2009年6月10日水曜日
びゅ〜んと飛んでく哲人
Michel Onfray "Philosophe, ici et mantenant"
ミッシェル・オンフレイ『ここと現在の哲学者』
(エリザベート・カプニスト監督映像ドキュメンタリーDVD)
ミッシェル・オンフレイは1959年元旦にノルマンディーの田舎町アルジャンタンに生まれ、現在も同じ町に住んでいます。このDVDでは「私はヌーヴォー・フラン(通貨)とキューバ・カストロ政権と共に生まれた」と自分の生年を紹介しています。このドキュメンタリーはドイツ車オープンカーで田園風景の中をびゅんびゅん飛ばすオンフレイの姿から始まりますが、これはちょっと目には「スター哲学者」のスター性と成金趣味のひけらかしのように見えます。が、DVDはその後でオンフレイの生い立ちが紹介され、貧しい環境と孤児院での体験が語られ、1週間に1度しかシャワーを浴びることが許されなかった垢まみれで臭い少年期こそが彼の思想的出発点であることが明かされます。逃げ場所は読書しかなかった。最初に衝撃を受けた本はヘミングウェイの『老人と海』だったそうです。孤児院寄宿舎のむせるように体臭がただよう部屋の中で、この本を開けたら「海の匂いがした」と言います。片っ端から本を読み、アルジャンタンの本屋が彼のワンダーランドになります。
その本屋もこのドキュメンタリーに登場して、本屋のおかみさんが、13歳頃のオンフレイをよく覚えていて「店に入ったら必ず入口横の暖房ラジエターの上に学生カバンを置く子だった。それは自分が万引きするために来たのではないというのを示すためだった」という話をします。高校を終えて、町の国鉄駅に雇ってもらおうとしましたが断られ、しかたなく大学へ行き、哲学を勉強します。博士号を取得して、地元ノルマンディーの職業リセで教鞭を取っておりましたが、2002年にある事件が起こり、彼は教職公務員であることをやめてしまいます。
それは大統領選挙の第一次選挙で社会党ジョスパンが落選し、第二次選挙で保守シラクと極右ル・ペンの対決となった時、左翼系を含む中央の知識人たちがこぞってシラクに投票することを訴える、という事態に深い絶望を感じたからです。この権力におもねる中央知識人たちに反対するたったひとりのレジスタンスをオンフレイは始めるのです。その小さなレジスタンスとは、Université Populaire(民衆大学、"UP"、"U-pop"とも略されたりします)であり、バス・ノルマンディー県の主邑カーンで、彼は完全無料の「民衆大学哲学講座」を開設します。哲学史を彼は市民と共に解釈し直し、太古より権力におもねる哲学者たちとそうでない哲学者たちの歴史があること、神のある哲学の影に神のない哲学の歴史もあることなどを説き、「正史」と対抗する「反史」= CONTRE-HISTOIRE DE LA PHILOSOPHIE(哲学反史)を展開します。この民衆大学哲学講座は、前半が講義、後半が討論会という構成で、若き哲人は文字通り民衆によくわかる名人芸的な話術/説法で、多くの市民の心を掴んでいきます。この講座は文字化もされ、国営ラジオ・フランスの電波にも乗り、フレモオ社からボックスセットのレクチャーCD(毎巻12-15枚組でパリの敷石のような態。現在11巻まで)でも刊行されています。中央に出ることなく、地方から中央を撃つ態度も、多くの地方市民たちの好感を抱かせました。それまでは、フランスの知の中心はサン・ジェルマン・デ・プレだったのですから。
このDVDではオンフレイの哲学カード遊びが紹介されていて、カードめくりで偶然に出た4つの主題(「愛」「死」「自由」...その他たくさん)と、哲学者や歴史上の人物のカード(プラトン、ニーチェ、ド・ゴール、モンテーニュなど)1枚で、落語の三題噺ならぬ五題噺で、その5枚に関連した即興学説をつくってしまいます。その中で、彼は"Immanence"(イマナンス=内在性)と"Transcendance"(トランサンダンス=超越性)の説明をしますが、そこで彼は雷の例を出します。雷が鳴りました。イマナンスの側は、気圧や湿度などの天候状態で空中のプラスの電極とマイナスの電極が云々、ということで、実際にそこにあるものから説明します。トランサンダンスの側の説明というのは、そこにないものからそれについて言うことで、例えば人々のあまりの愚行に神様がお怒りになって、みたいなものです。なんて分かりやすい!こう説明されたら、誰もが納得するじゃないですか。
DVDでは断片的にしか出てきませんが、スピノザ、ニーチェ、古代ギリシャ(ソクラテス以前)の電子論者デモクリトス(「笑う人」と称されたデモクリトスに関するコンフェランス全編65分がボーナス映像で見れます)が、オンフレイの口から説明されると、分かりやすいわれわれの同時代人のように活き活きした姿で描かれます。
私を含めて人々は往々にして専門外だからという理由で、こういう「インテリ」ものをハナから敬遠しますが、なんだ、こういうことだったのか、という食わず嫌いの突破口を開いてくれるには、こういう人が必要なんですね。現代哲学の「スター」のように言われてますが、このスター性は、アテネの広場で人々に話してその関心を集められるスター性なのだ、と私は納得しています。これまで一冊もオンフレイを読んだことがないので、夏に読んでみますよ。
MICHEL ONFRAY "PHILOSOPHE, ICI ET MAINTENANT"
(DVD directed by ELISABETH KAPNIST)
1. "Michel Onfray, Philosophe, ici et maintenant" (52 min)
2. Compléments, le jeu de cartes (24 min)
3. "Le Rire de Démocrite" conférence intégrale (65 min)
DVD Frémeaux & Associés FA4018
フランスでのリリース:2009年6月
(↓このヴィデオはDVDとは関係ありませんが、国営テレビFRANCE 3で放映されたオンフレイの「民衆大学哲学講座」を紹介した番組のものです)
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6 件のコメント:
はじめまして。
街はフェット・ド・ラ・ミュージックの中、私はミシェルのDVDが既に発売されていることをこのブログで知りました!メルシ、そしてブラボーです。
5月12日にアルジャンタンで行われたフロイトの宵で、エリザベット本人同席のもと、1時半まで続いたデバに参加してきました。かなり熱かったです。
カストールさんはカンのUPかアルジャンタンのUPGに参加されましたか?
Reikoさん、コメントありがとうございます。ノルマンディーにお住みなのですか?
私はこのDVDを見て以来の、にわかオンフレイ・ファンで、それまでは名前とテレビでの顔しか知りませんでした。著作は私の仏語力では怖々としか触れないような印象でしたが、今は夏のビーチで読んでも大丈夫、というような気がしています(が、どうでしょうか...)。
DVDはボーナスあつかいで入っている「デモクリトス」の名調子に魅了されました。すごいですね。
パリ在住です!
だからカンの方へはまだ行ったことがなく(月曜なので)、金曜か土曜に行われる場合が多いアルジャンタンのほうだけです。アルジャンタン会場は、駅から徒歩で行ける距離にありますし。
でも、深夜になる可能性のある講演の後、車でパリに帰れない場合はアルジャンタンに泊まるしかありませんが。
今週末にもGérard Garousteの講演会があります。
ミシェルのフランス語は哲学者にしては柔らかい方だと思いますので、夏のビーチにもぴったりのはず!
日本語版では、哲学者の食卓と反哲学教科書が出版されており、私は前者を読みましたがフランス語で読む方がいいようです・・・。
あ,今,元稿がArgentan を「アルタンジャン」とカタカナ表記していたことにやっと気がつきました。こそこそと修正しました。
何度もReikoさんのコメントに出てきたのに,反応の遅い爺でした。あな恥ずかし。
夏のビーチでオンフレイを読んで,ヘドニストになろう!(なんてね。ちょっとカリカチュアが過ぎますかね)。
このDVDが先行になりましたが,エリザベート・カプニストの映像作品"Michel Onfray, Philosophe ici et maintenant"は,この9月にARTEで放映されることになっています。
運転には気をつけましょう。A13はみんな飛ばすから。
こんにちは。
ご無沙汰しています。
この夏ですっかりエドニストになられたはずのカストールさん!!なんて。
M.Onfray と家族がらみの付き合いが長い環境上、私は発売された50冊のうちの30冊以上は家にありますが、はずかしながらまだ1冊も完読した事がない始末・・・。スタートした本は何冊もあるんですが。
さて話を戻しまして、このDVD、9月9日水曜日にポンピドゥーセンターで初一般公開されることが決まりました。もちろん、ミシェル本人もくると先週末言っていました。
ご都合がよろしいようでしたら、カストールさんにお会いできるチャンスかも!?
Reikoさん、情報ありがとうございます。
DVDを出したFrémeaux社が24日まで夏休み中で、それが明けたらさっそく確認をとって、9日はぜひ行きたいです。
この夏は妻子を日本に2週間送り出して、その間のんびりしていようと思ったのですが、結局毎日犬と事務所に出てました。読むべき本はいっぱい買ったのに、犬の世話ばかりで...。海も見ず、本も読まず、よい音楽とも出会えず、後悔の残る夏です。
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