2022年3月6日日曜日

柔よく剛を制す

"Robuste"
『頑強』


2021年フランス映画
監督:コンスタンス・メイエール
主演:ジェラール・ドパルデュー、デボラ・リュクムエナ
音楽;バビックス(Babx)
フランスでの公開:2022年3月2日


イトルとポスターにまどわされて、笑いとペーソス込みの巨体同士ふたりの友情物語を想像するかもしれないが、全然そんな簡単なものではない。がっしりした手応え、という想像は当たっているかもしれない。しかし簡単なものではない。
 ジョルジュ(演ジェラール・ドパルデュー)は往年の大映画スターであるが、黄昏れて、すべてに嫌気がさし、一片の熱意もない状態で俳優業を続けている。四六時中ものを食べていて、周囲に不平ばかりこぼし、打ち合わせを勝手にすっぽかし、監督はじめ撮影スタッフとのコミュニケーションが難しく、セリフをよく覚えられない...。ジェラール・ドパルデューそのものではないか。若い女流監督コンスタンス・メイエールがその初監督長編映画に、ジェラール・ドパルデューにこんや役どころをぶつけた。それを受けたドパルデューが、地のままのような気難しい斜陽大スターを演じる。ここでものを言うのはその体躯のような「器の大きさ」なのだ。言わずもがなだが、ただものではない。
 そのジョルジュの暮らしぶりの描写がなかなか興味深い。あのクラスのスターなので奥まったヴィラのような一軒家に住み、池坊(系)の前衛庭師がしょっちゅう手を入れてるポストモダンな幾何学的仙水と庭園があり、屋内ジムとプール、光の入らない一室に巨大な水槽があり深海魚チョウチンアンコウを4尾飼っている。ジョルジュはこの深海魚との対話の時間が無上に心が落ち着くようだ。お抱えのスタイリスト、お抱えのフェイス/ヘアーメイク、お抱えのリラクゼーション師... (表立って画面に出ないが、性欲処理役もあるようなほのめかしが...)。そんな中にジャーマネ、弁護士、映画制作スタッフなどが入れ替わり立ち替わり。そのすべてをコントロールし、ジョルジュがスケジュール通りにすべてをこなせるようはからうというたいへんな仕事を受け持っているのが、ガードマン会社から派遣されたラルー(演スティーヴ・チエンチュー)で、ボディーガード/運転手/秘書/家事采配/台本読み合わせの相手... などをひとりでこなしている。映画はそのラルーが1ヶ月のヴァカンスに出るところから始まる。ジョルジュは気が気ではない。たった一人の頼れる男ラルーなしで過ごす日々を考えただけで気が遠くなる。ラルーの出発前、深夜だろうがなんだろうがラルーに電話して「明日の朝来てくれないか?」「ヴァカンスからはいつ帰るのか?」と駄々っ子のように問い詰める。そう、まさに手のかかる駄々っ子でしかない大男なのである。

 そしてラルーの代役で送られてきたのが25歳の巨漢女性アイサ(演デボラ・リュクムエナ)だった。現役レスリング選手であり、頑強な肉体を持ったアイサだが、ジョルジュはこの女にラルーの代わりがつとまるわけがない、という冷ややかな迎え方で、ハラスメントまがいの仕打ちすらする。アイサはラルーから聞いたことの数倍難しい"ベビーシッティング"であることを思い知るが、この老スターの孤独も見抜いてしまう。
 この映画が優れているのは、"スター”の事情だけを軸に据えるのではなく、アイサ側の事情も同じように重要に扱われていることで、黒人でことと巨体であることが予め持ってしまう風当たりのほかに、"スポーツ”に賭ける人間たちの不安定さも映像化している。この地区コンペ止まりのスポーツ選手たちはその情熱だけで食べていくわけにもいかず、警備員などの不安定で時間が不規則な職業で食いつなぎながら次のコンペのためにジムでのトレーニングを続けている。25歳のアイサは将来の不安が大きな影になっている。そんな格闘技ジムで同じような不安を抱えながら、不規則な時間の合間を縫って会って友情を温め合う仲間がいる。同じレスリング選手で軽量級のコスミナ(演メガン・ノルタム)はバーテンダーとして働く"夜の女”で、この濃い友情はほぼ同性愛に見える。もうひとり、仏式キックボクシング(サヴァット)の選手エディー(演リュカ・モルティエ)はシャイな優男で、アイサとは肉体関係ありのいい感じの友だちだが、アイサはこれが恋愛ではないということを知っている。アイサも壊れやすい世界にいるということなのだ。

 そこから遥かに離れた大スターの世界をアイサは発見していく。すべてに嫌気がさし、あらゆる不平不満の言葉で周囲を呪い、逃げ出すチャンスばかり伺っている。時には追いかけごっこをしてジョルジュを捕まえなければならない。衝突も嫌がらせもあったが、この若い娘はラルーと同じほど仕事ができる、いや、ラルー以上にできる、ということがジョルジュにもわかってくる。そしてジョルジュの恒常的な問題であった不眠症、医師からは心因によるもので内部疾患はないと言われているが、長い眠れない夜に発作的に全身が硬化し呼吸困難になることがある。そのどうしようもなく苦しい状態に陥った場に居合わせたアイサは、ジョルジュの巨体を背後から抱き抱え、気合と共に柔道整復師(あるいは整体師)の技(↑写真)でジョルジュを一発で楽にさせたのである。この時からジョルジュとアイサの関係は一挙に雪解ける。
 ジョルジュは少しずつ変わる。ろくすっぽ考えたこともなかった台本のセリフを熟考してみたり、ジョルジュ邸の駐車場入り口で毎日ジョルジュの"出待ち”をしている中年女性ファン(この女性はジョルジュに捧げた自作詩をジョルジュに手渡したくて毎日毎日"出待ち”している)に声かけて”お茶”してみたり(このエピソードはちょっと感動的)...。そしてアイサのことをもっと知りたくて、アイサのレスリングの試合を見にいくのである。しかしアイサは(そのことはジョルジュが知るよしもないが)ジョルジュの”お守り”の激務のせいで練習もおろそかになりがちだったために、試合は完敗してしまう...。
 出会いがあれば別れがある。映画は二人を結びつけることなく終盤に向かうが、この巨体ふたつの繊細な接点がどう二人を変えていったのか、というのを想うのだね、観客は、映画館を出ながら。アイサには、不安定な職業環境を脱して、ジムのレスリングコーチとして後進の指導にあたる、という未来をこの映画は与えている。そしてジョルジュには、たぶん俳優としての違う可能性が見えてきたんじゃないの?たぶん。ほんと"たぶん”でしかないほのめかしの終わり方。それゆえに、この映画は大男優ジェラール・ドパルデューへの素晴らしい贈りものなのではないの?たぶん。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『ロビュスト(頑強)』予告編



(↓)挿入歌:ミッシェル・ベルジェ"Quelques mots d'amour"(1980年)しみじみ名曲

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