2017年2月17日金曜日

おいしい水

Aquaserge "Laisse ça être"
アクアセルジュ『レス・サ・エトル』

 語わかる人なら、この一見奇妙なアルバムタイトルは英語『レット・イット・ビー(Let it be)』の仏語直訳のであると気づくでしょう。ビートルズへの目配せがそんなに重要なバンドではないような感じがしますが、世界のどこにビートルズに影響されていないバンドがありましょう? たぶん、リーダーのバンジャマン・グリベールが「タイトルをどうしようか?」と悩みに悩んでいた時に、聖母マリア様が顕現して、その叡智の言葉として「レット・イット・ビーなんかどう?」とのたもうたのでしょう。
 トゥールーズの人たちです。フランス語で歌うジャズ・ロックです。2010年代の仏語アンダーグラウンド・ムーヴメントを支援するメディア(ウェブジン)LA SOUTERRAINE の周辺では最も高い評価を受けているバンドの一つで、これが4枚目のアルバムになります。今回は世界配給がベルギーのCRAMMED DISCSですから、やっと世界的に知られるようになるかもしれません。
 バンド名アクアセルジュは「水」と「セルジュ」の合成とみなしていいのでしょうが、その後半の「セルジュ」というのは、誰が見てもゲンズブールあやかりと思われましょう。そのセルジュ・ゲンズブールが1978年にジェーン・バーキンに書いた曲で「アコワボニスト Aquoiboniste」というのがあります。アコワボニストとは何に対しても"A quoi bon ?"(ア・コワ・ボン?それが何なのさ?)と言う傾向のある、やる気も関心も情緒も欠落している人間のことで、この語を発明したのはボリズ・ヴィアンであるという説もあります。ア・コワ・ボン? しかしてゲンズブール流言葉遊びの流儀に従えば、このバンド名は
A quoi sers-je ? 
 (ア・コワ・セール・ジュ? 私は何の役に立つのか?)
と書き換え可能でしょう。
 しかしながら、このバンドが熱心なビートルズ・フォロワーでないのと同様に、ゲンズブール的要素もあまりないのです。あるとすれば、ゲンズブール『メロディー・ネルソン』時のジャン=クロード・ヴァニエの作編曲&サウンド環境作りには大いに影響されている風には聞こえるということでしょうか。
 女性二人(クラリネット奏者、ベーシスト)を含む5人組が基本フォーメーションで、豪州のサイケデリックバンド、テーム・インパラに出稼ぎ参加しているドラマーのジュリアン・バルバギャロがここに加わることもあり。これに4人ほどのホーン隊が加わったトランス・ジャズ楽団が「アクアセルジュ・オーケストラ」で、この名義で別行動もしています。またバンジャマン・グリベール(ギター。一応リーダーと呼んでいいのかな?)、ジュリアン・ガスク(キーボード)、前述のジュリアン・バルバギャロ(ドラムス)はそれぞれソロアルバムも出していて、2000年代からフレンチ・サイケデリック・アンダーグラウンドの顔役(アクア役)として暗躍しています。
 この4枚目のアルバムはアクアセルジュ・ファミリー総出演のビッグバンドっぽい音です。言い訳程度に歌詞(歌)が入ってますが、アクアセルジュは基本的にインストバンドだと思っていいでしょう。詞と言ったって、ダダでナンセンスでシュールなものでして...。
きみ自身の足で歩くっていうことは
きみは世界一周をしたってことだよ
鏡に映ってるのがきみの顔だっていうことは
きみはモナリザではないってことだよ
       ( 世界一周 Le tour du monde)

Vis ta vie de bete en enfer(ヴィ・タ・ヴィ・ド・ベート・アン・アンフェール)
fer à cheval dans le soda (フェール・ア・シュヴァル・ダン・ル・ソーダ)
seau d'armes à feux dans la cité (ソー・ダルム・ア・フー・ダン・ラ・シテ)
Si t'es coco c'est pas facile(シ・テ・ココ・セ・パ・ファシル)
Fa si la sol fa mi ré do(ファ・シ・ラ・ソル・ファ・ミ・レ・ド)
domination colonialiste (ドミナシオン・コロニアリスト)
       (Tintin on est bien mon loulou)

(↑)の2番目はナンセンスなしりとり歌なので訳さずにカタカナ表音転写だけしましたが、アホらしい楽しさがわかってくれればいいです。歌詞は全然重要じゃないんです。それでいいんです。このバンドの本領はインスト・アンサンブルの妙です。この音楽の旅はクラウトロックカンタベリー派、プログレ、サイケデリック、ノイズ... フリー・ジャズ、コズミック・ジャズ、シャンソン・ダダ... など1曲の中で様々な停車場に立ち寄るパノラマ列車のよう。早くなったり遅くなったり、ダンスを拒む変拍子になったり。リファレンスとして見え隠れする名前は、カン、ムーンドッグ、フォンテーヌ/アレスキー、アルベール・マルクール、ジャン=クロード・ヴァニエ、ロバート・ワイアット、キング・クリムゾン、ジョン・コルトレーン...。
  注目:7曲め "CHARME D'ORIENT"で、アシッド・マザーズ・テンプルKawabata Makoto(河端 一)がギターで参加してます。
 こんな名前が並ぶと「高踏派なんだな」と身構えるかもしれませんが、全くその必要なし。そりゃあムードイド(2013年デビューの仏サイケデリックのメジャーバンド。2015年に来日もした)のような大掛かりなポップさはありませんが、名前の通り流れる水のようなフレッシュさが身上。これをブラジルの先人は Agua de beber (飲み水ですよ)と歌い、その歌を故ピエール・バルーは Ce n'est que de l'eau, camarade (ただの水だよ、同志)と仏語訳して歌ったのでした。 けだし、アクアセルジュはただの水だよ、同志たち。

<<< トラックリスト >>>
1. TOUR DU MONDE
2. VIRAGE SUD
3. TINTIN ON EST BIEN MON LOULOU
4. SI LOIN, SI PROCHE
5. C'EST PAS TOUT MAIS
6. L'IRE EST AU RENDEZ-VOUS
7. CHARME D'ORIENT
8. LES YEUX FERMES

AQUASERGE "LAISSE ÇA ETRE"
CD/LP ALMOST MUSIQUE
フランスでのリリース:2017年2月3日

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)アクアセルジュ「世界一周 LE TOUR DU MONDE」フランス国営ラジオFRANCE INTERスタジオ・ライヴ


(↓)アクアセルジュ「南カーブ VIRAGE SUD」ヴィデオクリップ


 

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