2023年1月19日木曜日

グラシエ小僧の恋煩い

Nelick "Vanille Fraise"
ネリック『いちごバニラうずまきソフト』


リ東郊外94(ヴァル・ド・マルヌ)県、シャンピニー・シュル・マルヌ出身、1997年生まれ、もうすぐ26歳。ネリック、またの名をキィウィバニー(Kiwibunny)。前歯がバッグスバニー状だったのと、リセの学食デザートで(バナナやリンゴではなく)必ずキィウィを取っていたからつけられたあだ名だった、と。なんか罪のない健全な若者だったようなエピソード。12歳でライムを書き始め、15歳でラッパーとしてデビュー、2017年にオリジナルEPを世に出すと同時に、このキィウィバニーのキャラでストリートウェアやグッズを展開する「実業家」に。ストロマエやオルレサンのようなビッグネームでなくても、今日びの”アーバン”系ミュージシャンの多くがアパレルやらキャラグッズやら自社企業展開するのですよ。総合イメージビジネス。いやだいやだ。オレルサンが弟を含む4人組で音楽制作/映像作品(劇場上映用とストリーミング長編”ドキュ”映画など+クリップ)/マーチャンダイジングなどをやってしまう企業体であるのと同じように、この若造ネリックも数人のダチで「ネリック/キィウィバニー」というブランドをあの手この手で”ビッグ”にしようとしている企業(名前はKiwibunny Corp)なのである。
 この『ヴァニーユ・フレーズ』は、ネリックの7枚目のEP(まだフルアルバム出していないようだけど、もうそういう"アルバム”フォーマットに頓着してないですよね、若い人たちは)で9トラック20分(うち2トラックはインタールード的音楽ギャグ寸劇)。一本のはっきりしたコンセプトはあって、季節バイトでアイスクリームで働くキィウィバニーの恋煩いのようなものを中心に展開する。若く青くクサくもある外見である。少なくとも1990年代初頭からフランスのラップを聴いている私のような老人には、この擬似”軟派”路線は一聴めにはかなり面食らうものではあるが、通して聴かせてしまうツボのようなものがあるのは、年寄りもうなずくオールドスクールなポップ仕掛けを入れ込んでいるからなのかもしれない。
 このEPとほぼ同時にYouTube公開されたショート連ドラ仕立てのアイスクリーム売り小僧キィウィ君の淡い恋物語『ヴァニーユ・フレーズ』(エピソード 1/2/3。6分 x 3編 = 18分)という動画があって、たぶん、EPの数曲のヴィデオクリップの撮影のついでに勢いで作ってしまったものだろうが、実にくだらない18分を最後まで見せるなにかがあるんだろう。いや、実にくだらない。
 EPの5トラックめに"Camion de glace"(フードトラックのアイスクリーム屋)という、アイスクリーム売りキィウィが、英語しゃべれないくせに、一目惚れの非仏語娘に英語で何か言おうとするダメ男ショートコント(1分34秒)があるのだが、それと同じ"Camion de glace"というタイトルで、アイスクリーム屋「ヴァニーユ・フレーズ」のイントロダクション動画が公開されている(↓)。


こういうお笑いキャラでウケを狙っているのね、このキィウイ氏は。フィリップ・カトリーヌがあのキャラを自分のものにするのに20年はかかったと思う。一朝一夕にはできるものではないけれど、キィウィ君は4年でまだ駆け出しのようなポジション。それがライムと音楽性とシンクロしてくれれば、爺さんは何も言うことないのだけれど。
 唐突に2トラックめにこういうの(↓)が来る。「マック・レスギー(Mac Lesggy)」

威勢のいいオールドスクールなポップ・ラップでしょう。タイトルの「マック・レスギー」とは90年代から民放テレビM6で科学一般(雑学)をわかりやすくかつ面白おかしく取り上げる長寿番組「E=M6」でホストをつとめる科学者の名。言わば科学知識を大衆化/通俗化することにたいへん功績のあったテレビ人であるが、俺はマック・レスギーのようにやるんだ、というラップ。何を?と言われても、ほとんど無内容の口から出るにまかせての韻踏みダジャレ/言葉遊び。まあ、こういうスタイルでラッパーの実力というのはわかることはわかる。何を?というのは多分アイスクリームを売り、恋を患うことなのだろう。
 続いて3つめのトラックはローファイなモコモコしたイントロに乗って始まるオールドスクールなハウス・ディスコ「プティブエルタ!(Putivuelta!)。

おおお。男ばかりのディスコの絵。季節バイトで一日中アイスクリームを売ったあとは、ディスコで恋人探し。”Putivuelta"とは21世紀にメキシコから世界に伝播した言葉だそうで、語源的には "puta"(娼婦、あばずれ)と"vuelta"(歩く)の合体語で、娼婦が客を求めてぐるぐる歩き回ることおよび客が娼婦を求めてぐるぐる歩き回ること、だったのが、転じて、ディスコ/クラブ/盛り場で女や男が一夜の(あるいは長続きしてもいい)パートナーを探し回るというのが今日的な用法。この歌ではキィウィ君が、きみを待ちながら一晩中踊ってるんだから、俺のことを見てくれよ、と。
 ところが、4トラックめ "Elle danse toute seule dans sa chambre"(彼女はたったひとり自分の部屋で踊っている)。まだ見ぬ恋人は(男だらけのディスコなど行かず)自分の部屋で踊っている。ドリーミーなソフトロック。ね、ここまでちゃんと一連のストーリーになってるでしょ。
 続く5トラックめ"Camion de glace"は上で少し触れたように、アイスクリーム屋に現れた理想の恋人がフランス語を解さず、キィウィ君しどろもどろの英語で話しかけていくのだが...。
 そしてこのEPの山場と言えるだろう6トラックめ "I LOVE U"は次の夏(すなわちサマー2023)の必殺のスローバラード(ヒット)になるポテンシャルを持った曲になるはずだったんだが...。(↓)

(↑)のクリップには姿を表さないが、ゲスト女性ヴォーカルはなんとアリエル・ドンバルである。完全にミスキャストだと思う。申し出る方も申し出る方だが、受ける方も受ける方。言ってはならんことではないので言うが、この女優/歌手/ダンサー/メディアコメンテーター/著述家(加えて哲学者ベルナール・アンリ=レヴィの伴侶)などマルチタレント女性は私(現在68歳)より年上である。この曲での設定は、5トラックめで登場するフランス語を解さない(夢の)恋人が、夢心地でいる若造キィウィ君に歳その他の真相がバレないように、フランス語をわからないふりをする、という....。(↓赤字部分アリエル・ドンバル)
Au lieu de bonjour je lui dis je t'aime elle comprend pas
(what do u mean?)
Girl all I want for me is you
(I have to leave I'm sorry)
Girl all I want for me is you
(...)
(Je lui dis que je parle pas français pour éviter de me faire coincer but it's too late for me)

あほらしくて翻訳もしませんが、クーガー女性アリエル・ドンバルのクサい演技にも関わらず妄想膨らませていくキィウィ君はあげくの果てに...。
 当然の帰結として、孤独の身に逆戻りする(英語では alone again naturallyと言う)キィウィ君の歌が7トラックめの"2 seul"(あ、tout seulと読んであげてね、つまりひとりぼっち)である。(↓)

冒頭で「もう大丈夫だ」と日本語セリフが導入されるが、こういう日本語入れ込みはネクフー(Nekfeu、ケンちゃん)やオレルサン(オーレリアンさん)がよくやる。まあ、このネリック君のスタイルはネクフー/オレルサンのライトなお笑い版と言えなくはない。だが、作品はもっと練らなければならないし、もっと深く掘ってほしい。
Quand je regarde le ciel
空を眺めると
J'sais que y'a quelqu'un qui pense à moi
これらの星のどこかに
Parmi toutes ces étoiles
僕のことを思っている誰かがいるはずなんだ
J'essaye d'oublier ce qui me fait du mal
そうして僕を苦しめるものを忘れようとしているんだ
おいおい、かりそめにもラッパーたるもの、こういうライムは書かないものだと思うよ。
というわけで8トラックめと9トラックめは割愛。

<<< トラックリスト >>>
1. Debout dans la cuisine
2. Mac Lesggy
3. Putivuelta !
4. Elle danse toute seule dans sa chambre (feat. Milèna Leblanc)
5. Camion de glace (feat. Le Sid & Anna Majidson)
6. I love U (feat. Arielle Dombasle)
7. 2 seul
8. Skiiit
9. Triple triple cheese

NELICK "VANILLE FRAISE"
LP/CD/Digital Entreprise/Kiwibunny Corp
フランスでのリリース:2022年10月

カストール爺の採点:★★☆☆☆

(↓)ショート連ドラ『ヴァニーユ・フレーズ』エピソード1


!3月26日追加の動画!
(↓)国営FranceTVの音楽情報番組 Basique でのインタヴューとスタジオライブ3曲;
1. Putivuelta ! / 2.  Mac Lesgy  / 3. J'ai encore rêvé d'elle (Il était une fois のカヴァー)

2023年1月13日金曜日

カンツォーネだよ、人生は

"L'Immensità"
『リンメンシータ(無限)』

2022年イタリア映画
監督:エマヌエレ・クリアレーゼ
主演:ペネローペ・クルス、ルアーナ・ジュリアーニ
フランスでの公開:2023年1月11日


私がヨーロッパに移住するずっと前(1960/70年代)から、ほぼカリカチュアのようにイタリアは離婚が非常に難しいお国柄であるという話は聞いていた。1961年マルチェロ・マストロヤンニが主演した『イタリア式離婚(Divorzio all'italiana)』など、殺人まで企てて離婚を達成しようとする喜劇映画であったが、ローマ・カトリック教会の道徳観がイタリアに重く重くのしかかるのはその後もしばらく続くのである。この『リンメンシータ』という映画は1970年代のローマが舞台である。時代は変わりつつあったが、離婚は極めて難しい。あの頃離婚が普通にできていたなら、こんなイタリア映画は成立しない。もしも離婚ができていたなら、もしも離婚ができていたなら、もしも離婚ができていたなら、もしも離婚ができていたなら。すまん、手が止まらなくなってしまった。
 舞台は1970年代のローマであり、この家庭は小ブルジョワであり、近代的な広いアパルトマンに住み、夫婦はそれぞれ車を持ち、夫のはシトロエンDSカブリオレである。3人の子供たち(娘・息子・娘)は制服のあるカトリックの学校に通い(礼拝の義務あり)、就眠前にはお祈りを欠かさない。
 ローティーンの上の娘アドリ(アドリアンナの愛称)(演ルアーナ・ジュリアーニ、素晴らしい!)はずっと神に祈願していることがある。誰もいない建物の屋上に上り、横たわって空に向かって祈り異星からの信号が降りてくるのを待っている(冒頭シーン)。アドリは女に生まれたくなかった。女であることが本来の自分ではないと苦しんでいる。神に祈り、神が願いを聞きつけ男に変身させる兆候を与えてくれることをずっと待っている。学校の礼拝堂の戸棚から、キリストの肉体である聖パンを盗み出し、それをたくさん食べれば願いが叶うはず、と。これは今日では「性同一性障害」として診断されるケースだが、当時はそんな言葉すら存在しなかった。この幼少時から「女はいや、男になりたい」と主張してきた娘を、父親フェリーチェ(演ヴィンチェンゾ・アマート)はおまえの躾け/教育が悪いからだ、と責任を妻クララ(演ペネローペ・クルス)に押し付ける。
 権力も金も旺盛な性欲もあるこの夫は当時のイタリア(上流)社会では”並”にいたマッチョで強権的で暴力的で見栄っ張りな男であったが、信仰を尊び、マンマ(母上)を中心とする親類を含めた大家族(ラ・ファミリア)の繋がりを格別に大切にする。映画の中で夏のヴァカンスとクリスマスとこの大家族が2回集合するシーンが出てくるが、これが絵に描いたような(古き)イタリアブルジョワ大家族で...。この環境にそぐわないのが二人、すなわちクララとアドリであった。家父長権威を盾にとり、外で愛人と遊び、家で暴力を振るう男と別れたい、この当たり前の言い分を許さないのが当時のイタリアの法律とカトリック十全主義であった。
 クララとアドリの共通の現実逃避場所たるヴァーチャル空間が、テレビの歌謡ヴァラエティーショーやサンレモ音楽祭といった”モダンで今風な”カンツォーネの世界だった。これも映画の最初の方のシーンで、アパルトマンの食堂でレコードプレイヤーに針を落とし、調子の良い(イタリア語)ポップチューンが始まると、3人の子供たちと一緒に素晴らしいコレグラフィーで踊りながら皿や食器のテーブルセッティングをするミュージカル仕立ての場面、まるで『ラ・ラ・ランド』の一場面を見ているよう。ペネローペ・クルスのダンスが素晴らしすぎて、ちょっとびっくり。そしてクララとアドリの空想空間で、当時のイタリアのテレビのように”白黒”になって、歌謡ショーで歌ったり踊ったりする。サウンドトラック盤出てるかな?挿入曲はセヴンティーズ・イタリアン・ポップがほとんどのはず。とてもいい感じ。
 自分を「アンドレア」と男名前で名乗り、冒険と"悪さ”の好きなアドリは、親から行くことを禁じられている近所の空き地の一面に背の高い葦(あし)の生い茂った広大な茂みの向こうに、バラック野営の一群を見つける。"ジンガリ”(ロマ)か?と聞くと、季節労働者だと言う。その中の長い黒髪の美しい少女サラ(演ペネローペ・ニエト・コンティ)に電撃的な一目惚れをしてしまう。これが”男児”アンドレアの初恋であった。禁じられた場所での禁じられた恋。アドリはどんなに禁じられてもあの葦の茂みの向こうへ行き、”男児アンドレア”を好きになってしまったサラとの青い恋に心を焦がす。しかし...。
 一方クララはアドリの悩みよりもアドリの若さと自由が羨ましく、この世界に生き辛い二人はより親密な関係になり、二人の少女の親友同士のように一緒に”悪さ”をする楽しみを共有するのだが、それは刹那的なものでしかない。夫フェリーチェは自分の秘書に手を出し、妊娠させてしまう(あの頃のイタリアなので中絶などもってのほか)。クララの精神は病んでいき、それはアパルトマンの火事騒ぎを起こすほどに(この筋は、映画化もされたオリヴィエ・ブールドーの小説『ボージャングルスを待ちながら』にちょっと通じるものあり)。その結果フェリーチェはクララを精神療養施設に送り込んでしまう...。
 月日は経ち、アドリは母親クララとの約束を守って、葦の茂みの向こう側に行っていない。施設を退院し、生気を失って還ってきたクララにはまた同じ日常が待っている。そしてアドリはその間に葦の向こうのバラック野営集落がローマ市のブルドーザーで一掃されたことを知る...。
 唐突に続く白黒画面の歌謡ヴァラエティーショー、「さよならなんて絶対に言わない、愛は永遠だ」と(イタリア語で)熱唱するフランシス・レイ作曲の映画主題歌「ある愛の詩/ラブ・ストーリー」、それを歌っているのはは変声して”男声”になったアドリ...。

 国籍が違うとは言え、この映画のペネローペ・クルスはイタリア大女優ソフィア・ローレンを想わずにはいられない。華やかさ、グラムール、生活感、母親っぽさ、少女っぽさ...。アルモドバール映画では見せないものも、この映画では見えた気がする。稀代の大女優であることには異論の余地ない。
 不幸な母親と3人の子供たち、という設定はカルロス・サウラの大名作『カラスの飼育(Cria Cuervos)』(1976年)のことも頭をよぎる。この『リンメンシータ』もそのクラスの名画の風格がすでにあると思う。
 なお、監督のエマヌエレ・クリアレーゼはこの映画の初上映(2022年ヴェネツィア映画祭)の際に、この映画の性同一性障害の娘アドリは自分をモデルとしており、自らがトランスセクシュアルであることをカミングアウトしたのでした。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『リンメンシータ』予告編


(↓)クララと3人の子供たちがダイニングで踊りながら食卓テーブルセッティングをする”ミュージカル”シーン。曲はラファエラ・カラ(Raffaella Carra)「ルモーレ(Rumore)」(1979年)


(↓)挿入歌のひとつ、パティ・プラヴォ「ラヴ・ストーリー」(1971年)
 

2023年1月6日金曜日

せ(ね)がれを救う父

"Tirailleurs"
『セネガル歩兵連隊』

2022年フランス映画
監督:マチュー・ヴァドピエ
主演:オマール・スィ、アラサン・ジョング、ジョナス・ブロケ
音楽:アレクサンドル・デプラ
フランスでの公開:2023年1月4日


"tirailleur"とは私のスタンダード仏和辞典では
1,【軍】(本隊に先立って進む)狙撃兵、散兵、斥候兵
2. (昔の植民地の)現地人歩兵

という訳語が出てくる。この2番目の意味で使われる時、19世紀半ばからフランスがアフリカ大陸の植民地で組織した現地人(indigènes)兵連隊は、北アフリカ(マグレブ)の "Tirailleurs algériens(ティライユール・ザルジェリアン、アルジェリア歩兵団、アルジェリア人という意味ではない、現在のマグレグ3国に当たる地域の出身者による徴集兵団)"とサハラ砂漠以南の"Tirailleurs sénégalais(ティライユール・セネガレ、セネガル歩兵団、セネガル人という意味ではない、当時のアフリカ西部フランス領土の出身者による徴集兵団)"に大別され、後者は当時「黒の軍団」とも呼ばれたりした。この現地人兵団はフランス”正規”軍の指揮の下でフランスの軍事作戦の最前線に置かれ、最も危険な前衛、将棋の"歩”となる。1895年マダガスカル平定、そして第一次大戦(1914〜18年)、第二次大戦(1939〜45年)とフランス軍の最前衛として”祖国フランス”のために戦う。この映画は第一次大戦にヨーロッパ大陸(特にフランス東部)の戦場に送られたティライユール・セネガレの物語である。仏語ウィキペディアの記述によると、第一次大戦に参戦したセネガル歩兵団の兵士の数は20万人、そのうち13万5千人がヨーロッパ大陸に送られ、3万人が戦死している。
 フランスの歴史読み物や戦争映画などでは、このティライユール・セネガレをナイーヴに美談化し、フランスのために義勇で戦ってくれた英雄たちのように描くケースが多い。ところがこの映画は違う。冒頭シーンは強烈である。1917年、セネガルのサバンナで牛を放牧して育てている一家、父バカリ(演オマール・スィ)と17歳の息子チェルノ(演アラサン・ジョング)、そこへ「フランス人がやってくる」の報せ、バカリは息子に逃げるよう命じるが、多数の騎馬憲兵隊は逃走するチェルノを暴力的に捕らえ、強制連行する。これが当時の現地における”新兵狩り”であった。この若者たちが”祖国フランス”のために志願してヨーロッパ戦場に行くことなどあるわけがない。大戦後半、苦戦の続く最前線で盾となって死んでくれる”捨て駒”探しが急務だったのである。この映画はフランスの植民地主義的蛮行を糾弾するのが主眼ではないが、そういう視点はちゃんと示している。
 一家を支えてきたバカリは、頼りの男児チェルノがいなくなったら、一家の現在も未来もないことを見越している。そして戦場に連れて行かれた者は二度と帰ってこないことも現実として知っている。絶対にチェルノを戦地に送ってはならない。バカリは強制徴兵されたチェルノを追って、年齢を30歳と偽り(チェルノの父親という身分も隠し)ティライユールに志願して合格し、チェルノと同じ部隊の一兵卒として東部フランスの戦線に送られる。

 最初に重要なことを書くのを忘れていた。この作品はフランス映画としては初めてほとんどPeul(プール)語(フラニ語/ブラール語)だけで進行する映画である(もちろんフランスではフランス語字幕がつく)。西アフリカで広く話される言語で、バカリはプール語しか理解できないという設定で、オマール・スィは最初から最後までプール語セリフで通している。実生活で父親がセネガル出身、母親がモーリタニア出身で、幼少の頃は家の中でプール語が話されていたと言うから、オマール・スィにとってはある種”母語”のようなものではある。映画の中で、他の言語を解さないバカリは軍隊の中でしょっちゅう「プール語を話すやつはいないか」と探し回っていて、ひとり通訳を買って出た男の言葉に「俺はソンニケ語はしゃべらん、一緒にすな」と怒るシーンあり。これがバカリの大きなハンディキャップとなっている。
 それに対して息子のチェルノはフランス語がよく出来て、隊友たちのウケも良く、そしてフランス白人の部隊長のシャンブロー中尉(演ジョナス・ブロケ)にも気に入られ評価されている。このシャンブロー中尉というのが重要な役どころで、白人ひとりでこのティライユール歩兵隊をしっかりまとめあげるリーダーシップがあり、アフリカ兵たちと同じメシを一緒に食べ「生きるも死ぬも一緒だぞ」と檄を飛ばす熱血上官であり、絵に描いたような武勇の人なのである。この中尉とチェルノの間にある種のフィーリングが通じ合う。おお、そういう方向に行くのか、と観る者はうがってしまうのだが、最終的にそういう方向には行かない。しかし中尉はチェルノを高く評価し、大抜擢で伍長に昇格させ隊長補佐の地位を与えるのだった。
 一方バカリは隊の中で息子を前線に送らせない方法ばかり探している。給食班に配属されれば戦闘員にならなくてすむと、ワイロを使ってみたり。どこの世界も金でなんとかなるのであり、軍の中にも悪いやつはおって、巨額の謝礼金で脱走を手引きしてやるという話はあるのだが、バカリは十分な金を持っておらず... しかし、ある日戦場で、戦死した白人兵のポケットの中に丸めてあった札束を...。
 父と子の確執。子チェルノはこの部隊の中で重要人物になっていくにつれて、自分が子供ではなく大人になり、自己を実現していく充足感を増していく。バカな考えを捨てて、脱走してセネガルに帰ろうと迫る父バカリに対して、チェルノは愛する父の前で、自分は今やあなたの”上官”だ、あなたは僕の命令を聞かなければならない、と...。父親はおまえは俺の子であり、俺の言うことを聞く義務がある、と...。

 シャンブローは内密にチェルノとバカリが親子であることを見抜いていて、隊の士気を乱すバカリを別隊に移す考えもあることをチェルノに告げる。父と子はここで決別するかもしれない...。バカリはバカリで、シャンブローが敵陣の丘を制圧するために突撃先兵隊となる作戦を立てたのを知り、それが自殺行為に等しいことを察知して、なんとかチェルノを連れ出さなければと...。
 バカリの脱走計画とシャンブローの突撃作戦は同じ日。嫌がるチェルノを力ずくで脱走の偽装馬車に乗せ、別の脱走手配師の待つ中継地点まで来た時、バカリはチェルノが馬車から逃げ出し、シャンブローの部隊が突撃する戦場へ向かったことを知る。バカリは後を追って戦場に赴き、突撃隊は出撃した後の塹壕から、武器も持たず丸腰で敵陣の丘に向かっていく。そして傷ついた息子チェルノを見つけ、抱き抱えて塹壕に引き返そうとするのだが....。

 息子と家族のことだけを考える一途な父親、純朴で頭が悪く何が何でもやり通すことだけを考える頑固頑強な父親、これが今回のオマール・スィである。えへらえへら笑うオマール・スィに慣れた私たちはおおいに驚く。戦争はシリアスであり、冗談など何もない。植民地原住民というポジション、アフリカ黒人というポジション、これらに冗談などあるはずがない。そういう映画だから、フランス人には感動だけでなく(知らなかったことを)教えられることもたくさんあるだろう。映画にはそういうことを伝えるパワーもあるのだから。そして大俳優誕生の瞬間でもある。この映画の主演だけでなく、監督脚本のマチュー・ヴァドピエとの共同発案者でもあり、出資プロデューサーでもあるオマール・スィ、ありがとう。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)"Tirailleurs"予告編


2023年1月2日月曜日

爺ブログのレトロスペクティヴ2022


戦争がすべてを変えてしまった年だったね

年頭恒例になりました爺ブログ2022年のレトロスペクティヴです。2022年2月24日に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻は、欧州に住む私たちの生活をがらりと変えてしまったし、今その直接的な影響としての電力/エネルギー不足の最初の冬を体験している。ウクライナの人々のことを思う。そして指導者たちの暴挙に翻弄されるロシアの人々のことを思う。一日も早く止めさせねば。
 爺ブログ2022年の総ビュー数は4万7千、2021年の5万8千から1万1千も減りました。これは2022年4月にYahoo Japan が私の住む欧州地区でのサービスから撤退し、わがブログの更新情報などがYahoo に全く反映されなくなったことが、大きく影響していると考えられます。(↓)下に紹介するビュー数上位10点が、すべて5月以前の記事になっているのは、そのせいとしか思えません。しかたありません。わがブログが紹介するカルチャー全般が前年に比べて極端に貧困になったとは思えないので。
 これまで爺ブログで高い評価を受けていたヴィルジニー・デパントレイラ・スリマニアメリー・ノトンブの2022年新作はいずれも大したビュー数を得ることができませんでした。ウーエルベックも5位につけておりますが、いつもはこんなものではないです。音楽では私も今年のベストだと思うバンジャマン・ビオレー新作もいつものような同志たちの賛意を集められなかったようです。でもめげませんよ。
 以下が2022年に発表した記事56本から、純粋にビュー数の多い順から上位10点です。例年とはちょっと傾向が違いますが、同志たちの評価は常にうれしいものです。2023年もよろしく。そして2023年の夏までに、おそらく2007年のブログ発足以来の総ビュー数が「1 000 000」(百万)を突破するはずです。これは一緒にお祝いしましょう。

(記事タイトルにリンクつけているので、クリックすると記事に飛べます)

1. 『埠頭の女たちと著述家のデオントロジー(2022年1月19日掲載)
ノルマンディー地方都市の劣悪な女性雇用事情の内部潜入レポート、フローランス・オブナのベストセラーノンフィクション『ウィストレアム埠頭』(2010年)を下敷きに、エマニュエル・カレールが脚本演出監督したフィクション映画『ウィストレアム』。身分を隠して現場に潜入するジャーナリストを演じたジュリエット・ビノッシュを除いて、パートの清掃労働者たちを演じた女性たちはすべてノルマンディー現地の素人の現役労働者をキャスティングで起用した。映画はその過酷な労働条件を描くことよりも、主人公のジャーナリストが本を書くために、さまざまな隠し事と偽りを行使して女性たちに接近して、ある種"偽装”の友情を築いていく、という後ろめたさ、そのウソが暴かれた時の大いなるカタストロフに重きをおいている。デオントロジーの問題。便所掃除をするジュリエット・ビノッシュ。オブナの本とは全く別物になってしまったが、それでいいのだと思う。

2. 『Leconte est bon(2022年2月26日掲載)
ロシアによるウクライナ侵攻が始まった日2月24日に劇場公開が始まった映画。主演のジェラール・ドパルデューがロシア大統領プーチンと”親友”関係にあり、それまでプーチン擁護発言をしていた(戦争勃発後は手のひらを返すごとく...)ことで封切時にはかなり風当たりが強かった。ヒット作の多い大衆的映画作家パトリス・ルコントが、シムノン『メグレと若い女の死』(1954年)を原作に、メグレ警視役に良くも悪くも大俳優のドパルデューを起用し、自ら証言しているように「ヒッチコック手法」で撮った映画。象のような塊りでしかないドパルデューが、動作も鈍く、口数も少ないが、その圧倒的な存在感で見せてしまう古風な作品。始終暗めセピア色の1950年代のパリも美しい。捜査も画風も最初から最後まで”クラシック”にこだわったのが正解。あらかじめ古典になってしまっている。

3. 『柔能く剛を制す(2022年3月6日掲載)

『メグレ』(↑)の1週間後の3月4日に公開されたドパルデュー主演映画『頑強(Robuste)』(コンスタンス・メイエール監督の初長編映画)。(ドパルデューが”地”でできそうな)どうにも手に負えない斜陽の元大映画俳優という役どころ。だが自虐ギャグのストーリーではない。ボディーガード/運転手/秘書から台本読み合わせまでよろずの世話をする付き人の休暇期間に臨時に雇われた25歳の黒人巨漢女性(アマチュアレスリング選手)、こんな娘に俺の付き人がつとまるわけがないと相手にしなかった大俳優が少しずつ心を開くためには、巨漢同士のぶつかり合いが必要だった。安易な友情物語ではなく、大俳優の複雑な孤独も、巨漢娘の複雑な孤独もかなり近くから描いているから、この刹那の触れ合いが心に響く。『メグレ』共々ドパルデュー再評価のきっかけとなった佳作。

4. 『だんだん良く鳴る法華のタンブール(2022年5月30日掲載)

大器晩成型。どんどん大物感を蓄えていっているベルトラン・ブラン(51歳)の7枚目のアルバム。アルバムを重ねるごとにさらに高踏的になり、俳句的ミニマル表現(サウンドと詞)になっていっているのに、ファンはこの味に毒されたように魅了されているようだ。しびれる低音はよくバシュングと比較されるが、私はエルヴィス的だと思って聞いている。そう、”難解なエルヴィス”と私は思う。ゲンズブール寄りを自認するバンジャマン・ビオレーとは違った道を歩んでいる。いずれにせよ、ビオレーとブランは21世紀的現在におけるポップ・フランセーズの最高峰の部分である、と私は断言できる。私はこの二人には着いていきますよ。

5. 『Dear Prudence(2022年1月29日掲載)

1月7日に発売されたウーエルベック7作目の長編小説『無化(Anéantir)』、凝ったハードカバードイツ装製本(栞紐つき)736ページ。2027年大統領選挙、超ハイテクのテロ事件、悪魔学、カトリック信仰、新宗教、老人医療、最先端ガン治療など縦横無尽の(雑学)博識に裏打ちされた大著ではあるが、読後感の薄っぺらさはウーエルベックには珍しい。それなりに売れてベストセラーにはなったし、メディアも相当騒いだわりに、急激な尻すぼみ状態で、春を待たずに誰も話題にしなくなったし、2022年年末の「今年のベスト小説」には全く顔を出していない。私のブログ記事は例外的に200行を超して、かなり詳細に内容について言及しているが、自分で読み返して「イヤんなる」レベル。あれから1年経ったが、日本語訳はまだ出ていないようだ。あまりおすすめはしない。

6. 『もう37歳になるんだよ(2022年2月11日掲載)
3月4日にリリースされたストロマエの9年ぶりのスタジオアルバム『ミュルティチュード(Multitude)』は遂に爺ブログ記事として紹介できなかった(今でも書きかけで未発表ストックしてある)。この記事は自分でもそのプレリュードのように、テレラマ誌のインタヴュー記事を下敷きにして書いたのだけど、既にスケジュールが決まっている2022年メガツアーの日程が迫ってきたから慌てて制作された”出し殻”のような非ポップアルバムへの言い訳のような印象がある。創造性(クレアティヴィテ)の枯渇。それはそれでいいのだけれど、言い訳はあまりして欲しくなかった。特に「もう以前のような肉体を保つことができないから、力を抜いて...」のような発言は。弟分のオレルサンは”渦中の人”であることから逃げていないよ。アルバムは本格的にジャック・ブレル流のシャンソンに脱皮しようという試みが明らか。それは良い方向だと私は思うよ。

7. 『A star is reborn(2022年4月6日掲載)
一貫して迷える若者像を撮り続ける万年青年監督セドリック・クラピッシュの最新作はプリマドンナ・バレリーナのマリオン・バルボーを主演させた”ダンス”映画。晴れの舞台で大転倒し、二度と踊れなくなるかもしれない怪我を負ったクラシックバレエのプリマドンナが、人生見つめ直しの旅でブルターニュに流れ着き、そこでコンテンポラリーダンスの一座の合宿と遭遇し、少しずつ踊りの世界に戻っていく。葛藤あり、友情あり、恋あり、そして全編にダンスあり。ああ、こういう跳躍できる肉体を持った若者たちは、なんて美しいのだ! それだけで幸せになれる映画。理屈なし。わかりやすく感動がまっすぐ。観た人はみなマリオン・バルボーのとりこ。他にもたくさんいい映画あった2022年なのだが、私的にはこれが一等賞と思ってます。記事はかなりベタ褒めです。

8. 『魅惑の美形シンガーの謎の死(2022年5月1日掲載)
年に何回かやってしまうラティーナ連載『それでもセーヌは流れる』(2008〜2020)記事の加筆再録。これはラティーナ2015年7月号に載ったマイク・ブラント(1947 - 1975)の記事。ひとこともフランス語を話せない状態で1970年単身フランスに上陸、驚異的なスピードでスターダムにのし上がり、その人気の絶頂で1975年にこの世を去っている。自殺か他殺か。今日まで諸説あり、未だに真相は明かされていない。まるで芸能雑誌の記事のように書いたものだが、それなりに面白いし、フランス芸能界の暗部も垣間見ることができる。沢田研二は「ポスト・マイク・ブラント」候補として1975年にフランスでスターになった。ブラントのようにフランス拠点の国際スーパースターになることも不可能ではなかったのだが、違う道を進んだ。後悔はしていないと思う。

9. 『ツイストびとのための鎮魂歌(2022年1月11日掲載)
マルセイユの(人情)映画監督ロベール・ゲディギアンが初めてアフリカで撮影した映画『ツイスト・ア・バマコ』。1962年、独立直後のマリが舞台で、厳格なソヴィエト型社会主義化を目指す独立体制派とツイストや欧米の流行に熱狂している若者たちとの確執を描く。ゲディギアンはマリでこの映画を撮りたかったのだが、昨今のマリの政情はまったくそのようなことができる状態ではなく、まだマリほど反フランス勢力の強くないセネガルで撮影した。ラストシーンで2015年老婆になったヒロインのララが、イスラム過激派が制圧した地区の中で、踊りながら(イスラム占領軍が強制したヒジャブ着用の義務を無視して)ヒジャブを脱ぎ捨てる。戯画的に見えるだろうか。2022年冬、イランで起こっていることとシンクロする、自由へのメッセージ。ツイストもロックンロールもそういうシンボルとして愛された時期/場所があったことを忘れてはならない。

10.  『(ぶり)じっと手を見る(2022年4月8日掲載)
これも(↑)マイク・ブラント記事と同じで、ラティーナ2013年11月号に載った「それでもセーヌは流れる」連載記事を加筆再録したもの。偉大なりブリジット・フォンテーヌ。私が初めてフォンテーヌに関してバイオグラフィーも含めてまとめて書いた記事だった。本人には会っていない。たぶん会っても話にならないだろうという恐れもある。昨今は何度も死亡説が流れ、コロナ禍でキャンセルが続いた「さよならコンサート」は、2022年4月「ブールジュの春」フェスティヴァル内で行われた。当日まで本人は現れないだろうという噂が立ったが。怪女であり怪詩人である。もう歌わなくてもいいから、長生きして"言葉”を放ち続けてください。

2022年12月28日水曜日

2022年のアルバム 昨日は過去だ 今日こそが真実だ

Arno "Opex"
アルノー『オペックス』

ルギーの人。フランス語、英語、フランドル語で歌う訥弁のロッカー。2022年4月23日、72歳膵臓ガンで命を落とした。ウィキペディアによると、膵臓ガンと診断されたのは2019年11月。コロナ禍もぶつかって、コンサートが難しい時期だったが、それでも体調理由の連続キャンセルののち、2020年、2021年と何度かステージに立った。2021年5月、リール出身の(SCHなどラップアーチストとの共演共作で近年破竹の勢いで目立っている)ピアニスト、ソフィアン・パマールとの「ピアノ&ヴォーカル」アルバム"Vivre"(アルノー自身の40年のレパートリーから14曲を選びピアノ&ヴォーカルでカヴァー)をリリース(アルバム『オペックス』の9曲めソフィアン・パマールとの共演”Court-circuit dans mon esprit"はその時の録音)。そしてこの『オペックス』は、2021年秋から2022年春にかけての制作とされている。いよいよ死が迫っていて「声」が失われつつあるとの自覚から、スタジオでは極力話すことを控えて「声」を温存し、ヴォーカルトラックをすべてワンテイクで録った。
 アルバム第1曲めの"La Vérité (真実)"で、プログラマー/共同作曲者として初めて息子のフェリックスが録音に加わった。長年の相棒のベーシスト、ミルコ・バノヴィッチ(Mirko Banovic、本アルバムのプロデューサーでもある)が、ベルギーのインターネットメディア "7 sur 7"に語ったところによると、アルノーは息子フェリックスと仕事したくて何年も前から頼んでいたのに、フェリックスは親父の音楽を全く評価しておらず、ずっと果たせずにいた。反逆(rebel レブル)の父親から生まれた子供もまた反逆だったというわけだが、最後の録音についにつきあってくれた。アルノーは録りのあと一番最初にフェリックスに意見を求め、フェリックスがOKを出せば、制作スタッフに出来上がりを聞かせるという、自慢の息子との(最初で最後の)仕事にいたく満足だったそうだ。(家族ではフェリックスの他に、弟のピーターがサックスで参加している。)


俺は風と結婚するんだ
太陽を愛人にして
雲と一緒にフレンチ・カンカンを踊るんだ
でも金曜日にはタンゴを踊るんだ、タンゴ・サンバさ
昨日は過去だ、今日こそが真実だ
昨日は過去だ、今日こそが真実だ
過去にキスしてやろう、もうそれは存在しないんだから
今日生きてることがもっと大切なんだ
昨日は過去だ、今日こそが真実だ
昨日は過去だ、今日こそが真実だ
過去にキスしてやろう、もうそれは存在しないんだから
昨日は過去だ、今日こそが真実だ
昨日は過去だ、今日こそが真実だ
昨日は過去だ、今日こそが真実だ
昨日は過去だ、今日こそが真実だ

わおっ。最初から何という歌なのだ。昨日は過去だ、今日こそが真実だ。生きている今日がもっと大切なんだ。 ー 真実すぎて、胸が苦しくなる。アルノーはそうやって生きて、そうやって死んだのか。昨日は過去だ。
 アルバムタイトルの「オペックス」とは、アルノーが生まれた北海のリゾート地オステンドの東側にある街区の名前で、アルノーの両親もそこで育ち、母方の祖父が労働者階級の常連たちに愛され親しまれたカフェ「ルル亭」を営んでいた。その祖父の隠された愛人のことを歌ったメランコリックなバラードが6曲め”Mon grand-père"(俺の祖父)である。

彼にはもうひとりの女がいて
ミケランジェロの彫刻にもないような美しさで
ミス・アメリカよりももっときれいなんだ

あの女は身ぎれいで
イエス・キリストの母親のような佇まいだった

俺は祖父の愛人の娘と出会ったようなんだ
俺は祖父の愛人の娘と出会ったと思う

あの女は俺のことをチンケな客のように
あしらったことなど一度もない
それにあの女が濡れている時は
いつも真実を語ってくれたんだ

俺は祖父の愛人の娘と出会ったようなんだ
俺は祖父の愛人の娘と出会ったと思う

そして人生はもともとタダで始まったんだ
残りの人生を生きるために
そしてそれぞれの人生にはそれぞれの物語がある
他人に語られる分には

その肉体の美しさで
あの女は世界中どこでも
大地震を起こさせることができるさ

俺は祖父の愛人の娘と出会ったようなんだ
俺は祖父の愛人の娘と出会ったと思う

2分17秒めから、アルノーのブルースハープが鳴る。切なくも慈愛を感じる音色だ。美しい女はたとえ人目を忍ぶ出会いでも、人生のようにいつくしむ理由がある。旧時代の男の勝手なリクツと言わば言え。愛することに言い訳はいらない。C'est comme ça。

 10曲中、最も話題になり、奇異にも思われたトラックが、5曲めのミレイユ・マチューとのデュエット「ラ・パロマ (La paloma adieu)」である。原曲は1863年にスペイン(バスク)人セバスチアン・イラディエルが作曲したハバネラ曲で20世紀に地球規模のスタンダードとなって親しまれるようになった。仏語版ウィキペディアによると、ギネス記録として世界で最も録音された回数の多い曲が「イエスタデイ」(ビートルズ)の1600回となっているものの、「ラ・パロマ」は知られているものだけでも2000回を超えるとされている。ミレイユ・マチューによる録音"La paloma adieu"は1973年に発表され、フランス国内で40万枚を売り、すでに国際的スターであったマチューはドイツ語とスペイン語と英語でもレコード化している。長年のミレイユ・マチューのファンだったというアルノーが、初めてこの曲をカヴァーしたのは1991年のアルバム "Charles et les Lulus"の13曲め"La Paloma"だった。1997年のライヴ盤”En concert (A la française)"でも歌っている。
 2022年9月のインタヴューでマチューはこの録音についてこう回想している。

アルノーは私のことが大好きだと言っていた。私への恭しい称賛の言葉は私の胸を打つものがあった。彼は私とデュエットしたがっていたけれど、私は忙しくツアーに出回っていた。彼にOKの返事を出したら、今度はコロナ禍になり、私たちは出会う機会を失った。(その頃アルノーの病気はかなり進行していた) 私たちは一度だけ電話で話し合うことができて、彼の状態を知らされたけど、とても悲しかった。
423日、コロナ禍外出制限以来、長いこと足を踏み入れていなかったアヴィニョン郊外の録音スタジオに彼女は入り、アルノーが既に彼のパートを録音していた”La Paloma Adieu“のバックトラックの上に歌入れを行った)
その日はとても強い雨が降っていたのを覚えているわ。私は歌い終わり、アルノーのスタッフたちと一緒にそのテイクを聞いた。その時に知らせが入ったの。彼が亡くなったって。私は大泣きしたわ。スタッフがそのことを言わないでくれていたことが幸い。もしもそれを知っていたら私は絶対に歌うことなどできなかったはず。その日はお天気まで動転していたのね。


リフレインの歌詞にあり:
La paloma adieu, adieu c'est toi que j'aime
ラ・パロマさらば、さらば愛するきみ
Ma vie s'en va, mais n'aie pas trop de peine
私の命は尽きるけど、あまり悲しまないで
Oh mon amour adieu !
おお恋人よさらば!
私の命は尽きるけど、あまり悲しまないで。 ー このメッセージをこの声で聞く私たちのエモーションはただものではない。

ガラス越しに暗い北海を見つめるアルノー。背中を向けたジャケ写。しみじみいたわしい。

<<< トラックリスト >>>
1. La vérité
2. Take me back
3. I can't dance
4. Honnête
5. La paloma adieu (with Mireille Mathieu)
6. Mon grand-père
7. Boulettes
8. One night with you
9. Court-circuit dans mon esprit (with Sofiane Pamart)
10. I'm not gonna whistle

Arno "Opex"
LP/CD/Digital PIAS/LE LABEL
フランスでのリリース:2022年9月25日

カストール爺の採点:★★★★★

(↓)ベルギー公共仏語TV(RTBF)のドキュメンタリー"DANS LES YEUX D'ARNO"の抜粋、アルノー最後のインタヴュー。最もインスピレーションを与えてくれたのは「北海」だと語っている。最後に一言、J'ai eu une belle vie, quoi. 美しい人生だった、と。

2022年12月23日金曜日

2022年のアルバム 胎児よ胎児よなぜ踊る

Mylène Farmer "L'Emprise"
ミレーヌ・ファルメール『支配』

"emprise"(アンプリーズ)とは手元のスタンダード仏和辞典では
(精神的な)支配、権威、影響力
という訳語が出てくる。観念を縛り付けるもの、強い威力で心を捉えてしまうもの、なのである。ウクライナはロシアの安全を脅かす危険勢力であり、平定せねばならぬ、という号令で戦っている兵士たちはプーチンに"emprise”されているという例でおわかりいただけるかな。非常に暴力的な意味合いを含んだアルバムタイトルである。
 ミレーヌ・ファルメール(当年61歳)の通算12枚目のアルバムであり、前作『不服従(Désobéissance)』(2018年、ソニー移籍後初アルバム)から4年後の新作である。この人の常で、アルバムは発売週にチャート1位になり、桁外れのスタジアムツアーの日程が発表になり、ほどなくして完売になる。今回のツアーは「ネヴァーモア(Nevermore)2023」(出典は言うまでもなくエドガー・ポー「大鴉」)と名付けられ、パリ・スタッド・ド・フランス2回とブリュッセル、ジュネーヴを含む9都市13回が組まれていたが、当初はサンクトペテルブルクとモスクワの予定も公表されていたのだけれどプーチンの戦争のせいで...。ロシアの地には2000年、2009年、2013年(この時はベラルーシのミンスクまで行ってる)とツアーで訪れていて、その人気の高さはものすごいらしい。寒い国に響く「イナモラメント〜」さぞ、ぞくぞくものでしょうね。
 さて新アルバムの最大の注目点はウッドキッドの起用ということになろう。ウッドキッドに関しては私も2013年にそのデビューアルバムにかなり興奮して当ブログに記事『大伽藍ポップ』を書いた。あれから世界的「大物」になったウッドキッド公は、2021年にパリ2024オリンピックの公式「プレリュード」(↓)を発表して、この並外れた「大物感」をますます見せつけているご様子。

奇態なヴィジュアルの趣味、並外れた仕掛けもの、「聖」なるものへのこだわり.... 等々、ファルメールとウッドキッドは似たもの同士であるが、年齢のこと言うたらいかんけど、二人の違いはというと’新旧世代’ということなのだよ。39歳と61歳。フェアな地位関係ではなく、マルグリット・デュラスやアニー・アルノーのように、絶対的にファルメール主導の制作現場であったと想像できるが。
 音楽的にはアルバム全12曲(+ヴァージョン違い2トラックで14トラック)中、7曲がウッドキッド作編曲。そしてヴィジュアル(→)の作者はヨアン・ルモワーヌ、すなわちウッドキッドがグラフィスト/映像作家として名乗る時の名前(本名)。これはミレーヌ・ファルメールのアバターであり、アンドロイドであり、メタル状だったり透明液状だったりする包皮に包まれた年齢のない(死を知らない)女性のお姿である。アルバムジャケットになっているのは、そのファルメール・アバターが母胎内の胎児のポーズをとっている。生も死も知らないアバターがない記憶を取り戻そうとしているような虚しさが漂っている。将来「名作ジャケ」として記憶されるであろう秀作グラフィックである。
 そしてそのグラフィック・チームが制作したアルバムのファーストシングル "A tout jamais"(アルバム2曲め、詞ファルメール/作編曲ウッドキッド)のヴィデオ・クリップ(↓)である。


すべては仮面遊戯
炭疽菌の飛末が
われらの傷口に
すばやく入り込む
熱と寒さを吹き出して
われらの命を焼き尽くす悪魔を
私以外の誰が見れるの?

そいつに言うのよ
"Fuck you too"
永遠に消え去れ、と
すべてを最初からやり直すための鎮魂歌
もう、Sorry sorry なんか通用しない
私の肉体の中に入らせない
おまえとおまえの分身、わが友よ
地獄に還るがいい

ごらん
支配は凶暴で
限りがない
心を失った恋人
すべては虚偽で
私を傷つけ苛む
そこで私は疑い、血を流す
でも大丈夫、命は教えてくれる

そいつに言うのよ
"Fuck you too"
永遠に消え去れ、と
すべてを最初からやり直すための鎮魂歌
もう、Sorry sorry なんか通用しない
私の肉体の中に入らせない
おまえとおまえの分身、わが友よ
地獄に還るがいい

世界でひとりぼっちという感情
それはあなたの心に入り込むすべを知っている
ほんの数秒ですべては倒れてしまう
私はもう怖くない
あとに嫌悪感が残るだけ

そいつに言うのよ
"Fuck you too"
永遠に消え去れ、と
すべてを最初からやり直すための鎮魂歌
もう、Sorry sorry なんか通用しない
私の肉体の中に入らせない
おまえとおまえの分身、わが友よ
地獄に還るがいい
(A tout jamais)

"A tout jamais"  ー 英語に言い換えると Nevermore。これが新しいツアーのテーマとなったわけだが、"A tout jamais"はエドガー・ポー詩級のメタファーや含蓄があるわけではない。私は「ミレーヌ・ファルメール詩集」というのが出版されたとしても、本屋の売り場で言えば、タレント本のコーナーには置かれても文学の棚には並ばないはずだと思う。その辺がパティー・スミスなどとの違いなのね。デビュー以来、それなりに重い主題ばかり(死、病気、障害、生きづらさ、愛の不毛、快楽の罪、少数派ジェンダー、政治不信、薬物ほかの依存症、逃避願望、諸行無常、老い、美への偏愛... )を歌にして、それでトップクラスのポップシンガーでいられる稀有なアーチストではある。この宗教に近い人身吸引力はどのようにしてファルメールの身に備わったのか? 意見は多々あれど、私はこれはその「音楽」でもその「声」でもその「詞(ことば)」でもないものだと思っている。人々を”emprise"するなにかが彼女にはあり、このアルバムは自覚的にその問題を自分に問うているのではないかな? そう思ってこの歌、この詞を聞くと、"emprise(支配)"をするのは自分自身であり、それに向かって "fuck you”と言い、永遠に消え去れと呪い、自分とその分身(アバターとしての音楽アーチスト)は地獄に戻れ、と最後通告をしようとしているのではないか。だけどファンたちはしっかりついてきて、莫大な金銭が流通することになるのですがね。底無しの"emprise"。

 この主題をアルバムタイトル曲「支配 L'Emprise」(アルバム4曲め、詞ファルメール/作編曲ウッドキッド)はエアリアルなメロディーでこう展開している。(ウッドキッドよ、さびメロパターンが"A tout jamais"とほぼ同じなのは、私、許しますよ。アルバムでこの曲が一等賞だと思う)。 

夜、その支配力は強大で
多量のアンフェタミン
その力はあらゆる休息を無視して
私の精神を侵す
それは狂おしい妄想よりも強い
ひとつの音波
私は人生の幾多の傷痕を数え
正気に戻る

愛は何よりも強いものでありますように
それが赤でも黒でも
愛は何よりも強いものでありますように
セックスや絶望と同じほどに
支配は聖なる祈祷師
チェックメート、降参よ

でも冒険は金色と光の混じり合った
もうひとつの支配
でも冒険は束の間のこと
この地球では時は限られている

夜、その支配力は強大で
多量のアドレナリン
その力は私の倦怠に立ち向かい
私の精神を侵す
それは狂おしい妄想よりも強い
ひとつの音波
私は魂の悪を結びつけた鎖を
断ち切る

愛は何よりも強いものでありますように
それが赤でも黒でも
愛は何よりも強いものでありますように
セックスや絶望と同じほどに
支配は聖なる祈祷師
チェックメート、降参よ

でも冒険は金色と光の混じり合った
もうひとつの支配
でも冒険は束の間のこと
この地球では時は限られている
(L'Emprise)

ここで私が同じように「支配」と訳したが、ファルメール詞はふたつの言葉を使っている。ひとつはこのアルバムのテーマであり、何度も繰り返される "emprise”という言葉、もうひとつは"régne"である。後者は「支配」だけでなく「治世」「君臨」「王国」「風潮」といった日本語も当てられる。どちらもわれわれの頭の上から覆いかぶさってくるものであるが、"emprise"はそれに”強制”のニュアンスが付加される。冒険=aventure は違う王国の支配、とファルメールは誘うわけだが、そこでは愛は何よりも強いもの、と...。これ、ファンたちにはとてつもなく説得力あるんだろうなぁ、と想像する私です。いつか私も連れてってくれないかな、と思ってしまうかもしれません。

 ウッドキッドが関わった7曲はどれも粒揃いで、このウッドキッド起用の成功を(普段はミレーヌ・ファルメールなどまるで問題にしない)リベラシオン紙やテレラマ誌が高く評価するレヴューを書いている。私もそれに騙されてアルバム買ったのだけど。
 そしてウッドキッドのほかにこのアルバムに作曲陣として参加したのが、米国のモビー(2曲。2006年以来何度か共演/共作あり)、フランスのエレクトロ・デュオ AaRONの作詞作曲&デュエット(アルバム中唯一ファルメール詞ではない)の"Rayon vert"(7曲め)、そして英国のトリップホップ/プログレッシヴ・ロックバンド、アーカイヴ(2曲。2010年ミレーヌアルバム”Bleu Noir"で3曲提供)である。アーカイヴは2011年わが家の対岸のロックフェス”ROCK EN SEINE"でのライヴを見てから大好きになったのだけど、まあよくできた”プログレ”だという印象がある。さてこのミレーヌ新作の2曲のうち、10曲めに収められた"Ne plus renaître (2度と再生しない)”(詞ファルメール/曲ダリウス・キーラー)はこのアルバムで最も異彩を放つトラックである。

一条の火花
私は生まれ変わりたい
たとえどんな苦難の道でも
休息

すべてが繰り返されるなら
マッチを取り出し
”自我”を滅し
火を点けて
自らを火刑に処す

私には見える

(リフレイン)
再生
あるいは解放
二度と生まれ変わらないこと
そして私は
空に向かって
目を見開く
レプラとはかくのごとく
哀れな人類は
バラバラに

一条の火花
私は知りたい
このように
すべてはひとつの選択しかない
ひとつの熱

(アヴェ・マリア)

一条の火花
一条の火花
一条の火花
一条の火花

再生
あるいは解放
二度と生まれ変わらないこと
そして私は
空に向かって
目を見開く
レプラとはかくのごとく
哀れな人類は
バラバラに

一条の火花
一条の火花
一条の火花
一条の火花
("Ne plus renaître")

これは音楽も詞も違うディメンションですよ。終末を見てしまったこのアーチストはそのあまりの惨状に二度と生まれ変わらないことを唱える。ネヴァーモア。もう生き返るのをやめなさい。こういうポップミュージックを、ありがたく聴いてしまう何百万というファンの人たちのことを思う。ミレーヌ・ファルメールの”愛”はなにものにも邪魔されず伝道されてしまうのですね。

<<< トラックリスト >>>

1. Invisibles
2. A tout jamais
3. Que l'aube est belle
4. L'Emprise
5. Do you know who I am
6. Rallumer les étoiles
7. Rayon vert (with AaRON)
8. Ode à l'apesanteur
9. Que je devienne
10. Ne plus renaître
11. D'un autre part
12. Bouteille à la mer
13. Rayon vert (piano/voix)
14. Invisible (piano/voix)

Mylène Farmer "L'Emprise"
2LP/CD/Digital STUFFED MONKEY
フランスでのリリース:2022年11月25日

カストール爺の採点:★★★☆☆


(↓)アルバム"L'Emprise"の35秒プロモーションクリップ。

 


2022年12月20日火曜日

ライフ・オブ・ブライアン

Simon Liberati "Performance"
シモン・リベラティ『パフォーマンス』

2022年ルノードー

シモン・リベラティ(1960年パリ生れ、現在62歳)は、あえて 評すればダンディー無頼派オールラウンド碩学の作家で、フロール賞("Hyper Justine" 2009年 )、フェミナ賞("Jayne Mansfield 1967” 2011年)など重要な文学賞は取っても、本が売れないせいで出版社とのトラブルが絶えず、書物の記述をめぐっても訴訟沙汰が少なからず起こり、自らの本意ではなくても敵の多い追われ者的な面を持っている。本作『パフォーマンス』の話者「私」は一応71歳の老作家ということで、著者自身とは違うことを装っているが、リベラティの姿をかなり投影したものと読める。末期のルーザー作家という設定なのである。
 この老作家は先ごろ脳梗塞(AVC)で死にかけたという大事件を経たばかりで、まだその後遺症は残っていて、体はボロボロの態である。種々のトラブルのためどんどん溜まっていく請求書/督促状は開封されずに郵便受けの中にある。再び1行も書くことなく、このまま朽ちていくであろうと諦念していたところに、世界的ストリーミング配信会社のコンテンツ制作部から、初期ローリング・ストーンズの一連のスキャンダル事件(1967年キース・リチャーズ宅でのドラッグ使用現行犯逮捕から1969年ブライアン・ジョーンズのプールでの変死)の実写連続ドラマ化のシナリオ執筆を依頼される。連ドラのストリーミングとか見たこともないし、シナリオなど一本も書いたことがないのに、なぜ俺が指名されたのか、といぶかしみながらも、背に腹は替えられない台所状態でもあり、60年代のことなどヴァーチャルな知識しかない自分の子供ほどの年齢の若造である二人の担当プロデューサー(パリにオフィスあり)のシナリオガイドラインを次々と壊しながら、本腰を入れていく。
 何度か結婚と離婚を繰り返しその外でも女性関係の多かった元ダンディーの老作家は、現在はイル・ド・フランスの小さな村の一軒家に独居しているが、パリでモデル/マヌカン/女優をしているエステールという稀に見る美貌の23歳の娘と交際関係にあり、老作家はこれが最後の恋だということも、この娘が遠からず自分の元から離れていくだろうということも悟っている。この関係は71歳と23歳という年齢差だけでなく、この老作家の文学造詣の深さを敬い、娘が老人から文学講義/文献講釈を受けることを習慣としている、という特異さもある。聡明な子であり、かなり文学に精通するところまで来ていて、自分の審美眼もはっきりあり、これから始まるローリング・ストーンズドラマのシナリオについても老人は彼女の意見を必ず求めている。それでも一日の多くの時間をスマホのSNS(特にインスタグラム)チェックに費やすフツーのお嬢さんでもある。そして彼女は老作家の元妻クララとその前の夫(スイス人ブルジョワ)の間にできた娘であり、言わば老人の側から見れば「義理の娘」なのである。
 件の依頼連ドラは「サタニック・マジェスティーズ」と題され、3回完結のミニ連ドラで、ストーンズが世界で最もビッグなロックバンドとして変身していく時期、1967年から70年までにフォーカスを絞り、バンド変貌に大きな影響を与えたマリアンヌ・フェイスフルとアニタ・パレンバーグという二人の女性、そしてブライアン・ジョーンズの変調とリーダーシップの喪失、バンドからの放逐、さらにプールでの変死、ジャガー/リチャーズ体制の天下取りからオルタモントの悲劇まで、という大風呂敷なプログラム。
 小説はもちろんこのような一連の事件の真実を暴くということを主眼としていない。2022年、「ストーンズ60周年」を機に数多く発表されたバンドのドキュメンタリー出版物とは全く種類を異にするものである。老作家はストーンズ研究家でもロックライターでもない。文学の側の人間である。ここで老作家がシナリオによって最も浮き彫りにしようとしたのが、二人の破滅型の若者のドラマだった。ひとりはマリアンヌ・フェイスフル(老作家自身が1980年代に親しく交流していた過去がある)、もうひとりはブライアン・ジョーンズだった。
 1967年2月12日日曜日、夜8時を少し過ぎた頃、イングランド、サセックス州チチェスター市近郊のある田舎家に、18人の警官(うち女性警官2人)がなだれ込んだ。
 サロンの内部では、ハシシュと香の煙にひたされた9人の人物が互いに身を寄せ合っていた。8人の男とひとりの毛皮のブランケットに裸身を包んだ20歳の若い娘だった。
 男たちの名はキース・リチャーズ、ミック・ジャガー、マイケル・クーパー、ニッキー・クレイマー、デヴィッド・シュナイダーマン、クリストファー・ギブス、ロバート・フレイザー、そして毛皮を羽織ったヴィーナスがマリアンヌ・フェイスフルだった。(p7)
 これがこの小説の冒頭である。”レッドランズ(Redlands)"と呼ばれたキース・リチャーズ所有の田舎屋敷で起こった抜き打ち逮捕劇であったことから「レッドランズのガサ入れ(Redlands bust)」という事件名で後世まで伝えられている。この時ジャガーとリチャーズは23歳、フェイスフルは20歳だった。メディアに前もって通報されていた一種の仕掛け逮捕劇で、芸能界のドラッグ禍への公権力の見せしめ効果を狙ったものだったが、当初の見せしめ逮捕の対象としていたのは(ストーンズで最もドラッグに浸っていた)ブライアン・ジョーンズだったと言われている。しかし67年当時、ストーンズ(および英ポップミュージック界)での重要度はジャガー/リチャーズがジョーンズをはるかに上回ってしまっていたので、見せしめならばこちら、と捜査変更されたようだ。バンドを結成し、ローリング・ストーンズと名付け、軌道に乗せた男ブライアン・ジョーンズは落ち目であり、誰もがそう遠からぬ時期に死ぬだろうということを知っていた。
 『毛皮を着たヴィーナス』(1871年)のオーストリア人作家マゾッホを曽祖父に持つマリアンヌ・フェイスフル、というリファレンスだけで、この裸身+毛皮の逮捕シーンを脚色しようとする制作側に老作家は逆らい、違うフェイスフル像を提案しようとする。オーストリアの貴族家の血を引き、カトリック教育を受け聖歌隊で歌い、円卓の騎士伝説と神秘主義(+悪魔主義)に精通した「19世紀のデカダンス期に生きていた」娘だ、と老作家は言う。あの頃のストーンズにもたらされた重要な要素のうち、ドラッグはブライアンとアニタ・パレンバーグが、神秘主義や悪魔崇拝(加えてナチス傾倒)はマリアンヌ・フェイスフルとアニタ・パレンバーグが、「音楽」はミックとキースが主な提供者だった。ブライアン、ミック、キース、マリアンヌ、アニタ、この5人の共同体からブライアンとマリアンヌが脱落していく。ドラマ制作側はこれを「ユートピアの崩壊」として描く意図で始めたのだが、脚本家(老作家)と小説中盤から現れる韓国人監督(小説中"Le Coréen = 韓国人”とだけ呼ばれる)はもっと鮮明で破滅的で悲劇的なマリアンヌとブライアンを描き出す方向で一致していく。
プルーストに登場する若い娘たちと同じで、ローリング・ストーンズの3人の主要メンバーたるキースとブライアンとミックは真に固定された本質というものを持っておらず、常にその役目を変えることに終始していた。アニタとその悪魔主義的分身であるマリアンヌは、3人の恋人だった。この女ふたりと男3人の混成の中で、中心となるのは当然バイセクシュアル(ミック)なのだが、月並みなロックバンドを普遍的な魅惑力を持ったオブジェへと(化学的意味における)変態を遂げる道を急ぐのである。バンドを”ローリン・ストーン Rollin'Stone"(そのしばらく後に "ローリング・ストーンズ Rolling Stones"と改称)と命名した男、ブライアン・ジョーンズの死は”ストーンズ”誕生のための人身御供となり、”ストーンズ”の名こそそれに続く10年で確固たるバンド名になる。ミックとキースはマリアンヌとアニタに合流して、ピグレット(*)の嘲笑的な視線に見守られながら、象徴的にブライアンをプールの中へと突き落としたのだった。(p20-21)
(*ブライアンは『クマのプーさん』版権保持者から権利を買い取り、自宅プールの装飾物として「プー」と「ピグレット」の像を置いていた)
”ブライアンをプールに突き落とす”はメタファー表現であるが、のちに老作家が書くシナリオでは事故死説と他殺説の両方をほのめかすものとなる。
 マリアンヌの脱落は1969年夏シドニーのホテルでの自殺未遂である。ツイナールを150錠飲み込み、6日間昏睡状態に陥った(その昏睡中に、既にあの世の人となっていたブライアン・ジョーンズと長い間話し合っていた、というマリアンヌ本人の証言があるが、この小説では触れられていない)。アルコールとドラッグと自殺未遂はこの老作家の人生にもずっとつきまとっていた。たぶん向こう側に行ってしまっていて3日間の昏睡の後に自分は戻ってきたが、どこに戻ってきたのか覚えていない、と冗談めく。生き残った/生き残っているマリアンヌは自分と最も近い種類の人間と思っているようなところがある。
 老作家の愛人のエステールも若くしてジャンキーになり、現在脱依存症セラピー中であるが、いつまた”再転落”するかわからないことを老作家は恐れている。しかし何よりも恐れているのはエステールが自分のもとを去って行くことであるが、それは抗うことができない”近い将来”なのであると悟っている。自分の死とエステールとの別れ、それは同じものであるが、後者が先に来ることは耐えがたい。
 近いうちに死ぬことも、近いうちに生涯の恋人に去られることも知っていて、そして死んでしまったのがブライアン・ジョーンズである。この小説はそれが自殺なのか事故死なのか他殺なのかは全く問題にしない。これは自ら悟っていた世にも悲しい死である。

 1967年2月、キース・リチャーズは愛車ベントレー・ブルー・レナ(→写真)でフランス/スペインを経てジブラルタル海峡を渡りモロッコに到る旅行を企てる。運転手はリチャーズのお抱えで元軍人(第二次大戦)のトム・キーロック(のちにブライアンの相談役にもなる)、前部座席にキースが座り、車に備え付けのレコードプレイヤーでレコードをかけ旅のジョッキー役を買って出た。後部座席にはすでに病気がちで始終咳込んでいるブライアン・ジョーンズ、その両脇にアニタ・パレンバーグとデボラ・ディクソン(ジェームス・フォックス/ミック・ジャガー/アニタ・パレンバーグ主演映画『パフォーマンス』でニコラス・ローグと共同監督し脚本も書いたスコットランド人ドナルド・キャメルの妻でアメリカ人。当時キャメルとディクソンの夫妻はパリのモンパルナスに住んでいて、そのアパルトマンが英ロックスターたちの溜まり場になっていた → と爺ブログのこの記事に書いてある)。この旅の道程でブライアンの恋人アニタがキースに鞍替えするということになるのだ。一行はパリのホテルジョルジュ・サンクを出発して、フランスを南西方向に下って行き、第一夜をタルヌ県アルビの小さなホテルで過ごすことになるのだが、ブライアンの病状が悪化し、発熱がひどく肺炎も心配されたため、夜間アルビの町医者を叩き起こしトム・キーロックが連れて行くことになる。翌朝ブライアンはひとり、最寄りの大都市トゥールーズの病院に入院することになる。そして非情にも他の4人の旅は予定通り続いていくのだった...。
 老作家はシナリオ執筆に必須、とこの旅を検証するために、自分の住む地方の奥深くにある知る人ぞ知るのクラシックスポーツカーのガレージから(困窮する身でありながら)大枚を叩いて80年代製造のBMW(時速200キロまで出る)を買い上げ、エステールとふたりでキースのベントレーの道程をなぞってフランスを南下していく。小説はこの50年を隔てた二つの南下の旅が一番の読ませどころなのですよ。残り少ない命を悟り、最愛の恋人を失うこと悟る旅。老作家がブライアンと現在の自身をパラレルに書いていく痛々しさ、ここが「文学」体験であるわけで、連ドラシナリオが当初の企図とは全く違うディメンションを得ていく過程に読者は立ち会っているのですよ。
 BMWはやがてスペイン、アンダルシアに入っていき、人里から離れたところに建てられた「コーリアン・シティー」と呼ばれる映画/ドラマ撮影セット村にたどり着く。連ドラ「サタニック・マジェスティー」はここで撮影されていて、スタッフは老作家のシナリオの上がりを今か今かと待っている。現実はここにあり、老作家がこの旅に過度に感情移入するひまなどない。そしてこの旅の最中、現実は老作家の溜まった督促状の取り立て人が、この連ドラ制作会社からのシナリオ報酬を天引きする手続きを取る、という老作家をさらに窮地に追い込むことになっている。そして最愛の若い恋人エステールが、ひそかにスマホ通信で若い男に誘惑されかけている気配も察している。老作家はいよいよこの時が来たか、と覚悟を決めようとするのだが、その若い男とは.... この連ドラに出演するブライアン・ジョーンズ男優であると知るや...。
 撮影セット村には、ブライアン・ジョーンズ邸のプールも作られていて、そのかたわらには『クマのプーさん』のプーとピグレットの像が立っている。ピグレットに見守られながら、老作家はプールの端に腰掛け、ブライアン・ジョーンズのように死を想うのであるが...。

 くれぐれも、”ローリング・ストーンズの隠された事実の暴露”本だと思って読まないように。そんなものは文学ではない。破滅型ダンディーの"自身”を曝け出した痛々しさこそ読まれるべきであり、全体に散りばめられた古今東西の文学や20世紀カルチャーの博識/雑学/碩学にも驚嘆されたし。キース自伝、マリアンヌ自伝はもとより、この小説に登場する史実は膨大な資料に拠っているものだが、老作家はそれが全部頭の中に入っているような書き方なのも無頼派のハッタリのようで許せる。だが、ローリング・ストーンズという(エンタメ)話題性だけで読むな、と言われても、読者は先にそれを探してしまう、というのがこの本の弱点でしょう。私は十分に魅了されましたよ。

Simon Liberati "Performance"
Grasset刊 2022年8月 250ページ 20ユーロ

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)出版社グラッセ制作のプロモーションヴィデオで自作『パフォーマンス』を語るシモン・リベラティ


(↓)ブライアン・ジョーンズ : 1967年 西ドイツ映画(フォルカー・シュレンドルフ監督、アニタ・パレンバーグ主演)"Mord Und Totschlag"(英題”A degree of murder"/仏題”Vivre à tout prix")のテーマ曲。


(↓)小説に全く関係ありませんが、「葬式にかけたい音楽」アンケートで毎回上位に登場する曲、映画『ライフ・オブ・ブライアン』(1979年モンティ・パイソン)のエンディング曲 "Always look on the bright side of life"。これ(↓)はロイヤル・アルバート・ホールでの壮大なるライヴ。