2010年4月20日火曜日

花の都の壁の外

『輝くものはすべて』
2009年フランス映画
"TOUT CE QUI BRILLE" 

監督:ジェラルディーヌ・ナカッシュ&エルヴェ・ミムラン
主演:レイラ・ベクティ、ジェラルディーヌ・ナカッシュ
フランス封切:2010年3月24日
 

かなスタートからじわじわと噂が広がり、4週目で入場者数100万人を突破する勢いのついてしまった低予算郊外映画です。「郊外」と書くと、失業・貧困・暴力・移民・地下経済...のイメージで描かれるのがルーティンでしたが、この映画はことさらにそれを強調することなく、むしろ、そういったものが見えない代わりに「何もない」退屈な郊外が舞台です。いわゆる荒れた郊外ではないのです。位置的にはパリのシンボル的なシャンゼリゼ大通りを凱旋門を越えて西側にずっと延長させていくと、パリの元城壁マイヨ門を越えた最初の郊外がヌイイです。ここは郊外と言っても超高級住宅街で、サルコジが長年市長をつとめていたサルコジの選挙地盤で、フランスで最も地価の高い金満シティーです。そのヌイイを過ぎてセーヌ川にかかるヌイイ橋を渡ると、超高層ビルの立ち並ぶ副都心街ラ・デファンスです。このコンクリートジャングルのふもとにある郊外住宅地が、この映画の舞台で、シナリオ/監督/主演のジェラルディーヌ・ナカッシュが実際に生まれて育ったところで、地名はピュトーです。映画はラ・デファンスを東西にわける二つの郊外町ピュトーとクールヴボワで撮影されています。  
 ここは「パリから10分」と映画で何度も強調される、パリから至近距離にある郊外で、窓からはエッフェル塔がさほど遠くない距離に見え、ラ・デファンスの広場からは凱旋門/シャンゼリゼ/コンコルド広場/ルーヴル宮殿までの一直線のパースペクティヴが望めます。この目の前に見える「向こう側」ではすべてが輝いていて(映画タイトルの"TOUT CE QUI BRILLE")、こちら側には何もないのです。  
 リラ(レイラ・ベクティ)とエリー(ジェラルディーヌ・ナカッシュ)は幼なじみで,à la vie à la mort (生きるも死ぬも一緒)と誓い合った親友です。どちらも昼はラ・デファンスのショッピングセンターの中の,サンドウィッチショップと映画館売店で売り子として働いていて,昼食はそのサンドウィッチショップからまかなわれるサンドウィッチを,ショッピングセンター内のエスカレーター前のベンチに座って二人で食べる,という日常です。うんざりです。週末の夜に「パリに繰り出す」というのが二人の最大の楽しみです。しかも「本物のパリの夜」でないと楽しくないのです。ハイプでセレクトなナイトクラブやセレブリティーの集るプライヴェート・パーティーでないと刺激が満たされないのです。二人はどこでも門前払いを喰らいますが,この止むに止まれぬ本物志向と遊びへの渇望は,あらゆる障害をものともせず,二人はまんまと輝くパリの真ん中にその入場権を得てしまいます。  
 しかしその社会に入るためには,誰とも対等の関係を築くために,身分を偽る必要があります。「ニューヨークなんてどうでもいいの,私にはL.A.こそ最高の町」などと,行ったこともない町を見て来たようなコメントをすることですね。そして最も重要なウソは,自分たちがピュトーに住んでいるということを口が裂けても言ってはいけない,ということ。二人は前述の金持ちの隣町であるヌイイに住んでいると公言します。このために,パーティーの後,午前様で車で送ってくれる男に,カッコつけてヌイイまで送ってもらったあと,ヌイイからピュトーまで歩いて帰らなければならない。それでもこの秘密は絶対にバレてはいけない,と二人は確信しているのです。それがバレれば,二度のあの「本物」の世界に戻れない,と。  
 二人のうち,北アフリカ系のはっきりとした顔立ちのリラは,確かにエリーよりもセクシーであり,パリ遊びでも男たちの注目を集めるようになります。そして金持ちの優男マックスを誘惑し,二人は恋仲になります。ここでリラはそれまで将来を誓い合っていたピュトーの男エリック(サンドウィッチ・ショップの雇われ店長)を簡単に捨てる用意ができてしまいます。しかし,マックスも一時的にリラに熱を上げたものの,前の恋人が忘れられず,リラと難しくなっていきます。その時期にエリーがマックスに自分たちはヌイイではなくピュトーに住んでいることを告げます。リラの幻想も燃え上がった恋も,ここで一挙にガラガラと音を立てて崩壊してしまうのです。リラはエリーを憎み,ピュトーに住んでいるというひと言ですべてがぶちこわしになったと思い込みます。友情はここで一旦壊れてしまうわけですが...。  
 この映画のパリは,馬の目の前に吊るしたニンジンのようなものです。激情的なリラは,ここを抜け出して目の前の「10分の距離にある」パリに入城するためには手段を選びません。盗みを働き,恋人や友だちを裏切り,ウソをつき,なんとしてでも本物の,すべてが光り輝く生活をしたいわけです。それは高級ブランドで身を飾り,きれいな男たちときれいな女たちと夜を忘れて遊びまくることです。  
 パリの夜で知り合ったアジア系の売れっ子マヌカンのジョーンとその後見人にしてレズ相手の女アガット(ヴィルジニー・ルドワイヤン)のカップルに,友だちのつもりで近づいていったのに,まんまと使用人(ベビーシッター)としてあしらわれてしまったエリーは,リラとは対照的に自分が根を張って生きている郊外を徐々に再評価していきます。このリラとエリーの衝突とすれ違いの繰り返しの末,最後に訪れる和解がこの映画の大団円です。  
 映画は郊外人独特の,大音量で口角泡飛ばしてわめきまくるようなダイアローグがほとんどで,正調のフランス語にしか慣れていない人には,解読するのが難しいかもしれません。私も娘も6割程度の理解力だったと思います。しかし,この勢いには圧倒されますし,清く正しくばかりしてなどいられない「現場」の理屈があります。現場がこんな人たちのものだったら,全然捨てたもんではないのです。すがすがしい一作です。

(↓"TOUT CE QUI BRILLE"予告編)

(↓挿入歌でヴェロニク・サンソン1973年のヒット曲"MA DROLE DE VIE"のクリップ)



PS : 原題の "Tout ce qui brille"は、諺の "Tout ce qui beille n'est pas or"、「光るるもの必ずしも金ならず」、すなわち「見かけに惑わされてはいけない」という警句に由来しますが、英語の "All that glitters is not gold"(ウィリアム・シェークスピアの『ベニスの商人』)がオリジナルのようです。

2010年4月15日木曜日

レイニー・デイズ・ウーマン(雨の日の女)

FRANCOISE HARDY "LA PLUIE SANS PARAPLUIE"
フランソワーズ・アルディ『傘がない』


 自称フランソワーズ・アルディ研究家のはしくれでありながら,入手がずいぶん遅れました。2月頃からFMでカロジェロ作の"NOIR SUR BLANC"がオンエアされだした時点で,この若返り,このポップ回帰,このヒット性はただものではない,と多くの人たちが色めきだっていました。一時の死にそうな顔をしていた頃に比べれば,今はテレビに出ても,まるで娘ッ子のようにキャッキャ笑っていて,あたかも別人として蘇生したような血色の良さです。
 フランソワーズ・アルディの通算26枚目のスタジオアルバムです。ガンで死ぬことを覚悟して作ったアルバム"TANT DE BELLES CHOSES"(2004年,売上22万枚),そのあとデュエットによるカヴァーアルバム"PARENTHESES"(2006年,売上21万枚)。そこから今度のアルバムまでに何が変わったかと言うと,かの自伝本『猿たちの絶望』(2008年)の発表がありました。この人はこの本の前と後では全然違うはず,という確信が私にはあります。
 そのデビュー時から,フランソワーズ・アルディには「メランコリー」「アンニュイ」という枕詞がついてまわりました。私は不幸ではないが,幸せだったことなどない。この「幸せでない」ということはどうしてなのか。その内省を自分の過去の事実と共に(ほとんど)すべてを「公の場」に出した,というのがあの長大な自伝本でした。幸せでない自分の証しでした。
 例えば「歌う」という行為にしても,本当に歌うことが好きで歌っていた,という時期が極端に少ない。人前で歌うということが拷問のように思われて,68年にステージ引退したあとも,スタジオ録音でプロデューサーと喧嘩したり,いやな曲を歌わされたと後悔したり,このアーチストはしょっちゅう「いつになったらこの歌手という苦行から解放されるのか」と考える傾向がありました。
 なぜ歌うのか。さまざまな理由のうちの大きなものに,実は稼ぎの悪い身勝手な亭主(ジャック・デュトロン)のせいだった,ということがこの自伝本から浮かび上がってきます。亭主の好き勝手を許す稼ぎはフランソワーズが取らなければならなかった。フランソワーズは経済的に一家のアルディだった。好きな歌も嫌いな歌も歌って,プロモーションでテレビに営業スマイルを振りまいて...ということが嫌で嫌で,というフランソワーズの姿がこの本にたくさん登場します。そうやって貢いでいた亭主が,これほどの献身にも関わらず,あちらに揺れ,こちらに揺れの自由人。これは不可能な愛なのです。Amour impossible。ブラッサンス曲のカヴァーで自ら歌ったように,幸せな愛などないのです。だからそういう歌ばかり歌い,公私の場でメランコリックでアンニュイな姿を見せることになったのです。
 で,この自伝本はそういう過去に落とし前をつけることに成功したんだ,と私は見ています。
 2009年初頭から制作に入ったこのアルバムは,同じメランコリー,同じアンニュイのフランソワーズ・アルディながら,重く鬱々とした歌などないし,リズムもあるし...。2009年の大半は人から送られてきたデモばかり聞いていたそうです。フランソワーズ・アルディに歌ってもらいたい,というプロの人たちはこの世にゴマンといるわけですが,その中の意外な人のひとりにジャン=ルイ・ミュラがいて,ミュラは4曲も送ってきたそうです。その中の1曲の英語曲の"Memory Divine"をアルディがチョイス,そしてミュラのプロデュースで録音するんですね。
 こうやって他人曲を選んでいる間に,「ああ,今度は私の好きなフランソワーズ・アルディのアルバムが作れそうだなあ」と思ったそうです。アルディ作詞でない曲は3曲。前述のミュラの"Memory Divine",ラ・グランド・ソフィー作詞作曲の"Mister"(このミスターはジャック・デュトロンのイメージですね),そしてアルチュール・H作詞作曲の"Les mots s'envolenet"(階段メロディーの泣かせのワルツ)。
 その他にFouxi(フーシと読むのかな?)というドイツ出身の若い女性シンガー・コンポーザーがいて,彼女の曲"LA PLUIE SANS PARAPLUIE"(「傘のない雨」。オリジナルヴァージョンが DEEZER にあり)を聞いてぞっこん惚れ込んでしまったフランソワーズが,Fouxiの許可を得て詞を手直しして,アルバムタイトル曲として録音しています。アルバム中唯一のトリップ・ホップ寄りの曲です。
 あとは前作"TANT DE BELLES CHOSES"以来の共作曲者チエリー・ストルムレール,ベン・クリストファーズ,パスカル・ダニエル,それから90年代からずっとアルディのコラボレーターをしているアラン・リュブラノが作曲者としてクレジットされてますが,この人たちが「いつも通りのフランソワーズ・アルディ」の雰囲気を維持している感じです。
 しかし何と言っても,一発で耳から離れなくなる"NOIR SUR BLANC"を作曲したカロジェロとジョアキノの兄弟は偉いです。この1曲だけでもこのアルバム,「ポップスター」フランソワーズ・アルディが還ってきた,と思わせてくれます。アスパラガス・ダンスが目に浮かびます。
 総じて,2004年の"TANT DE BELLES CHOSES"以来,自分の楽しみで歌うことの楽しみ(おっとひどい重複表現だな)をどんどん取り戻していっているフランソワーズ・アルディが,メランコリーもまた楽し,という悟りの境地に達したような,余裕のアルバムですね。

<<< トラックリスト >>>
1. NOIR SUR BLANC (HARDY-PATRICK LOISEAU / CALOGERO-GIOACCHINO)
2. MIEUX LE CONNAITRE (HARDY / THIERRY STREMLER)
3. CHAMP D'HONNEUR (HARDY / ALAIN LUBRANO)
4. LA PLUIE SANS PARAPLUIE (HARDY-FOUXI / FOUXI)
5. LES PAS (HARDY / ALAIN LUBRANO)
6. LE TEMPS DE L'INNOCENCE (HARDY / ALAIN LUBRANO)
7. JE NE VOUS AIME PAS (HARDY / ALAIN LUBRANO)
8. ESQUIVES (HARDY / BEN CHRISTOPHERS)
9. MISTER (LA GRANDE SOPHIE)
10. MEMORY DIVINE (JEAN-LOUIS MURAT)
11. UN COEUR ECLATE (HARDY / PASCALE DANIEL)
12. L'AUTRE COTE DU CIEL (HARDY / PASCALE DANIEL)
13. LES MOTS S'ENVOLENT (ARTHUR H)

FRANCOISE HARDY "LA PLUIE SANS PARAPLUIE"
CD EMI MUSIC FRANCE 6276432
フランスでのリリース : 2010年3月29日

(↓ "Noir sur blanc"(TVショー、口パクライヴ)

2010年4月5日月曜日

負けるなニッサ



GIGI DE NISSA "GIGI DE NISSA"
ジジ・デ・ニッサ『ジジ・デ・ニッサ』


 ジジ・デ・ニッサことルイ・パストレーリは,オクシタニアのファーイースト,ニースの人。グラフィック・アーチストとして廃屋車庫を(不法)占拠して仲間たちとアート・イヴェントを展開していたところ,それがどんどん拡大し,さらに,過度に商業化/観光化して地元住民と縁が薄くなったニース・カーニバルに背を向け,地域住民で独立カルナヴァルを組織します。そのパレードの音楽を鳴らすために,マルセイユのマッシリア・サウンドに倣って結成されたサウンドシステムが「ニュックス・ヴォミカ」でした。また地元サッカー・チームOGC NICE(フランス1部リーグです)のオフィシャル応援歌の作者でもあり,2008年地方選挙(市町村長および市長村議選出)では,長年のゴチゴチの保守(金権)市政に対抗する左翼連合リストに自らも名を連ね,その選挙キャンペーンソング(女優ソフィー・デュエーズとのデュエット)の作詞作曲・歌も担当しました(選挙は僅少差で破れましたが)。
 このルイとニュックス・ヴォミカをその発端から支援していたのが,マッシリア・サウンド・システムのMCタトゥー,またの名をムッスー・Tで,ニュックスをマッシリアの弟バンドのように扱っていました。そのムッスー・Tが,マッシリアとの別プロジェクトで,1920年代マルセイユの「ラグタイム」「ブルース」にインスパイアされたアコースティック・バンド「ムッスー・T&レイ・ジューヴェン」を始めたのが2006年のこと。これをきっかけにムッスー・Tは自らのレーベル,マニヴェット・レコーズを設立します。マニヴェットは好調にムッスー・T&レイ・ジューヴェンのアルバムを既に4枚発表しています。
 そしてムッスー・Tは弟分のルイに声をかけ,エレクトロ・サウンド・システムであるニュックスとは違う,アコースティック・アルバムの制作を持ちかけます。マルセイユの隣の港町ラ・シオタのムッスー・T自宅のホームスタジオで,このアルバムは足掛け3年かかって作られました。プロデューサー・ムッスー・Tの色濃いレイ・ジューヴェン・サウンドと思いきや,それだけではない,ルイが強烈に引き継いでいるトロピカル(コート・ダジュール)テイストやイタリア風味,そしてルイの奥さん(ブラジル人)譲りのラテン趣味などがほどよく混じった
カクテルサウンドです。甘い鼻声のルイのクルーナー・ヴォーカルでほんわかムードがひときわ。レイ・ジューヴェンとひと味違うオクシタンレイドバック・ミュージックです。7曲めで作曲とヴォーカルでムッスー・Tも参加。加えてルイが敬愛するニースのオクシタン・フォークの先達、ジャン・リュック・ソーヴェゴの作品が2曲(うち1曲はソーヴェゴとのデュエット)。
 ニッサ・ラ・ベッラ、山と海に挟まれた麗しの町ニースの、ちょっと年寄りで、不思議にコスモポリタンな味わいをお楽しみください。

< トラックリスト >
1. ES BON (LOUIS PASTORELLI)
2. DEVANT TON JOURNAL (LOUIS PASTORELLI)
3. COCHA CAREMA (JEAN-LUC SAUVAIGO)
4. COURS SALEYA (LOUIS PASTORELLI)
5. GIGI DE NISSA (LOUIS PASTORELLI)
6. SUS LA GRAVA (TRAD/LOUIS PASTORELLI)
7. AU GRAND SOLEU (duo with MOUSSU T)
(FRANCOIS RIDEL, STEPHANE ATTARD)
8. LEONORA (LOUIS PASTORELLI)
9. LOU ROUSSIGNOU (duo with JANLUC SAUVAIGO)
(JEAN NICOLA/MARIUS AUSELLO)
10. USONAC (LOUIS PASTORELLI)

GIGI DE NISSA "GIGI DE NISSA"
CD MANIVETTE RECORDS 000615
フランスでのリリース:2010年4月26日



PS 1 (5月19日)
(↓)2010年3月,ニース,ブラックボックスでのライヴのヴィデオ

2010年3月22日月曜日

ほね Horizon



Patrick Modiano "L'horizon"
パトリック・モディアノ『視界』


 んの数秒前に自分がやったことを覚えていないことがあります。私たちはものすごいスピードで記憶を失っていきます。1日にどれだけのことを忘れていくのか,と思うと気が遠くなります。それは完全に忘れてしまったのか,と思うと脳裏の奥の奥にしまわれたものが突然蘇ってきたりもします。それに比べれば,いくら思い出そうと努力してもついに蘇らないもののものがどれだけ多いでしょうか。古今の文学はこの忘却との闘いをテーマにします。プルーストの「失われた時」は紅茶にひたしたマドレーヌで蘇りますが,人は皆それぞれのマドレーヌを探して,過去にさかのぼることを夢見ます。ある人たちは「ブラックボックス」という言い方をしたりしますが,記憶はそんなメカニカルなものではないと思うのです。記憶は誤謬があります。現実の記憶なのか夢の記憶なのか判然としないもの,想像や意志によって改ざんされた思い込みの記憶,そういう曖昧なものを頼りにジグソーパズルを一片ずつ埋めていく,それがパトリック・モディアノのほとんどの小説です。この微睡みの中での手さぐりの作業に立ち会うのが,モディアノを読むということに他なりません。
 この小説の最初の部分で主人公ジャン・ボスマンスはその探しているものを天文学用語の「暗黒物質」(ダークマター)に例えます。それはウィキペディアの解説によると「宇宙にある星間物質のうち自力で光っていないか光を反射しないために光学的には観測できない、とされる仮説的物質のこと」であり,存在するかどうかも立証されていないものです。本当にあったことなのかどうかもわからない失われた過去です。それを,通りの名前,地下鉄駅,6ケタ時代の電話番号帳,姓名の一部しか覚えていない人名などを手がかりに,そこから喚起されるかすかな記憶を手帳に書き綴っていきます。その失われた過去の始まりはどこなのか,終わりはどこなのかもわからずに,時間軸に従うことなく,目の前に現われたヒントの順番に小説は進行します。読む者は揺さぶられます。それはいつのことなのか,Aという事件の記述は,Bという事件の前のものなのか後なのか,小説は作為的に混乱させているのではなく,書いている本人もわからないような筆致です。最初の混沌が一転二転するうちに,徐々に整理され,パズル片が少しずつ埋められていき,最後には大団円のある小説です(収拾のあるモディアノ小説はこの最新2-3作の傾向です)。
 主軸はジャン・ボスマンスという男とマルガレット・ル・コズという女の出会いと別れです。それは今から40年ほど前に起こり,ボスマンスはこの記憶を取り戻そうとするのですが,上に書いたように小説はすべて霧の中/まどろみの中です。その上,この二人の人物はその過去と背景がほとんど語られない,孤独でどこから来てどこに去っていくのかわからないのです。家も後ろ盾もありません。二人は68年のデモ隊と機動隊が衝突しているさなかに,地下鉄オペラ駅に居合わせて,地下鉄構内になだれ込んで来たデモ隊と機動隊のもみ合いに巻き込まれてマルガレットが負傷し,それをボスマンスが介抱してやる,という偶然の出会いをしています。「ル・コズ」というブルターニュ系の姓を持ちながら,ベルリンで生まれているマルガレットは,パートタイマーとしてドイツ語翻訳の仕事をするOLですが,この仕事を辞めて別の仕事をしたいと思っています。その前にはスイスで家庭教師,そのまた前にはアヌシーで,といった具合に一カ所に留まろうとしません。マルガレットにはある男に追われている,という恐怖がついて回り,その男に住所や職場を嗅ぎつかれたら,荷物をたたんでその町を出ていくということを繰り返しているわけです。マルガレットはその男「ボヤヴァル」の姿をあらゆるところで見るような強迫観念があり,どこにも落ち着けないのです。その男が一体何者なのか,小説は後半遅くまで明らかにしませんし,それまで見えざる恐怖として重くのしかかったままです。
 ボスマンスもまた,彼の母親と称する女とその連れ合いの男が,執拗にボスマンスの居場所を探し当てて,無理矢理ボスマンスの所持金を巻き上げていくという被害に何度も合っていて,パリの居場所を変えて,この二人を巻こうとしています。つまりボスマンスもマルガレットも同じようなストーカー犯罪の被害者であり,それを警察などに訴えても誰も聞く耳を持たないのです。何者かに追われて隠れて生きる男と女が,大都会の中で寄り添って生きるような奇妙な連帯関係ですが,それでも二人はお互いのことを詳しく話そうとはしないのです。このおおいなる人間不信がどこまで崩せるのか。二人はそれが崩せないまま,別れてしまうことになるわけです。
 小説の展開は,心を割って話せそうな人たちに出会っても絶対に用心を崩すことができない若い男女ふたりが繰り返す出会いと別れを繋ぎ合わせていくことによって,ボスマンスとは誰で,マルガレットとは誰であったかが,少しずつ見えてくるようになっています。
 パートタイマー派遣事務所の所長,パリ高級街の教授と弁護士の夫婦,医師でオカルト書の著者である男とその愛人,かつてストーカーであったボヤヴァル...登場する人々はすべてクセがあり,ミステリー小説を読む味わいがあります。
 この杳として,つかみどころがなく,読む者を宙づりにしておくモディアノ文体に調子良く酔っておりました。4分の3ぐらいまでは。偶然は,わけのわからぬまま,ボスマンスとマルガレットを引き裂きます。そのわけが少しだけでもわかるようになるには40年の歳月を要したわけです。しかし,この男ボスマンスが40年間探していたものが,われわれの21世紀はいとも簡単に見つけてしまったのです!「ボヤヴァル」とインターネット検索をかけたら,40年後にそのストーカーは目の前に現われたのです。さらに「マルガレット・ル・コズ」と検索をかけたら,これもまた出てきてしまったのです!
 モディアノともあろう者が,(*** 暴言につき筆者により削除 ***),こんなところでインターネット使うんですか?プルーストの失われた時は,インターネット検索で蘇ったりするんですか?私は猛烈に腹が立ちましたね。これはもう文学ではないべさ。なんて安直なんだ!過去の記憶を手探りで,しかも足を使って,かつあらゆる不確かな想像力を駆使して,やっとこさここまで来たのに,最後に収拾をつけるのが,これですか? 長年のモディアノ信奉をこの1冊でぶちこわしにされた気分です。

PATRICK MODIANO "L'HORIZON"
(Gallimard刊。2010年2月。175頁。16.50ユーロ)

 

2010年3月18日木曜日

サン・ローラン再び。

 パリのプチ・パレでイヴ・サン・ローラン回顧展が3月11日から始まりましたが、その週に総合文化批評誌テレラマのインターネット・サイトで、晩年のサン・ローランを撮ったドキュメンタリー映画の一部が公開されました。これは映像作家オリヴィエ・メイルーが1998年から2001年にかけてイヴ・サン・ローランを追った記録映画『セレブラシオン Célébration』なのですが、この映画は劇場でもテレビでも公開されていません。イヴ・サン・ローランのパートナーでありYSL社の経営者でもあったピエール・ベルジェが許可を出していないためだそうです。
 このテレラマ・サイトに公開されている断片と、監督オリヴィエ・メイルーのインタヴューを総合すると、肉体の限界までクリエーターとしての仕事を続けていたサン・ローランのこの頃の姿はほとんど抜け殻のようになっているにも関わらず,ピエール・ベルジェが影ですべてをコントロールして,なんとかこの抜け殻を立ち続けさせようとしていた、ということがわかります。
 ニューヨークで「ファッションアワード」(モード界のオスカー賞みたいなものです)を受賞したあと、ベルジェがそのトロフィーを取り上げて(重いから体の弱ったサン・ローランを助けようとしたのでしょうが)、先に立ってその場を立ち去ろうとすると、その後ろからよろよろついてくるサン・ローランに多くの人たちが寄ってきて賛辞を述べます。ベルジェはモロに顔から「本来ならば私がこの賞をもらうべきだろうに」という表情を出します。すごいシーンではないですか。



Dans le secret d’Yves Saint Laurent
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2010年3月8日月曜日

この時代に無経験中年女性が職を見つけるということ

Florence Aubenas "Le quai de Ouistreham"
フローランス・オブナ『ウィストレアム埠頭』


 ローランス・オブナ(1961 - )は2005年1月5日、リベラシオン紙の海外特派リポーターとしてイラクのファリュージャ市の難民事情を取材中に、イラク反政府派によって誘拐され、5ヶ月近く(157日間)人質として監禁されていました。この間、支援者団体によってこの女性の顔写真はメディアに大きく登場して、パリ市役所の正面壁面にも大ポートレートがかけられていました。6月に解放されて、記者会見でけらけら笑いながら監禁生活を語るこの女性ジャーナリストの姿は、美しく、強く、不屈でしかもユーモアにあふれた本物のヒロイン女性のように報道されました。その後は、フランス近年最大の冤罪事件であるウートロー裁判の追跡調査でも活躍し、リベラシオン紙を離れて現在はヌーヴェル・オプセルヴァトゥール誌の特約リポーターである一方、2009年7月からは、国際牢獄監視委員会(Observatoire International des prisons略称OIP)の代表にもなっています。
 つまりこの女性はフランスではたいへんな有名人であり、人質時代のオブナの顔写真はフランス人ならば誰でも覚えているはずのものなのです。その人物が本名「フローランス・オブナ」を名乗って、ノルマンディー地方に現れます。ただし、髪の毛をブロンドに染め、メガネをかけて。細工はそれだけです。たしかに身なりは「パリ左岸のジャーナリスト」然とはしていなかったでしょう。しかし、これだけで、有名人フローランス・オブナは無名人フローランス・オブナに変身することができたのです。
 設定は、50歳近い中年女性、子供はなし、20数年間一緒に暮らしていた男と別れ、自活するために職探しをしなければならなくなったが、職業経験はゼロ、学歴はバカロレア(大学入学資格。つまり高卒)のみ。この女性の名前はフローランス・オブナ。住所はノルマンディー、カルヴァドス県の県庁所在地カーン。この本は2009年2月から7月までの約6ヶ月間にわたる、ゼロから始めた職探しドキュメンタリーです。
 この種の潜入ドキュメンタリーは、アメリカで白人ジャーナリストが黒人になったり、ドイツ人ジャーナリストがトルコ人になったり、フランス人ジャーナリストが路上生活者になったり、と前例はたくさんありますが、フローランス・オブナはほとんど扮装もなく、何も知らず不安気な顔をして公立の職業案内所の扉を押したとたんに、即座に危機的状況にある女性になり切ることができたのです。
 手に職のない女性が即刻に働けるものは何か。数年までは、スーパーやファストフードのレジ係というのがステロタイプだったと思います。しかしこの本の背景には2009年1月に始まった「恐慌」があります。フランス語で"La crise"(ラ・クリーズ)と呼ばれるものです。企業/工場がドミノ式に軒並み倒産し、無数の失業者たちが路頭に迷うと言われていました。国庫はカラで、銀行にも金がない、と言われていました。「ラ・クリーズ」はその重苦しい不安感だけを先行させて、それを理由に雇用が極端に減らされていきました。そういう状況で、職安が職業初心者である中年女性に提案できたのは、派遣の清掃係という職種でした。清掃会社と時間契約をして、ビルや公共施設や列車船舶などの清掃のために送られていく人たちです。フルタイムなどありようがない仕事です。早朝、深夜、土日などが主な時間帯です。どんな時間でも断れません。断れば次の仕事がないからです。一社と契約しただけでは、1日に2時間ほどの労働にしかありつけず、数社と掛け持ちで契約して、空き時間をパズル式に埋めていって、やっと週十数時間の仕事が得られます。しかも、仕事場所は市内と郊外だけでなく、カルヴァドス県内全般に広がり、公共交通の手段を使って行けないところ、仕事場までの移動時間が仕事時間よりも多くなるような遠いところもあり、おまけに交通費自己負担だったりします。
 フローランスは清掃係としてデビューして、少しでも多くの仕事を取るように努力します。その途中で知り合っていく仲間たちから知恵を授かったり、助けられたり助けたり。みんな同じように多くの仕事を取るという目的を持った人たちです。過酷な労働状況で働く、未組織の女性たちは、それでも心の連帯があります。その仲間たちが、あそこだけはやめておけ、という仕事場があります。ペイも悪いし、絶対体が続かなくなる地獄だ、と言います。それがカーンの郊外にある、英仏海峡につながる運河の埠頭であるウィストレアムに着く、定期フェリー船です。フェリー船の船内清掃は、着岸して乗客が下船したあと、次の乗客が乗船するまでの短い時間にすべてをきれいにしておかなければなりません。このウィストレアム埠頭の仕事に初心者フローランスは挑んでいきます。
 日本もフランスもあらゆる世界で同じ傾向でしょうが、21世紀は富裕層がますます富裕になり、下層民がますます貧困化し、中間がどんどん下層化しています。フランスは世界で最も早く最低賃金保証を法制化した国のひとつです。私たちはつい数年前までこの最低賃金がこの国民を極貧化から救ってくれているものと思っていましたが、今や人並みの給料が法定の最低賃金になってしまっており、最低賃金に達しない給料で働いている人々はたいへんな数に昇ります。この時間の切り売りで働いている派遣の清掃員たちは、早朝/深夜/土日休日に働いているものの、どうあがいても最低賃金になど達しようがないのです。
 「ラ・クリーズ」は働けるだけでもありがたいと思え、という雇用者理屈を正当化する圧力になりました。断ったら次がない、不平を言ったら次がない、という恐怖心を被雇用者に植え付けます。軍隊のような管理体制、ゲシュタポのような現場監視係、脅し、ハラスメント、無給労働の強制...フローランスは内側からそれを見て、告発的にその実態をリポートしますが、この本の本筋はそれではなく、そこにいる女たちの生きている姿であり、そこにある心の通う連帯であり、生きるための知恵の数々なのです。本当に捨てたものではない、フランス深部の、革命や戦争を闘ってきた土地の(カーンは第二次大戦のノルマンディー作戦の舞台となった大被災地です)、なにかそういう歴史の中にまだ生きているような不屈の女たちが見えてくるような本なのです。書いたジャーナリストも体でその中にぶつかって行ったから、見えてきた真実であることは言うまでもありません。著者がこの体験とその中で出会った人々に文末で謝辞を捧げるように、読む私もこの中で出てきた人々に感謝したい気持ちになります。

FLORENCE AUBENAS "LE QUAI DE OUISTREHAM"
(Editions de l'Oliver刊 2010年2月。275頁。19ユーロ)


(↓自著『ウィストレアム埠頭』を語るフローランス・オブナ)


(↓)2021年、エマニュエル・カレール監督(主演ジュリエット・ビノッシュ)で映画化された『ウィストレアム埠頭』の予告編

2010年3月3日水曜日

目もあてられーぬ,ミレーヌ Jamais deux sans trois

 3月2日(火曜日)、フランスを公式訪問しているロシア大統領ディミトリ・メドヴェデフを、サルコジがエリゼ宮(大統領府)での夕食に招待。その際,ロシアで大変人気のあるフランスのスターで華を添えようと、それまでだったらパトリシア・カースと決まっていた席に(パトリシア・カースの時代は本当に終わってしまったのでしょう)、サルコジはミレーヌ・ファルメールを指名。ロングドレスで颯爽とエリゼ宮に到着したミレーヌ様は、赤絨毯を踏んで入場する階段で,一度,二度,三度と躓いてしまいました。この映像がまたたく間にインターネット上で,世界中に伝播してしまうわけですね。これがパトリシア・カースだったら,こういう現象になるでありましょうか。


Mylène Farmer chute devant l'Elysée
Uploaded by TELEOBS. - Up-to-the minute news videos.

PS (3月4日)
今日のAFP短信によると、この時ミレーヌ・ファルメールは足の指を骨折したのだそうです。しかし、国賓との夕食なので、痛みを隠して,そのまま出席して、ずっと引きつった笑顔で対応していたそうです。可哀想なミレーヌ様...。

PS 2 (3月8日)

4月12日に発売予定の昨年スタッド・ド・フランスでのコンサートのDVD/ブルーレイの予告編です。これ見ると This is it と思わせる魔力がこの人にはまだまだあるみたいです。それにしてもファンたちはよく泣きますね(この人のライヴ映像につきものですけど)。