日本語人にとっては、この語感がすごいですよね。「グジャ」ですよ。堅からず柔からず、スタンダードな硬度の物体を難なく足で踏みつぶした感じ。ぐじゃっ!そう、おまえなんか、潰されたってかまわない、まるでカスタード・プリンの容器みたいなもんだ(あ、これ、あとで解説します)、潰されて不燃ゴミでも可燃ゴミでもいいから、廃物となって清掃車に持って行かれろ、みたいな音ですよ。おまえは人間のクズだ、と同様の響きですよ。
ちょっと教養ある日本人は、これに「愚者」と漢字を振ろうとしますよね。ところがこの漢字は「ぐじゃ」ではなく「ぐしゃ」と読む。おろかな人間、という意味だけではなく、この単語出すとタロット・カードにおける(ほれほれ、爺の世代はみんな若い日に澁澤龍彦とか種村季弘に夢中だったりしたから...)愚者と賢者の話を夢中になってし始まる人おりまっしゃろ。字面のわりに高尚な言葉だったりするのです。それはそれ。
さて、2012年からこの国の現職大統領であるフランソワ・オランドという人のことです。この人は愚者ではないとは思いますが、賢者とも言いがたいものがあります。そしてちょっと変わっているのは、この歳(59歳)で一度も結婚したことがありません。結婚してない人間なんて世界にもフランスにもゴマンといるわけですし、結婚してないということで肩身の狭い思いやコンプレックスを持つことなんてないですよ。ただこの世の中には「国の代表者として、国家主席として、結婚してないってえのは、ちょっとまずいんじゃないの?」と思っていた人が少なくなかったようです。2012年5月に大統領選に勝って、エリゼ宮(大統領官邸)に移り住んだ時も、夫人がいないので、当時私生活を共にしていたジャーナリストのヴァレリー・トリエルヴェレールを同居者として連れて入りました。結婚していないので正式には「ファーストレディ」と呼べないので、米国のニュースメディアなどは「ファースト・ガールフレンド」などと珍妙な呼び方で紹介してました。しかし、大統領の正式行事(国家行事や外国の公式訪問など)には、「大統領夫人」の座にこの女性がいらっしゃったのです。もちろん国費予算がこの女性にも使われていたわけですね。
結婚していようがいまいが、大統領カップルがうまく行っていたら、ま、あまりディテールは気にならなかったんですよ。ところが、2014年1月、フランスの週刊黄表紙雑誌クローザー(Closer)が、現職共和国大統領と女優ジュリー・ガイエの密通をすっぱ抜いてしまった。それがもとで、ファースト・ガールフレンドは、現職大統領と破局して、エリゼ宮から出ていってしまったのです。ま、共和国始まって以来の椿事ではありますな。そして、そうでなくても、公約の失業者減らしも国庫赤字減らしもままならず支持率を前代未聞の低さまで落としている大統領は、この一件でさらに信頼度を失ってしまうのです。
さて、いいですか、ここで私、自分の意見言いますよ。私はですね、「結婚してないんだから、別にいいじゃないですか」という立場です。オランドの前の連れ合いで、両者の間に子供もあるセゴレーヌ・ロワイヤル(2007年大統領選候補者、現フランス環境相)も、結婚という「制度」を採らなかった。「ユニオン・リーブル」だったわけです。このチョイスは尊重されていいはずです。ヴァレリー・トリエルヴェレールもそういう選択をしたはずです。私生活においてオランドとトリエルヴェレールがうまく行かなくなった、新しい恋人が現れた、別れた... これがその極めて高度な公職のゆえに、国に対して重大な支障をきたした、とは私は考えませんよ。「国の体面上...」という理屈を言う人もいますけど、聖人君子と共和国大統領というのは概念として一致するものが少ないと思いますよ。とりわけ「結婚していない」という自由の選択はオランドを護っていますよ。
では、今朝のフランス語に戻ります。 発言の主は女優ソフィー・マルソーです。言わば国民的女優様のひとりですね。中国や韓国では異常に人気が高いので、大統領の公式訪問にはお供をして、外交上重要な働きもするスター様です。男性月刊誌GQの2014年5月号(4月16日発行)に掲載されたソフィー・マルソーのインタヴューでのフランソワ・オランドに関するコメントです。
"Il a des maîtresses et, quand on le sait, il refuse d'en parler. Un mec qui se conduit comme ça avec les femmes, c'est un goujat. Moi, je n'ai jamais voté pour lui."これだけでも大変強烈な罵りですが、それに加えてソフィー・マルソーは "lâche"(ラッシュ)という言葉を畳み掛けます。意味はスタンダード仏和辞典によると「臆病者、卑怯者、卑劣漢」です。
「彼には(複数の)愛人がある、それが発覚した時、彼はそれについて言及することを拒否する。女性に対してこのような態度を取る男、それはグージャよ。私は彼に票を投じたことなど一度もないわ」
"J'avais envie de l'aimer un peu, de me dire qu'il n'est pas si terrible que ça. Mais là, je me suis dit : 'Quel lâche !'"はいはい、言ってくださいよ。もうこれで十分ですか?
「私は彼をそんなに悪い人間じゃないと思おうとしたこともあったのよ。でもこれはひどい。思わず、なんてラッシュなの!と言ってしまったわ」
この度合いを越えた罵りを現職大統領にぶつけたソフィー・マルソーの発言に対して、著しい憤怒を表明したのが、世界的な映画のイコン、カトリーヌ・ドヌーヴです。われらがドヌーヴは日曜刊新聞ラ・ヌーヴェル・レピュブリック・ディマンシュ(4月20日号)で、ソフィー・マルソーのコメントは"grossier"(グロシエ)で "honteux"(オントゥー) であると反論しています。意味はスタンダード仏和辞典によると、前者が「無教養な、粗野な、下品な」であり、後者が「恥ずかしい、恥ずべき」となっています。で、何を言っているかというと:
Je trouve ça très grossier. Extrêmement grossier. Je suis étonnée de voir la facilité avec laquelle les gens – dont les journalistes – parlent du président de la République. Les couvertures des journaux avec "Flamby"... Je trouve ça honteux. Nous avons atteint un niveau de bassesse. Il y a quand même d'autres choses à dire !
Je comprends qu'on puisse lui reprocher des choses mais pourrait-on rester sur un terrain un peu plus élevé, quand même ? Un "goujat" et un "lâche" ! On dirait qu'on parle du mari de sa meilleure amie qui vient d'être quittée... Je trouve ça incroyable.
これは下品(grossier)だと思う。極めて下品なことよ。共和国大統領について論じる時、人々が(ジャーナリストたちも含めてのことよ)こんなふうな容易さで語るのを見ると、私は仰天してしまう。新聞雑誌の表紙に「フランビー」を使うなんて(※下の註で説明します)...。これは恥ずべき(honteux)ことよ。もう甚だしい低俗さ(バッセス:bassesse)の水準に至ってしまった。もっと言い方ってあるはずよ!
大統領を批判することはできることよ、でももう少し高い次元に留まって批判することってできないことなの?「グージャ」だの「ラッシュ」だの!まるで彼女の最良の女友達の逃げた夫の話をしているみたいじゃない。信じられないわ。
わおっ! カトリーヌ・ドヌーヴはこんな低次元の話をするな! と言っている。もっとレベルを上げろ! と言っている。カトリーヌ・ドヌーヴ 70歳、ソフィー・マルソー 47歳。年長者のご意見であります。いくら歳を取っても出来の悪い娘だなぁ、という説教でもありますよ。
※ : フランビー Flanby とはネスレ社が商品化しているカップ入りカスタード・プリンの商品名。グリコのプッチンプリンと同じようなもの。対立派サイドからは、オランドの顔つきや体型のたるんでぶよぶよした感じ&しまりがない感じがカスタード・プリンのようだという揶揄からのニックネームとされています。しかしオリジナルは同じ陣営である社会党のアルノー・モントブール(現経済・生産性復興担当大臣)が2003年につけたあだ名であり、「柔らかいが、揺すっても元の形に戻る」という外面軟派 but 内面硬派の性質を喩えたものだそうです。
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