2014年10月6日月曜日

憤激せよ(ステファヌ・エッセル) ー とアシュカは歌う

アシュカ&レ・サルタンバンク『レ・タン・モデルヌ』
HK & LES SALTIMBANKS "LES TEMPS MODERNES"

 北フランスの主邑リールのラップ・グループ、ミニステール・デ・ザフェール・ポピュレール(Ministère des Affaires Populaires。内務省でも外務省でもなく、大衆人民の事柄をあつかう省庁。人民省、民務省、民事省、そんな訳語が相当かどうか?)は、2000年頃から活動を開始していて、北フランスに根付いた労働者的伝統(シュティミ語、炭坑、ジャン・ジョレス、ビール、アコーディオン...)とマグレブ音楽(ライ、シャービ、マンドール、ヴァイオリン...)を融合させ、左翼的かつオルター・グローバリゼーション(オリヴィエ・ブザンスノ、ジョゼ・ボヴェ...)的なメッセージを含むライムを特徴とする、ラジカルさとお祭り騒ぎ的陽気さを兼ね備えた大衆バンドでした。「北のゼブダ」なんて称されもしました。バンドが2010年に一時休止し(この辺もゼブダと似てますね)、二人のラッパー、サイドゥーとHK(アシュカ)はそれぞれソロ・プロジェクトのバンドを結成し、前者はZEP (Zone d'Expression Popukaire)、後者はアシュカ&レ・サルタンバンクとなりました。
 H(アシュ)K(カ)というイニシャルはKaddour Haddadi (カドゥール・ハダディ)という本名からのものですが、この青年は1976年、北フランスのルーベに生まれています。アシュカ&レ・サルタンバンクの2011年のファーストアルバム『世界市民(Citoyens du Monde)』の中の一曲 "On lâche rien(オン・ラッシュ・リヤン)"は、手をゆるめないぞ、つかんで離さないぞ、なにものも逃がさないぞ、という意味で、グローバリゼーションによる搾取によって窮状を深めている市民たちの抵抗を歌ったものですが、折りも折り2012年のフランス大統領選挙の左翼系候補二人(Front de Gauche左翼戦線のジャン=リュック・メランション、NPA反資本主義党のフィリップ・プートゥー)のキャンペーン・ソングに使われ、その支援集会で広く伝播され、さらに組合系や左翼系やオルター・グローバリゼーション系のデモ行進で大唱和されるようになったのでした。この辺もゼブダの「モティヴェ!モティヴェ!」のケースに似ています。また、仏ウィキペディアによると、この歌は2012年3月に始まるカナダ・ケベックの大規模な学生スト(通称「かえでの春 Printemps Erable」)でも、スト学生たちに愛唱されたそうです。その上、2013年カンヌ映画祭金の棕櫚賞に輝いたアブデラティフ・ケシシュ監督映画『アデル、ブルーは熱い色』の中のデモ行進シーンでこの歌が歌われる、というオマケまでつきました。2014年的現在において、アシュカ&レ・サルタンバンクで最も知られる歌はこの「オン・ラッシュ・リヤン」で、YouTubeには日本語字幕つきも貼られています(↓)。


 さてそのセカンドアルバム『レ・タン・モデルヌ』は2012年にリリースされました。歯車をモチーフにしたジャケット・デザインが表しているように、これはチャーリー・チャップリン映画『モダン・タイムス』(フランス語ではレ・タン・モデルヌ)にインスパイアされています。またジャン=ポール・サルトルとシモーヌ・ド・ボーヴォワールが編集・発行していた政治・文学・哲学雑誌も「レ・タン・モデルヌ」とう名称でした。「アラブの春」に言及する歌、レイシズムを糾弾する歌、グローバリゼーションへの抵抗を訴える「ウィ・シャル・オーヴァーカム」のカヴァーなど、プロテストソングのオンパレードですが、それに混じってジャック・ブレルの「アムステルダム」を折目正しく歌ってたりします。アルバム終盤の17曲めに「憤激せよ(Indignez-vous)」という歌があります。言うまでもなく、フランスの外交官、元レジスタンス闘士、世界人権宣言の起草者のひとりだったステファヌ・エッセル(1917-2013)へのオマージュですが、この曲が発表された時、エッセルはまだ存命中だったのです。アシュカのオフィシャルサイトに、ステファヌ・エッセルとアシュカの映った動画が貼られています。

HK et Stephane Hessel 投稿者 HkOfficiel

この歌「憤激せよ」の歌詞をそのまま全訳します。

存在することが陰鬱な日
その朝私は起き上がり
沈黙が掟だったその時
私は声と拳を上げた

私はひどく濃い霧の中
汽車に乗せられて行く人たちを見た
私はその共犯者にも証人にもなれなかった
私はレジスタンス運動に入っていった

希望の敷石を敷きつめた道
そこには立ち上がった女たちと男たちであふれていた
この選択は明白なもの
私は絞首台になるか絞首紐になるかのどちらかだった

私はかくも遠いところから戻ってきた
私は私の星に感謝する
ドラ(※)に行く途中でも、ブッヒェンヴァルト(※)への道でも
死神は私を見逃してくれた   

93歳になって私は
人生の終わりがそう遠くないことを知っている
93歳にして、これが私の回想だ
大事にあつかってくれたまえ

軍隊式の敬礼で動く世界の中で
執拗に憤激すること
わが友たちよ、風に逆らって歩む者となれ
憤激せよ

憤激せよ
あなたたちに語っているのはこの老いた男だ
その星を高くかざしながら

あなたたちは今日、
立ち上がるに値する理由がないと思うのか
私たち自身の生命が
銀行の独裁制のもとで掛売りされているという時に

金は株主たちに命令する
株主たちは大統領たちに命令する
大統領たちは普通の市民たちに命令する
その命令を素直に履行するようにと

「これらすべての売れ残りの食糧を
ゴミ箱に捨ててしまえ
そしてこの汚物の山の上に
10リットルのジャベル水をかけてやれ」

これが私たちが生きる世界なのだ
不条理で残酷で情け容赦などない
貧困は私たちの戸口を叩き
その入口はすぐそこまで来ている

食糧危機が神も手が付けられないほど
慢性化してしまった時 休止状態の基本的人権は
個人の勝手な事情に合うように切り売りされている

しかし奇跡的なことに
ドルの親玉と世界のすべての銀行家たちを救うためには
何兆もの金が
瞬時に見つかってしまう

憤激せよ
あなたたちに語っているのはこの老いた男だ
その星を高くかざしながら

奴隷制度の暗い時代に比べれば
確かに鎖と鉄球は目立たなくなったが
その代わりに私たちの精神が狙われ
奴隷制が次代に継がれていく

限度を越えた競争
全体的な記憶喪失
マヒされられた若い世代には
大量消費物ばかり

わが友たちよ、
今や再び星を輝かせる時が来たのだ
われらの命を導いてきた星を
あなたたちに語っているのはこの老いた男だ

私はあのアルメニア人だった
私は今でもドイツのユダヤ人だ
私はパレスチナの民だ
正義だけが私のつくべき陣営だ

国境なき市民になりたまえ
これらの立ち上がる人々のひとりに
あなたたちの反抗と夢で
この地球全体を包んでくれたまえ

憤激せよ、それはあなたの権利だ
この権利なくして
毎日死んで行くすべての人たちの霊を思い
このあなたの権利はまさにあなたの義務なのだ

憤激せよ
あなたたちに語っているのはこの老いた男だ
その星を高くかざしながら
                (※第二次大戦時のナチのユダヤ人収容所)

 こういうアーチストを信頼します。高く評価します。応援します。


<<< トラックリスト >>>
1. INTRO - LES ACTUALITES NATIONALES
2. LES TEMPS MODERNES
3. HOLD UP
4. L'ETRANGER (avec FLAVIA COELHO)
5. NO PASARAN
6. MON PRINTEMPS EN HIVER
7. TOUTE MON VIE
8. PAS D'PANIK (avec M.A.P.)
9. C'EST LA GUERRE
10. NOS REVOLTES, NOS REVES
11. C'EST PAS FINI
12. INTERLUDE : A VOT' BON COEUR
13. SOUS LES PAVES, LA BOHEME
14. WE SHALL OVERCOME
15. AMSTERDAM
16. MON PRINTEMPS, MA LIBERTE (avec SOUAD MASSI)
17. INDIGNEZ-VOUS
18. BONUX TRACK : CHTIMIBIGOUD

 HK & LES SALTIMBANKS "LES TEMPS MODERNES"
CD PIAS 843.A001.020
フランスでのリリース:2012年

カストール爺の採点:★★★★☆

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