2019年2月18日月曜日

太鼓よ轟け、ラッパよ響け

ステファン・エシェール&トラクトルケスタール『ウ〜!』
Stephan Eicher & Traktorkestar "Hüh!"

ステファン・エシェール(1960 - )はドイツ語圏スイスに生まれ、ロマの流れを汲む移動民族イエニシュ人であることを公言している。80年代からベルン/チューリッヒを基盤としたテクノ(シンセポップ)/ニューウエイヴ系のアーチストとしてスイスとドイツでそこそこその名を知られていたのだが、1985年にそれを強引にフランスに引っ張ってきたのが、"タンタン"とあだ名された(イジュラン、テレフォヌ、キャルト・ド・セジュール、レ・リタ・ミツコ、エチエンヌ・ダオを発掘した)名ディレクター、フィリップ・コンスタンタン(1944-1996)であった。当時仏ポリグラム(現ユニバーサル)社長アラン・レヴィの命を受けて、50年代フランスのレコード王エディー・バークレイ(1921-2005)設立の伝説的古参レーベル"バークレイ"(エディー引退後、83年からポリグラム管理下)を大胆に最先端のポップ・レーベルに変身させ、アラン・バシュング、ノワール・デジール、モリ・カンテ、キャルト・ド・セジュールなどを配するようになるのだが、そのコンスタンタンの初期"新バークレイ”の一番バッターがステファン・エシェールだった。軌道に乗るまで少々時間はかかったけれど、1989年『マイ・プレイス』(シングル "Déjeuner en paix")、1991年『エンゲルベルク』、1993年『カルカッソンヌ』と大傑作が続き、コンスタンタン・バークレイの看板スターになっている。で、1996年にコンスタンタンが52歳の若さでエイズで亡くなった時、エシェールはその年のアルバム『千の命(Mille vie)』をコンスタンタンに捧げ、オマージュ曲「世界の果て(Der Rand der Welt)」をセネガル人歌手イスマエル・ローと共に歌っている(↓)。

ま、こんな感じで、エシェールはバークレイにとって歴史的なアーチストだったはずなんだが...。これまでステファン・エシェールとバークレイは二度もめている。コンスタンタン亡き後のバークレイに魅力を感じられなくなったエシェールは、1998年から2005年まで7年間仏ヴァージンと契約していて2枚のアルバム(これがまた2枚ともいいんだ! "LOUANGES"と"TAXI EUROPA")を発表している。目立ちたがりながらミュージシャンたちからは信望の厚い経営マンだった当時の仏ユニバーサル社長パスカル・ネーグルは(ベルトラン・カンタの事件によってノワール・デジールの未来が見込めなくなった頃)エシェールに三顧の礼を尽くしてバークレイ復帰を願い出た。2005年、仏ユニバーサル(ネーグル)とエシェールはバークレイ再契約の一連の書類に署名を交わすのだが、その条件には新アルバム3枚制作とエシェールの全音楽作品の仏ユニバーサルによる音源管理(フィジック+ディジタル)が含まれていた。
 契約の新アルバム3枚のうち2枚(2007年『エルドラード』、2012年『飛翔』) は出たのだが、3枚めの『ホームレス・ソングス』は録音が終わっているのに出る予定はない。2017年9月のウェブ版BFM-TVの記事によると、バークレイ(仏ユニバーサル)は2012年アルバム『飛翔』の制作費の一部、および次作『ホームレス・ソングス』の制作費とアドバンス報酬もエシェールに払っていない。『飛翔』のプロモーション費とコンサート企画費も払っていない。この状態に業を煮やしたエシェールは2017年にバークレイを相手取って訴訟を起こしている(現在も訴訟続行中で、上に挙げた記事によるとエシェールは百万ユーロ近い損害賠償金額を請求している)。その間に何があったか、と言うと、2016年にかのパスカル・ネーグルが仏ユニバーサル社長を解任されていて、事情はがらりと変わってしまった、ということのようだ。

だから(たとえ音楽業界事情通じゃなくても)ステファン・エシェールの近々の現役復帰は難しいというのが一般の見方だったのだ。だから(と同じ接続詞で続けるが)この新アルバムは、誰も待っていなかった突然の1枚である。まず、ジャケット写真は誰がどう見ても、アラン・バシュング(1947-2009)のアルバム『ファンテジー・ミリテール(軍隊幻想曲)』 (1998年)のパロディーであろう。沼に浮く水藻の中から顔を出すバシュングに対して、祝祭の紙吹雪(コンフェティー。このCDとLPのパッケージの中にしっかり紙吹雪が混じっている)に埋もれるエシェール。20世紀末、バークレイが世に出した歴史的名盤にしてプラチナ・ディスクともなった(おそらくバシュングの最高傑作アルバム)『ファンテジー・ミリテール』へのオマージュ30%、バークレイへの皮肉70%といったところだろう。
 アーチスト名義は「ステファン・エシェール&トラクトルケスタール」となっていて、このトラクトルケスタールは金管9本+ドラムス3台のタラフ風ブラスバンドで、全員ベルン(スイス)出身の27歳から33歳までの若者たちだそう。この子たちは「母ちゃんが"ロッカー”ステファン・エシェールのファンだった」という世代。この祝祭的バルカン・ブラスバンドのインスピレーションは、ゴラン・ブレゴヴィッチとの交流からもらったものだそう。この大所帯でブンチャ・ブンチャとブローする楽隊とは、2018年1月からスイスとフランスをはじめヨーロッパ各地をトレーラーで回ってツアーしている。ステファン・エシェールの新旧のレパートリーをタラフのスタイルでスウィングさせるサーカス一座の態と想像できる。だから興が乗り、投げ銭が止まなければ夜を徹して演奏し続けられそうな。なにしろ御大は60歳近いが、楽隊は若い衆ばかりなのだから。
 アルバムに収録された12曲のうち、8曲はエシェールの旧レパートリーの新ブラスバンド編曲。YouTubeにアマチュア投稿されている去年からのコンサートの動画を見ると、ライヴではもっと様々な旧レパートリーが演奏されているようだが、このアルバムはその精選8曲ということだろう。新曲は4曲:"Etrange"(4曲め、詞フィリップ・ジアン)、"Chenilles"(10曲め、インスト)、"Papillons"(11曲め、詞フィリップ・ジアン)、そして "Nocturne"(12曲め、詞マルティン・ズーター)。
 このブラスバンドに加えて、アルバムのブックレットにクレジットされているのが、(数えてないので適当に言ってしまうが)約1500人のコーラス隊(その名前をAからZまでの順で8ページにわたって全部記載している)で、たぶん8曲めの(エシェールのヒット曲のひとつ) "Pas d'ami comme toi"(←のYouTubeの59分45秒め)のリフレインで「ノン!ノン!ノン!」と叫んでる人たちであろう。

すごく良い雰囲気。レコード会社との揉め事などどこ吹く風。旧譜の若返り方がすがすがしい。大人数での再創造というのがいい。改めてこの人は良い曲を多く作ってきたのだと納得しよう。
それにしても、この新アルバム、上に述べたように現在エシェールと裁判抗争中の仏ユニバーサル社の傘下レーベル、ポリドールからリリースされた、というのはどうなってるんでしょうねぇ。よくわかりませんが。

<<< トラックリスト >>>
1. Ce peu d'amour
2. Louanges
3. Envolées
4. Etrange
5. Cendrillon après minuit
6. La chanson bleue
7. Les filles du Limmatquai
8. Pas d'ami comme toi
9. Combien de temps
10. Chenilles
11. Papillons
12. Nocturne

STEPHAN EICHER & TRAKTORKESTAR "Hüh!"
CD/LP Polydor 6791316
フランスでのリリース:2019年2月15日

(↓)ステファン・エシェール&トラクトルケスタール "Combien de temps"、オフィシャル・クリップ


(↓)このアルバムに収められた新曲のひとつ "Etrange"(オーディオ)


(↓)記事タイトルの出典はヨハン・セバスチアン・バッハのカンタータ「太鼓よ轟け、ラッパよ響け」(BWV214)でした。

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