2013年12月15日日曜日

今朝のフランス語:イレパラーブル

irréparable [ i〈r〉reparabl ] a. 取返しのつかぬ、償えない;(機械が)修理できない;(衣服が)繕えない。malheur 〜 取返しのつかぬ不幸。
 - n.m. 取返しのつかぬこと (大修館新スタンダード仏和辞典)

 1996年に独立して始めた事務所はもう何台のパソコンを入れ、何台壊れて買い替えたか覚えていません。この6月にパリ11区から、自宅近くのブーローニュ・ビヤンクールに事務所を引っ越したその前後にいずれも6〜7年くらい使っていたiMac2台とポータブルのMacBookが次々にダメになりました。最多時には6人いた事務所も、今はほとんど私ひとりなのでちゃんと動く機械が1台あればどうってことないんでしょ、と人は言う。なぜ、私が複数のパソコンが必要なのか。少なくとも2台が必要なのは、フランス語のシステムでないと動かない経理・会計のプログラムがあるからで、日々の日本語仕事(営業・情報発信)とは別個にしておかないといけない「コンパティビリテ」の壁が存在するからなのです。だから最低2台あればいい。日本語システムの1台とフランス語システムの1台。私の事務所には5台のパソコンがあり、日本語システムが3台、フランス語システムが2台。
 12月のある日、そのフランス語システムの1台が動かなくなり、修理屋に見てもらったところ、 "irréparable"(イレパラーブル)の答え。この機械は事務所引越後の7月に買った中古のMacBook Pro(2007年型)で、買った時に3ヶ月のギャランティーがついていました。案の定10月にトラブルが起こり、10月はギャランティー内なので、無償で直してもらいました。ところが同じトラブル(端的に言うと「起動しない」という致命的なトラブル)で12月に持って行ったら、"irréparable"と言う。これは先方の「診断書」によると、本当はイレパラーブルなのではなく、修理可能なのだけれど、修理費(部品交換費など)が新品を買う値段と変わらなくなってしまう、だから修理する意味がない、というロジックなのでした。
 わが家には躾け不良の犬がいて、自分が欲しいもの(まあ食べ物しかないですが)を得るためだったら何でもするという知恵があり、スキあらば私や家族が不用意に犬様 の手の届く距離においてしまったメガネ、テレビその他のリモコン、ケータイ電話などを口に咥えてしまい、そうすれば私たちが大慌てで犬用ビスケットなどを差し出す、ということがわかってるんですね。しかし、そのビスケットを差し出すタイミングが少しでも遅れると、犬様は顎の力をぎゅっと入れます。そうするとその歯の間に挟まれたオブジェはバリバリバリっと音を立てて歯に砕かれていきます。 これまでそういう被害にあった件数は十数回に及び、その度にメガネ屋や電話屋や家電修理屋に行きますが、十中八九イレパラーブルの答えが返ってきます。今は年齢が12歳になって老犬化したので、こういうトラブルは起こらなくなりましたが、当時は再教育不可能なこの犬もイレパラーブルだとあきらめておりました。犬様を返品するわけにはいかないですし。これさえなければ本当に可愛い家族ですし。
 1972年発表のヴェロニク・サンソンのデビューアルバム『アムールーズ』 に、"L'irréparable"という歌が入っています。定冠詞 "L'"がついているので、「リレパラーブル」、形容詞ではなく名詞になります。意味は上の大修館新スタンダード仏和辞典の訳では「取返しのつかぬこと」となっています。この当時ヴェロさんは23歳。ただ、私がインタヴューで直接聞いた話では、この頃の歌の多くは16-18歳頃に書き溜めていたもので、本当に湧き水のように大変な量の曲が出来ていたのだそうです。だから、と納得してはいけないんですけど、詞は少女っぽい。
毎日の生活で
思い違いをすることってあるわ
たいしたことじゃないって
そんなことを言う人って何も知らない人

人はそれが習慣か偶然かって
その運命を呪ったりするものだけど
大切なことじゃないわ
そんなことを言う人ってとても悪意のある人

なぜって、恋を恋することって
取り返しのつかないことなのよ
それは笑うこと
ボンジュールって言い合うだけのことなのに
取り返しのつかないこと
それは恋を恋すること
それは命の一部を差し出すことだから

一時間後に飛び立つ飛行機について
心ひそかに語ること
それは何でもないことよ
それを思うと微笑まずにはいられないわ

消えていく虹の七色が
見分けられないこと
それは何でもないことよ
それを思うと微笑まずにはいられないわ

なぜって、恋を恋することって
取り返しのつかないことなのよ
それは笑うこと
ボンジュールって言い合うだけのことなのに
取り返しのつかないこと
それは恋を恋すること
それは命の一部を差し出すことだから

ね?少女っぽいでしょう?「一時間後に飛び立つ飛行機」って、こういう字面見ただけで、一時間後にある「しばしの別離」なのか、一時間後にある「もうすぐあなたに会える」なのか、想像してみることができるでしょう。「虹の七色が見分けられない」のは涙でそうなっているのか、混乱するほどに高揚しているのか、あなた想像できますか? - でもこの歌詞によると、Ce n'est pas important それは全然たいしたことではない
 取り返しのつかないこと、修繕がきかないこと、あと戻りができないこと、訂正のしようがないこと... それは恋することであり、それは「命の一部を差し出すこと」と、若き日のヴェロさんは断言しています。
L'irréparable (取返しのつかないこと)
C'est aimer d'amour (それは恋を恋すること)
C'est donner une partie de sa vie(それは命の一部を差し出すこと)
ここで、"aimer d'amour"(エメ・ダムール)という一種の重複強調表現を、「恋を恋する」と日本語にしたら、ちょっとおかしいかもしれません。日本語の「恋を恋する」は、恋愛願望みたいな意味になりますよね。しかし仏語の "aimer d'amour"は、"aimer d'amour intense"としたらわかりやすいかもしれませんが、「激しい恋心で人を愛する」という意味と解釈できます。つまりフツーの恋愛ではなく、「常軌を逸した恋」「狂気の愛」とも言い換えられるものなのです。 それは命の一部を差し出せるものなのです。
 この17か18のお嬢さんにこんなことを説教されて、はて、私は命の一部を差し出すほどの恋をしたことがあるか、と老いた顔を鏡に映してみます。数十秒間、そうやって見ていると、その顔がイレパラーブルになっていることが、だんだんわかってきます。

(↓ヴェロニク・サンソン 1972年「リレパラーブル」)


 

 

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