2022年1月29日土曜日

Dear Prudence

Michel Houellebecq "Anéantir"
ミッシェル・ウーエルベック『無化』

 

物というオブジェを偏愛する作者が、自ら装本の細かい指示(紙質、ティポグラフィー、割付...)を出して作らせたという、ドイツ装(私はドイツの本を持ったことがないのでわからないが、そう呼ばれているそう)ハードカバー、背綴じ、赤栞リボンつき736ページ、重さ830グラムの大著。こだわりに相応しい風格。日本語訳も同じ装本で出るのかな?もう準備されているとは思うが、これは日本語訳たいへんなのではないかな。まず「政治」が大きな要素になっているので、このフランスという国の政治が現状況においてどうなっているのかを外国読者に知っておいてもらわないとついていけないところがあるように思う。これまでのウーエルベックの小説に比較できないほどドメスティックなのだ。現フランスにかなり近いのである。
 設定は2026年末に始まり2027年末まで。2027年はフランス大統領選挙の年であり、その前の大統領選は2022年。現実の今2022年1月の時点で投票(4月10日と24日の2回投票)まで3ヶ月を切っていて、まだ公式に立候補していない現職マクロンを除いて、他候補たちのキャンペーンはオミクロン禍真っ只中で進行中。2015年発表の小説『服従』でウーエルベックはこの2022年にイスラム穏健派候補が大統領に当選するシナリオを描いたのだが、この新小説では違うシナリオになっていて、その名前は一度も登場させていないものの現職大統領(つまりマクロン)が2017年の当選に続いても2期目(2022年)も当選して2027年の任期満了を待っている。ただし大統領が再任できるのは連続2期までで、2027年はこの現職は立候補できない。政局は安定していて、とりわけ経済再生の評価は高く、政権党の候補が出れば、現職の代わりに当選し、その任期5年間を無難につとめてくれれば、2032年には今の現職が再び大統領として復帰できるだろう、と。この小説の政治風景には左派政党、エコロジスト、伝統保守政党の姿はほとんど見えない。2027年も決選投票となれば政権党と極右RNで争われることになるが、RNはマリーヌ・ル・ペンの次世代の新候補となっていて、これが大変な切れ者である。多少苦戦はするかもしれないが、政権党の勝利はまず動かないだろう、というのが2027年1月頃の大方の予想。

 この現大統領下の政権の10年間の安定を支える最大の立役者が経済相のブルーノ・ジュージュ。その経済再生策が成果を見せたおかげである。この小説が発表された時、メディアはこの人物のモデルは現経済相ブルーノ・ル・メールであろうと報じた。ウーエルベックがプライベートに親しく交友しているそうだが、実のル・メールは中道保守の政治家で2017年のマクロン政権誕生に伴って保守LR党から政権党LREMに合流、以来経済相という重要ポストにある。フランス経済省庁舎はパリ12区ベルシーにあり、1989年に完成し、セーヌ川に片足を突っ込んだ状態で工事をやめたような両端を切られた巨大な高架橋のようなポストモダン建造物(→写真)。小説はこの庁舎建物を舞台にするシーンが多くあり、ウーエルベックがル・メールのつてで詳しく取材したのだろう。
 小説の主人公はポール・レゾンという47歳のグランゼコール出の経済省官僚で、役職は経済相ブルーノの顧問。職場経済省まで徒歩で行けるベルシー地区の高級アパルトマンに住むブルジョワ官僚だが、長年の伴侶のプリュダンス(ビートルズ"Dear Prudence"にインスパイアされた父親がつけた名前)との関係は冷えていて、同じアパルトマン内でほぼ別居状態。経済大臣ブルーノも妻との関係が悪化していて、ブルーノは自宅を離れてこのベルシーの経済省庁舎の最上階にある大臣宿泊室にひとりで住んでいる。だからこの大臣は外出の機会がなければ24時間この庁舎の中にいることになるが、そのことに不満はない。むしろ執務後その宿泊室に懸案の書類を持ち込んで仕事することを楽しんでいるような仕事好き。ピザやサンドイッチを食べながら。そういう仕事大好き大臣のおかげでこの国の経済はうまく回っているが、このブルーノには政治的野心がほとんどない。記者会見やテレビ出演が好きではない。だがその国の経済舵取りの手腕を高く評価され、政治的信望はかなりのもので、政権党は2027年大統領選にブルーノが出馬すれば当選確実と踏んでいる。本人はそれを望まないが、次の政府でも経済相を続けたいと願っている。お互いの夫婦の危機の告白以来、聞き役のポールはこの孤独で無欲(ナイーヴではない"無欲な政治家”像、稀だと思う)な仕事魔に強いシンパシーを抱き、良き補佐役として時々深夜の大臣宿泊室で一緒に呑んでいる。
 さてこの700ページを超える大著は、たくさんの要素を孕んでいるが、大きく4つの軸がある。まずひとつは2027年大統領選挙というフランスの政治の大きなドラマである。ウーエルベックの政情占いという書き方ではない。政治の争点などあまり問題にしなくなった時代、すなわちSNSトレンド/ユーチューバー/インフルエンサーだけがものを言う世界にあっては、このような国を左右する選挙にあってもそのインフルエンサー流の演出テクニックが決め手となり、選挙戦は内実は候補者のパフォーマンスコーチのコーチング戦なのである。うなずける。このシナリオでは政権党と極右RNの決選投票となるのだが、この両党に政策公約の違いはほとんどないのだ(!)。しかしその決戦の行方を決定づけてしまう事件が...。
 第二の軸は犯行声明も要求もない国際的テロ事件である。超先端のテクノロジーのデモンストレーションのような謎のネット乗っ取り映像、極度に絞られた照準に発射された魚雷一発だけで世界経済に甚大な影響を及ぼすことを見越した攻撃、主要国の諜報機関は情報を共有してこのテロを分析するがテロ組織の正体は掴めない。フランス内務省直属の機関であるDGSI(国内治安総局)は、このテロの世界経済直撃という観点から経済相に最新情報を漏れなく伝え、ポールもその中に。さらにポールの父エドゥアールが退役した元DGSI幹部であり、現DGSIでこの件を担当するマルタン=ルノーが当時エドゥアールの部下で、エドゥアールがこの件に関して個人的に調査をしていた可能性がある、と...。そしてこれは第三の軸に関係するのだが、エドゥアールは隠居地であるボージョレ地方の村の屋敷でAVC(脳卒中)で倒れ、命は取り留めたものの全身不随で病院にいる。それはそれ。同じテロ組織のものとみられる第二のネット映像は超精巧超リアルなCG動画で、経済相ブルーノがギロチンで断頭されるというもの。その他伝承民話や秘密結社法典や悪魔学や象形学やデスメタルや... ウーエルベックの碩雑学がふんだんに発揮される謎解きエピソードも。ー この2027年的現在において、テロはイスラム過激派の独壇場ではない。ウルトラ極右、ウルトラ極左、カトリックウルトラ十全主義、ウルトラエコロジスト、終末系宗教、悪魔主義....。超先端のテクノロジーと資金源とネットワークさえあれば、人類の大混乱は起こりうる。この小説は相手が誰かわからない地球規模テロを解き明かしていく、というウーエルベック一流の胸わくわくのエンターテインメントでもある。
 第三の軸は家族ドラマである。上に書いたように父エドゥアールがAVCで倒れる。生死の間をさまよっている父の病床に、離れ離れだった子供たち(ニ男一女)が集まってくる。エドゥアールの妻シュザンヌ(三人の子の母、彫刻家)は既に亡くなっていて、その死後彼の身の回りの世話をしていたヘルパーのマドレーヌがそのまま(結婚はせずに)新しい伴侶となった。北フランスのアラスで暮らしているポールの妹のセシルは、公証人のエルヴェと所帯を持ち、二人の娘がいる。敬虔すぎるほどのカトリック信者であり、その結婚も信仰と関係していた。専業主婦であったが夫のエルヴェが失業するという(公証人が失業する?今日ではありえる話)不慮の事態となり、今後に不安を抱えている。父倒れるの報せに一番先に駆けつけ、おろおろするマドレーヌ(微妙な立場、結婚していないので家族ではない、病院側とのやりとりも介入できない、たぶん相続の話に参加できない...)を支え、病状の把握、医師との対応、すべて的確にこなし、集まってくる兄弟たち家族の寝るところから食事の世話までそつなくこなす。そしてセシルは祈るのである。ひたすらに神に父の回復を願い祈るのである。ポールが病院に馳せ参じてしばらくのちに、医師の予測をくつがえしてエドゥアールは意識を取り戻す。セシルの必死の祈りが通じた、ということを誰が否定できよう。
 ポールとセシルは歳があまり離れていないせいもあり、話は通じる。ところが問題は弟のオーレリアンであり、その歳の離れのせいか兄とも姉とも交流が少なく、性格もおじけた籠り気味の子供だったが、老いてから彫刻家デビューしてそこそこ名を成した母シュザンヌのDNAを引き継いだか、歴史的タピスリーの復元修繕家として文化省依頼の仕事をしている。ポールとセシルはこの弟のことをよく理解していないが、それよりも二人が全く理解できないのはこの弟が結婚した相手インディーのことなのである。ウーエルベックの前作『セロトニン』(2019年)でも”どうしようもない女”がいて、それは日本人女性ユズであったが、本作のインディーのどうしようもなさは全くその比ではない。元花形政治ジャーナリスト、保守系メディアの主筆から左派系メディアの論説委員に簡単に転身できる無節操さが災いしてか徐々にネームバリューを下げ、今はフリーランス。だが第一線復帰を虎視淡々と狙っていて、義兄のポールに強引に接近するのは、大統領選挙の動向のカギを握る経済相ブルーノの独占情報を得たいがため。 ー さて親が生死の境をさまよっている時、子供たちが集まる夜に当然のごとく出てくるのが遺産相続の話。どこも一緒なんだなぁ、と思いつつも、まさかウーエルベックの小説でこんな世俗的な言い争いを読まされるとは思っていなかった。紛糾する原因をひとりでつくるのがインディーで、落ち目ジャーナリストとなった今その収入減の穴埋めに最大限の遺産を絞り取ろうというあからさまな魂胆。それが潰されそうになるとわかるや、このインディーは義父の一族への復讐だけでなく、その代表者で経済相側近であるポールのポジションにひもつけて経済相ブルーノおよび現政権まで醜聞スキャンダルに落とし込む大一番に打って出る(詳細は書かないでおく)。
 (実際の世界で)2020年未曾有のパンデミックによって露呈した この国の医療体制と医療従事者たちの こじれた関係と現場での倫理性に関わる問題の数々、2027年設定のこの小説 でも聖者のように献身的な医師や従事者がいる一方で、人命よりも"効率””生産性””数字”を重視するシステム側の圧力が勝る現場がある。父エドゥアールは昏睡状態から目覚め、全身不随でも目の瞬きで意志を伝えられるまで回復した時点で、病院からEVC-EPRと呼ばれる植物状態蘇生リハビリ施設に転院させられる。内縁の妻マドレーヌが病室に住み込み同居し、車椅子散歩や流動食調理まで懸命の介護の甲斐あって、エドゥアールは少しずつ反応がはっきりしてくる。ポール、セシル、オーレリアンにとっても紛糾のない穏やかな時がしばらく続くのだが、"数字”を重んずる病院上層部は聖者のような担当医師を左遷し、マドレーヌの病室同居を(介護労働者の職を奪っているという理由で)禁止する。このまま父をEVC-EPRに残せば、見殺しにされるに違いない....。
 本ブログでも頻繁に紹介している北フランスの寒村出身の青年作家エドゥアール・ルイが証言しているように北フランスでは選挙になるとフツーに極右RN(旧FN)党に票を投じる。この小説で北フランスのアラスに暮らすセシルとエルヴェの夫婦もRNに投票する者である。フツーに「いい人」っぽいことと極右支持は相反することではないし、RNもフツーに通ってしまうポジションを獲得したということだろう。セシルとエルヴェに関しては深いカトリック信仰という共通のベースがあるが、エルヴェは若い頃行動的極右運動セクトのメンバーだった過去がある。この父エドゥアールの療養施設の収容条件悪化に、エルヴェがイニシアティブを取ってエドゥアール誘拐脱走プランが立てられ、その実行部隊としてエルヴェの旧知の極右地下組織のコマンドが送られる。セシル、ポール、オーレリアンの同意のもとの作戦敢行なのだが、国家上級公務員にして経済省官僚であるポールはことの重大さを甘く見ていた...。
 かくしてウルトラ極右前衛コマンドの計画通り、エドゥアールを医療施設から"救出”し、ボージョレ地方の屋敷に奪回することができた。しかし(上で少し述べたが)オーレリアンの妻で政治ジャーナリストのインディーがこの事件の一部始終を週刊誌上ですっぱ抜き、ことさら経済相側近の上級官僚とウルトラ極右地下組織との密な関係を強調したのだった。オーレリアンは自殺する。そして既に選挙運動中のブルーノはこの醜聞報道を最小に揉み消すことができたが、ポールは休職処分に。奇妙なことにこの誘拐事件はどこからも訴えられることがなく、エドゥアールはそのままボージョレの館でマドレーヌに介護されながら人生の最期まで生きることになろう...。
 さて大統領選挙は予めブルーノが望んだ通り、ブルーノは立候補者とならず、現大統領のもうひとりの”右腕”でポリティック・アニマルであるバンジャマン・サルファティを政権党の候補者として立て、ブルーノは次政権の経済相でナンバーツーというポジションでこの候補を支援する。ところが当初は楽勝と踏んでいたこの選挙戦、追い上げるRNの若い新人候補(マリーヌ・ル・ペンの後継者)はルックスと弁舌力でどんどんポイントを稼ぎ、(上に述べたように政策公約の違いはほとんどないので)経済相ブルーノの”安定成長”実績だけの売りではこの猛追に耐えられるかどうか。つまり2027年は明確な移民排斥主義が大半の選挙民におおいにものを言う時勢となってしまっていたのだ。ところが、ところが...。
 かの連続国際テロ事件は、その犯行声明や要求もないまま、中国船籍の大型コンテナ船の魚雷による撃沈に続いて、デンマークにある(商業的)精子提供機関の極秘の精子貯蔵庫を火炎放射器で全焼させる。後者のはカトリック十全主義系の人工的生殖補助(ART)反対派の行動のように推測できようが、この"精子ビジネス”には国際的巨大資本による投機の動きもあり...。人類存続の是非は「人工」にかかっている、という文明の終焉も見える。犯行グループは象徴的にネット上に悪魔学の図版(←バフォメット)などを残している。これをフランスDGSIの新米職員で、北欧デスメタルにやたら詳しいオタクの若者がいろいろと謎解きをしていくエピソードはウーエルベックの限りを知らない雑学知識の大勝利と脱帽しよう。
 大統領選挙戦が終盤に入った頃、それまで死者を一人も出していなかった連続テロ事件とは異次元の大量殺戮テロ事件が発生する。地中海上でアフリカから北上してヨーロッパ沿岸にたどり着こうとする何百人という難民を乗せたボートを魚雷で沈没させ、救命ブイにつかまり助けを求めて浮いている生存者たちを攻撃船の上から機関銃で一斉射撃し、その海上の大殺戮シーンをネットで生中継したのだ。ー 政権党は選挙キャンペーンの中止を決定する。この事件で移民排斥主義政党(すなわちRN)の敗北は決定した、と。めちゃくちゃにブラックなシナリオであるが、この大惨劇はブルーノらに大勝利をもたらすのである...。

 第四の軸はプリュダンスとの復縁とポールのガン闘病である。この小説は一連のテロや極右や妹セシルのカトリック信仰などで、宗教がいろいろなところで重要なファクターとなっているが、ポールとの関係が冷えて10年間同じアパルトマンで同居/別居していたプリュダンスが少しずつよりを戻してきたのはウィッカという新宗教に入信してからのことである。一時ヴィーガンとなって極端に痩せ細っていた彼女が心の平衡を取り戻して女性の肉体に戻っていったのもこの宗教のせいらしい。男神と女神のある宗教。女性性を取り戻したかのような関係性の復活。かの一連のテロ事件のDGSIの捜査線上にこのウィッカの名前も上がっている。犯人グループの残すネット上の象徴メッセージに、ウィッカのシンボルであるペンタグラム(五芒星、逆さにすれば悪魔のシンボル)が現れる。無神論者ではないが無宗教者であるポールは、2027年的世界でさまざまな宗教がウルトラ化していることを感じている。プリュダンスの帰還を、性行為の快楽の取り戻しによって確認していくポール。愛は復活したが、新しい試練がある。
 単なる歯痛と思って長い間ほったらかしにしておいたものは、ようやく診てもらった歯科医で異状がわかり、耳鼻咽喉科の精密検査で口腔ガンと診断される。パリ5区のピティエ=サルペトリエール病院(私も何度か世話になった)でこの悪性ガンが転移する前に除去手術が可能だが、口腔内の一部と舌を切り取り人工臓器で再生させる必要がある、と。成功しても新臓器(舌)がもとに近い機能を取り戻すには1年以上のリハビリを要する、と。ポールはこの手術をなんとしても避けたい。セカンドオピニオンを求めて、経済相ブルーノの口利きでこの分野でヨーロッパの権威である医師のいる欧州最大級のガン研究所、ヴィルジュイフのギュスタヴ・ルーシー研究所(私が4年前から世話になったいる)へ。最も有効な手段として手術を推奨するが、化学療法(ケモセラピー)と放射線療法(ラジオセラピー)で増殖と転移を抑えながら、ギリギリまで待つことは不可能ではない。しかし手術のタイミングを失い手遅れになる可能性もある。ポールはプリュダンスに偽り、手術を回避する方法を選択する....。
 ケモセラピーとラジオセラピーのさまざまな副作用に苦しみながら、ガン細胞にエネルギーを吸われみるみる痩せていくポール。プリュダンスはそれに献身的に寄り添い、行きたいというところに連れ出し、義父エドゥアールの最後の日々に立ち会っているマドレーヌのように聖母化していく。そしてもはや不可能と思われた性行為まで実現してしまうのだ(この辺はウーエルベックですから)...。

 ポールが証言し立ち会っている2027年的世界は、西欧文明の終焉に近い黄昏た風景であり、人間性がもてあそばれ、政治がほとんど意味をなさなくても選挙をする社会である。生きようとする人たちがよりどころにするのは愛だったり、宗教だったり、もっとウルトラな何かだったり。静かなエピキュリアンでありたかったポールは、治る可能性を選ばず、死を選んだということだが、その死への道すがらに愛にしがみついていたいと思っている。世界は「無化」に向かっているし、ポールも自ら「無化」を病で体験しながらそれに向かっている。
 ウーエルベックにしては泣かせるようなエモーショナルなパッセージがいくつかある。弟オーレリアンとベナン出身の黒人看護婦マリーズとの純愛物語(オーレリアンの自殺で終わる)は本当に泣かせる。だが、この730ページのずっしり重い本にぎゅうぎゅうに詰められた国際経済・地政学、先端テクノロジー、テロリズム、ウルトラセクト、悪魔学、カトリック信仰、新興宗教、フランス政治、フランス医療事情、フランスメディア事情、ボージョレ地方観光、ブルターニュ地方観光、パスカル論、バルザック論、古典推理小説(コナン・ドイル、アガサ・クリスティー)論、最新ガン治療... 、これらの雑学百貨には頭が下がるが、かなりあっぷあっぷなのだった。これだけ網羅された情報の末に、「大小説」感はゼロ。むしろ水増しされた印象。ストレートに心理小説書いてくれれば、とも思うが、そういう作家ではないので。

Michel Houellebecq "Anéantir"
Flammarion刊 2022年1月7日  736ページ  26ユーロ


カストール爺の採点:★★☆☆☆

(↓)"Dear Prudence" The Beatles (1968)
プリュダンスの父親は若い頃ジョン・レノンのファンであり、彼女の名前はそこから由来している。そのことを彼女は(出会いの)数週間後に明かしたはずだ。ポールにしてみれば「ディア・プルーデンス」はビートルズの最良の歌では全くないし、さらに言えばホワイトアルバムをビートルズの頂点の作品だと思ったことなどない。彼にはプリュダンスをその名で呼ぶことができず、最も甘美な瞬間にあっても彼は彼女を「マ・シェリー」あるいは「モ・ナムール」と呼んでいた。
(Michel Houellebecq "Anéantir" p 31)


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