2017年8月20日日曜日

ヒロシマじゃけん

"Lumières d'été"
『なつのひかり』

2016年フランス映画
監督:ジャン=ガブリエル・ペリオ
主演:大木ひろと、立川茜、ヨネヤマママコ
フランス公開:2017年8月16日

 8月19日(土)パリ8区バルザック座午後4時の回で観ました。本編の前にジャン=ガブリエル・ペリオ監督の10分の短編『20万の亡霊(200 000 fantômes)』(2007年制作)が上映されます。これは広島県物産陳列館として建造された建物が、あの日を境に広島平和記念碑=原爆ドームに変わって今日に至るまでを、クロノロジカルに実写写真をスライド連写して綴ったフォト・ドキュメンタリー。YouTubeで全編見ることができるので、ぜひ。
 本編はジャン=ガブリエル・ペリオの初長編フィクション作品です。フランスのテレビ局に依頼されて広島原爆投下70周年関連のドキュメンタリーを撮りに来た、在仏20年の日本人映画人(未成の映画監督)アキヒロが、撮影用スタジオの中で原爆体験者(すなわち被爆者)の老女タケダにインタヴューします。このシークエンスおそらく10分ぐらい続いたと思います。80歳を越える老女は14歳の時に原爆投下に遭い、その前後のことをしっかりとした口調で語っていきます。言葉にできない惨状と言いながら、ちゃんと言葉にするんです。インタヴュー後にオフレコで(お疲れでしょうという問いに)「私にできるのは語ることだけですから」という被爆者の次世代への使命感のような言葉まで言うんです。おそらく観ているフランス人はこれはシナリオではなく、実のインタヴューだろうと思ったでしょう。それぐらい迫真の語りによる長いシークエンスなのです。これを聞き出しているアキヒロは「自分はヒロシマについて何も知らない」と悟り、打ちのめされるのです。これがこの映画の長いイントロです。
 この被爆老女タケダになりきり重くしっかりした言葉をよどみなく語っているのが、伝説のパントマイマー、ヨネヤマママコです。この名前が多くの日本人にとってどういう重さがあるのかは知りません。フランス人にとっては何者でもないでしょう。その名前を知る者にとっては、この長い語りシーンにこのアーチストが稀代の表現者であったということを改めて知らされます。 リスペクト。
 この老女の証言の中に、当時20歳で看護婦だった姉のミチコという人物が登場します。母が消息知れずになっているというのに、夥しい数の負傷者と原爆症患者の世話に不眠不休で勤め、しばらくして自ら原爆症のために命を落とします。ヨネヤマママコの語りはこれを終始「ミチコお姉ちゃん」という親しい呼称で言い続けます。これが一種の「魂呼び」「口寄せ」であることは映画の後半で了解されることになります。
 インタヴュー撮影が終わり、息つく間もなく「ラッシュ」を要求してくるフランスのテレビ局に辟易し、タケダの言葉の重さを引きずりながら「ちょっと外の空気を吸ってくる」と平和記念公園に出て行くアキヒロ。ベンチに隣り合わせた古風な浴衣を着た若い娘。名前を名乗り合うこともないまま、広島弁で強引にまくし立てる娘に、インタヴューで自責した「ヒロシマのことを何も知らない」 自分が揺り動かされるようにアキヒロは話を聞き、その行くところについて行きます。お好み焼き屋で、今でこそ地方グルメの代表のように人気のある広島お好み焼きが、この娘と店の主人(焼き料理人)のやりとりで、戦後屋台の貧しいうどん粉焼きが元祖だったことを知ります。
 映画にとっては二次的・三次的なテーマかもしれませんが、このアキヒロという人物は日本の伝統やしきたりやタテ社会という障壁から逃げるように20年前に日本を離れてフランスに流れ着き、映画という自分の夢も果たせないまま中年の域に達してしまったルーザーであるというポジションがあり、二つの文化で生きながら、その両方とも深くは知らないという宙ぶらりん根無し草的なところもあります。若い娘は年寄りが若い者をたしなめるようにアキヒロに時間をかけて物事を見る重要性を諭します。そして話が重くなりかけたところで、突然娘は「来て!」とアキヒロの手を取って走り出し、二人は無賃乗車で電車に乗り込み、海へと向かいます。
 ここからが幸福な映画のマジックの世界なのです。娘は「海を見たことがない」と告白します。海に面した広島に生まれ育ちながらも、倉庫や貨物港の海岸線からずっと引っ込んだ内陸に育ち、看護学校との往復ばかりで少女時代を過ごし、海を一度も見たことがない、と。車窓から初めて見る海に娘の目は輝きます。海辺の小さな町で、岸壁釣りをしている8歳の少年ユージとその祖父エツロウの二人と出会います。海の好きな少年。孫が大好きな老人。複雑な事情を抱えながらも、今の二人暮らしの幸せがオーラのように輝いているようです。
 この二人との出会いの自己紹介の時に、アキヒロは初めてこの娘が「ミチコ」という名前だと知り、半信半疑ながらその一日に起こっていることの必然性に気づきます。エツロウは釣った魚を家でみんなで焼いて食べようと、ミチコとアキヒロを自宅バーベキューに招待します。折しもその日は町の盆踊りの宵。バーベキュー、庭での線香花火、町の広場の盆踊り...。年に一度集まってくる家族のように、エツロウ、ユージ、アキヒロ、ミチコは極上の時間を共有します。夜も更け、最後の興にユージのロックンロールショーに続いて、ミチコが昭和バスガイドのような前触れで自己紹介したのち、アカペラで「宵待草」を歌い、そばにあった布きれをショールのように巻きつけ、舞うのです。

待てど暮らせど来ぬ人を
宵待草のやるせなさ
今宵は月も出ぬさうな

 これを途中からエツロウがギターを取り出し、古賀ギター奏法で見事に伴奏していきます。これがこの映画の恩寵の瞬間です。竹久夢二作詞、日本の歌うスター第一号高峰三栄子が映画主題歌としてレコードヒットさせたが、戦時中は放送も発売も禁止されていた歌です。この背景を知っていれば、ミチコがこの夜自由にこの歌を歌える喜びというのは何倍も強く感得されるはずです。これを観るフランス人にそこまで要求しませんが、日本で観られる方は、そこんところ、ちゃんとわかってやってくださいよ、と言いたい気持ちです。

 年に一度盆に人界に戻ってくる霊は、また冥土に帰って行きます。ミステリアスでもあり、盆踊りや花火のように軽い楽しみでもある日本の行事です。ヒロシマのような極端に重い、人間性の根幹を問われるような悲劇の犠牲者たちの霊も、毎年降りてきて、また帰っていきます。この映画は私たちが重苦しく扱わねばと尻込みしているものを軽々と飛び越えて、微笑みのある向こう側とこちら側のダイアローグを実現しています。教えられるもの多いです。それから、ミチコを演じた立川茜という女優、ネットで検索しても何も出てきませんが、素晴らしいです。今後の活躍を祈ります。
 日本では2016年11月の広島国際映画祭で上映されたのみのようです。広い範囲での日本上映を強く希望します。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『なつのひかり』 フランス上映版予告編


(↓)『なつのひかり』国際版予告編 冒頭にタケダ(ヨネヤマママコ)の証言シーン。


(↓)高峰三枝子「宵待草」

2 件のコメント:

イズミ さんのコメント...

映画への批評ありがとうございます。後半に出てくる悦郎を演じました、ラーメン屋をやっています和泉といいます。
縁あって監督と出会い悦郎を演じることになりました。演じている私にも分からない細かな観察には怖れ入りました。
宵待草は、著作権が切れているものを探した結果でして、発禁になったことまで知りませんでした。
ご指摘の通り、ギターは古賀ギター教本を昔自己流で弾いていたので、監督に請われるままに自由にやらせていただきました。
全編を通して見ると、確かにこのシーンがクライマックスだと思いました。
初めての映画出演でしたが、本当に良かったと思います。一生の思い出です。

Pere Castor さんのコメント...

和泉さん、貴重なコメントありがとうございました。
こちらこそ素晴らしい映画をありがとうございました、と申し上げたい気持ちです。
フランスではプレス評も良く、封切から3週間になりますがパリでも5軒のシアターでかかっていて、人々の心に残る映画になっていきそうです。私もフランス人の友人たちに必ず観るようにと勧めています。パリでは8月16日公開で、ヒロシマの「8月6日」と旧盆を重ねられる絶好のタイミングだったと思いますが、映画館にいた私は、その感じはフランス人観客たちにも伝わったように思いました。強く優しい映画です。本当に多くの日本の皆さんにも早く観ていただきたいと願っています。
和泉さんが一番大きく見える映画ポスターも秀逸です。夕暮れて、逢う魔が時、ここから4人のユートピアが始まるという図です。この映画のマジックを象徴しています。