2013年8月16日金曜日

白い水曜日

Caracol "Blanc Mercredi"
キャラコル『白い水曜日』

 左のジャケ、クリックして拡大して見てください。わしらの世代では、あ、これ倉多江美って思う人おりましょうね。違います。イラストを担当したのはMalleusという人で、そのwebページを見ると、アール・ヌーヴォー(ミュシャ)風もあれば、ベルナール・ビュフェ風もあれば、ロジャー・ディーン(イエス)風もあればもののけ姫風もあれば、というやや偏ったヴァリエーションの夢幻系ロック・イラストレーターであることがわかります。このフクロウが赤い心臓を運んでくるのを迎える乱れ髪の娘という図、マニエリスム風でレトロな字体で書かれた "Caracol - Blanc Mercredi"の文字、なにやら(わかりやすい)「ワンダーランドへようこそ」の誘いのようです。
 一年中雪が降っていてもおかしくない国、ケベックの人です。キャロル・ファカル、人呼んでキャラコルのセカンド(ソロ)アルバムです。モンレアル(モントリオール)大学で音響工学を学び、ミキシング・コンソールのこちら側にいたのに、いつのまにかそちら側に行って舞台に立ち、レゲエバンドのバッキング・コーラスを経て、1998年ドリアンヌ・ファブレグ(人呼んでドバ)と、アフロ&ワールド寄りレゲエ・デュオのドバ・キャラコルを結成、2枚のアルバムを発表しています。(↓こんな感じ)

 寒い国の人たちが、暑い国の音楽にアプローチする、この気持ちはわかります。寒冷地ロックの人、OKIさんだって出発点はレゲエでした。逆のこともあって、セネガルとアンティルの血を引くテテが、2002年にモンレアル(モントリオール)に長期に滞在することがきっかけで自分の季節感にはなかった「秋」を発見してしまい、"A la faveur de l'automne"(秋に加担して)という大傑作を生んでしまったというケースもあります。   さて、キャラコルはこの(熱めの)デュオだったドバ・キャラコルを一旦解消して、ソロ活動に転じますが、一転してアコースティック・フォーク路線になるのです。ファーストソロアルバム "L'arbre aux parfums"(2008年)の中の曲"Le Mepris"(軽蔑)のクリップ(↓)

 このアルバムは「ラジオ・カナダ・ミュージック」新人賞などを獲得したほか、カナダのレコ大的なJUNO賞とADISQ賞に「最優秀フランス語アルバム」としてノミネートされました。(だからどうだ、という評価が私にはできないのは、まだ聞いてないからなんですが)。

 そして2011年にケベックでリリース(フランスでは2年遅れてこの夏リリース)されたセカンドアルバム『白い水曜日』はこんな第1曲目から始まります。
もし万一、月曜日に氷霧が私たちの心臓の上に凍りついてしまって
火曜日には私たちが霜で覆われてしまって、みんな死んでしまったら
最悪のことのあとにも最良のものが残っていることもあるって言うから
この白い水曜日に幸運の女神が私に微笑むってこともありうる?
あなたは私の光のままでいて
この美しい雪の下であなたの心を開いたままにしておいて
私の心はまだ燃えているわ
白い水曜日に幸運が私に微笑むわ
今夜天窓を抜け出して私の両目が狩りに飛び立つわ
冬が過ぎ去っても雪は降り続けるわ
私の両目はあなたの足跡を探しに行く
あなたをずっと愛しているわ
今だからそれが言える
「僕も愛しているよ」と答えるのは簡単なことよ
この白い水曜日にそれは可能なの?
あなたがそう言うのを感じたいの
あなたは私の光でいて、ずっとずっと
この美しい雪の下であなたの心を開いたままにしておいて
私の心はまだ燃えているわ
お願い、あなたは私の燃え盛る火災のままでいて
この白い水曜日、灰に覆われた空の下で
私の心はまだ燃えているわ
もし万一、月曜日に氷霧が私たちの心臓の上に凍りついてしまったら
この白い水曜日、あなたは私を愛してくれるかしら?("Blanc Mercredi")
「白い水曜日」のオフィシャル・ヴィデオクリップです(↓)


 お立ち会い、わかりますか? ディメンションが違うのです。「北の国では悲しみを暖炉に」なんていう緯度ではないのです。すべてが凍りついてしまう国で、心(心臓)を燃やし続ける愛、凍てついた真っ白な世界の中で真っ赤に燃え続ける心臓、そういう歌なんです。「あなたは光であり続けて」という願いが、この氷の世界では不十分で、最終部の歌詞は「あなたは燃え盛る火災になって」とラジカルに変わります。光(lumière)じゃだめなんだ、あなたは火災(incendie)になって、そうじゃないとこの極寒の世界では恋は死んでしまうんだ、と。こんなラヴ・ソング、そうめったにあるものではないでしょう。「八百屋お七」を思う方もいらっしゃいましょうが、それはまた別のディメンションなのです。
 とりあえず、私はこの第1曲めでガツ〜んと来ました。こういうスケールの曲ばかりだといいんですが、アルバム全体となると、なかなか...。6曲めにこんな歌があります。
マッチをシュッと擦って点火して
私は花火になって飛んでいって
今夜私たちの物語の最後に照らすのよ
今夜ほんの束の間 私の心を燃やして空を照らすの
バラバラに飛び散る勇気はどうやって見つけるの?
火の破片となって四方に飛び散っていく花火のように
火の粉の私が空の彼方に飛ばされて目から見えなくなる前に
私はこの夢にさよならを言うの
大気の中でぐるぐる回って私の心は塵になってしまうの
バラバラに飛び散る勇気はどうやって見つけるの?
火の破片となって四方に飛び散っていく花火のように ("Feu d'artifice")


恋の終わりを花火のように散らしてしまいたい、という歌ですけど、「玉屋がとりもつ縁かいな」とはディメンションが違うんです。 激しくもダイナミックな失恋の歌で、この人のキーワードは「火」かなぁ、なんて思ってしまいました。
 キャラコルは多くのケベコワと同様に仏語・英語バイリンガルで、この12曲のアルバムでも英語曲が5曲入っています。 英語?いいですよね。北米にして合衆国の隣国なので、われわれのような旧大陸の古ぼけたサウンドに慣れた耳には、「あ、これが世界標準のポピュラー音楽の音なのだな」と思わせる耳障りの良さで、実はこれが私をしてケベック音楽を敬遠させる最大の原因だったのですが。
 おしまいに、2011年に日本でも公開されたケベック映画『人生、ブラボー(原題:Starbuck)』 という映画(日本語予告編のリンクもここに)の挿入歌として使われた "Quelque Part"という歌も、映画観て泣いたオヤジのひとりとして、うるうるしないわけにはいかなかったのです。
もうおしまいにする時が来た
私は堂々巡りばかりしていて、時間ばかりが過ぎていった
わかったことと言えば、あなたが隣りにいない年月はとても長かったということ
これは白昼夢ではないわ、嵐がおさまったのよ
世界のどこかで誰かが私のことをほんの少し思ってくれているんじゃないかって
思ったその時に
誰かがどこかにいるんじゃないかって
でも用心しなくてはダメ
人生は短くて、何も得ることがない、
みんなそれぞれ顔を隠しながら生きている、って人は言う
でも嵐はおさまった
私はここであなたを待つわ、辛抱づよく
すべてをやり直すために
世界のどこかで誰かが私のことをほんの少し思ってくれているんじゃないかって
思うから、誰かがどこかにいるんじゃないかって
でも用心しなくてはダメ
     ("Quelque Part")
(↓ "Quelque Part" モンレアルの街頭でのアコースティック・ヴァージョン)


<<< トラックリスト >>>
1. Blanc Mercredi
2. Certitudes
3. J'ai soif
4. Strange Film
5. All the girls
6. Feu d'artifice
7. Sailor Boy
8. Fantômes
9. Horseshoe Woman
10. Good Reasons
11. Je volerai ton baiser
12. Quelque part

CARACOL "BLANC MERCREDI"
CD INDICA RECORDS / L'AUTRE DISTRIBUTION AD2682C
フランスでのリリース:2013年7月22日

(↓ "Quelque Part" ) 


 

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