2022年4月22日金曜日

アリアーヌ・ムヌーシュキン「ル・ペンを試そうと思うな!」

(これは2022年4月20日に書いています)

2022年フランス大統領選挙は4月10日の第一回投票の結果、現職大統領エマニュエル・マクロンと極右RN党のマリーヌ・ル・ペンが上位2候補となり、4月24日の第二回投票で決着がつけられることになった。前回2017年に続いて今回もフランス有権者の約半数が極右に票を投じる展開になっている。そして極右が権力を掌握する可能性は前回よりも今回が高いと言われている。
1964年から「太陽劇団」を主宰する行動する演劇人アリアーヌ・ムヌーシュキンは、4月14日のテレラマ誌ウェブ版で、緊急のインタヴューを発表し、極右を通してはならない、と強く訴えている。以下、重要部分を翻訳してみます。

(テレラマ)不安を感じていますか?
アリアーヌ・ムヌーシュキン:不安よりもむしろ恐怖を感じている。状況は2017年の時と同じではない。改良主義的諸政党は空中分解してしまった。ル・ペン夫人は今や重要な票田を手に入れた。極右諸政党はフランス人の50%以上の票を合計できるほどになっている。この数字は私たちを戦慄させるものである。一方戦争が私たちを脅かしている、なぜならウクライナとは私たちのことだから。この時に極右がわが国のトップの座に就くことは、フランスにとってもヨーロッパにとっても取り返しのつかない大惨事となろう。

(テレラマ)投票を棄権しようとする人たちに対して、あなたは何を訴えたいですか?
AM : 私たちがエマニュエル・マクロンにその政治プログラムを修正することを要求し勝ち取るまでにもう10日しか残されていない。そのためには、複数の組合指導者たちが大声で叫んでいることの緊急性に彼が気づき、電話に出て応答しなければならない。彼は「屈服しないフランス党」(註:ジャン=リュック・メランション率いる左翼政党、第一回投票でル・ペン候補にせまる20%超の得票率)、の政策プログラムの中から、予算化可能で即座に実施可能な10、20、30だっていいわ、とにかく多くの政策案を汲み取らなければならない。そして彼はエコロジストその他の政党の政策プログラムからも同じことをしなければならない。
(中略)
「試しにマリーヌ・ルペンを」などとは考えてはならない! どんなに覆面をしていようが、ファシズムを試そうとしてはいけない!闇の権力に国を委ねてはいけない。もし彼女が当選したら、それまで影に隠れていた面々が2022年4月25日の朝から彼女の周りに姿を現し、それらと一緒になって彼女はフランスとヨーロッパにとてつもなく取り返しのつかない事態をもたらすだろう。アメリカでトランプが、ブラジルでボルソナロが、ハンガリーでオルバンが引き起こした事態と同じものを。彼女は憲法を改竄しようとしている。それが何を意味するかわかりますか? 世界の民主主義のひとつの規範であり続ける我が国の憲法に、彼女は全く相応しくない条項を導入して、庇護権、平等、保護の義務などを危うくしようとしている。

(テレラマ)あなたはエマニュエル・マクロンが今から左寄りに進路を変える可能性を信じているのですか?
AM : 彼に耳から耳栓を抜いてもらわないと、彼は落選する。それを彼は知っている。彼が当選したとしても、彼がそのやり方を何も変えなかったら、街頭(註:民衆の不満の声、デモ)は常にあり続け、毎土曜日だけではなく、毎日あるのだ、ということを彼が無視できるわけがない。ジレ・ジョーヌだけではない。全民衆だ。私たちはエマニュエル・マクロンについて何とでも言うことができるが、彼が愚かだとは言えない、少なくとも教養面においては。私は彼が何もかも台無しにしたのちに追放された者として歴史に刻まれることを望んでいるとは思わない。

(テレラマ)彼の言葉に足りないものは何ですか?
AM : 彼は一度も貧困という言葉を用いたことがない。それを用いないことで彼はそれを無視しているように見える。もっと悪いことにそれはフランスの不幸の大部分を否定しているようにも見えるのだ。彼は何を差し置いても一番に進めなければならない戦いとは貧困の根絶でなければならないのに。

(中略)

(テレラマ)アーチストの立場として、この局面にあなたは無力であると感じたり、責任を感じたりしますか?
AM : 私はこの場ではアーチストの立場での発言をしようと思わない。アーチストたちと言えど他の人たちと同じ市民であり、極右がまさに権力を掌握しようとしている時に、私たちは一体何をしたのか、何をしてはならなかったのか、何を言うべきだったのかなどについて自問自答するのは当然のことだ。また私たちのすぐ近くでひとつの国が蹂躙されその法律や権利や女たち子供たち男たちが蹂躙されている時に、私たちが無力で、役立たずで恥ずべき存在だと感じることも当然のことだ。

(テレラマ)民族的人種的身分性の標榜(註:よく訳せなかったので原語を記しておくと les revendications identitaires )は政治に影響しますか?
AM : もちろん。私たちは毎日その証拠を見ている。でも私が立候補者だったら、私は肌の色、宗教、ジェンダーに関係なく人々に自分の政策を説くことができる。しかし一点だけ考慮に入れるのは私が話しかける人々の収入の違いについてである。なぜならすべての人々の中には貧乏な人々というのはいて、あまり貧乏でない人、そして金持ちもいる。それが女であれ男であれ、黒人であれ、白人であれ、ムスリム、ユダヤ、レスビアン、ゲイであっても。若くても年寄りでも。病人でも運動選手でも。

(テレラマ)現在の状況における左派の責任とは何ですか?
AM : 左派は全く逆のことをして、その属するグループを忘れてしまった。これらフランスの左派諸党派は古くからそして近年でもたいへん豊富なものだったのに、今や dans la merde ひどい状態だ。こんなになったのはいつからなのか私は特定することができない。教員たちの消耗、苦悩や問題を直視しなくなったのはいつなのか? 医療従事者は? 公共事業を荒廃させるがままにし始めたのはいつなのか? 公共事業とはフランスに住む人々(フランス人、外国人労働者、フランスへの避難民)の共通の財産なのに。いつから左派は冷たく計算高くなったのか? いつから左派はプロレタリアという言葉を使わなくなったのか? いつから左派は国土を語ろうとする時、地方について語らなくなったのか? 横滑りに次ぐ横滑り、意味があるのかないのか、限りなく多い分派に引き裂かれた世界が出現した。すべての分派はどれも競ってナルシスティックだ。怒りは今や価値として昇格した。ある者たちはこの怒りにのみ固執して、怒りこそが唯一の解放の女神であるとまで正当化した。彼らは市民戦争の鍋底までこの怒りを擦り出そうとする。だがしかし、怒りとはひとつの価値ではない。怒りとはひとつの症状である。そしてそれは総じて恐怖を示す症状である。この恐怖には治療薬が必要だ。早めの治療が必要だ・

(インタヴュアー:ジョエル・ガイヨ)





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