの影に襲われるからなのです。消し去ろうとしても決して消し去ることができない。話者は、もういいかげんこのことにケリをつけたい、このことから解放されたい、と望んでいます。
 その解決が忘却なのです。忘れ去ってしまうこと。ヒトラーやショアーのことなど忘れてしまえばいいのです。
 小説の中で、アルマはアドルフ・アイヒマン(1906-1962)の孫娘マルタ・アイヒマンとパリ11区オーベルカンフ通りのレストランで夕食を共にします。ユダヤ人絶滅政策を指導し、数百万のユダヤ人を収容所に送ったアイヒマンは、戦後亡命先のアルゼンチンで捕まり、1962年にイスラエルで絞首刑に処されます。その孫娘は、自分の祖父の名前は知っていても、祖父が作った収容所の名前など知らないのです。最も有名なかのアウシュヴィッツでさえ、「アウシュなんとかでしたっけ?」と言う始末。すなわちこの女性は忘却してしまっているのです。ゆえにこの21世紀に平気で生きられるのです。
 この忘れてしまった側の平静に憧れながらも、アルマは最終的に忘れることができない人間であることを自覚します。それはショアーのことだけでなく、自分の極私的な体験についても忘れることができないのです。例えば、十代の頃に死につつある愛犬エドガール(ラブラドール犬)の最期を待たずに、「短絡」して殺して、その遺骸をスポーツバッグに詰めて、人目を忍んでコンピエーニュの森の奥深くに埋葬してしまう、というエピソードが挿入されます。ナチがユダヤ人に対して機械的に殺害ができたように、アルマも何の情緒的痛みもなく愛犬を「処理」できたということは、記憶として離れることができません。
 その他に叔父が馬主となっていた競走馬ヴォルフガングのエピソードも読ませる話です。叔父が全財産をかけて育てた障害走競馬用の馬ヴォルフガングは、年に一度のオトゥイユ競馬場のメインレース、グラン・スティープルチェイス・ド・パリに出馬し、1位を走りながらも最終近くの障害をジャンプした時に騎手を振り落としてしまい、脚を折って、優勝を逃します。叔父は破産し、ヴォルフガングは屠殺されます。こういう残酷をアルマもまた生きてきたのです。それはインターネットやパソコンゲームの世界とは違う、つまりヴァーチャルではなくリアルの世界の体験として忘却することなど絶対できないことなのです。
 忘却を望みながら、アルマは何一つ忘れることができない。この苦しみがややもすればサルトル/カミュ的な実存的エクリチュールとなった痛々しい独白として心打ちます。忘却をあきらめること、この痛みを受け入れて生き続けること、 その賭けを最後にオトゥイユ競馬場でするのです。大障害走レース、グラン・スティープルチェイス・ド・パリにアルマはかのヴォルフガングに似た(あるいは単に頭文字が"W"で始まるという理由だけなのかもしれない)ヴェルテールという馬にすべてを託します。小説の最終の約20ページは、アルマが解き放たれるためのレースの描写になります。これはすごいです。錯乱的なアドリブも含めて見事な筆致です。競馬(私は一度も競馬を体験したことがありませんが)のセンセーションとアルマの生きるか死ぬかのせめぎ合いが交錯する素晴らしいパッセージです。勝った負けた?そんなことどうでもいいのです。アルマはこうして忘却することを断念することができたのですから。

カストール爺の採点:★★★★☆

FREDERIKA AMALIA FINKELSTEIN "L'OUBLI" 
L'Arpenteur (Gallimard)刊 2014年9月  174ページ   16ユーロ

↓フレデリカ・アマリア・フィンケルステイン、自著『忘却』を語る

 
 

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