2017年4月11日火曜日

ラスト産婆・イン・パリ

『サージュ・ファム(賢い女)』
"Sage Femme"


2017年フランス映画
監督:マルタン・プロヴォスト
主演:カトリーヌ・フロ、カトリーヌ・ドヌーヴ
フランス公開:2017年3月22日

 ランス語で助産婦・産婆を意味する "Sage-Femme"(サージュ・ファム)は、真ん中にトレ・デュニオン(ハイフン)" - " が入ります。この映画のタイトルはそれをわざわざ外して"Sage Femme"としていて、直訳すると「賢明な女」となります。主人公クレール(演カトリーヌ・フロ)の職業はこの「サージュ・ファム」です。当然映画題はダブル・ミーニングですが、形容詞の「サージュ」は賢い、という意味だけでなく、大人しく控えめ、従順で御しやすい、といったニュアンスが加わります。映画の進行は、この賢明ながら控えめ&堅気で、冒険を嫌い安全&堅実な人生を歩んできた50歳近いシングルマザーであるクレールが、ホラとハッタリと色気を武器に自由な人生を送ってきた老女ベアトリス(演カトリーヌ・ドヌーヴ)と再会することによって、「サージュ」さがひとつひとつ落ちていく、というストーリーです。
 大切なことなのでこの「サージュ・ファム」という職業についてもう少し説明すると、日本語の「取り上げ婆さん」「お産婆さん」に相当するこの職名ですが、この職名も今や使われることが少なくなっている。その理由のひとつは、職業の性差がなくなり、男性の助産師も増えていて、これを「男・産婆」のような言い方で「Sage-Femme homme(サージュ・ファム・オム)」と呼んだりしてましたが、いかにも滑稽&陳腐。それに代わる正式職業名として "Accoucheur アクーシュール(女性形 Accoucheuse アクーシューズ)”(出産師)、あるいは "Maïeutitien マイウーティシアン(女性形 Maïeutitienne マイウーティシエンヌ)”(出産術師)と呼ばれるようになってきました。つまり、「サージュ・ファム」というのは消えつつある職業名であり、主人公クレールはそれは同時に消えつつある職業と感じています。映画の最初で見えてくるのは、クレールが勤める郊外の公立総合病院が「産科」を閉鎖し、代わって広範囲の周辺町村をカバーする大きく近代的な産科センターができることになっていて、クレールは失業か、産科センター移籍かの選択を迫られています。クレールは長年の経験で伝統的な「産婆術」を身につけてきたベテランの「サージュ・ファム」の誇りがあり、その経験をないがしろにする「赤ん坊工場」のような産科センターには絶対に行きたくないと思っています。
 映画はそのクレールが、妊娠・出産のありとあらゆることを知り尽くした貫禄の顔表情と声で妊婦に語り、その名調子でこの世に赤ちゃんを導き出すという、まさに職人的プロ産婆術を披露するところから始まります。昼夜を問わず、お産があればその全身全霊をかけて「取り上げる」、そういう頑固で堅気でヒューマンなお産婆さんです。これは映画の後半でわかるのですが、これまで取り上げた子たちの名前、そしてお腹から出てきた時のどんな風だったか、どんなに手を焼かせたか、などを全部記憶しているのです!
 徹夜のお産仕事をして朝帰りしたクレールの留守番電話に、ベアトリスと名乗る女性からメッセージ。クレールの父親の愛人だった女。35年前に蒸発したきり何の音沙汰もなかった彼女が再び姿を現す。どうしてもクレールに会いたいと言う。クレールは不承不承に出かけていきますが、そこにいたのはシャンゼリゼ近くの豪華アパルトマンにスクワット(スコッター)している派手趣味でほぼアル中/モク中の老女でした。脳に腫瘍ができて余命いくばくもないと言う。死ぬ前に別れた恋人が気になって、と呆れるほど自分勝手なリクツを言う。「アントワーヌ(クレールの父親、ベアトリスが蒸発して捨てた恋人)は どうしてる?」という問いに、クレールは嫌悪と怒りで取り乱す。父親はベアトリスの蒸発後、ピストル自殺している。「それはウィキペディアにも公開されて、はっきり書かれているのよ!」(実際この人物がウィキペディアに載るような有名人だったことは映画後半でわかります)ー ベアトリスには晴天の霹靂だったこの知らせにうろたえて、とっさに老女はクレールに償いをせねばと手持ちの大きなエメラルドの指輪を差し出します。
 金と派手な生活と酒と肉食が好きなこの老女は、この身ひとつの自由人としてボヘミアン的に生きてきました。この姿が今や貫禄の巨漢となったカトリーヌ・ドヌーヴにドンピシャなのです。男と金には困らなかった人生。その金の出所は闇のトランプ賭博で、勝ったり負けたりを繰り返しながら、結局勝つ、という強運のついた女です。 ベアトリスはクレールに(そのあてもないのに)財産の贈与を申し出ますが、クレールは私は今のままの質素な生活が好きだし、それで十分だと拒否します。
 失業目前の助産婦クレールは、マント・ラ・ジョリーというパリ圏とノルマンディー地方の境の半・田舎の郊外に暮らし、アルコールと肉を口にせず、自転車通勤をし、小さな有機栽培の貸し農園で自分の野菜を育てています。父親なしに育てた息子シモンは優秀な成績で医学部に進み、親元を離れようとしています。実直・堅実・健康第一を絵に描いたような平凡な生活を送ってきたクレールも、ここに来てひとつの大きな転機の到来の予感があります。まず職業的な危機、次に息子シモンの変化(シモンの恋人が妊娠していて、二人は家庭を持とうとしている。そしてシモンは医学部進学をやめて母と同じ助産師になろうとしている...)、さらに貸し農園の隣人で長距離トラック運転手のポール(演オリヴィエ・グルメ)が(色恋と全く無縁だった)クレールに強引に思いを寄せて来る、そして大きな厄介者としてクレールの生活に土足で入ってきた老女ベアトリス。このすべての災難にクレールは最初はたじろぎ、拒絶的に反応するのですが、やがてそのすべてがクレールの人生をカラフルに彩っていく... という映画です。
 ベアトリスの人物像は極端です。貧しいコンシエルジュの娘として生れ、少女の頃から東欧貴族の子孫(それ風に”ボレフスキー”と偽名を語る)と自分を偽り、美貌を武器に金持ちの男たちに寵愛され派手に、かつ自由に生きてきた。その間に知り合ったアントワーヌ(クレールの父)も、当時は派手な花形スポーツ選手(水泳チャンピオン)で、世界中を遠征して周り、ピープル誌にも大きく登場していた。妻子ありながら、ベアトリスを激愛していたアントワーヌは恋人の蒸発に絶望しピストル自殺する。当時13歳だったクレールはこの死を受け入れることができなかったし、ベアトリスを一生恨み通すと思っていました。
 脳腫瘍で余命宣告を受けても、アルコールと煙草と肉食をやめないベアトリスの豪放さは、姿カタチや言動がどう変わろうともドヌーヴの「戦友」「心の友」であるに違いない ジェラール・ドパルデューの豪放さと少しも変わらないように見えます。
 映画も後半、クレールは息子シモンの決心(医者ではなく助産師になる)も自分が祖母になることも受け入れ、気の良いトラック野郎ポールとの情事も楽しむようになり、アルコールもたしなみ、ベアトリスの代わりに闇賭場の精算所に行ったりもします。マント・ラ・ジョリーの郊外集合住宅にあるクレールのアパルトマンに一時的に身を寄せることになったベアトリスに、クレールが父アントワーヌの若い時(水泳選手時代)のスライド写真を見せるシーンがあります。部屋を暗くして、クレールとベアトリスはベッドに横たわり、ワインを飲み交わしながら、スライド映写機で次々に大きく映し出されるアントワーヌの姿を見て二人ともおいおい泣いてしまうのです。ここがこの映画のマジック。そこに偶然息子シモンが入ってきます。壁に映し出されたアントワーヌとシモンは瓜二つなのです。ベアトリスは驚愕して言葉を失います。初対面のベアトリスとシモンに、クレールは「ママンの若い時の友だち、ベアトリスよ」と紹介します。シモンはベアトリスに「ビーズ」で挨拶しようとしますが、ベアトリスは抑えきれずシモンの唇に唇を重ねてしまうのです(事故のように描かれますけど)。うまい!なんてうまい!このシーンで幸せになれない人などおりましょうか。

カストール爺の採点:文句なし★★★★★

(↓)"SAGE FEMME"予告編
 

5 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

こんにちは。Mizueです。
素敵な映画のようでとても気になります。
今月末にフランス旅行の予定なので、パリの何処かで上映していたら観てみたいです。フランス語は挨拶程度しか分かりませんが、予告編も良かったですし、今回のブログのおかげで分かる部分も多いと思いますので探してみます。
ご紹介、ありがとうございます��

Pere Castor さんのコメント...

Mizuéさん、コメントありがとうございます。
この映画2017年12月から日本で公開されます。その前に6月22日〜25日の東京「フランス映画祭」でオープニング上映だそうで、カトリーヌ・ドヌーヴも来日します。
ブログ記事書いた時点で(↑)のことは全然知らなかったのですけど、そうなると日本でも話題になるでしょうね。たくさんの方に見ていただきたいです。
 (↓)「フランス映画祭2017」のリンク
http://unifrance.jp/festival/2017/news/opening-the-midwife

匿名 さんのコメント...

カストールさま、
お返事ありがとうございます。
また、素敵な情報もありがとうございます。とても嬉しいです。
私は東京に住んでいますので、6月がとても楽しみになりました。

時々、カストールさんのツイッターを読んでいますが、お身体が優れないご様子で心配しております。良い言葉が見つからないのですが、素敵な音楽や映画が身体を癒してくれると良いのに、と思っています。


Pere Castor さんのコメント...

Mizuéさん、ありがとうございます。
主役はあくまでもカトリーヌ・フロなんですが、日本にプロモーションをかけるとなると、どうしてもカトリーヌ・ドヌーヴという「看板」を来日させないと話にならない、みたいなところがちょっと「あいかわらずだなぁ...」と思ってしまいますけど。今回の映画のケバくて、ハッタリ+ホラ、裏街道人生ながらとびきりの自由人みたいな老女の役、とても好きですね。肉食酒飲み人種の死んでも悔いなしみたいな食べっぷり、飲みっぷりも。
私もそうありたいものなんですけど、家族があるので、医者の言うことに従順に...。本業の方をやめて(自営業者なので現在も残務処理中)、夏前には晴れて年金生活者になる予定なので、ブログの更新も以前よりも多くなるでしょう。お楽しみに、またお越しください。

匿名 さんのコメント...

カストールさま、
お返事ありがとうございます。
映画、益々楽しみです。
ブログも楽しみにしております。

ではまた。

Mizué