2014年2月10日月曜日

旅立てジャック

『ジャックと時計じかけの心臓』
2013年フランス映画
"JACK ET LA MECANIQUE DU COEUR"
監督:マチアス・マルジウ&ステファヌ・ベルラ
原作:マチアス・マルジウ
声優:マチアス・マルジウ、オリヴィア・ルイーズ、グラン・コール・マラード、ジャン・ロッシュフォール、アルチュール・H、アラン・バシュング....
音楽:ディオニゾス
フランス公開:2014年2月5日

 ディオニゾスのリーダー、マチアス・マルジウが2007年に発表した小説『時計じかけの心臓 のCGアニメ映画化作品です。この小説に関しては爺ブログの2008年1月14日の記事で詳しく紹介しているので、そちらを参照してください。しかし、お立ち会い、いいですか、結末は小説と違っているのですよ! その他、主人公の名前は「リトル・ジャック」ではなく「ジャック」になってますし、ジャックを弟のように可愛がる二人の娼婦アンナ(声優:ロシー・デ・パルマ)とルナ(声優:ディオニゾスのバベット)からプレゼントにもらうハムスターは名無しになってました(小説では「クンニリングス」という名前でしたけど、やっぱり子供が観るようなCGアニメ映画なので、まずいですよね)。
 まずキャラクターの変遷を見てみましょう。(→)これが2007年の小説表紙とディオニゾスの同名アルバムのジャケットに使われたイラストで、作者はBD作家のカリム・フリア (Karim Friha)とジョアン・スファール(Joann Sfar)の共作ということになっています。ヒーローとヒロインの顔がそれぞれマチアス・マルジウとオリヴィア・ルイーズをモデルにしていて、時計の心臓を除いてモノクロ画像です。ティム・バートンのアニメ映画『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993年)を思った人は多かったでしょう。その類似性がさらに明らかになるのは、ディオニゾスの同名アルバムの中の1曲"Tais-toi Mon Coeur"のためにステファヌ・ベルラが制作したヴィデオクリップです(↓)

 キャラはカリム・フリア/ジョアン・スファールの原画に拠っていると思いますが、クリップの作りはモロにティム・バートン風なのでした。ステファヌ・ベルラは広告フィルムやヴィデオ・クリップ界の人で、ミュージック・ヴィデオでは2009年の - M - マチュー・シェディッドの"Est-ce que c’est ça"も話題になりました。ジャン=ピエール・ジュネ〜ミッシェル・ゴンドリー直系の作風を持った映像作家と言えましょう。
 で、マルジウがこのベルラと組んで、リュック・ベッソンの出資で(オフィシャルにはベッソンの妻のヴィルジニー・シラがプロデューサーとなっています)大予算CDアニメ映画を作るという企画がスタートしたのは2008年のことです。それから上映まで6年の月日がかかってます。その間にいろいろなゴタゴタがあったとは聞いていますが、最も重要な変化は、この物語のすべてのインスピレーションだった女性オリヴィア・ルイーズとマルジウが私生活上で別離したということでしょう。(あんまり関係ないか...)
 そして、それまでのフリア〜スファール〜(バートン)〜ベルラが描いていた暗めの少年少女のキャラクターを、大幅に変えて、新しい顔と姿をイタリア(正確にはサン・マリノ)の女流イラストレーター、ニコレッタ・チェコーリに考案させたのです。
彼女はマルジウの3作目の小説『空の果てのメタモルフォーズ』(2011年)の表紙のイラスト(→)も描いています。もろに「アリス」的な絵を描く人だなぁ、と思いました。頭部が大きくて、悲しい目をした少女ばかり。その代わりそれまで無彩色やセピア系が多かった描き方は、一転してカラフルになりましたね。ジャックの顔は永遠の少年、マチアス・マルジウに近いものを残していますが、ミス・アカシアはオリヴィア・ルイーズのイメージはほとんどなくなりました。ジャックを取り上げ、心臓に時計を取り付ける手術をした女医マドレーヌは、まるで黒柳徹子のようです。
 ただこのすべすべしたキャラへのラジカルな変身は、「子供受け」狙いの要素ももちろんあるでしょう。リュック・ベッソンは自分の創作童話『アーサーとミニモイの不思議な国』 を四部までアニメ映画化して世界的に大ヒットさせましたが、そんな商魂による圧力がマルジウにも及んだのかもしれません。ロック・オペラから子供向けミュージカル・アニメ映画へ、という大きなアスペクトの変貌があります。しかし大丈夫。根っこのところは何も変わっていません。
 1874年、世界で最も寒かった日、スコットランドのエジンバラでジャックは生れますが、あまりにも外が寒すぎたため、心臓が凍りついています。女医マドレーヌがその心臓に鳩時計を移植する手術を施し、奇跡的にこの子の命は救われますが、その代わりこの子は一生「3つの掟」を守って生きていかなければならないのです。
1. 時計の針に絶対に手を触れないこと
2. 自分の怒りを常に抑えていること
3. 決して恋に落ちないこと
これを守らないと、時計じかけの心臓はたちまち破裂し、この子は死んでしまう。女医マドレーヌはこわれものの少年を外界から遮断して育てていき、10歳になった時、初めて家の外に出し、町に連れていくと、広場でバーレル・オルガンを引きながら歌を歌っている超近眼の少女ミス・アカシア(オリヴィア・ルイーズ)と出会い、一目惚れしてしまいます。
 この物語は「ピノキオ」のヴァリエーションと言えるでしょう。女医によって作られたこの少年は、創造主がやってはいけないということばかりやりたがる。ミス・アカシアと同じ学校に行きたくて、これまで学校で勉強などしたことがないのに無理矢理入学すると、ミス・アカシアは既に外国(スペイン、グラナダ)に行ってしまっていて、 少女の恋人を自認するガキ大将のジョー(グラン・コール・マラード)に徹底的に苛められます。4年間に渡って暴力の嫌がらせを受けても、ジャックは堪えていましたが、ジョーが力づくでジャックの時計じかけの心臓を壊そうとした時には自制がきかなくなり、時計の針が勝手に飛び出して、ジョーの右目を刺してしまいます。
 警察に追われ、山ほどの厄介ごとが被さってくると判断した女医マドレーヌは、ジャックにこの町を出て逃げるように命じます。旅立てジャック。時計じかけの心臓が壊れそうになっても、医者にはかからず、時計屋に直してもらえ、と。
 心臓が痛んだままジャックは汽車に乗り、ロンドンに向かう車両の中で(ここのシーンは小説でも映画でもかなり唐突)、殺人鬼「切り裂きジャック」(アラン・バシュング)に殺されそうになります。
 ボロボロになってしまった時計じかけの心臓を修理してくれたのは、時計屋ではなく、パリで出会った手品師ジョルジュ・メリエス(ジャン・ロッシュフォール)。世界初の特撮映画監督メリエスのことは、2011年のマーティン・スコセッシ映画『ヒューゴの不思議な発明』 で広く世に知られますが、スコセッシ映画同様、マルジウのこのメリエス起用は映画へのオマージュとして重要な意味があります。メリエスはジャックのミス・アカシアとの初恋に心打たれ、二人してアンダルシア(グラナダ)まで行こう!と提案します。ここで義侠心に厚いのっぽのヒゲおじさんジョルジュ・メリエス(同じくのっぽのひげ老人であるジャン・ロッシュフォール)は、ドン・キホーテと化してしまうのです。
 こうしてジャックはヨーロッパ縦断の旅をなしとげ、グラナダの巨大な移動遊園地の中に、ミス・アカシアを見いだしたのですが...。

 このアニメ映画は、小説に描かれた世界をかなりクリアーにヴィジュアル化してくれますが、「忠実に」というわけではありません。このグラナダの移動遊園地にしても、小説でイメージされた見世物小屋のモンスターやフリークスやお化け列車は、かなりおどろおどろしいものだったはずです。子供が観る映画ですから、いたしかたないことですが。この見せ物のひとつに、大砲から飛び出される「空中落下芸人」が登場するのは、『空の果てのメタモルフォーズ』の世界一ドジなスタントマンのトム・クラウドマンなのでしょうね。
 アニメーションは極上にファンタスティックです。エジンバラの町も、女医マドレーヌの館も、さまざまに形を変える長距離列車も、奇想天外な小屋のたくさんある移動遊園地も、ミス・アカシアとジャックの宙を舞う思いの恋のシーンも、すべてそのイマジナリーに驚嘆するものがあります。子供たちも大人たちも「まあ」と声を上げて絶対納得すると思います。
 問題はひとつあります。成就しない恋に子供たちは納得できるか?ということです。それを、この映画は原作小説とは違う結末を持ってくるわけです。恋はどちらも同じように成就しないのですが、結末は違うのです。わおっ。子供たちに優しいマルジウ。大人たちにも優しいマルジウ。優しくなることは甘くなることではない。私はこういう優しさが好きです。サントラで使われる音楽も、2007年アルバムよりも、ずいぶんと丸く柔らかくなっているように聞こえます。

カストール爺の採点:★★★★☆

↓『ジャックと時計じかけの心臓』予告編



 

 

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