アブダラー・ウンバドゥーグー『ゾゾディンガ』
トゥアレグ人はサハラ砂漠の西側のほぼ全域で活動する遊牧民で,その数はウィキペディアでは520万人とされています。国別で言いますと,ニジェール,マリ,アルジェリア,ブルキナファソ,リビアがトゥアレグ人の多い地域とされていて,アブダラー・ウンバドゥーグーは1962年(頃)にニジェールのアガデス近郊で生まれています。その来歴については2006年発売のアルバム『デゼール・ルベル』のライナーで書いたので詳しくは繰り返しませんが, 16歳でギターを初めて手にして独習で覚え,ニジェール政府のトゥアレグ迫害に追われ,アルジェリアさらにリビアと亡命の旅を続け,その間にトゥアレグの抵抗を呼びかける歌を書き続け,カセット録音でサハラ中のトゥアレグ野営キャンプにその歌を伝播した廉(反政府プロパガンダ)で,何度も投獄されています。
90年代フランスのオルタナティヴ・パンクの筆頭バンド,ベリュリエ・ノワールのマネージャーだったファリッド・メラベが呼びかけ人になって,2005年,アブダラーの抵抗運動を支援する在フランスのアーチストたちとアブダラーのバンドの共演プロジェクト「デゼール・ルベル」が立ち上がります。アマジーグ・カテブ(グナワ・ディフュジオン),ギズモ(トリオ),DJイモテップ(I AM),サリー・ニョロ,ダニエル・ジャメ(元マノ・ネグラ)が参加したこのプロジェクトは,2005年からヨーロッパと北米を含むツアー,2006年にCDアルバム,2007年にドキュメンタリーDVDを発表して,その収益金はアブダラーの2校の音楽学校設立の資金に充当されました。
アブダラー・ウンバドゥーグー名義で2011年にパリで制作されたこの新アルバムは,派手なゲストを排して,ダニエル・ジャメ(元マノ・ネグロのギタリスト)がアブダラーのヴォーカルと特にリード・ギターを思いっきりフィーチャーさせた,ギターマン・シップにあふれたアルバムに仕上がっています。ティナリウェンとジャスティン・アダムスの関係を持ち出すまでもなく,この砂漠のギターブルースは,多くの欧米のギタリストたちを魅了しました。アブダラーとダニエル・ジャメは2005年に「デゼール・ルベル」のセッションで出会って以来,ギターの兄弟仁義を通して,6年間もの密なコラボレーションを続け,その結果として産み落とされたのがこのアルバムです。
曲によっては録音メンバーに,フィリップ・テブール(ドラムス),ジョゼフ・ダアン(ベース)というダニエルと同じマノ・ネグラ出身者の名前が見えます。とは言ってもここでマノ・ネグラの音を期待してもらっても困るのですが,ダニエル・ジャメのアプローチはやはりロックの修辞法だと思います。アブダラーのヴォーカルとギターを決め技にとっておきながら,過度の修飾を避けながらも北側のロックのアンビエントで包み込むということなのです。端的な例を挙げますと,「砂漠のギター」はたくさんの音色がないのです。それに対して「北側のギター」はアタッチメント/エフェクトで多種多様な音色が出るのです。
別の例を言いますと,アジズ・サハマウイのアルバム『グナワ大学』 の中で,3曲でプロデューサーのマルタン・メソニエが(控えめに)自らギターで参加していて,このバンドのギタリストであるエルヴェ・サンブ(セネガル人)とは違う,明らかに「北側」の隠し味として機能しているのです。ダニエル・ジャメはこのアルバムでメソニエよりもやや派手にそれをやっているのだ,という聞き方をしました。ステレオのレンジスケールが東西に広がるのではなく,南北に広がっているようなサウンドと申しましょうか。
ブックレットではアブダラー自身がその歌詞を解説していますが,それはそれはみんなトゥアレグ抵抗の歌,目覚めよ蜂起せよと煽動する歌,逆に平和のために団結せよと訴える歌,トゥアレグ文化讃歌,戦士の士気を鼓舞する歌... その中で6曲めに恋人と離れてしまった兵士をなぐさめる癒しの歌があります。
これは愛の唄。私の幼なじみの友人のひとりがある娘と恋に落ちた。それは1989年のことで,戦争に突入する前の緊張した時期だった。しかしニジェール政府軍は私と彼を捕まえ,アガデスで20日間監獄に入れられた。釈放されるやいなや,私と彼はリビアに逃れた。恋人と遠く離れて彼はとても不幸になった。彼が持っていた指輪が唯一の思い出の品だった。私は嘆き暮れる友だちを癒す薬としてこの唄を作った。ほとんどが内戦時代の歌で,これを歌い/聞きながら,トゥアレグ義勇軍兵士や野営キャンプの人々が踊っていたという姿が目に浮かぶのですが,歌詞内容とはうらはらに旋律とリズムは祝祭的でグルーヴにあふれています。
終曲12曲めが,内戦がようやく終結した1998年に書かれた曲です。
この歌は私が1998年に書いたもので戦争の終わりを歌っている。ニジエールは平和の光に包まれた。今日この歌を歌うのは悲しいことだが,ニジェールはいつの日にか幸福が訪れるだろう。平和協定が尊守されるためには,国があらゆる人々に対して門戸を開き,仕事を与えなければならない。自らの自由のために戦った人々を除外してはならない。アブダラーのアコースティック・ギター弾語りに2声のバックコーラスだけの,静かなアレンジで歌われるこの終曲に,ダニエル・ジャメは砂漠を吹き抜ける風の音を挿入してフェイドアウトします。 砂漠とその民トゥアレグの問題は解決されていないものがたくさんあります。アブダラーが北の友だちと歌わなければならないことは,まだたくさんあるということでしょう。
(追記):アルバムタイトルの『ゾゾディンガ』 はサハラ砂漠の中のニジェール領内のテネレ砂漠(テネレはトゥアレグの言葉で「何もないところ」の意味)にある山の名前で、トゥアレグ人たちから神秘の山として崇められているそうです。
<<< トラックリスト >>>
1. DJEICHE CHAABI
2. ARHAT TOUMAST
3. TADALT
4. TAPSIKT
5. TASILE
6. SOUVENIR NAM
7. ELAN WINA
8. AFRIKYA TAOURA
9. BALOUS
10. ZAGZAN
11. NIRTAI ID WAKHSAN NET
12. ALHER
ABDALLAH OUMBADOUGOU "ZOZODINGA"
CD Culture & Résistance / L'Autre Distribution CD AD1720C
フランスでのリリース:2012年2月27日
(↓アブダラー・ウンバドゥーグー "Tapsikt"のヴィデオクリップ)
0 件のコメント:
コメントを投稿