2015年3月9日月曜日

華麗なるベルジチュード

『トーキョー・フィアンセ』
2014年ベルギー+フランス+カナダ合作映画
監督:ステファン・リベルスキ
主演:ポーリーヌ・エチエンヌ、タイチ・イノウエ、ジュリー・ル・ブルトン
フランス公開:2015年3月4日

 アメリー・ノトンブの小説『イヴでもアダムでもなく』(2007年)を映画化したものです。原作小説は爺ブログの2007年9月のここで紹介していますが、好意的には書いておりません。当然私には原作がこんなものなんだから、というよくない先入観がありました。
 映画はこんな感じです。日本で生れ、5歳の時まで関西に住んでいたというアメリーと名乗る20歳のベルギー娘(演ポーリーヌ・エチエンヌ)は、日本人になりたい(+作家になりたい)という野望を果たすために、片道チケットでブリュッセルから東京にやってきます。狭い畳のアパートに住み、布団に寝て、カップ麺で食事をとる、という生活です。日本語を学び、いつかはちゃんとした職について、と思っているのですが、そのツナギで「フランス語個人レッスンします」の張紙をスーパーの告知版に張り出したところ、ひっかかってきたのがリンリと名乗る仏文科学生(&大金持ちの御曹司)(演タイチ・イノウエ)でした。白塗りのメルセデス・ベンツを乗り回し、万札でレッスン料を払い、壁一面にヤクザ映画のDVDコレクションがあり、ことあるごとに「エクスキュゼ・モワ」「すみません」と謝罪する学生さんは、原作小説では"singulier"(サンギュリエ:奇妙な)という形容詞で語られていましたが、この映画の中ではこの学生さんだけでなく、すべての日本人がみなサンギュリエのように見えます。
 これが映画のトーンです。奇妙なる国、日本をお見せします、という視点があります。まあ、悪意はありませんけど。ナイトスポットでの女形日舞ショーや、シロップ浸けのストリップ。山手線線路に向かって詩吟を練習する着物老人(アメリー「なぜ電車に向かって?」/リンリ「騒音迷惑をかけないためだ」)、公園でアイドル系のダンスを練習する男子たち、エアーギターを大道芸にする若者、「淑女たるもの夏でもパンストは必須」とアメリーをたしなめるリンリの母...。しかしこの映画で見せる驚きの日本の最良の例は、河川敷に集まってくるデコトラの群れで、横一列に並ばせたデコトラにクラクション合奏させる(指揮棒を振る)アメリーのはしゃぎ方は感動的なものです。逆にあまり感心しない例は、佐渡島の旅館の夕食に出て来る「活きダコの踊り食い」で、活きダコの足がくるりとアメリーの舌をしばってしまいます(ま、もしもこの映画が日本で上映されたら、これは日本の食習慣ではない、と目くじらたてて抗議するムキも出てきましょうね)。
 この西欧人には奇妙に「エキゾチック」に見える日本を軽くカリカチュア化するやり方というのは、あれあれ?どこかで見たことがあるなぁ、と思っていました。わかりました。それはフランス人がベルギー人を見ている視点なのです。フランスの北隣りにあるこの小さな王国の住人を、フランス人は隣人として尊重しながらも、不思議で奇妙な人々のように見ている。 フランス人会食の食後ディジェスティフに欠かせない「ブラーグ・ベルジュ」(ベルギー・ジョーク。1980年代にコリューシュによって大衆化されたと言われる)では、単純で素朴で普通では考えられない発想をするベルギー人が描かれ、食卓満場の大笑いを呼んでいます。例えばこんな具合:
ベルギー人はどうして寝る前にナイトテーブルに水の入ったコップと水の入ってないコップをひとつずつ置くの?
ー  ひとつは夜中に喉が渇いたとき用に、もうひとつは喉が渇かなかったとき用に。
この映画はフランス人がベルギー人を茶化して「ブラーグ・ベルジュ」を語るように、ベルギー人が日本人を茶化して「ブラーグ・ジャポネーズ」を展開しているようなところがあります。軽かろうが、カルチャー・ショックであり、別の小説(と映画)でアメリー・ノトンブは文化障壁(と妄想しているもの)の理由でボロボロになるまで痛めつけられるのです(『畏れ慄いて』小説1999年、映画2003年)。
 ところが逆に日本人はベルギーというものを何一つわかっちゃいない。フランスに関してはファッションや美食やパリや南仏やで、日本人は大変興味があるのですが、同じフランス語を話すベルギーに関しては何も知りません。そこで、この映画はベルギー度(ベルジチュード)をぐぐぐ〜っと強調するのです。この映画で登場するイヤ〜なタイプのフランス娘ヤスミーヌ(演アリス・ド・ランクサン)が初対面の時にアメリーがラ・ビーズをしようとすると、 顔を遠ざけて「あんたベルギー人?」と問います。アメリーはそれに答えて「そうよ、そんなに臭い?」と問い返します。
 こういうベルギー人のベルギー人による "auto-dérision"(オート・デリジオン:自己愚弄、自嘲)は、アメリー・ノトンブの小説の中にはないのです。ノトンブはベルジチュードの作家ではない。どちらかと言うと旧大陸の文化的伝統をそのまま全肯定的に背負うことをよしとする(家柄の良さでしょうけど)硬派保守のアティチュードであり、人の言う(多くの場合はフランス人の言う)ベルギー性・ベルギー気質・ベルギー的なるものは、その小説にあまり出てきません。ところがこの映画は、ベルジチュードおよび非フランス性というのがどんどん出て来る。リンリとの初めての恋の夜が明けた翌朝、アメリーはひとりの架空カラオケで、1986年ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト優勝曲(もちろんベルギー代表曲で、後にも先にもこれがたった一度の優勝曲)"J'AIME J'AIME LA VIE"(”私は人生が大好き”唄サンドラ・キム、当時15歳)を "J'AIME J'AIME LE JAPON"("私は日本が大好き”)と替え歌にしてサンドラ・キムの振りをそのまま真似して歌うのです。これはベルギー人以外誰にもわからないギャグだと思いますよ。
 あとリンリが加入しているという秘密結社(なんのことはない一種の「フランス愛好会」)のメンバーを集めての食事会(和食。シェフはリンリ)で、十数人の黙して語らぬ男たち(フランス語ができるのに、という設定です)を前にして、アメリーはベルギー・ビールの自慢を滔々と語り始め、その成り立ち、発酵方法、その膨大な種類、そのたしなみ方、最適の温度などを大演説します。その間に男たちは料理をおいしそうに平らげ、アメリーは何も食べられないというおそまつ。ここでアメリーは男たちを楽しませる話芸は「芸者」のアートに等しい、と、ひとつまたベルジチュードと日本文化の接近を感じてしまうおめでたさ。
 こういうベルジチュードだけでなく、この映画にはアメリー・ノトンブの小説にはなかったものがあるのです。これは決定的な違いです。それはセックスなのです。ノトンブの小説には絶対に現れないものなのです。それがこの映画ではいとも簡単に...。アメリー(演ポーリーヌ・エチエンヌ)は可愛く、若さに満ちあふれ、女性としての魅力にもあふれ、そしてセックスアピールがあり、その若いボディーは露出されることをよしとして、肉体的に積極的に恋人リンリと交わっていくのです。ノトンブの小説に親しい人たちは、ここで、この「アメリー=ポーリーヌ・エチエンヌ」はノトンブではない、とはっきりと知らされるはずです。 この映画の最大の魅力はここなのです。ノトンブの背後霊から解放された「アメリー」の一人歩きです。
 しかし、大筋のところは、ノトンブの原作に従わざるとえないので、映画はアメリー=ポーリーヌ・エチエンヌの溢れる魅力にも関わらず、深い心の奥底からの交流・交感のないリンリとの関係の不可解さに留まってしまいます。執拗に求婚ばかりせまるリンリに、アメリーはその場しのぎのために "Fiançailles"(フィアンサイユ=婚約)という仮の儀礼を提案します。なぜなら、最初からアメリーはこの男との結婚はあり得ないという判断があり、原作にあるように「日本人の "恋”は amour ではなく goût(=好み、好き嫌い)である」という断定があるからなのです。ベルギー人(ひいては西欧人)と日本人の愛し合うことの「レベルの違い」みたいなものです。(日本男性も日本女性もここで黙っていてはいけませんよ)。
 婚約はした。いつ結婚できるのか。リンリ(この映画の中のリンリは小説の中のリンリよりもずっといい奴です)はクレシェンド的に結婚を迫っていきますが、アメリーはかのユミモト商事(映画ではしっかり"住友商事”のビルディングが出て来る)での仕事が始まり、心身すり減らしています(小説『畏れ慄いて』の世界です)。ボロボロです。リンリは「僕と結婚すればすべては解決するじゃないか」と言います。私もそう思いますよ。
 映画は小説と全く違ったカタストロフによる収拾を採択します。それは東日本大震災なのです。福島第一原発の放射能脅威が東京にまで迫って来る(フランス、ベルギーを初め西欧諸国の状況判断は確かにこうでした)。今すぐ東京を脱出しなければならない。リンリはアメリーにベルギー帰国の航空券を買って与え、泣く泣く二人は別れることになるのです。その際、まさに作家アメリー・ノトンブ的付けたしで、アメリーのアパートに隣人たちが、東京を去るアメリーにあいさつに来て、あなたは日本をこんなに愛しているのに、こういう事態(原発事故)であなたを日本から去らせることになった日本の不祥事を日本国に代わって詫びるのです(!!!)。私、この部分がなければ、この映画、誉めてやってもいいと思ったんですけど、やめます。最後の最後で、まったく....。

カストール爺の採点:★★☆☆☆

(↓)『トーキョー・フィアンセ』予告編


(↓)原作者アメリー・ノトンブと監督ステファン・リベルスキ
ノトンブは映画制作には一切協力していない。古くからの友人リベルスキには「口出しをしない義理の母」の態度でいた。そこから「孫」(=映画)が生まれた時に、その姿に感嘆した.... ー という類いの発言です。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

こんにちは。UBUPEREです。またもやアメリー・ノトンブの小説を原作にした映画ができたのですね。ポスターと予告編を見る限り、これって結構ヒットするのじゃないでしょうか。マンガで育ってトーキョーに憧れている世代に自らのパロディーとして。2003年の『畏れ慄いて』も西洋人の見た日本文化のパロディとして見ると、結構楽しめました。
ところで、「ブラーグ・ベルジュ」はコリューシュによって広まったのでしたか。ヨーロッパの風刺はどぎつく感じられるのですが、それを笑って受け流す文化は素晴らしいと思います。

Pere Castor さんのコメント...

Ubu Pèreさん、コメントありがとうございます。第一週目のフランスでの観客数は32000人で、この種の小予算インディー映画では善戦と言えましょう。私が観た映画館では「日本オタク」よりも、ノトンブの小説を読むような年齢30-40代の女性が多かったです。あと1週間もすれば誰も話題にしなくなるでしょう。その方がいいと思いますよ。