2015年12月19日土曜日

マリーヌのいる朝

フランソワ・デュルペール(文)&ファリッド・ブージェラル(画)『ラ・プレジダント』
François Durpaire & Farid Boudjellal "La Présidente"

 2017年5月7日(日曜日)フランス大統領選挙第二次投票、現職フランソワ・オランド(社会党) vs マリーヌ・ル・ペン(FN)の決戦投票は、50,41%でマリーヌ・ル・ペンが勝利します。
   パリ19区ベルヴィル街に住む95歳の老婆アントニエット(第二次大戦のレジスタンス女戦士)、その孫のステッフ、タリック、そしてアントニエットの介護をするセネガルからの女子法科留学生のファティ、この4人が極右大統領誕生のショックから、老婆に倣ってレジスタンス活動に入り、ブログ "résistance.fr"を創設します。
 この作品は、歴史学者・大学教授・BFM-TV(ニュース専門テレビ局)レギュラー解説者のフランソワ・デュルペール(1971年ポワチエ生れ44歳。→の頭髪がトレードマークです)がシナリオを書き、BD作家ファリッド・ブージェラル(1953年トゥーロン生れ62歳。幼い頃にポリオにかかり、学校に行けなかった体験をもとにした自伝的作品『プチ・ポリオ』三部作で知られる)がアルバム化したBDです。出版されたのは2015年11月です。タイミングとしてはその12月に行われるフランス州議会選挙(Election Régionale 2015)に大勝が予想されていたFNの破竹の勢いを受けて、このまま進めば2017年大統領選挙も、マリーヌ・ル・ペン大統領誕生というのは非常に現実的なシナリオと思われていた時期に発表されたのでした。ところが、このBDが出版された直後に、かの11月13日金曜日のパリ(+サン・ドニ)のジハード・テロが起ったのです。
 それによってこのデュルペールのシナリオは若干の狂いが出てきます。例えば、2018年2月に国会議長フロリアン・フィリポ(2015年現在はFN党副代表)が誘拐されるという事件が起き、大統領マリーヌ・ル・ペンは国家の最重要人物のひとりの命に関わる事態として、フランス全土に国家非常事態(Etat d'urgence)を宣言し、警察&軍隊総掛かりの国家規模の容疑者捜索を敢行し、政敵や宗教関係者などを片っ端から逮捕してしまうということをします。ところが2015年11月的現実では、かのジハード・テロのために国家の非常事態を今、実体験している。FN政権ならずとも、社会党の現政権はデュルペールのシナリオの非常事態体制と似たようなことをやってしまっているわけです。
 それはそれ。大統領選挙のシナリオはこうです。第一次選挙の結果は第一位マリーヌ・ル・ペン、第二位フランソワ・オランド、そして第三位が既成保守第一党のLR(共和党)ニコラ・サルコジです。ここで敗れたサルコジは支持者たちに第二次投票の際にどちらの候補に投票せよという指示を出さないのです。(2015年12月的現実として、州議会選挙第一次投票で、やはり複数の州でFNが首位に立って、第二位には既成保守だったり左派だったりしたのですが、社会党は自党候補が第三位になった州では自党候補を棄権させ、第二位の保守候補を支持してFN州知事誕生を阻止せよという方策を取ります。ところが保守リーダーのサルコジは、自党候補が第三位でも社会党との共闘はあり得ないと、FN封鎖の方策を拒否します。このことでこの12月中旬現在、保守LR党内でサルコジのリーダーシップに問題があるという批判が持ち上がっているのです)。LR支持者たちは、タカ派(つまり右派の右派ですから極右寄り)と穏健派(右派であっても極右とは組まないという人たち)に分かれ、前者はル・ペンに、後者はオランドに投票することになります。 その結果、ル・ペン 50,41 %、オランド 49,59 %という得票率で、フランス初の女性大統領(ラ・プレジダント)が誕生した、というストーリーです。
 それに続く国会選挙でも、結果は極右3分の1、左派3分の1、保守3分の1という議席配分で、このうちの保守の過半数が極右と協調関係にあるので、極右政権は安定多数を手中に収め、内閣には極右に混じって、複数の保守右派の人物が大臣となります。上辺は極右+右派連合政権のように見えますが、右はみな右ですから。そしてマリーヌ・ル・ペンは内閣首班・総理大臣として自党FNではなく、LR党のジェラール・ロンゲ(1946年生れ。バラデュール内閣の経財相、フィヨン内閣の防衛相。学生時代に極右グループのリーダーだった経歴あり)を指名します。ほとんど政治生命の終った人間に、人形首相の役割を与えたわけですが、このシナリオはうまいなあと思いましたよ。
 そして、政権を掌握したFNはもう何年も前から公表しているFNの政治プログラムを次々に実行に移していきます。シェンゲン圏離脱、フランス国境の再確立、不法滞在移民の国外追放、移民・難民受け入れの停止、ユーロ通貨圏からの離脱(国貨フランの復活)...。
 経済的には大パニックを生みます。国際競争力のない新通貨フランス・フランはユーロに対して切り下げを余儀なくされ、国庫負債はユーロ時代より倍増し、輸入品の高騰、インフレ、購買力の低下は著しいものとなります。当然市民たちは街頭に出て抗議デモを激化していくのですが.... この辺が政権の世相読みが今の日本と極似していて、「声を上げて騒音を立てているのは少数派で、多数派はまだまだ沈黙している」と分析して、その政策を変えようとはしません。
 外交的にはマリーヌ・ル・ペンのフランスは孤立します。アンゲラ・メルケルを(実質上の)欧州連合のリーダーとするヨーロッパは、フランスの独立独歩試行に対して冷淡であり、アメリカ(ヒラリー・クリントン大統領!)はもはやフランスを信頼できるパートナーとしません。FNのフランスはプーチンのロシアを最恵友好国とするのですが、これも数ヶ月後には全く信用できないパートナーであることが露呈してしまいます。「露呈」という言葉おもしろいですね。
 パリ19区、ベルヴィルの4人はこの状況を日々のテレビ(BFMーTVとiTELEという2つのニュース専門局が、それを克明に伝えるというBDイメージが面白いです。実名のキャスターたちや解説者たちがFN時代前と変わらないジャーナリスティックな視点で報道するのが救いです。国営放送や大手メディアは、FN政権によって予算や補助金が出なくなるという事態に全面ストライキで対抗して報道を放棄しているというのも一流の皮肉です)で分析し、ブログ "résistance.fr"で反撃論陣を張るのですが、もちろんFN権力当局にマークされ、ブログ存続の危機にまで至るだけではなく、当人たちが逮捕されるところまで事態は深刻化します。95歳の老レジスタンス女闘士アントニエットは無念の死を遂げ、滞在許可証の更新を拒否されたセネガル女ファティは強制送還されます。残された二人の若者はインターネットを奪われても、手書きででもレジスタンスを続ける覚悟です。
 異変は海外領土から起ります。太平洋上のフランス領土ヌーヴェル・カレドニー。1988年、独立派(カナック)と本土系裕福層(カルドッシュ)の間の紛争を時の首相ミッシェル・ロカールの調停で、住民投票による独立へのプロセスが規定され、1998年の投票で20年後(2018年)の独立が採択されたにも関わらず、その1年前に中央権力を握ったFN
政権はそのプロセスを破棄して本土からの独立を白紙化します。カナックの暴動が激化し、本土政府は軍隊を派遣して鎮圧を図ろうとしますが、ヌーヴェル・カレドニーは内戦状態に陥り多数の死傷者を出します。
 本土ではユーロ離脱政策により主要産業の株が大暴落し、ストライキとデモの勢力は日々膨張していきます。公安は左に厳しく右に甘い取り締まり体制を顕著にした挙げ句、極右のそのまま右側を行くウルトラ極右が伸張し、現行の極右政権では生温いと、ゲリラ・テロ戦術でFN政権に脅しをかけます。それが既に上に述べた「フロリアン・フィリポ誘拐事件」です。
 このBD作品の終幕は2018年2月です。海外領土からも諸外国からも国内レジスタンスからも大企業・資本家層からもウルトラ極右からも揺さぶられ、強硬策を取るか柔和策を取るかを迫られたマリーヌ・ル・ペンは、どうするのかという問いに "Je ne sais pas(知らないわよ)"と言ってしまうのです。エンドマーク。

 近未来予測は難しく、リスクは大きいです。ウーエルベックの『服従』 (2015年1月刊行)とブーアレム・サンサル『2084』(2015年9月刊行)という二つの近未来小説は、穏健派と過激派の差こそあれ、イスラムの支配ということを予測して大ベストセラーになりました。FNのフランス支配はそれよりもずっと近未来に現実性のあることのように、私たちの現在は進行しています。2015年12月の州議会選挙の結果(このデュルペールの描いたシナリオとはやや違い)、FN州知事の誕生はありませんでしたが、単独政党としては今や社会党(PS)と共和党(LR)を上回る国内第一党としての勢力をさらに伸ばした得票率でした。
 しかし、実際に政権を取ったらどうなるのか、ということをこれまでちゃんとシミュレーションしたものは少なかったと思います。このBDは、FNのマニフェストを一字一句違えることなく正確に写し、それの現実化はどういうことなのかを視覚化した構成になっていて、決して誇張した反FNプロパガンダとはなっていないことが、称賛に値します。リアルに近いシミュレーションと言えます。たしかに11月13日テロ事件以後、このシミュレーションは若干の修正を必要とするところはあるかもしれません。それを差し引いても、FNが現実にやろうとしていることはこのBDでほとんど明瞭に把握できます。
 このシナリオの中で、2017年12月19日に、前FN党首にしてマリーヌの父であるジャン=マリー・ル・ペンが死去し、国家の英雄として国葬になる、というエピソードがあります。笑いをさそうためのエピソードでしょうが、笑いごとではないブラックさに寒気を覚えます。

FRANCOIS DURPAIRE & FARID BOUDJELLAL "LA PRESIDENTE"
LES ARENES BD・DEMOPOLIS刊 2015年11月 160ページ  20ユーロ

カストール爺の採点:★★★☆☆ 

(↓) ケーブルTV(FDM)上で自著を語るフランソワ・デュルペール。収録は11月12日、すなわち11月13日のジハード・テロの前日。

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