2009年4月16日木曜日

この偶然を感謝して



 イニアテュス『この偶然を感謝して』
 IGNATUS "Je remercie le hasard qui"


 ことの始まりは2月にジェローム・ルッソー・イニアテュスが来るべき新アルバムの2曲め(アルバム2曲めがアルバム中最良の曲ということが世の決まりになっているようですが,例外もあります)に用意していた曲 "Dans l'herbe"のヴィデオ・クリップ(オリヴィエ・マルタン制作のアニメーション)をインターネット上に公開したことです。このヴィデオがyoutubeのカウンターで,10日間だけで10万人が見てしまうという,異例の反響でした。これに狂喜してしまったイニアテュスが,アルバムのリリースを1ヶ月繰り上げて,ネット配信は3月から,CDアルバムは4月頭から店頭に並ぶようになったのでした。
 とは言っても,イニアテュスが所属していたレコードレーベル,アトモスフェリックが残念ながら立ち行かなくなってしまって,イニアテュスは全部自分の独立会社イニアチューブでやらなければならなくなったのです。配給からプロモーションから全部彼ひとりでやっています。身軽と言えば身軽ですが。こうやってリリース日を変えるなんて,彼の思いつきでひょいっとできるようになったのです。
 私もこのヴィデオには早くに大拍手を送った人間のひとりです。3月には,このヴィデオがこの6月に開かれるアヌシー国際アニメーション映画祭に,ヴィデオ・クリップ部門で正式にコンペ参加することが決まりました。このヴィデオだけで大きな話題になるのでは,とジェロームが考えたのは無理もないことです。これは傑作です。
 というわけで,イニアテュスはこの傑作ヴィデオを世界に知らしめるべく,各国のyoutubeにその国語の字幕つきヴァージョンで置いてもらうことを考えます。英語字幕版が出来て,次に日本語字幕版も4月2週目から「ピセ ダン レルブ」というカタカナタイトルで公開されています。


 このクリップ字幕はジェロームの友人でベルヴィルに住む日本人女性のリカさんがつくりました。これに関してジェロームと私の間に数度のメール交信があります。
 まずうまく訳せているかどうかジェロームが私の意見を聞いたので,私はすばらしいと思うと答えました。そしてリカさんのデリカシーと言いますか,ニュアンスづけに感心したことを告げました。それは歌の中で繰り返される "Pisser dans l'herbe"を,最初から4回目まで彼女は訳さずに「ピセ・ダン・レルブ」というカタカナ表記のみにとどめて,最終の5回目に初めて訳して「草の中に小便をする」という字幕になります。これは繊細な翻訳アートだ,と称賛しました。
 ジェロームはこれをリカさんから聞いていなかったので,"Quelle bonne surprise!"(うれしい驚き!)と受け止めたものの,やはりタイトルは意味のわからないカタカナではなく,訳した言葉の方がいいんじゃないか,と言ってきました。
 最初からタイトルで訳してしまったら,リカさんの4回のミスティフィカシオン(なにやらわからない神秘的な状態を保っておくこと)が全然利かなくなってしまうではないですか。
 「小便」「おしっこ」,私自身あまり書き言葉で使いたくない言葉なので,そういうタイトルが来たら,その歌嫌いになるでしょうね。そこで,こういう場合のカタカナ表記で逃げるというのは,すばらしいと思うのですよ。おまけに「ピセ」というのは日本人の耳にも可愛く聞こえる語感じゃないですか。これが「ユリネ uriner」(放尿する)というカタカナだと,そんなに可愛くないですね。「ピセ」は得な響きです。日本の若い人たちは写真撮ってもらうときに「ピス,ピス」と言ってますよね。私にはあれは "peace"よりも"piss"に聞こえますけど。
 というジェロームがあまりわかってくれてないかもしれないけれど,私はこんな理由でタイトルをカタカナの「ピセ・ダン・レルブ」のままにしておくことを勧めたのでした。

 つまるところ「草に立ちション」という歌です。田舎のじっちゃんばっちゃんの家に遊びに行って,都会暮らしの自分が忘れかけていたものを取り戻すことを,最も典型的に象徴する例として,庭の草むらに立ちションをすることをもってくるんですね。太古の血が体内に蘇ってくるようなセンセーション(ション)を感じているわけです。それで,雪が積もってたら最適コンディション(ション)でしょうが,文字書いたり,絵を描いたりできるじゃないですか。これができるのは...男だけだぁ!とイニアテュスは,急に男に生まれたことの喜びを(50歳近くになって)感じてしまうのです。そのお道具を授かったという幸運な偶然を,どれほど感謝すべきか,と歌っているのですよ,お立ち会い。

 しみじみ,いい歌ですねえ。


<<< トラックリスト >>>
1. Mon amour
2. Dans l'herbe
3. Le soleil chante
4. Lourd, lourd
5. Que tu dis
6. Ce soir (avec The Strange "O")
7. Pas Question
8. Place Alphonse Chenal
9. Les hommes
10. Les ventres des ministres
11. Les doux calculs

IGNATUS "JE REMERCIE LE HASARD QUI"
IGNATUB CD IGN0009
フランスでのリリース:2009年4月3日

2 件のコメント:

かっち。 さんのコメント...

おんなのひともやるときはやる。
パティ・スミスに「川の中で漏らす」という豪快だか陰微だかわからない歌が…。

フランス人に、この食品は「百合根」という名前だと教えたところ…。

Pere Castor さんのコメント...

女性に
字を書いたり
絵を描いたり
という芸当はできまっせん。