2020年5月15日金曜日

高齢者アリアーヌ・ムヌーシュキンの怒り

” 若者たちよ、恐れ慄け、私たちはきみたちの未来なのよ!”


レラマ誌2020年5月13日号に掲載された太陽劇団座長アリアーヌ・ムヌーシュキンのインタヴュー。新型コロナウイルス禍外出禁止令と文化界が被った甚大な被害、高齢者を切り捨てる社会、政策を自画自賛する政府... 怒りと連帯と希望へのメッセージが詰まった熱弁の7ページロングインタヴューから、主にフランス政府の虚偽政策(とりわけマスクの問題)、老人施設と高齢者の問題を語った部分をピックアップして(無断で)翻訳してみました。81歳の行動する演劇人の意見です。
アリアーヌ・ムヌーシュキン:私は悲嘆を感じている。毎夕テレビでひとりの男が政府の素晴らしい行動を自賛しながら次々に発表する数字(感染者、死者、重篤入院者、退院者...)の背後にある女たち男たちの死にまつわる人々の苦悩や孤独感を私は想像せずにはいられない。、どのような儀式の形式にせよ、これらの死者たちを愛した人々の弔いに欠かすことのできない愛情と温情の催し事を禁止するということへの当惑と理解不能な反応。これはどんな文明の下でも欠かせないことである。ほんの少しでも願いを聞き敬意を示し、為政者たちとそのモリエール喜劇的な科学者顧問たちの少しの同情心があれば、このあたふたと発表された規則(註:老人施設での家族面会禁止、臨終→埋葬の家族近親者立ち会い禁止など)は少しは緩和できたかもしれない。その規則のいくつかは理解できるものではあったが、それらは唖然とするほどの冷徹さで問答無用に厳守された。

テレラマ:あなたは怒っていますか?

A.M.
:
ええ、怒っていますとも。私が感じている怒り、とてもひどい怒りだけでなく、わが国の政権担当者たちの出来の悪さ、絶え間ない自画自賛、誤った情報による虚偽、頑なな横柄さに、ひとりのフランス市民として屈辱感も味わっている。この外出禁止令の間の数日間、私は病気でほとんど意識のない状態にまで陥っていた。目が覚めた時、私はおうむのように同じことを繰り返す政府の代理人の放送を見るという失敗を冒してしまった。メディアも全くおうむのように繰り返している。私はエマニュエル・マクロンが経済面で早々と対応したことを評価していた。あの有名な「たとえいくら金がかかっても quoi qu’il en coute」という号令で企業の解雇・人員整理を回避したことを。でも、私の病状回復の頃になって、四人の道化師が舞台に登場したのよ。保健担当官、厚生大臣、政府報道官、それに加えて、鞭打ち爺さん(悪い子供たちを鞭で懲らしめる伝説上の人物 p
ère fouettard)の親玉である内務大臣、この四人の登場に私は激怒した。もう二度とこいつらを見たくないと思った。


テレラマ:彼らの何を非難しているのですか?


A.M.
: これは犯罪よ。マスクのこと。私はマスクの不足について言いたいんじゃない。このスキャンダルは前政権と前々政権(ニコラ・サルコジとフランソワ・オランド)の頃から始まっている。しかし、3年前から政権についている今の政府も、わが国の保健厚生システムの悪化をさらに深めたということで、前任者たちと同じ責任がある。あらゆる良識に反して、彼らは毎晩のようにマスクは不要であり感染防止にならないと繰り返し言っていた。つまり彼らは毎晩のように私たちに嘘の情報を流し、文字通り武装解除させていたのだ。しかしひとたび中国で大規模感染が発生するやいなや、私たちもアジアの多くの国の例にならって規則的にマスクをしなければならなくなり、その時それがないものだから、自分自身で作らなければならなくなった。私たちはあの四人の道化師たちの度重なるウソに服従してきたのであり、そのうちのひとつがかの政府報道官(註:シベット・ンジャイエ)の忘れがたい発言であり、彼女は(彼女自身の意見として)彼女自身がマスクをつけるすべを知らないのだから、誰もマスクをつけるようにはならないだろうと言ってのけだのだ!多くの医学者たちがこのことを知っていたが、伝染病禍の初期には政府の言うことを繰り返す「おうむメディア」ではその意見が通らず、私たちはみんなしてマスク着用の教宣をして、私たちは人生において度々マスクをつけなければならないと言ってまわった、しかし政府が作ったコロナ予防キャンペーンのヴィデオクリップの5つの予防行為(註:Gestes barriers .自宅に留まる、2.くしゃみ/せきは肘の内側に、3.顔に触らない、4. ソーシャルディスタンス、5. 手洗い)の中にいまだにマスクは含まれていない。私は、伝染病流行の最初の警鐘があった時から、人が規則としてマスクを着用していたら、私たちが屈辱的に耐え凌いだこの外出禁止の期間を短縮できたはずだと思う人間のひとりである。

テレラマ : 屈従することは最悪のことですね?

A.M
:
私たちはこの政府の虚偽の情報に屈従することをやめなければならない。私は「自宅にこもっていなさい」というスローガンには反対しない。しかし(マクロンが演説したように)わが国が戦争状態にあるのであれば、このスローガンだけでは十分ではない。国が戦争を宣言するのであれば、それと同時に国民総動員も必要だ。この総動員は、繰り返したっぷりと言われてはいたものの、本当のところでは全く望まれていなかった。私たちは動員されるよりも、直ちに猿ぐつわをはめさせられ、閉じ込められたのだ。ある人たちは他の人たちよりもひどいやり方でその仕打ちを受けた。私は老人たちと老人たちの扱われ方のことを言っているのよ。メディアに登場する偏執的反老人主義者たちが、私たち老人全てを、すべての老人と肥満者と糖尿病患者を来年2月まで閉じ込めておく必要があると公然と主張している、さもなければ、こんな人々で病院はパンクしてしまうだろう、と。こんな人々だって? 今や高齢者や病人をこんなふうに言うのですか?そうなると病院は健康で生産性のある人たちだけのためにあることになっていいのですか? すなわち2020年のフランスにあっては、私たちは65歳まで働き、その年齢に達したら、私たちは病院の廊下を混雑させないために病院に行く権利もなくなるというわけか? これはファシズム前期あるいはナチズム前期の計画ではないにしても。とても良く似ている。このことも私を激怒させるのよ。

テレラマ : この大病禍は同時に(何かを変える)ひとつの機会ではありませんか?

A.M.
:おお! 機会ですって? 何十
万という人が世界で亡くなっているのに? インドやブラジルでは飢えで人が死んでいる。わが国の大都市郊外のいくつかで同じリスクがあるのに? わが国のように充実した民主主義の環境にあっても、貧富格差の深刻化はさらに加速しているのに? ある人々はわれわれの古き良き世界大戦はよい機会だったと考えている。私はそんな質問には答えられないわ。それはインドやエクアドルやその他の土地で地面に落ちている米粒やトウモロコシの実を拾い集めている人たちへの最低の敬意にすぎないことであっても。


テレラマ : フランス人は幼児退行していると思いますか?


A.M.
: もっと悪い。子供たちには大抵の場合、子供たちに世に出る準備をさせることを知っている献身的で有能な非常に良い教師たちがついている。でも私たちは心理的に無防備にさせられたのよ。私を仰天させた話があるの。ボーヴェ(註:北フランス、オワーズ県の町)のある老人施設で看護師たちが施設収容者たちと一緒に館内監禁をすることに決めた。彼女たちは計画的に行動し、床にマットレスを敷いて、ひと月の間彼女たちが世話していた老人たちの傍らで眠った。コロナ感染は一切なかった。一件の感染もなし。彼女たちはこの体験を例外的に素晴らしいことのように語っていた。しかし労働管理局の監察官がやってきて、この労働条件は法に適合しないと判断した。床に直にマットレス、それはしてはならない、と。監察官はこの同居監禁の中止を命じた。看護師たちはその家族たちに感染するリスクを負いながら自宅に帰っていき、老人施設の収容者たちに感染するリスクを負いながら老人施設に出勤してきた。英国では20%の看護師たちが収容者たちと同居監禁をしている。ところがここでは、看護師たちの真の博愛的ボランティア精神から始まったこの同居監禁の実験を禁止してしまったのだ。杓子定規の規則厳守からか、イデオロギー的見地からか、あるいはその両者からか。


テレラマ : この高齢者たちの隔離政策はある文化的問題を浮き彫りにしているのではないでしょうか?


A.M. : まったくその通り。欧州委員会議長(註:ウルズラ・フォン・デア・ライエン、ドイツ人女性政治家)が高齢者はあと8ヶ月間自宅(あるいは収容施設内)監禁を続けることを推奨した時、彼女はこの言葉の残酷さをわかっていただろうか? 社会における高齢者の地位についての彼女の無知をわかっていただろうか? 私の含めたこれらの高齢者たちの多くが、私と同じように、働き、行動し、家族のために役立っているということをわかっているのだろうか? われわれ老人たちは死を避けられないものとして受け入れていることを彼女は知っているだろうか? そして望んだ時にその死を与えてもらえる権利(この権利は他の多くの国では認められているのに、フランスではまだ頑なに拒まれている)を要求している私たち老人たちは数知れないということを? なんという欺瞞! 私たち老人たちの中で平穏のうちに威厳をもって死の瞬間を選択したいと望む人たちの希望を叶えるよりも、私たちを人目につかないようにすることを望んでいる。エマニュエル・マクロンが「われわれはわれわれの年長者たちを保護する」とささやいた時、私は彼にこう叫びたかった:私はあなたに私を保護することを頼んだりしない。私があなたにお願いするのは私たちから私たちを保護する手段を奪わないでほしいということだけ! マスク、消毒ゲル、抗体テスト! 彼らはあらゆる老人たちを隠して忘れさせる老人施設の全国的普及を夢見ているようだから。若者たちよ、恐れ慄け、私たちはきみたちの未来なのよ!

 (↓)2019年12月、マクロン政府が進めている年金法改正に反対してデモ行進する太陽劇団とアリアーヌ・ムシューキン




2020年5月5日火曜日

性感染症ですらない平凡なウイルス

「なにひとつ以前と同じようにはならないだろう」などという断言など私は半秒たりとも信じない。逆に私は「すべては全く前と同じままだろう」と言ってしまえる。

2020年5月4日朝9時、フランス国営ラジオFRANCE INTERが公開朗読したミッシェル・ウーエルベックの新コロナウイルス禍に関する考察テクスト(全文の写しと朗読のポドキャストのリンク)。ペシミスティックで冷笑的ないつものウーエルベック節であるが、自作品『ある島の可能性』 (2005年)で予言した”人類の消滅”のことすら忘れている無責任さも吐露されている。このテクストが国営ラジオで発表されてからというもの、ネット上では賛否両論がかまびすしい。だが、私は「すべては全く前と同じまま」論だけは承服しない。私は少なくとも新リベラル経済への大いなる反省はなされるはずだと信じている。これまでの新リベラル経済は、このパンデミックによってコロナウィルスよりも多くの人々を殺し、困窮に貶めることがはっきりしているから。ウイルスよりも今ある経済の方が多くの人たちを殺している世界にわれわれは生きている。必ずやこれは変えなければならない。多くの人たちが"その後”も生き残るために。

では(いつもと同じように権利者には無断であるが)、ウーエルベックのテクスト全文の日本語訳です。権利者がクレームしたら削除します。

白状しよう。ここ数週間で交信したメールのほとんどは、相手が死んでいないかどうか、またそうなりつつあるのではないかということを確認することが第一の目的だった。そしてひとたびその確認がなされるや、おたがい何か興味深いことを語ろうとするのだが、それは容易なことではない。なぜならこの伝染病は、苦しみをもたらすものであると同時に憂鬱きわまりないものであるという大殊勲を立てつつあるから。華々しさに欠けインフルエンザ系の陰湿なウィルスに似通った平凡なウィルスであり、どんな条件下で生き延びているのかよく知られておらず、その性質も曖昧で、症状が軽い場合もあれば死に至る場合もあり、しかも性感染症ですらない。結論として、価値のないウィルスなのだ。
この伝染病はいかに世界で毎日数千人の死者を出してこようとも、それは”非・大事件”であるという奇妙な印象しか生み出さなかった。第一、私の尊敬する同業者諸氏(その一部は本当に尊敬できる)は、それについて多くを語っておらず、それよりも外出禁止の問題について語るのを好んでいる。以下、彼らの考察のいくつかに、私の意見を付け加えて紹介しよう。
フレデリック・ベグベデ(ピレネー・アトランティック県ゲタリー在住)
結局のところ作家とは多くの人と会うことをせず、その書物と共に隠遁して生きるものだから、外出禁止でも事情はほとんど変わらない。
全くもってフレデリックに同意する。社会生活に関することをほとんど何も変わらないのだ。ただ、きみが考察を怠ったことが一点だけある(それは間違いなくきみが田舎で暮らしているせいで、きみはあまり”禁止“の被害者ではないからなのだ):作家とは歩くことを必要としているのだ。


私にはこの外出禁止はフローベールとニーチェの間に起こった古い論争に決着をつける理想的な機会であるように思える。どこから発されたのか私は忘れたが、フローベールは、人が思考し、ものを書くのは、座っている時だけであると断言した。それに対して(これもどこから発せられたのか私は忘れたが)ニーチェが反論と揶揄の声を上げ、それはニーチェがフローベールを”ニヒリスト“(その頃から彼はこの言葉をめったやたらと使い始めたのだが)とこき下ろすところまで及んだ。ニーチェ自身そのすべての著作は歩きながら考案されたと言い、歩行中に考案されないすべてのものは価値がない、その上彼はいつもディオニュソス的(陶酔的)なダンサーであった、等々。私のニーチェへの誇張された贔屓だと疑われようが、この場合、正しいのはニーチェであると私は認めざるをえない。一日のうち数時間持続的なリズムで歩き続けるという可能性のない状態でものを書こうとすることは断じてやめるべきである。たまりにたまった神経的緊張が解消されず、思念やイメージが作者の哀れな頭の中で苦しげに回り続け、怒りっぽくなり、ついには気が狂ってしまう。
ただひとつ重要なのは歩行の機械的に規則正しいリズムであり、それは新しいアイディアを浮かび上がらせる(それに次いでアイディアをかたちにする)だけでなく、作業机の上に生まれた多くのアイディア(この点においてフローベールは必ずしも間違っていたわけではない)の衝撃によって誘発されたアイディア同士の衝突を鎮静化するものである。ニーチェがニースの後背地の岩だらけの坂道やエンガディン(註:スイス南東部、主邑サン・モリッツ)の高原で練られた彼の構想の数々を語るとき、彼はやや取り止めがなくなる。観光ガイドを書く時以外、通過してきた風景の数々は、内面の風景よりも重要なことなどないのだ。

カトリーヌ・ミエ(通常はパリ住民のはずであるが、外出禁止令が出た時に幸運にもピレネー・オリアンタル県エスタジェルにいた)
今の状況は彼女に不愉快なほどに、私の作品のひとつ『ある島の可能性』の”予言“の部分を想起させる、と。

それを聞いて、私は、読者がいるということはいいことだなあ、と独言した。私はそんな照合など考えもしなかったのだが、それはいたって明快なことではないか。今思い返すと、それは人類の消滅ということについてあの当時私の頭の中にあったことと全く同じなのだ。それは大スペクタクル映画のようなものでは全くない。どんよりと沈んだものである。それぞれの独房で離れて生きる個人個人は、自分の同類たちと身体的な接触を全く持たず、コンピューターを介したわずかな交信があるだけであり、その人口を徐々に減らしていく。

エマニュエル・カレール(パリ→ロワイヤン:彼はこの移動に関する有効な理由を見つけたようだ)
この時期にインスパイアされた注目すべき書物は生まれるであろうか?彼はそれを自問している。

私もそれを自問する。私はこの問題を真剣に考えたが、結論として答えは否と思う。ペストに関しては、何世紀にも渡って多くの書物が著されたし、ペストは作家たちの興味を引いた。ここなのだ、私に疑義があるのは。第一に、私は『なにひとつ以前と同じようにはならないだろう』という類の断言など半秒たりとも信じない。逆に私は、すべては全く同じままだろうと言おう。この伝染病流行の推移はすばらしく正常である。西欧は永遠に神から授かった世界で最も豊かで文明の発達した地域ではない。もうしばらく前にそんなものはすべて終わってしまったし、それはスクープでもなんでもない。詳細について調べるなら、フランスはスペインやイタリアよりも少しだけうまく危機を脱したが、ドイツよりは要領が悪かった。そんなことは、全くもって驚くべきことでも何でもないのだ。

コロナウイルスはその主だった結果として、それまで進行していたいくつかの変異を加速化させることになるはずだ。何年も前から進行している技術的な進化 ― ヴィデオ・オン・デマンドやコンタクトレス決済といった小さなところから、テレワーク、オンラインショッピング、SNSといった大きなところまで ― はその主に目指した結果(中心的な目標)は物質的接触と人間的接触を減らすことであった。コロナウイルスの伝染流行は、こうした重要な傾向にあったことに素晴らしい正当性を与えるものである。ある種の機械廃用は人間関係に打撃を与えるようだ。このことは、「未来のチンパンジー」と名乗る生殖補助医療(註:ART、フランスでの略語はPMA)に反対する行動家グループ(私はこの連中をインターネット上で発見した。私はインターネットには不都合なことしかないとは一度も言っていない)が作成したある声明文の中の明快な例えを思い起こさせる。では引用してみよう「近い将来、無料で行き当たりばったりに子供をつくることは、ウェブの仲介サイトを通さずにヒッチハイクをすることと同じほど礼儀知らずのことと思われよう」。相乗りカー(covoiturage)、アパートシェア(colocation)、それ相応のユートピアではあったが、もうやめにしよう。

この病禍に、われわれは悲劇や死や有限性を再発見したなどと断言するのも間違っている。半世紀前から今日までの傾向は、フィリップ・アリエス(註:Philippe Ariès 1914-1984 仏歴史学者)が見事に説明しているように、死をできるだけ包み隠すことであろう。この最近の数週間ほど死が人目に晒されなかったことは未だかつてない。人々は病院や老人施設の部屋の中で孤独に死んでいき、誰も招くことなく秘密のうちに埋葬(あるいは火葬 ― 火葬の方が時流に適合しているだろう)されている。その少しの証しもなしに死んでいく人たち、犠牲者たちは毎日の死者数統計のひとつの単位でしかなく、その統計全体の数が増えたことで人々に広がっていく不安恐怖は奇妙なほど抽象的なものである。

この数週間でもうひとつ大きな重要性を持った数字は、患者の年齢である。この患者たちは何歳まで治療し、蘇生を試みるべきであろうか? 70歳、75歳、80歳? おそらくそれはその人が世界のどの地域に住んでいるかによって違う。しかしいずれにしても、これほどあからさまに、しかも涼しいほど恥知らずの顔で「一定の年齢(70歳、75歳、80歳?)以上でなければ、すべての人々の命は同じ価値を持っていない」ということが示されたことはいまだかつてない。それはもうわれわれが既に死んでいるようなものなのだ。

私が既に述べたように、こうしたすべての傾向はコロナウイルス以前にも既に存在していた。これらの傾向のひとつの新しい証拠として今現れているにすぎない。われわれは外出禁止令解除のあと、新しい世界の中で目が覚めるということはないのだ。その世界は同じであり、前より少し悪くさえなっているのだ。

ミッシェル・ウーエルベック

(↓)2020年5月4日朝9時、国営ラジオFrance Interの番組でオーギュスタン・トラプナールによって朗読されたミッシェル・ウーエルベックのテクスト。


2020年4月19日日曜日

"福島”でも変わらなかった日本がコロナ禍で... ?

作小説『折れた魂柱(Ame brisée)』のプロモーションでフランスに滞在していた水林章氏から3月21日にメールが届いた。予定していた図書フェスティヴァルや書店イヴェント等がすべて中止になり、3月16日のマクロン大統領のテレビ演説を聞いて東京に戻るフライトがなくなる可能性を察して急遽22日の便で帰日することにした、と。
 新型コロナウィルス禍による緊急事態の真っ只中だったフランスから、若干の時差があってからその真っ只中に入っていく日本へ。仏ロプス誌ウェブ版4月18日付けに、東京の水林氏の長いインタヴューが掲載されていて、やむなく帰日した経緯から、日本でのコロナ禍状況、安倍政権による感染防止対策、"福島”の教訓が生かされたか、コロナ禍後の日本の展望などについて語っている。見出しは「水林章《このパンデミックがものごとの流れを変えるとは思わない... 福島をごらんなさい》」とペシミスティックなトーンである。以下、(無断で)部分訳したものです。

(....滞仏を中断して3月22日の便で東京に帰った経緯の説明に続いて....)

水林 ー  3月の前半を通してフランスの友人たちと共にしていた食事の時間が、今や遠い過去の思い出に思える。時間を捉える感覚が変わってしまった。フランス人の友人たち(そのうち何人かは感染していた)には、私たちは夏にはまたパリに帰ってくるから、と言っていた。しかしそう言いながら私は自分の言葉を疑った。その頃この世界がどんな状態になっているのか知っているのか?たった3週間で世界は顔を変えてしまった。突然、未来(avenir)はもはや存在しないものになってしまった。それは不確かなものになった。それは来るべき(à venir)ものだろうが、たぶん来ないかもしれない。この奇妙な感情が今日私から離れないのだ。

摩擦音が少ないから、飛び散るつばも少ない

ロプス ー 高齢化社会にもかかわらず日本は現時点において隣国のような厳しい政策を発動することなくCOVID-19禍の被害が比較的少ないように思われます。どのように説明できますか?

水林 ー それはフランスでのCOVID-19の爆発的感染を見て以来、私自身不思議に思っていることだ。確かに日本での数字はヨーロッパ諸国に比べればかなり低いものだ。しかしこの算定は本当に信用できるものなのか? ある専門家たちは日本の検査テスト件数が非常に少ないことに関係していると考えている。2012年ノーベル医学賞受賞者山中伸弥博士が指摘するように、限られた検査テスト件数は非常に警鐘的な事実を隠すものである可能性がある。COVID-19に起因する死者数は、実際の数をよく反映したものではない。コロナウィルスの犠牲者の数は、年間10万人とされる急性肺炎による死亡者数に混じっている可能性がある。数字統計上の差異から生じるこの疑義に加えて、もうひとつ政治的な支持によるものではないかという疑義がある。3月24日のオリンピック延期の決定の後に数字が急激に上昇し始めたことに気づいたのは私ひとりだけではない。その後突然に「ロックダウン」すなわち全面外出禁止令の可能性が語られだした。しかしその10日前まで、安倍晋三首相はオリンピックが予定通り7月に開催されることを望むと言明していた。
その論理上、首相はWHOに1億4千万ユーロを献金することまでして、テドロス・アダノム事務局長からCIOにオリンピックの予定通りの開催に肯定的な意見をもらおうとした。なんたる金の無駄遣い! この金を不安定な困窮状態にある労働者たちや中小企業を援助するために使うこともできたであろうに。こうした事柄から、私たちはこの世界最大のスポーツイベントの開催維持のために状況悪化把握を最小にしておく操作があったのではないかと疑うのである。出来事の重大さを矮小化すること、私たちは福島以来よく知っている。
さらにこの件に関する(非常に個人的で、ただの戯言と思われかねない)第三の考察を加えてみよう。もしも日本が隣国に比べて比較的被害が少ない(前に述べたように、統計数字の信用性が証明されなければならないが)とすれば、それは社会的儀礼あるいは習俗の特殊性が大きな役割を果たしているのではないか。私が言いたいのはヨーロッパ人からは考えられない習慣的礼儀が特徴的な日本人の社交性のことである。すなわち、接吻も抱擁も握手もせず、お辞儀、すなわち上半身を前に傾けることだけなのだ。
言い換えれば今日よく言われるようになったソーシャル・ディスタンシングがこの国ではごく自然に日常的に行われているのだ。それに加えて日本人に特に冬季に広く浸透しているマスク着用の習慣がある。また、その他の意外なファクターとして付け加えていいのではないかと思うのは、この国には討論・議論の文化が欠けているということだ(そもそもそれが日本の土壌に民主主義が根付くことが難しい原因なのだ)。もしも国別の熱弁の生産量(つまり飛び散る”唾液飛沫”の分泌量)を計測できるとすれば、フランスと日本を比較したら間違いなく激烈な差が出るはずなのだ。これは私の45年間にわたる東京・パリ往復からくる実感である。
なおこのことに関して注意と確認をお願いしたいのは、日本語を話す人たちにおいて、日本語の音声学的特徴(閉鎖音 "p, t, k, b, d, g"が少ない、摩擦音 "f, v, s, z, ʃ, ʒなど"が少ない... )によって飛び散る唾液飛沫の出る量は多くないということ。馬鹿げたことに思えるだろうと私も認めるが、このことは私の頭から離れないのだ。

死に至るネオリベラルの三段構え

ロプス ー  安倍晋三首相の政策をどう評価しますか?

水林 ー 本日は4月13日である。安倍晋三は3月13日の「2012年新型インフルエンザ等対策特別措置法」の改正法成立に基づいて(4月6日に)緊急事態宣言を発令した。しかしこの緊急事態宣言は厳しい外出規制を伴わない。政府はコロナウィルスの感染拡大を防ぐために国民に対して移動、商業・生産など職業上の活動を制限するよう要請する。この要請する(demander)という動詞に私は固執するが、それはお願いであり、罰則を伴わず、とりわけ補償の約束を伴わないお願いにすぎないのだ。
こういった要請があるにも関わらず、多くの人たちは仕事に行かねばならず、生活がかかっているから通常のように通常の業務活動をこなさなければならない。もしも政府が業務の停止によって生じるすべての損失の補償を約束したならば、人々は自宅にとどまることができただろうに。この政府の要請はそれ自体はもっともなことであり、職業活動の停止は伝染病との闘いを目的として公衆の厚生と国民の公益の回復を目指すものである。しかしこの首相とその政府にとっては、働く人たちと企業に対してその損失を補償することは問題にしておらず、私の目には言語道断のことに見える。国家がその市民たちを救うという義務を意図的に放棄するなら、それでもそれは国家なのだろうか?

 安倍晋三は2012年以来政府のトップにある。この国の歴史において首相の座にある最長記録の保持者である。彼が権力に就いてからというもの、日本の政治ははなはだしく悪化した。その民主主義を破壊し極端なネオリベラル政策を主唱する方向性、その悪しき決定事項の数々を私はここで長々と開陳するつもりはないが、その数は夥しい。
安倍晋三の日本政策は、死に至るネオリベラルの三段構えとして特徴づけられる:緊縮政策、度はずれな規制緩和、規制なき自由交易。2019年10月、彼の政府は消費税(VAT)を10%に上げ、その直後GDPの大幅な減少をもたらした。その悪い状況を取り繕うために、安倍晋三は外国人観光客を大挙して訪日させることを望んだ。特に中国人観光客を。この目的のために、在北京の日本大使館を通じて中国人たちに、中国新年の休暇を利用して日本発見の旅に来るよう大々的にキャンペーンを張ったが、その頃武漢市は隔離封鎖されていたのだ!
私たちは強権的であると同時にネオリベラルである政府の治世下にあり、スキャンダルに次ぐスキャンダル、汚職に次ぐ汚職、それは後世に記録として残すべき公文書を思いのままに改竄するという
法治国家のいしずえを崩壊させるところにまで至っている。日本の悲劇、それはこれほど問題多い政府が常に十分な支持率を確保していることと同時に、国民的スケールの反対運動が全く現れる気配がないことなのである。


ロプス ー あなたは軍事および民間の核利用にはっきりとした反対の立場を取っています。日本はこれまで広島、長崎、福島という三度の大きな核の惨事を経験しました。そのことはこのパンデミックの惨事を同じようなこととして捉えることができるのでしょうか?

水林 ー 私は国民的認識としてこのパンデミックと3つの核の惨事を等価のものと見なすかどうかはわからないと思う。私はむしろできないと言おう。これは二つの明白に異なった現象の範疇である。この恐ろしいパンデミックという事態を生きている今日の人たちが、そのことで2011年3月に体験したこと、そして私たちの祖父母たちと父母たちが1945年8月に体験したことを思い起こすということはないだろう。今日の日本人たちが、(時の)政府権力がこれらの事態を「管理」しようとする(あるいは管理しまいとする)やり方に類似性があるということを敏感に見てとることができるかどうかも定かではないと私は思う。福島からの避難者たちへの援助打ち切りと、富裕層と大資本を優先する経済的金融的な配慮を理由にパンデミック関連の不景気の被害者たちへの援助拒否を同じように認識できる鋭い目を彼らは持っているか? 私はないと思う。正常であれば、国家(公的権力あるいはルソーが定義するところの共和国、今日この用語は意味が廃れてしまったが)はそのためにあるのである。

福島は何も変えなかった 

ロプス ー 日本は規律正しい国という評判があります。現在進んでいる保安政策は近い将来公的な自由を少しずつ侵食していくのではないかという危惧はありませんか?

水林 ー 外出自粛、自宅隔離は移動する自由という自由の最も根本的なものを私たちから奪うものだが、それはさして重大なことではない。それは可動性の一時的な中断にすぎず、公共の利益という大義のためであれば私は喜んで受け入れる。私が恐れるのは、もしも私たちがあまり用心深くなくて、常時すきまない監視体制が敷かれた悪夢のような服従社会に私たちを落とし込むビッグブラザーが支配する世の中を到来させる危険を冒すかもしれないということ。しかしヨーロッパ人たち、そしてとりわけフランス人たちは決して(どんなことがあっても)忘れることがないだろうと私が切に願っているもの、それは1789年(フランス革命)発端の理念、”神聖にして不易の権利”として打ち立てられた根本的自由権、とりわけ思想の自由と良心の自由なのだ。
あなたが言うように、日本は規律正しい国である。権力当局が外出の自粛要請を発令するだけで渋谷繁華街はほぼ砂漠と化してしまう。1931年から45年という帝国絶対権力の時代の伝統がまだ精算されていない国にあって、人々は上からの命令にたやすく従い、自由権の要求や擁護は難しい課題となる。安倍晋三率いる自由民主党は2012年に既に憲法改正案を発表していて、その中に巧妙に独裁政府を成立させられる「緊急事態」に関する条項がある。
東京に生きる私は1789年の理念が私たちの明晰性を保護し、1933年のドイツ(ひとりの悪魔的に著名な独裁者が、全権委任の法に支えられ、議会の承認なし法律を公布できる権利を奪取した)にも似た状況の危険状態に直面している私たちの明晰性を保護し、私たちを導いてくれるものと硬く信じている。

ロプス ー この疫病禍の前と後では違いがあると思いますか?

水林 ー  私はこのパンデミックが物事の流れを変えるとは考えられない。福島のことを考えてみてください。福島は何も変えることができなかった。国土の半分を滅ぼすかもしれなかった核の大惨事でさえ、政治体制の根本的な仕組みを改善することができなかった。市政にすら無関心な”市民たち"に助けられて、国中を原発で溢れさせた政治権力は今も統治を続けている。
公共サービスから国の予算を削減し続けた歴代の政府の責任は、今はっきりと非難の対象になっている。作家アニー・エルノーが「大統領への手紙」(註:3月30日、エマニュエル・マクロンに宛てた公開書簡)の中でこう書いたのは全く正しい:「あなたは医学保健界の人々からの警鐘に耳を傾けなかった。その昨年11月のデモ行進の横断幕にはこう書かれていた "国が金ばかりを数えれば、われわれは死者の数を数えるだろう” ー 今日この言葉は悲しく反響している」。 フランス人たちは未来のためにこのことを教訓とするだろうか? 私はすると思う。では日本人は?

(後略)

翻訳はこの程度にしよう。
重い内容を水林氏はフランスの雑誌およびフランスの読者に説明した。だがこのことを一番聞かなければならないのは、日本人ではないの?


**** **** ****

4月21日追記
この"無断翻訳"記事、反響が大きく、アップして48時間で300ビューを超えました。読んでいただいてありがとうございます。感謝のしるしで、"ボーナストラック”として、同インタヴューの最終部分のQ&Aを以下に紹介します。

ロプス ― 貴著『よそから来たある言語(Une langue venue d’ailleurs)』の中で、あなたのフランス語への愛と、あなたが自分の母国語をいかに「外国人」のように話すかを学んだことが書かれています。今日、伝染病と孤独と死に立ち向かうために、読むべきおすすめの本はありますか?

水林 ― 本のおすすめをするのは遠慮するよ!なにしろ私自身、多くの死をもたらす伝染病によって生み出された重い現実を前にして、読書の悦びに身を委ねることなどできはしないのだから。ただ私は、好戦的な語彙で語気を荒げ、言論や思想の多様性を抑圧しようとする昨今の極端な情勢の中で明晰であり続けるために、モンテーニュの『エセー』のような重要な古典の書を再読したり、モーツァルトのオペラの合唱ポリフォニーやベートーヴェンの弦楽四重奏曲に耳を傾けることにしている。病みと老いがだいぶ進んでいる文明の中で生きている時、この文明の活き活きとした青春期に生まれた名作傑作の数々と共に生きることを学び直すことは有意義なことだよ。

**** **** ****

4月23日追記

(続報です)
水林章氏とメールのコンタクトが取れました。私が無断で翻訳しブログ転載したロプス誌のインタヴューに関して、咎めもせず黙認してくださったのですが、やはり権利を所有するロプス誌と問題になることを考慮して、今週末にはブログから削除することにしました。
そのメールの中で、水林氏はこれがフランスからのインタヴューであるため、言いたいことのすべてが言い切れていないと。それはフランス人よりも日本人に言いたいことで、日本国憲法の条項のことなど(フランス人には)たくさんの説明を要することなので、言い切れなかったことのようです。その部分をコピペします。

(引用はじめ)
とくに補償がともなわない休業要請は公権力による憲法違反だという視点をはっきり言えばよかったかなと思っています.もっとも,これはとくに日本人に必要な情報ですね.財産権にかんする憲法29条には「私有財産は,正当な補償の下に,これを公共のために用いることができる」と書かれています.疫病蔓延をふせぐために人々に労働の自粛を要請することは「公共の福祉」にかなっていますが,それには「正当な補償」をともなわなければならないのです.このことを政権を牛耳っている自民党の政治家たちも,悲しいかな国民の側も十分に理解していません.つまりどれほど憲法(これはぼく自身あちこちで書いていることですが,日本国憲法は89年の人権宣言と91年憲法と思想的につながっています)が日本国民の精神に内面化されていないか,生きられていないかを示すものだと思うのです.
(引用終わり)

「補償がともなわない休業要請は公権力による(日本国)憲法違反」、日本国憲法が1789年フランス革命の「人権宣言」と「フランス1791年憲法」と思想的につながっている、この2点、同志たち、心に留めましょう。

2020年4月18日土曜日

2020年のアルバム:ルイーズ・ヴェルヌイユ『黒い光』

Louise Verneuil "Lumière Noire"
ルイーズ・ヴェルヌイユ『黒い光』

2020年3-4-5月は後世に「コ禍外出禁止令の55日」として記憶されよう。この間にもレコード/CD新譜は発売され、この間にもアーチストたちは罹感したり死んだりした。テレラマ誌評「ffff」に輝いたルイーズ・ヴェルヌイユのデビューアルバム『黒い光』は資料では4月10日発売ということになっていたが、(コ禍ロックダウンでレコードCD店が全部閉まっているからしかたなく発注した)FNAC通販から発注後1週間かかって(不要不急の商品だからということではない。ロックダウン中通販は総じて遅配。事情はわかる)到着したのが4月20日だった。その間に4月16日にクリストフが亡くなったのだ。その週末17-18-19日、3枚のLP、5枚のCD、2枚のシングル盤というわがクリストフ・ディスクコレクションを引っ張り出して、リベラシオン紙の追悼特集記事(8ページ)読みながら、故人を偲んでいた。稀代のサウンド凝り性で、スタジオ篭りオタクだった青メガネのダンディーは、電子やらノイズやらの実験的な録音もままあったし、その歪みや残響が「クリストフ印」みたいな曲も多かった。私のように高級なオーディオ装置を持ったことのない人間でも、ヘッドフォンの奥でけったいな音が刺激的に蠢く感じがわかりましたとも。で、4月20日に届いたルイーズ・ヴェルヌイユを一聴した時、この人、クリストフの生まれ変わりではないかえ、と思うほどの...。
テレラマその他がフランソワーズ・アルディ、マリアンヌ・フェイスフル、ジェーン・バーキンなどを引き合いに出したのですが、私の印象はもっともっと野生的な感じ。一連のトニー・ガトリフ映画のヒロインたちに共通するダイヤモンド原石っぽさと言いましょうか。スペインとの国境にあるアリエージュ県に生まれ育ったルイーズは曽祖母がアンダルシアからやってきたヒターナだったと。その曽祖母にインスパイアされ、オマージュとして捧げられた歌が7曲目「エメレンシア Emerencia」:

エメレンシア
黒い鳩(パロマ・ネグラ)
夢の中で未来を見
コンドルの眼で人生を読み解く
月に祈る 不滅のオード
運任せの放浪を歌い
白熱する火の中に
苦しみを追いやる
70年代ヴィンテージ・シンセとストリングスに彩られた5分42秒の神々しい"プログレ"バラード。これなどはクリストフの2001年の傑作『地球が傾いたかのように(Comm'si la terre penchait)』を思わせるものがありますよ。
この凝り性の音作りの張本人は(→)サミー・オスタという男で、ラ・ファム(La Femme)、アリオシャ(Aliocha)、フ〜!シャタートン(Feu! Chatterton)、そしてル・クレジオの娘のバンド、ジュニオール(Juniore、私ずっと記事原稿書きかけ中)などを手がけてきたアレンジャー/プロデューサーです。2010年代の仏サーフ/サイケデリックの仕掛け人です。フ〜!シャタートン(1枚目)を絶賛した爺ブログの耳には、ルイーズ・ヴェルヌイユのドラマティックな展開の歌(例えば 4曲め"Fugitif"や8曲め"Lumière Noire")は、アルチュール・テブール(フ〜!シャタートン vo)がそのまま女性化したフ〜!シャタートン楽曲に聞こえてしまいますよ。
ルイーズ・ヴェルヌイユの個人的環境についてちょっと重要なことなので、特記しますと、英国シェフィールドから出た21世紀最重要ロックバンドのひとつ、ジ・アークティック・モンキーズのリーダー/ヴォーカリスト、アレックス・ターナーとカップルの関係にあります。それがどう影響しあっているのかは定かではありませんが、アレックス・ターナーは自他共に認めるゲンズブール・フリークであり、ジ・アークティック・モンキーズの2018年アルバム『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ(Tranquility Base Hotel and Casino)』は『メロディー・ネルソン』を意識して制作されたと公言しています。
そしてこのルイーズ・"ヴェルヌイユ"という源氏名なんですが、セルジュ・ゲンズブール邸のあるパリ7区ヴェルヌイユ通り(5 bis Rue de Verneuil)から拝借しているのです。これを称して"ゲンズ名”と言います。
この女性がどれほど"ゲンズブール”か、という証明のような歌が(曲名からモロですが)6曲め"Nicotine(ニコチン)"です。

Oh nicotine
おお、ニコチン

Toxique au mal aiguisé comme une mine

爆薬のように鋭い痛みのある毒
On nicotine
おお、ニコチン
A nue ma langue mordue par tes canines assassines

おまえの凶暴な犬歯に噛まれてしまう私の舌
中毒者サイドから見れば、ひとつの人工の楽園、ゲンズ、ゲンズ、ゲンズ・ワールド。アルコールの歌も書くでしょうね。
そして、前述の曽祖母から受け継いだアンダルシア性がはっきり聞こえる歌が3曲め"L'Evadée-Belle(華麗なる逃走)"で、生ギターのアルペジオに始まり、スケールの大きなランドスケープが展開される地中海もの(マグレブ風パーカッションが効いてる)です。そのままトニー・ガトリフ映画のサントラに使えそう。


映画音楽と言えば、これなんか一連のジェームス・ボンド映画音楽(主題歌)とフランソワ・ド・ローベ型の凝り性サウンドが合体したような、究極の映画テーマのようなびっくりの佳曲が9曲め"Love Corail"(「愛のサンゴ礁」と訳せば、まさにそれふう)。


かと思えば、シックスティーズ・サイケデリック・ポップ・イエイエみたいな曲もあって、ミニスカートと花模様がぐるぐる回る世界、5曲め "Le Beau Monde"(美しき世界)。サミー・オスタは、ル・クレジオの娘のバンド、ジュニオールではできないこと(能天気ポップということですが)をこのルイーズ・ヴェルヌイユで実現してる感じがします。


だけど本領は情念の人なのだ、と激しく納得させられるのが、最終曲10曲め"A mort amant"(私はこれを「死ぬほど好きな人」と訳す)。ダミア〜バルバラ〜ラファエル・ラナデール直系の、恋人の不在が死に至る情慕となってしまうシャンソン・レアリスト。このナチュラルに震えるヴィブラート。死を口にする歌詞。6分7秒!

私のベッドにはまだあなたの愛撫のための場所がある
あなたの場所はこの上ない最悪の悲しみよりも冷たい

あなたの憎たらしい声が聞こえない目覚めなんて

あなたにわかる? 私にはあなたの欠乏症しか残っていない

帰ってきて、恋よ、恋人よ
欲望になって、ダイアモンドになって

晴れた時も、嵐の時も
帰ってきて、恋人、死ぬほど好きな人

間違いなく2020年春、最高のアルバムです。

<<< トラックリスト >>>
1. Désert

2. Blue Sunday
3. L'Evadée-Belle
4. Fugitif
5. Le Beau Monde
6. Nicotine
7. Emerencia

8. Lumière Noire
9. Love Corail
10. A mort Amant

LOUISE VERNEUIL "LUMIERE NOIRE"

CD/LP/Digital Mercury/Universal France
フランスでのリリース:2020年4月10日

カストール爺の採点:★★★★★
(↓)テレビCanal Plusの音楽番組 Jack のインタヴューで、デビューアルバムを語るルイーズ・ヴェルヌイユ。大物です。

2020年3月24日火曜日

コロナが殺したマニュ

2020年3月24日、新型コロナウィルス(Covid-19)禍が荒れ狂うフランス、パリの病院でマニュ・ディバンゴが亡くなった。マニュの家族が出した声明では、新型コロナウィルスが起因する併発症が死因とされている。86歳だった。フランスのメディアはフランスでこの病禍が急死させた最初の著名人として、訃報はテレビ・ラジオ・ネットメディアなどで大きく扱われた。この国では2010年にレジオンドヌール騎士章を贈られた大偉人であるから。
 個人的には何度か夏のフェスティヴァルで見たことがあるし、わが町ブーローニュ・ビヤンクールのキャトルズ・ジュイエ(7月14日=フランス革命記念日)のステージ(花火大会の前座ショーだから、この大アーチストには失礼なことだとは思う)にも立ってくれた。よく歌う饒舌なサックスも魅力だが、私はあの慈愛の低音ヴォーカルがもっと好きだった。
 今や私が死ぬまで唯一の単行本著作になりつつある2007年の『ポップ・フランセーズ』 では、やはりマニュ・ディバンゴの世界的大ヒット「ソウル・マコッサ」について書いている。よくまとまった「ソウル・マコッサ」伝なので、以下に再録しておく。

発見はアメリカさんが先だった

 1923年、カメルーンのドゥアラで生まれたエマニュエル(通称マニュ)・ディバンゴは、若くしてパリに留学してバカロレアを取得後、ブリュッセルに移住して、ジャズ・サクソフォニストとしてデビューする。アフリカ諸国独立時代、1961年から63年にかけてキンシャサ(当時のザイール、現コンゴ民主共和国)で成功するが、その後故郷のドゥアラでクラブ経営に失敗、マニュは65年にパリに帰ってくる。そしてフランスでブラック・アフリカンとして初めて白人歌手(ディック・リヴァース、ニノ・フェレール等)の専属ミュージシャンとして登場する。この頃のニノ・フェレール(1934 - 2003)の録音は、後年ベルナール・エスタルディ(1936-2006、サウンドエンジニア、キーボディスト、編曲家)の再評価とあいまってフレンチ・グルーヴの秘宝としてDJたちによってサンプルされまくっている。
 1972年、第8回サッカー・アフリカン・カップがカメルーンの首都イヤウンデで開催され、そのテーマ曲の作曲依頼がマニュに舞い込んだ。「ソウル・マコッサ」はこうして誕生したわけだが、それはイヤウンデでもパリでも大した話題にならずに、シングル盤のB面としてその短い命を終ろうとしていた。1年後、アフリカ音楽のレコードを求めてパリにやってきたアメリカ人プロデューサー数名が、買いあさっていったレコードの山の中に、この「ソウル・マコッサ」が含まれていた。そして米国でこれをオンエアしたラジオから火がつき、アトランティック・レコードが契約するや、この曲は全米で大ヒットしてしまう。
 ママコ ママサ マカ マコッサ...。
 1973年、アメリカはマコッサを踊っていたのだ。後年にワールド音楽最先端となるのはフランスだが、73年ではアメリカがその上手を行っていた。まこと、アメリカさんにはかなわない。
 全米ツアー、そして1974年、キンシャサでの世界的ボクシングイベント、モハメド・アリ対ジョージ・フォアマンの世界ヘヴィー級タイトルマッチでも「ソウル・マコッサ」が奏でられ、次いでヤンキースタジアムでのファニア・オールスターズとの共演でもプレイされている。2年間の世界ツアーを終え、パリ・オランピア劇場の凱旋コンサートでのフランス人たちの熱狂的歓迎は言うまでもない。
 そしてさらに1983年、マイケル・ジャクソンの史上空前のヒットアルバム『スリラー』 からのシングルカット「ワナ・ビー・スターティン・サムシン」の後半のつなぎ部分が「ソウル・マコッサ」と同じリズムで「ママシー、ママサー、マママクーサー」と歌っていたのだ。無断でのパクリは誰が聞いても明白であった。ディバンゴ側はすぐに訴訟を起こし、マイケル・ジャクソン側はこれが「ソウル・マコッサ」からの拝借であることを認め、その結果、マニュ・ディバンゴは予期せぬ大きな臨時収入を得ることになるのである。ま、そういうこっさ。
向風三郎『ポップ・フランセーズ』 2007年 p62-63)

 この本を書き終えた2007年9月、 脱稿してほっとした耳に、リアナドント・ストップ・ザ・ミュージック」が飛び込んできた。ジャクソンと同じように「ママシー、ママサー、マママクーサー」と歌っていて、これはまだ印刷前のあの「ソウル・マコッサ」項に10行ほど補足を書かねばと思ったものだが、あとの祭り。
 マニュ、いい音楽をありがとう。天国でまた会おう。

(↓)1973年フランスのTVライヴ「ソウル・マコッサ」(司会はミッシェル・フュガン)

2020年3月3日火曜日

これからは立ち上がってずらかることだ(ヴィルジニー・デパント)

2020年2月28日(金)、第45回セザール賞セレモニーにおいて、(複数の婦女暴行前歴のある)ロマン・ポランスキーが最優秀監督賞を獲得したことに抗議して、(自らも未成年女優だった頃に監督から性的暴行を受けていたことを告白/告発していた)女優アデル・エネルが席を立ち、「何たる恥!」と吐き、足早に式場から去っていった。
その夜、作家ヴィルジニー・デパントは火の出るような憤怒の一文を書き上げ、リベラシオン紙に投稿した。その全文は3月1日にリベラシオンWEB版に、そして3月2日付けの同紙印刷版に掲載された。以下無断で全文訳してみました。

(↓)リベラシオンWeb版の記事直接リンクはこちら
https://www.liberation.fr/debats/2020/03/01/cesars-desormais-on-se-leve-et-on-se-barre_1780212


Désormais on se lève et on se barre
今後は立ち上がってずらかることにする

んなふうに始めてみようか。落ち着いて読みなよ。権力者たち、ボスたち、親分たち、大物たち、ひどいことになったもんだね。そんなことはよく知ってるし、あんたたちのことはよく知っているし、あんたたちのどでかい権力をあんたたちの目の前で何十回も奪ったことがあったんだが、それはいつもひどく痛いものだったよね。この週末の間中、あんたたちのうめきやめそめそ泣きや不平を聞いていた。あんたたちの法案を通すために「憲法49条3項」(国会の投票抜きの法案可決)どうしても使わなければならない心苦しさ、あんたたちにポランスキーの受賞を心安らかに祝わわせてくれない悲しさ、あんたたちのパーティーは台無しになったんだろうが、気にすることなんかない、あんたたちのめそめそ泣きのすぐあとで、私たちにはあんたたちの大喜びの声が聞こえてくる。あんたたちが真のパトロンであり、本物の傑物であることの喜びの声が。メッセージは一語もらさず伝わった。この合意という概念は、あんたたちがこんなにうまく通るとは思っていなかった。権力者たちの閥に属するという喜びは、従属者たちの合意ということを考慮に入れてこそのことでしょう? あんたたちの見事な力づくのデモンストレーションを目の当たりにして、憤怒と無力感で泣きたくなったのは私ひとりだけではないだろうし、絶対罰せられることがないあんたたちのオージーの見世物によって身を穢されたと思ったのも私ひとりだけではないはずなのだ。


セザール賞審査委員会が2020年度の最優秀監督にロマン・ポランスキーを選ぶということは何ら驚くべきことではない。それはグロテスクで侮辱的で汚らわしいことではあるが、驚くべきことではない。ひとりの男にテレビ映画もどきの作品をつくるために25百万ユーロ(30億円)もの予算を託した時、もう言いたいことはその予算の中にある。反ユダヤ思潮の高揚への闘いがフランス映画の興味対象となるのであれば、それはおのずとわかるだろう。それに対して非抑圧者たちの苦難の歴史を物語る彼らの声というのは、あんたたちをうっとりさせたのだ。百人ほどのフェミニストたちに騒々しくいびられているひとりの映画監督の諸問題と、ドレフュスという前々世紀末の反ユダヤ思潮の被害者をうまく天秤にかけるという話を聞いたとき、あんたたちはこの話に飛びついたのだ。この対比対照に25百万ユーロ。すばらしい。出資者たちに大喝采だ。なぜならこんな予算を集めるにはあらゆる大物たちが賭けに乗ってこなければならなかったのだから。配給会社ゴーモン、国庫文化予算、フランス2、フランス3、OCS、カナルプリュス、イタリア国営放送....、ポケットに手を入れて、一度きりかもしれないが気前よく、身を寄せ合って、あんたたちの仲間を助けた。最強の権力者たちは彼らの特権を守るために協力する。それがあんたたちの優雅さの一部であり、性暴力はあんたたちの様式の基礎となっているものでもある。法律はあんたたちを保護し、法廷はあんたたちの領域であり、メディアはあんたたちが所有している。あんたたちの莫大な財産の力というのは、まさにこんな時に役立てるためにあるのだ。下級と自ら宣告した集団を管理下に置くこと。この集団は口を閉ざし、彼らの観点からの話をしない。最高の富豪たちが、この美しいメッセージを伝える時がついにやってきた。人々が彼らに払わなければならない敬意は、今後は彼らが強姦する子供たちの血や糞で汚れた彼らのイチモツにまで及ぶものとする、と。それが国会であれ、文化の領域であれ。彼らはもう身を隠すことも、遠慮するフリをすることも耐えられないのだ。あんたたちはその敬意が全的で恒常的なものであることを強要する。その敬意は性暴力についても及ぶべきだし、あんたたちの警察の権力濫用にも、セザール賞の決め方にも、年金法改革にも及ばなかればならない。被害者たちの沈黙を強要すること、それがあんたたちの政治だ。あんたたちの領地の一部であり、そのメッセージを私たちに恐怖をもって叩きこむことがあっても、あんたたちは何ら問題があることとは思わない。なによりもまずあんたたちの病的快感だ。あんたたちの周りには恭順な下僕たちしか近づけない。あんたたちがポランスキーに冠を与えたことなど、何ら驚くべきことではない。こんなセレモニーにあっては、祝福すべきものは金でしかない。映画なんて知ったこっちゃない。観客なんて知ったこっちゃない。あんたたちが重宝するあんたたち自身の壊滅的金銭力がものを言ったのだ。あんたたちが彼への支援の印として提供した巨大予算がものを言ったのであり、彼を通じて人々が敬意を表さなかればならないのはあんたたちの強権である。

このセレモニーについてのコメントにおいて、こちらの男たちとあちらの女たちを分けることなど不要だしとんちんかんなことだろう。私にはそれらの態度の違いなど一切見受けられない。大きな賞というものは排他的に男の領域のものであり続けるということが了解されている。なぜなら基本的なメッセージは、何も変えてはならないということだから。ものごとは今あるそのままの状態で至極良い。フォレスティ(註:フローランス・フォレスティ、今回のセザール賞セレモニーの司会者、コミック芸人、フェミニスト)が、「嫌悪で胸が悪くなり(écoeurée)」と言い、式典を途中で降りたことは、彼女は"女”としてしたのではない。彼女は”個人”としてその職業を敵に回すというリスクを冒してそれをしたのである。彼女は映画産業に全面的に服従しているわけではない”個人”としてそうしたのである。なぜなら彼女はあんたたちの権力が彼女のショーの客席を空にするほどのところまでは及ばないということを知っていたから。彼女はセレモニー 中、誰も口にしようとしなかったジョークをあえてしたたった一人の女だったし、他のすべての人たちはその主題を避けて通った。ポランスキーについて一言も言わないこと、アデル・エネルについて一言も言わないこと。この業界ではみんな一緒に夕食を取るし、みんな合言葉は知っている。もう何ヶ月も前からあんたたちは一部の観客たちが声を上げようとしているのに苛立っていた。もう何ヶ月も前からあんたたちはアデル・エネルが発言し、彼女の子役時代にあったことや彼女の観点について語ることに悩まされていた。

当夜このホールの席についたすべての人間たちはたったひとつの目的のために召集されたのだ。それは有力者たちの絶対的な権力を確認すること。そして権力者は強姦者を好む。両者に似たところがあるとすれば、力が強いということ。強姦のせいで彼らが嫌いなのではなく、彼らには才能があるからなのだ。彼らには才能があり、強姦者ゆえの独自性がある。だから彼らは好かれるのだ。彼らの快感の病的性質、他者を破壊せずにはいられない衝動、それは実際には彼らに接するすべてのものを破壊したい衝動であるのだが、その病性を世に要求するという勇気において彼らはお互いを愛し合っている。あんたたちの快楽は捕食の中にあり、それこそがあんたたちの理解できる唯一の独自性なのだ。あんたたちがポランスキーを擁護する時、あんたたちは自分が何をしているのかよ〜く知っている。 あんたたちは人々のあんたたちへの称賛はあんたたちの犯罪行為まで含むことを強要している。この強要によってこのセレモニーにおいてすべての人間たちは箝口令に従わされた。人々はポリティカリー・コレクトネスやソーシャル・ネットワークのせいにして、この箝口令はつい昨日始まったばかりであるかのように、悪いのはフェミニストたちだと言うが、この沈黙の掟は何十年も前から施行されていた。何十年もの間フランス映画賞の式典において、パトロンたちの神経を逆撫でするようなジョークは一度も話されたことがない。ゆえに全員が口をつぐみ、全員は微笑む。もしも小児強姦者が清掃夫だったら、間違いなく村八分にされ、警察、監獄、大言壮語の糾弾声明、被害者の全的救済、最大量刑での判決となる。しかしその強姦者が有力者なら、敬意と連帯となる。公にはキャスティング、制作準備、撮影、プロモーションの間に何が起こったかを絶対に語ってはならない。うわさにはなるが、口はつぐめ。これはみんなが知っていることだ。常にこの沈黙の掟が優先する。この掟を遵守することが雇用の際の条件となる。
みんなそんなこと何年も前から知っているというのに、本当のところ、毎回この権力のふてぶてしさには驚かされる。つまり見事であるのはこのことであり、あんたたちの汚辱はどんな時でも機能するのだ。式参加者たちが、賞を発表するためだったり賞を受け取るためだったりで、登壇して演台の前に立つのを見るのは屈辱的なことである。このハーレムに属する私のような人間でなくても、このセレモニーを見つめるいかなる人間たちも、この人たちに自分を投影し、その代理者のように屈辱感を味わう。なんという沈黙、なんという服従、なんという熱心な隷属。人は自分のことのように感じている。死にたくなってしまう。この苦行の果てに、あらゆる人間がこの大汚辱の塊の使用人であることを思い知らされるのだから。『火のついた若き娘の肖像』(註:セリーヌ・シアマ監督映画、2019年カンヌ映画祭脚本賞、主演アデル・エネルとノエミ・メルラン、二人の主演女優賞ほか10部門でセザール賞にノミネートされていた)が最後までセザール賞を一個も獲得できないのは、アデル・エネルがものをしゃべったという唯一の理由からなのだということを知っていて列席者たちすべてが沈黙しているのを見るとき、私たちはその代理者のように屈辱感を味わう。これらの人たちはみんなそれが、自らの体験を語ろうとおもっていた(性犯罪)被害者たちがその沈黙の掟を破る前によ〜く考えた方がいいんじゃないかとわからせるためのことなのだと知って口を閉ざしていたのだ。あんたたちは最優秀監督賞を発表する役目のために、あえてその賞をかつて取ったこともなく未来においても取れるわけがない二人の女流監督(註:クレール・ドニエマニュエル・ベルコ、共にフェミニストとして知られる)を選んだということにもその代理者のような屈辱を覚える。その二人が発表した最優秀監督賞とはロマン "fucking"ポランスキーその人なのだ。Himself ! 私たちの顔のど真ん中へのパンチだ。あんたたちは全くもって恥というものを一切知らない。25百万ユーロ(註:30億円)!すなわち『レ・ミゼラブル』(註:ラドジ・リ監督映画、2019年カンヌ映画祭審査員賞、この2020年度セザール賞で最優秀映画賞受賞)の14倍以上の制作予算であり、その監督野郎はその作品を年間観客動員数のベスト5にも入れることができなかったのだ。あんたたちはそれでもこれに褒美を与える。あんたたちは自分たちがそこで何をしているのかよ〜く知っている。そのメッセージをよく理解した聴衆の大部分が受けた屈辱は、その次に受けた賞、すなわち『レ・ミゼラブル』(註:最優秀映画賞)にまで拡張していて、式場にいた最も立場の弱い人間たちをあんたたちは壇上に上がるようにしむけ、それらはほんのささいな警察による身元検査で身が危険となる人たちであり、その中に女性たちが少ないのは彼らが賢明である証拠であると示すことである。そして当夜祝福された強姦者が罰せられないことと、彼らが住む地区の状況はどれほど密接な関係にあるのかをよ〜く知っているのである。あんたたちの超越した免罪性に賞を手渡した二人の女流監督と、あんたたちの卑劣で穢された賞を得た(男性)監督たちは全く同じ戦いを強いられたのだ。どちらも映画産業に従事する者として、明日も仕事を続けたいなら、口をつぐむことだということをよくわきまえている。ひとつの笑い話もジョークもない。それがセザール賞のスペクタクルだ。そして日付の偶然で、このメッセージはあらゆる分野で通用するようになった。私たちが望まない年金法改革に反対しての3ヶ月におよぶストライキ、あんたたちはこれを力づくで突破しようとしている。これはあんたたちと同じ階層から発せられた私たち民草へのメッセージである:「黙れ、口をつぐめ、おまえの合意などおまえのケツ穴の中にでもしまっておけ、俺とすれ違う時には微笑め、俺は有力者で、俺には資金があり、おまえのボスは俺なんだから。」

アデル・エネルが立ち上がった時、それはまさに歩く冒涜者であった。再犯する雇われ女であり、公衆の面前で彼女に水をかけても彼女は微笑む努力をしない、彼女自身への辱めのスペクタクルに拍手する努力もしない。アデルは以前立ち上がった時と同じように立ち上がった。立ち上がり、あんたたちのその監督と未成年女優に起こった事件について彼女がどう思っているか、彼女自身があの事件をどう生きたか、彼女が今それをどう引きずっているか、彼女の皮膚にどう刻印されているかを話した時と同じように立ち上がった。あんたたちはあらゆる方法をつかって私たちを屈服させることができる。例えばあんたたちの言う人間と芸術家を区別するという論法 ー 芸術家による強姦の被害者たちは、強姦された肉体と創造のための肉体の間に奇跡のような区別など存在しないということを知っている。自分が持っている肉体で生きている、それだけだ。私の書き仕事を始める前に、事務所の扉の前で少女が強姦されてるのを見過ごすには一体どういう態度で振る舞ったらいいのか、あんたたち、ここに来て説明してくれよ、道化師連中よ。

アデルは立ち上がり、ずらかった。この2月28日の夜、美しきフランスの映画産業について私たちが知らずにいたことを新たに発見したということはほとんどない。それでもイヴニングドレスというものがどんな風に着られているのか、ということは初めて知った。それは戦闘服のように着られる。高いヒールの靴で歩くのだから。建物全体を解体しに行くように、背筋を伸ばし、怒りで首を硬化させ、肩で風を切って。45年間のセザール賞セレモニーで最も美しいイメージ、それはアデル・エネルが階段を降りて出口に向い、あんたたちに拍手を送ったことだ。これで今後どうしたら最も効果があるかがわかったのだ。その場をずらかり、あんたたちに「メルド」と言うことだ。私はこのイメージは、私のフェミニスト書棚の蔵書の80%に匹敵するものだと評価する。この教訓に。アデル、私はおまえを"男好き”しているのか"女好き”しているのかわからないが、おまえを"ラヴ好き”して(註:この部分の翻訳には自信がない。原文は"Je sais pas si je te male gaze ou si je te female gaze mais je te love gaze...")、私のスマホでおまえの退場あのイメージを何度も繰り返し見ている。おまえのボディー、おまえの目、おまえの背中、おまえの声、おまえのジェスチャー、すべてがこう言っていたのだ : そうよ、私たちはコナス(バカ女)よ、私たちは辱めに汚れた者、そうよ、私たちは口をつぐんで、あんたたちの出す御馳走を食べていればよかった、あんたたちはボスであり、あんたたちには権力があり、それに見合った鷹揚さもある。でも私たちはもう何も言わずに座り続けるのはやめるわ。私たちはもうあんたたちをリスペクトしない。出ていくわ。あんたたちのバカ騒ぎは仲間うちだけでやっておいて。祝福し合いなさい、お互いに侮辱もしなさい、殺しなさい、強姦しなさい、搾取しなさい、クスリ漬けにしなさい、あんたたちの手元にやってくるすべての人たちを! 私たちは立ち上がり、ずらかるわ。これはこれからの未来を暗示するイメージとなろう。ここには男と女の違いなどない。あるのは被抑圧者と抑圧者の違い。言論を奪いその決定を強要しようとする者たちと、立ち上がって怒りの声を上げてずらかる者たちの違い。これがあんたたちの政治に対する唯一の答えなのだ。ことが立ち行かないとき、ことが行き過ぎるとき、人々は立ち上がり、その場を去り、そしてあんたたちを侮辱する。たとえ私たちが底辺の者であっても、たとえ私たちがあんたたちの糞権力の被害をまともに被る者であっても、私たちはあんたたちを軽蔑し、へどを吐きかける。あんたたちの威厳を競うマスカラードになど、私たちは一切敬意を払わない。あんたたちの世界はデゴラス(不潔極まりない)だ。あんたたちの最強者への愛は病気そのものだ。あんたたちの権力は陰険そのものだ。あんたたちは致命的な愚者の徒党だ。あんたたちがゲスのようにその上で支配するために作った世界はもはや呼吸困難だ。私たちは立ち上がり、ずらかる。もうおしまいだ。私たちは立ち上がる。私たちはずらかる。私たちは大声で叫ぶ。私たちはあんたたちを無視する。

ヴィルジニー・デパント(小説家)

(↓)2月28日、ポランスキーの監督賞受賞のアナウンスに、席から立ち上がり、退場するアデル・エネル


(↓)2020年3月2日にYouTubeにアップされた BRUT によるアデル・エネルのポートレイト。


2020年3月1日日曜日

レイラ・スリマニ、スプリンゴラ『合意』について語る

イラ・スリマニの第3作めの小説にして、20-21世紀にまたがる故国モロッコにおける自らの家族史と民衆史を土台とした大河小説三部作の第1巻になる『他人の国(Le Pays des Autres)』が3月5日に発表になる。
向風三郎はこの文学的事件をラティーナ誌連載「それでもセーヌは流れる」の最終回(2020年5月号)で紹介する予定にしている。この『他人の国』に関しては発売前週の2月最終週のプレスメディア(レ・ザンロキュブティーブル、テレラマ、パリ・マッチ...)が大々的に取り上げていて、その中でロプス誌 2月27日号は10ページにわたって「レイラ・スリマニ:"植民地主義の膿みを絞り出せ”」と題して特集している。
ちなみにこのロプス(L'Obs。旧称 Le Nouvel Observateur)は1964年に創刊された古参の左派系週刊誌であり、その創立者がジャーナリストのジャン・ダニエル(1920 - 2020)で、この2月19日に99歳で亡くなったばかり。レイラ・スリマニの特集記事掲載号は、このジャン・ダニエルへの追悼号(48ページのオマージュ)で、この訃報がなければレイラ・スリマニが表紙を飾ることになっていた。それはそれ。
 8ページのインタヴュー記事は、その新作小説の内容に関することが中心を占めるが、マクロン大統領から2018年に(私的任命による)「フランス語世界担当官」(つまり政府側の重要職)という立場にありながらも、歯に衣着せぬマクロン権力への批判も登場する。またフェミニストとして積極的な論客でもあるスリマニは、昨今の時事問題(今年のフランス映画界最も権威あるセザール賞において、複数の性犯罪で告発されているロマン・ポランスキー監督が11部門でノミネートされた件、2020年1月文学界の最大の事件であるヴァネッサ・スプリンゴラ著『合意』がペドフィル作家ガブリエル・マツネフを30数年後に告発した件など)についても、明解なコメントを披露している。以下、ポランスキー事件(インタヴューの時点では「セザール賞監督賞」のポランスキー受賞は決まっていない、ノミネートのみ)とスプリンゴラ/マツネフ事件に関するスリマニの見解が現れるインタヴュー箇所を日本語訳してみます。

(L'Obs) :「シャルル」誌上でのアラン・ドロンとミッシェル・ウーエルベックへの再評価称賛をあなたは歓迎していましたね。セザール賞におけるロマン・ポランスキーのノミネートに関してあなたはどう考えますか?
レイラ・スリマニ : 私は芸術家と人間をはっきりと分けて考えている。芸術家はその芸術的観点の基準によって判定され、人間は法廷で判定が決まる。何人も法の上に立つことはできない。しかし偉大な芸術作品はそれ自身の価値で認められる。たとえそれが怪物によって書かれたものであっても。『夜の果てへの旅』 (註:ルイ=フェルディナン・セリーヌ作 1932年発表)はとてつもなく大きな作品である。ウーエルベックやドロンの考え方に私は嫌悪感を覚える。二人のことを私はレイシストでミソジニーだと思っているが、彼らの言動は法律の許容範囲を超えるものではない。そのことが偉大な作家であることや偉大な俳優であることを妨げるものではない。この先20年後も『テナント/恐怖を借りた男』(1976年)や『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)のようなポランスキー作品は世に残るだろう。これらの制作時期において、彼は世間とメディアを騒がせていたわけで、何件もの暴行事件で糾弾されている人間が映画館では喝采を浴びていたということに、人は呆れ果てなかったことだろうか。事件は時効になり、推定無罪の原則もあるが、私は人々の不快な困惑感を全面的にに理解できる。
L'Obs) : ガブリエル・マツネフ事件についてはどんなふうに見ていますか?
レイラ・スリマニ : それまで私は(マツネフのことを)聞いたこともなかった。それで読んでみた。私には彼は非常に凡庸な作家でしかなく、正直に言って、世間が彼の小児性愛犯罪について寛大であったことに仰天してしまった。それを自慢げに披歴する汚らわしいやり方はぞっとするほどだ。ヴァネッサ・スプリンゴラの書はおおいなる尊厳さに満ちている。彼女は憎しみの中にもパトスの中にも閉じこもらない。このことを前面に出さなければならない。告発すること、憤激すること、被害者であることを堂々と披露すること、そのすべてに自らが体験したことに対する非常に複雑な考察と視点を持つことが肝要である。これは非常に重要な著書である。
(L'Obs) :あなたの出版社主アントワーヌ・ガリマールは、ガブリエル・マツネフの全著作を書店から引き上げました。その判断は正しいと思いますか?
レイラ・スリマニ : 私は彼のしたことが理解できる。彼はヴァネッサ・スプリンゴラの本に突き動かされたのだ。マツネフの本が読者の手に届かなくなるということには、私は個人的にはさほどのショックを受けない。しかしある種のメディア的大衆的な圧力(その圧力はどこから生まれたのかわからない)に屈しなければならないということには疑問がある。もしも近い将来、アンドレ・ジッドの『日記』ポール・ボウルズの小説、ジャン・ジュネの戯曲が本屋から消えるとしたら? 用心深く注視していなければならない。
(L'Obs 2020年2月27日号 p30-31)



(↓)L'Obs のインタヴュー動画。レイラ・スリマニ、感銘を受けた植民地問題に関する映画3篇について語る。(2020年2月末掲載のYouTube)