ルイーズ・ヴェルヌイユ『黒い光』
2020年3-4-5月は後世に「コ禍外出禁止令の55日」として記憶されよう。この間にもレコード/CD新譜は発売され、この間にもアーチストたちは罹感したり死んだりした。テレラマ誌評「ffff」に輝いたルイーズ・ヴェルヌイユのデビューアルバム『黒い光』は資料では4月10日発売ということになっていたが、(コ禍ロックダウンでレコードCD店が全部閉まっているからしかたなく発注した)FNAC通販から発注後1週間かかって(不要不急の商品だからということではない。ロックダウン中通販は総じて遅配。事情はわかる)到着したのが4月20日だった。その間に4月16日にクリストフが亡くなったのだ。その週末17-18-19日、3枚のLP、5枚のCD、2枚のシングル盤というわがクリストフ・ディスクコレクションを引っ張り出して、リベラシオン紙の追悼特集記事(8ページ)読みながら、故人を偲んでいた。稀代のサウンド凝り性で、スタジオ篭りオタクだった青メガネのダンディーは、電子やらノイズやらの実験的な録音もままあったし、その歪みや残響が「クリストフ印」みたいな曲も多かった。私のように高級なオーディオ装置を持ったことのない人間でも、ヘッドフォンの奥でけったいな音が刺激的に蠢く感じがわかりましたとも。で、4月20日に届いたルイーズ・ヴェルヌイユを一聴した時、この人、クリストフの生まれ変わりではないかえ、と思うほどの...。
テレラマその他がフランソワーズ・アルディ、マリアンヌ・フェイスフル、ジェーン・バーキンなどを引き合いに出したのですが、私の印象はもっともっと野生的な感じ。一連のトニー・ガトリフ映画のヒロインたちに共通するダイヤモンド原石っぽさと言いましょうか。スペインとの国境にあるアリエージュ県に生まれ育ったルイーズは曽祖母がアンダルシアからやってきたヒターナだったと。その曽祖母にインスパイアされ、オマージュとして捧げられた歌が7曲目「エメレンシア Emerencia」:
エメレンシア70年代ヴィンテージ・シンセとストリングスに彩られた5分42秒の神々しい"プログレ"バラード。これなどはクリストフの2001年の傑作『地球が傾いたかのように(Comm'si la terre penchait)』を思わせるものがありますよ。
黒い鳩(パロマ・ネグラ)
夢の中で未来を見
コンドルの眼で人生を読み解く
月に祈る 不滅のオード
運任せの放浪を歌い
白熱する火の中に
苦しみを追いやる
この凝り性の音作りの張本人は(→)サミー・オスタという男で、ラ・ファム(La Femme)、アリオシャ(Aliocha)、フ〜!シャタートン(Feu! Chatterton)、そしてル・クレジオの娘のバンド、ジュニオール(Juniore、私ずっと記事原稿書きかけ中)などを手がけてきたアレンジャー/プロデューサーです。2010年代の仏サーフ/サイケデリックの仕掛け人です。フ〜!シャタートン(1枚目)を絶賛した爺ブログの耳には、ルイーズ・ヴェルヌイユのドラマティックな展開の歌(例えば 4曲め"Fugitif"や8曲め"Lumière Noire")は、アルチュール・テブール(フ〜!シャタートン vo)がそのまま女性化したフ〜!シャタートン楽曲に聞こえてしまいますよ。
ルイーズ・ヴェルヌイユの個人的環境についてちょっと重要なことなので、特記しますと、英国シェフィールドから出た21世紀最重要ロックバンドのひとつ、ジ・アークティック・モンキーズのリーダー/ヴォーカリスト、アレックス・ターナーとカップルの関係にあります。それがどう影響しあっているのかは定かではありませんが、アレックス・ターナーは自他共に認めるゲンズブール・フリークであり、ジ・アークティック・モンキーズの2018年アルバム『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ(Tranquility Base Hotel and Casino)』は『メロディー・ネルソン』を意識して制作されたと公言しています。
そしてこのルイーズ・"ヴェルヌイユ"という源氏名なんですが、セルジュ・ゲンズブール邸のあるパリ7区ヴェルヌイユ通り(5 bis Rue de Verneuil)から拝借しているのです。これを称して"ゲンズ名”と言います。
この女性がどれほど"ゲンズブール”か、という証明のような歌が(曲名からモロですが)6曲め"Nicotine(ニコチン)"です。
Oh nicotine中毒者サイドから見れば、ひとつの人工の楽園、ゲンズ、ゲンズ、ゲンズ・ワールド。アルコールの歌も書くでしょうね。
おお、ニコチン
Toxique au mal aiguisé comme une mine
爆薬のように鋭い痛みのある毒
On nicotine
おお、ニコチン
A nue ma langue mordue par tes canines assassines
おまえの凶暴な犬歯に噛まれてしまう私の舌
そして、前述の曽祖母から受け継いだアンダルシア性がはっきり聞こえる歌が3曲め"L'Evadée-Belle(華麗なる逃走)"で、生ギターのアルペジオに始まり、スケールの大きなランドスケープが展開される地中海もの(マグレブ風パーカッションが効いてる)です。そのままトニー・ガトリフ映画のサントラに使えそう。
映画音楽と言えば、これなんか一連のジェームス・ボンド映画音楽(主題歌)とフランソワ・ド・ローベ型の凝り性サウンドが合体したような、究極の映画テーマのようなびっくりの佳曲が9曲め"Love Corail"(「愛のサンゴ礁」と訳せば、まさにそれふう)。
かと思えば、シックスティーズ・サイケデリック・ポップ・イエイエみたいな曲もあって、ミニスカートと花模様がぐるぐる回る世界、5曲め "Le Beau Monde"(美しき世界)。サミー・オスタは、ル・クレジオの娘のバンド、ジュニオールではできないこと(能天気ポップということですが)をこのルイーズ・ヴェルヌイユで実現してる感じがします。
だけど本領は情念の人なのだ、と激しく納得させられるのが、最終曲10曲め"A mort amant"(私はこれを「死ぬほど好きな人」と訳す)。ダミア〜バルバラ〜ラファエル・ラナデール直系の、恋人の不在が死に至る情慕となってしまうシャンソン・レアリスト。このナチュラルに震えるヴィブラート。死を口にする歌詞。6分7秒!
私のベッドにはまだあなたの愛撫のための場所がある
あなたの場所はこの上ない最悪の悲しみよりも冷たい
あなたの憎たらしい声が聞こえない目覚めなんて
あなたにわかる? 私にはあなたの欠乏症しか残っていない
帰ってきて、恋よ、恋人よ
欲望になって、ダイアモンドになって
晴れた時も、嵐の時も
帰ってきて、恋人、死ぬほど好きな人
間違いなく2020年春、最高のアルバムです。
<<< トラックリスト >>>
1. Désert
2. Blue Sunday
3. L'Evadée-Belle
4. Fugitif
5. Le Beau Monde
6. Nicotine
7. Emerencia
8. Lumière Noire
9. Love Corail
10. A mort Amant
LOUISE VERNEUIL "LUMIERE NOIRE"
CD/LP/Digital Mercury/Universal France
フランスでのリリース:2020年4月10日
カストール爺の採点:★★★★★
(↓)テレビCanal Plusの音楽番組 Jack のインタヴューで、デビューアルバムを語るルイーズ・ヴェルヌイユ。大物です。
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