2026年2月13日金曜日

売れない作家の価値

”A Pied d'Oeuvre"
『即仕事可』

2025年フランス映画
監督:ヴァレリー・ドンゼリ
主演:バスティアン・ブイヨン、アンドレ・マルコン、ヴィルジニー・ルドワイヤン
フランス公開:2026年2月4日

2025年ヴェネツィア映画祭最優秀脚本賞


作はフランク・クールテスの自伝的小説”A Pied d'Oeuvre"(ガリマール刊 2023年)。フォトグラファーとしてそこそこ売れていた40歳過ぎの男ポール(演バスティアン・ブイヨン)が、小説家としてデビューする。第一作めはフランス語で "succeès d'estime(シュクセ・デスティム)"と呼ばれる、評論家受けだけが良くて売れ行きが芳しくない結果に終わっている。それでも出版社のプロモーションでテレビやラジオに出演したし、紙メディアに書評も多く登場した。出版社(映画でももろにガリマール社ということになっている)の編集担当のアリス(演ヴィルジニー・ルドワイヤン、冷徹なやり手プロという役どころ、 この女優に合ってる)は、この新人作家の才能を買っていて、これよりずっといいものが書けるはずだ、と激励半分モラハラ半分の態度で責めてくる。ポールは安定していたフォトグラファーという職業を捨て、文筆ひとつで生きようとするのだが、月日は経ち、出版社が出した次作品アドバンス(前払い金)も底を突き、月の収入は印税250ユーロだけになる。映画では時期ははっきりしないが、おそらくそれと同じ頃にポールは妻(この別れた妻の役を監督ヴァレリー・ドンゼリが演じている)と破局し、妻と子供二人(男と女、共に十代)は別居して地方に住み始める。ポールは小説を書き続けたいが、自分の生活費も稼がなければならない。
 遅い時期に人生を変えたポール。安定を捨て、文芸作品を創造することこそ自分の道と決めたポールだが、このことを妻をはじめ誰も理解しようとしない。映画で重要な役割を担う実家の父(演アンドレ・マルコン)は、どこにでもいるフツーの親父のように息子のことを真剣に心配するのだが、どこにでもいるフツーの親父のように、文学のようなヤクザな道を捨ててフツーの大人になってほしいとばかり説教する保守反動ぶりである。父母と姉のいる実家の食卓で、ポールはひとりだけいつまでたっても小さな子供のままである自分を感じている。
 作家とはどれほどまでに”喰えない”職業なのか。第一作の小説は5千部売ったという。これでは全く喰えない。それでも出版社は次作の原稿を待っている。良い作品が出来たら出版しますよ、という態度。だがその作品ができるまでの作家の生活を保証するわけではない。原稿の出来次第では平気でボツにする。そういう世界だから、余程の蓄えがあったり、裕福なバックボーンでもなければ、おいそれと作家になどなれないのだ。ポールは40歳過ぎてから、それに挑戦しているのだ。元の職業の財産だったマミヤ、ニコン、キャノンだのの高級カメラ機を売り、姉の所有する半地下階のアパート(2019年ポン・ジュノ監督韓国映画『パラサイト』を想わせる)に家賃タダで住まわせてもらい、創作活動を続けながら、生活のためにバイトしようと思っていた。
 学歴はバカロレア止まり、職業経験のない高年齢者、そういう人間が公共の職業斡旋窓口へ行く。(文筆活動の)時間の余裕が残せるような仕事を探している、建物のコンシエルジュとか、ホテルの夜番フロント係とか...。斡旋窓口係に鼻で笑われる。

 そこでポールはスマホの”よろず雑務仕事斡旋プラットフォーム”であるJOBBINGというサイトに登録する。これは壁塗り、庭の草刈り、引越し手伝い、家具組み立てなど、ワンショット雑務(ジョブ)の働き手を募集するサイトで、登録した働き手がそのジョブに労賃を提示し、最安値を提示した者がその仕事の契約を得る、というかなり非人間的な雑務版Uberといったところ。ポールはこうして1件につき20ユーロ(約3500円)ほどの雑務労働を引き受け、時間と場所を問わず、現場に馳せ参じてサービスを履行して現金収入を得る。
 この労働の貧困化と不安定化をフランス語ではプレカリテ(précarité)と言い、1990年代から今日にかけて顕著になっている労働&生活環境の極貧化(格差と貧困率の増大)を表す言葉となっている。ポールは作家として生きることを選択した途端に、プレカリテ環境に突入してしまう。文学創造を選んだことは”意志”であっても、プレカリテは選んだことではないが意志と関係なくポールを包み込んでしまったのである。それでもポールは”書くこと”を続ける意志を曲げない。
 映画はポールのさまざまな労働現場を映し出す。誰でもできる肉体労働というわけではない。それなりにコツと要領と用具(工具)が要る。時間も要る。それをレストランのチップほどの金額を労賃としてやらせようと言うのだ。ポールは卑屈にならずにそれを受けるが、作家であるからその現場と人間(依頼主)たちを観察し、メモすることを忘れない(→ それがポールの未来の小説の素材になっていく)。ヴァレリー・ドンゼリは茶目っ気でこれらの雑務依頼人として、エリック・レナール(Eric Reinhardt、中堅ベストセラー作家)、クリストファー・トンプソン(Christopher Thompson、俳優・映画作家、ダニエル・トンプソンの息子)、ミッシェル・ゴンドリー(映画作家)などをチョイ役出演させていて、これがなかなか利いている。チョイ役ということで言えば、フィリップ・カトリーヌも(いかにも不正直な)宝石商という役で出演している。
 しかしポールの生活苦は止まらない。JOBBINGだけでは足らず、叔母から車を借りてVTC(自営ハイヤー)としても働き始める。そのハイヤーの客の中に、ポールのフォトグラファー時代をよく知っている男と出会ったりするのだが、ポールの転身を信じられない男の驚きにも動じず、ポールは後戻りなしの自分の生き方を通すのだった。もうひとつのハイヤーのエピソードは、空港からフォンテーヌブローの自宅まで送り届けた”寂しい”貴婦人に誘惑されるまま、そのベッドまで引き摺られ、セックスという運びになるのだが、長いことそれと遠ざかっていたことと”空腹”が原因でできなくなってしまう。悲しい。
 映画の大きなターニングポイントはここで、そのフォンテーヌブローからパリに戻る夜道の途中、ポールの車は何かとてつもないものと衝突してしまう。それは鹿だった。鹿は死んでおらず流血して苦しんでいた。ポールは警察や消防(救急)に電話してなんとかこの鹿を救ってほしいと頼むのだが、どこも取り合ってくれない。ポールは鹿をトランクに載せ、アパートまで持って帰り、浴槽に置く。瀕死の鹿を目の前にした時、ポールの極度の空腹はこれが多量の食肉を含んでいると思ってしまうのだ。そしてカッターで鹿を捌いていく...。
 翌朝、ポールのことが気がかりで通りかかったポールの父親は、アパートの異様な匂いと血だらけの床を見るや、激昂し、ポールの狂気のすべての原因はここにすべて入っていると、ポールの小説原稿すべてが保存されているノートパソコンを叩き壊してしまう。ポールは破壊されたパソコンを修理屋に持っていき、ハードディスクだけでも回収できたらと望むのだが、それそのものも破壊されてしまっている。俺はすべてを失ってしまった...。

 しかし(映画ですから)(詳しくは書かないが)救いはある。すべてを失ったと思っていたポールに、数冊の真っさらノートとボールペンを授けし人あり。このタバコ屋ビストロの女主人は菩薩の化身のようだ。かくしてポールは手書きでノート数冊の長さの小説 "A pied d'oeuvre"を書き上げ、ガリマール社に届けるのだった。
  "A pied d'oeuvre"は字句通りには”仕事に足がかかっている”という意味で、「仕事の準備ができている」「すぐにでも仕事ができる状態」のこと。よろず雑務ジョブを嫌がりもせず「すぐできますよ」と答えるプレカリテ労働者たちの合言葉のように聞こえる。小説にしても映画にしても良い題名だと思う。

 一途に「俺には文学しかない」と腹を決めた中年男が、ルーザーになりかけながらどん底から生き返って小説を書き上げる。これはサクセスストーリーではない。それが証拠に、結末はガリマール社がこの小説を晴れて出版することになるのだが、そのことが「喰えるようになる」を意味していない。ポールは新作の書店サイン会の合間にも、JOBBINGアプリで明日の食い扶持の仕事を探し続けている。そういう生き方がポールを救ったように、ポールはその生き方を続けることに意味を見出している。売れない作家にも生きる意味がある。
 ポールを演じたバスティアン・ブイヨンの打たれ強さと、そこから見える世界の見え方がこの映画を”見せる”ものにしている。誇り高い貧困者の姿がある。そこから”文学”と”創造”が浮かび上がるか、という問題は、原作本を読んで判断したい(未読)。映画はその”文学”よりも、それを選んだ中年男の生還の清々しさに心を動かされる。それはバスティアン・ブイヨンという男優の力によるものと言えよう。
 最後に映画中で流れる3曲のシャンソン・フランセーズ : ヴァネッサ・パラディ「ジョー・ル・タクシー」、アラン・スーション「フール・サンティマンタル」、セルジュ・レジアニ「ル・ヴィユ・クープル」、あまりにも効果的で泣けること、泣けること... 。

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)『ア・ピエ・ドゥーヴル(A Pied d'Oeuvre)』予告編

2026年2月6日金曜日

Ils ont changé ma chanson, ma...

Michel Delpech "La maison est en ruine"
ミッシェル・デルペッシュ「哀しみの終わりに」

作詞:ジャン=ミッシェル・リヴァ、ミッシェル・デルペッシュ
作曲:クロード・モルガン
1974年 アルバム"Le Chasseur"所収

2026年1月から2月、わが娘の住むブルターニュ地方は3つの海洋ハリケーンに襲われ、それに伴う局地的集中豪雨で、海岸地帯から内陸深くまで大洪水に見舞われ、長期にわたる波状降雨のため水が引かず、私たちは毎日のようにブルターニュの洪水惨状をテレビで見ていた。気候変動による甚大な自然災害に、私たちの目は慣れっこになってしまったようだが、壊滅的な被害で家屋を失った人たちの悲痛な姿を見るにつけ、わが身にいつ起こっても不思議ではない病んだ地球の現状に気が重くなる。
 今から10年前の2016年1月、ボウイーと同じ正月に、ボウイーと同じ歳(69歳)で、ボウイーと同じガンでこの世を去ったミッシェル・デルペッシュ。この歌が出た1974年頃は、日本でもそこそこ知られていて、ポルナレフ、ジュリアン・クレールなど共に(おシャンソンから脱皮した新しめの)”フレンチ・ポップス”のアーチストとして紹介されていて、「青春に乾杯 (Pour un flirt)」、「ワイト・イズ・ワイト (Wight is Wight)」の2曲は1972年当時、青森のAM局でもよく聞こえてきたものだ。その人気を裏づけるように、この1974年の"La Maison est en ruine"は本国フランスでシングルカットされなかったのに、日本では「悲しみの終わりに」とムード的な日本題がついてキングレコードからシングル化されたのだった。この人の場合、フランスでは都会性よりも土の香りに近いような、ずっと後年にオーガニックとかエコロジックと言われるようになる自然/田舎情緒がつきまとうのであるが、1974年のアルバム "Le Chasseur (狩人)”はまさにその傾向の曲が多く...。で、この曲はその田園牧歌調の良い例で、リンゴ農家が大災害(洪水)で家も果樹園も壊滅的打撃を受け、悲嘆に暮れてないで夫婦で別の土地でやり直そうと、自らに言い聞かせる歌なのね。「哀しみの終りに」という日本語題はまんざら当たってないというわけではないのね。
Avant l'inondation, c'était notre maison
洪水の前はそこが僕たちの家だった
C'était notre jardin
僕たちの庭だった
On avait réussi à se faire une vie
ここで生活を築き上げられたんだが
Et nous n'avons plus rien
今僕たちには何も残っていない
Regarde nos pommiers, ils n'ont pas résistés
このリンゴ畑を見てごらん、洪水の勢いに
Aux forces du torrent
耐えられなかった
On ne voit plus d'oiseaux, il n'y a que de l'eau
鳥の姿も見えない、あるのは風と
Et puis du vent
水だけだ

Allez viens mon amour
おいでモナムール
Là-haut sur la colline
あの丘の上に行こう
Regarde, la maison est en ruine
見てごらん、僕たちの家は廃墟と化した
Il faut l'abandonner
放棄しなければならない
Et tu te fais du mal à pleurer
きみは泣いて自分を傷つけるけれど
Nous avons des amis là-haut sur la colline
あの丘の上で僕たちには友だちができるさ
On en a dans les villes voisines
隣町でも友だちができるさ
On est sûr de trouver quelqu'un qui voudra bien
きっと僕たちを助けてくれる人が
Nous aider
見つかるよ

On a vu bien des gens comme nous maintenant
僕たちのような人たちもたくさんいた
Qui avaient tout perdu, ils vont bien quelque part
すべてを失ってしまい、どこかに行ってしまった
Je voudrais bien savoir ce qu'ils sont devenus
あの人たちがどうなったのか僕は知りたい
Tu sais je n'ai pas peur, il y a peut-être ailleurs
僕は怖くないよ、たぶんよその地にも
Des coins plus beaux qu'ici
ここよりも美しいところがあるかもしれない
Regarde la vallée, le village est noyé
あの谷を見てごらん、村は水に沈んでしまった
Tout est fini
すべてはおしまいさ

Allez viens mon amour
おいでモナムール
Là-haut sur la colline
あの丘の上に行こう
Regarde, la maison est en ruine
見てごらん、僕たちの家は廃墟と化した
Il faut l'abandonner
放棄しなければならない
Et tu te fais du mal à pleurer
きみは泣いて自分を傷つけるけれど
Nous avons des amis là-haut sur la colline
あの丘の上で僕たちには友だちができるさ
On en a dans les villes voisines
隣町でも友だちができるさ
On est sûr de trouver quelqu'un qui voudra bien
きっと僕たちを助けてくれる人が
Nous aider
見つかるよ

Allez viens mon amour
おいでモナムール
On recommencera
もう一度やり直すんだ
Il me reste mon coeur et mes bras
僕にはまだ心と両腕がある
La maison mon amour, on la rebâtira
モナムール、僕たちの家をもう一度建てよう
Toi et moi
きみと僕とで
Allez viens mon amour
おいでモナムール
Là-haut sur la colline
あの丘の上に行こう
Regarde, la maison est en ruine
見てごらん、僕たちの家は廃墟と化した



名唱ではありませんか。大災害ですべてを失った夫婦の、絶望からの立ち上がりを歌い上げる。傍らで泣いてばかりいる妻に「おいでモナムール (Allez viens mon amour)」と声をかけ、あの丘の上に行こう Running up that hill と一歩を踏み出す。エモーショナル。だが... この「モナムール」という呼びかけに、執拗に注目してしまった日本人がいたのだね。

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Look what they've done to my song, ma...

2026年2月4日18時頃、フランス国営ラジオFIPで、私はこの日本語カヴァーヴァージョンを初めて聴いた。わが最愛のラジオFIPは、開局55年の歴史を持つ世界的に定評あるオールラウンド選曲の音楽FMであるが、日本の楽曲はかなり重要な頻度でオンエアされ、ここ5年ほどは70/80年代のいわゆる「シティーポップ」が驚くほどハバを利かせている。こんな選曲はフランスではここしかないだろうが、私が日本からフランスに移住した後の時期の日本産ポップスなので私も知らない曲がほとんどだ。
このデルペッシュ”La maison est en ruine"の日本語カヴァー(シティーポップ)ヴァージョンは、1983年日本コロンピアからリリースされていて、タイトルは「いってモナムール」、アーチスト名は清野由美(せいの・ゆみ)。80年代に3種のレコードを出していて、この曲は1983年のLP”Continental"のB面1曲めに収められている。アーチスト自身は80年代で第一線を退いていたようだが、昨今のシティーポップ再評価のおかげで再び脚光を浴びているような話もあるらしい。この人に関して私には全く情報がない。ただ2月4日のFIPでのオンエアの際に、FIPのアニマトリス嬢が「デルペッシュのあの曲がシティーポップとして魔法のような変身」とベタ褒めの紹介をしていた。そりゃあ、一聴して大変身ですとも。
恋人より情婦がいい
歯止めもなく溺れて行く
そんな時が私は好き
薄い絹の灯りの中
爪を噛めばやがて浅く
やがて深く泡立つ
男は風 女は空
揺れてきしむ愛よ
いってモナムール いってモナムール
好きと
いってモナムール いってモナムール
ただひと言好きと
いってモナムール いってモナムール
好きと


 これをかなりハイランクな(複雑にオシャレで都会的で洗練された)シティーポップとして持ち上げるFIPリスナーたちのことがわからないわけではない。レコード会社がフランスの権利者からちゃんと許諾をとった上でのカヴァー・ヴァージョン制作だったであろうから、文句つける筋合いはないのではあるが、この日本語詞、かなり問題あると私は思うのだよ。”訳詞”としていないから、どんな歌詞になろうが知ったこっちゃないのかな。日本語詞を書いたのは杉山政美という作詞家。”官能”ものである。「いってモナムール」というキメは、どうにも下卑て聞こえる。これ、原曲へのリスペクトという観点が大きく欠落している。デルペッシュは一度でもこのヴァージョン聞いたのかな?

(↓)古賀力のカヴァー。これはおシャンソンになってしまう。これもなぁ...。


(↓)私の歌を無茶苦茶にしたのはダリだ(Look what they've done to my song, ma)