Feu ! Chatterton "ICI LE JOUR (A TOUT ENSEVELI)"
2013年はストロマエ、2014年はクリスティーヌ&ザ・クイーンズ、そして2015年はこのフ〜!シャタートン。このクラスのアルバムに出会えるのは幸運です。まずバンド名は18世紀イングランドの詩人トーマス・チャタートンに由来します。中世英語詩の贋作者、困窮の中で17歳で服毒自殺した不遇の異才として、今日もカルト的評価を受けている人のようです。
アルチュール・テブール(ヴォーカル)によると、インスピレーションは詩人そのものよりも、ヘンリー・ウォーリス(1830-1916)が描いた絵「チャタートンの死」(ロンドン、テイトギャラリー所蔵)の方が強烈で、この若き詩人の死に顔の美しさとその妖気のように立ち上がる悲劇性に心打たれ、絵に描いたようにドラマチックなバンドを象徴するにはこの名前しかあるまい、と。 "Feu"はフランス語では敬意を込めた故人への接頭形容詞で "Feu mon père"と言えば「今は亡きわが父」という意味になります。だから "Feu Chatterton"は「故チャタートン」なんですが、これに「火」の意味の"feu"をかけるんですね。"feu!"とエクスクラメーション・マーク(!)がつくと、火を放て、点火せよ、(ロケットなどの)発射せよ、(銃を)撃て、発砲せよ、という意味で使われます。だから"Feu ! Chatterton"は、「今は亡きチャタートンよ、キラ星のような詩才を世に認められず貧困のうちに自死した少年詩人よ、もう一度立ち上がって火を放て、世に復讐せよ」みたいなストーリーが込められた、優れて詩的なバンド名なのです。ここに既にネオ・ロマンティスムの炎が見えるようではありませんか。
さてこの5人組は、2014年からル・モンド、テレラマ、レ・ザンロックといったメディアとSNS上でおおいに騒がれておりました。ダンディズム、ロマンティスム、エレガンス、文学性、映画性... 盛り沢山の要素を5人でできるバンドなのです。抒情系シャンソン・フランセーズ、港酒場系ロックン・ロール、(フランソワ・ド・ローベ風)映画音楽、プログレッシヴ・ロック....みたいなものがゴッチャになった音楽に、アルチュール・テブール(27歳)のフランス映画決めゼリフ風なヴォーカルがフィーチャーされます。ロマを想わせるエキゾチックな顔立ち(※)、無造作長髪、口ヒゲと(ネクタイ締め)テーラードスーツ、絵になる男です。こうなるとフランスのメディアはすぐに「ゲンズブールだ、バシュングだ」と大味な比較をするわけですが、趣味のわかる人たちは feu エルノ・ロータ(ネグレズ・ヴェルト)、feu ジルベール・ベコー(ムッシュー10万ボルト)の面影をそこに見つけたのでした。
(※)あ、ロマとは関係なさそうでした。これで決めつけてはいけないんですが、Teboul という姓は、アラブ語の太鼓 "tubûl"に由来するとされ、北アフリカのセファラード系ユダヤ人が多くこの姓を名乗ったと、いう説明をここで見つけました。
出てきた当初は、2013〜2014年フランスを湧かせたバンド、フォーヴ(Fauve ≠)と比較されもしました。フォーヴは青春残酷篇のようなスラム(フランス語)、ヒップホップ、抒情ギターロック、情景音楽、ヴィデオ(+ペインティング、写真)でのステージパフォーマンスが話題でした。CDだけではちょっとわからないところありますよ(わからないのは私だけか)。2015年の ROCK EN SEINEで見ましたが、若い衆の熱狂は大変なものでしたけど、若いという字は苦しい字に似てるわ、ですよ。それにひきかえ、フ〜!シャタートンは何枚も役者が上と私は思うのであります。
2014年のEPに続いて2015年10月に出た初フルアルバムが『ICI LE JOUR (A TOUT ENSEVELI)』(ここでは日の光がすべてを覆いつくした)です。アルバムタイトルがもう何かの始まりのようです。フロントカヴァーの絵は19世紀象徴派の画家オディロン・ルドン(1840-1916)の「目を閉じて(Les Yeux Clos)」という作品です。目を閉じて光に覆われるのを待っているような図です。そしてジャケットを開くと、濃紺の下地塗りの二つの面の真ん中に白い小さな活字で、"LA, ENFIN, TOUT BAIGNE"(そして、やっと、すべては良好だ)と書かれてあります。長い夜の終わりを思わせるドラマチックな幕開けです。この2行はアルバムの終曲(12曲め)「カメリア」の歌詞の最初の2行です。
日の光がすべてを覆いつくした
そしてやっとすべては良好だ
赤く凶暴な静寂の中で
なあ、おまえは血を流しているのか?
うちは赤いカメリア、かめしまへん。ー などと続くわけないでしょ。ここでは悪の赤い華の香りに酔うボードレールのようなものを想ってくださらないと。
スウェーデン、イエテボリのスヴェンスカ・グラモフォンステュディオン での録音です。この録音スタジオでは過去にストーンズ、ボウイー、マイルス・デイヴィス、スティーヴィー・ワンダー、レッド・ゼッペリンなどがレコーディングしています。ゼッペリンというのが曲者で、この5人の若者のリセの時の共通した超愛聴盤というのが、"ゼッペリン IV"なのだそうです。なんですか、私の高校(リセと言うにはちょっと...)時代と変わらないじゃないですか。閑話休題。プロデュースはサミー・オスタ。5人とこのオスタが伝説のスタジオで大はしゃぎしている図が目に浮かぶ、そんな音です。ホームスタジオとは違って、古いスタジオには古い機材・楽器・エフェクトがたくさんあって、それを全部使ってみようか、というサービス精神溢れるサウンドです。1曲1曲にマキシマムの音、マキシマムの効果、マキシマムの演出を詰め込んだような音楽です。今月はこの前にベルトラン・ブランの新アルバム『ウォーラー岬』 (拙ブログの紹介はここ)を聞いたのですが、ブランのミニマルな音、ミニマルな歌詞、ミニマルな編曲と比すれば、全く正反対の性質の大詰め込みアルバムと言えましょう。
ヴォーカルは表現的で、情緒の揺れに敏感で、適度にワイルドで、ボクシング的抑揚があり、不良訛りがあり、文学的と言うよりハードボイルドな不良ロマンティスム的です。ほとばしるセンチメンタリズムもなかなか。このアルバムでは曲によって小さなホールのロックショーのようにヴォーカルが割れた音で録られているのがとても効果的です。こんな魅力あるヴォーカリスト、feu ジョー・ストラマー以来かもしれません。
ロックンロール、シャンソン、ラテン、プログレ、映画音楽... アルバムの中で唯一のインスト曲で8曲めの"VERS LE PAYS DES PALMES(やしの国の方へ)”(日本語題でカタカナで「アイスクリーム」と印刷されている)は、まさにフランソワ・ド・ルーベの叙情的な電子系映画音楽のような1分29秒。そのあとの9曲めがニューヨーク、ハーレムの情景を絵画的&映画的に描く6分14秒の「ハーレム」という曲。この流れ、グッと来ます。
曲はつぶ揃いです。既にYouTubeで公開されている "BOEING(ボーイング)"(7曲め)、"LA MORT DANS LA PINEDE(松林の中の死)”(3曲め)、"LA MALINCHE(マリンチェ)”(10曲め)などで確認してください。みな素晴らしいです。
で、その詞はどんなふうかと言いますと、私にとってのベストトラックである11曲め "PORTE Z ( Z門 )”を訳してみましょう。
平原と子供たちの合唱
これほど美しいものはない
今日、夜は幕のように落ち
若者たちは行ってしまった
夜は金属シャッターのように落ち
若者たちは行ってしまった
よその平原に
アレルゲン質の自由な空気があると夢見て
そして昼には
夏の色、春の色があった
何千もの飛行機が
空に突き刺さっていった
でも俺たちは
何も怖くなかった
ようやく平原には
耳を聾する叫喚が巻き起こり
激しい怒りが口笛ヤジで張り裂けそうだった
そして若者たちは行ってしまった
青空は汽笛の響きで
ヒビが入りそうだった
そして若者たちは行ってしまった
千人も、平原の真ん中でにわかに形成された
酔いどれの一隊となって
酔いどれの一隊に混じって
彼らは行ってしまった
行ってしまった
行ってしまった
行ってしまったが
にわかに形成された酔いどれの一隊の中で
彼らは迷い
退屈しのぎに大きな薪の山を
平原のど真ん中に
平原のど真ん中に
そして昼には
夏の色、春の色があった
何千もの飛行機が
空に突き刺さっていった
でも俺たちは
何も怖くなかった
("PORTE Z")
わかります? 青春の終わり、最後の火、何も怖くなった日々にある夕、鉄の幕が降りるというイメージ。こういうランドスケープが見える音楽、ちょっと私今まで聞いたことないですよ。さあ、薪の山に火をくべよう。火を!チャタートン。Feu ! Chatterton.
<<< トラックリスト >>>
1. OPHELIE
2. FOU A LIER
3. LA MORT DANS LA PINEDE
4. LE LONG DU LETHE
5. COTE CONCORDE
6. LE PONT MARIE
7. BOEING
8. VERS LE PAYS DES PALMES (アイスクリーム)
9. HARLEM
10. LA MALINCHE
11. PORTE Z
12. LES CAMELIAS
FEU ! CHATTERTON "ICI LE JOUR (A TOUT ENSEVELI)
CD/LP BARCLAY/UNIVERSAL
フランスでのリリース:2015年10月16日
カストール爺の採点:★★★★★
(↓)アルバム "ICI LE JOUR" ティーザー
(↓)ヴィデオクリップ「ボーイング」
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