2018年に始まったウィンキー・
カレンダー
、2023年版(なんと6年目!)は12月上旬発送を目指して現在遠隔地レンヌで準備制作中(写真選考、フォトショ修正、表紙コンポ...)です。
表紙原案(↓)は私が作りましたが、レンヌからNGが出て、やり直しだそうです。出来上がりにご期待ください。

14. なぜ本田技研に革命をもたらしたエンジニア馬場忠夫は、私の生活に土足で押し入ったのか?この2章は合わせて16ページある。これはブリジット・ジローの(クロードを殺した)ホンダCBR900ファイアブレードへの怒りの丈をぶつけたものであり、開発者であるホンダの伝説的エンジニア馬場忠夫の来歴も含めて、マシーンの詳細なデータおよびフランスの業界誌やライダーたちの証言も入った、いかにこの怪物オートバイが殺人的なしろものであるかを書き綴っている。この輸入販売を許可したヨーロッパ(およびフランス)の新資本主義自由貿易政策への呪詛も忘れていない。メーター上で速度270キロを超えるのである。絶対的に公道で走るように作られていない。サーキットのみで走行されるべきもの。これが日本では禁止されていて(禁止されているから、倍近い値段払ってでも欧米からの逆輸入ものを日本のライダーたちは買う)、ヨーロッパでは公道で走れて、結果、多くの死傷者を出している。この16ページの話者のテンションは非常に高い。近い将来この本の日本語訳本が出たら、日本ではこの部分だけで物議をかもすかもしれない。
15. 1999年6月22日クロードが乗っていた、日本産業界の誇り高き花形スター、ホンダCBR900ファイアブレードは日本で販売禁止であり、ヨーロッパ向け輸出に限定されていたのはなぜか?
Sandrine souhaite partager sa localisation avec vous
(サンドリーヌはあなたと位置情報のシェアを希望しています)
アプリGoogle Mapsのダイアローグに「きみ」が同意クリックを押すと、サンドリーヌは点滅する赤丸となって画面に登場する。この赤丸のいる位置を追いかけていけば、サンドリーヌに会え、会場にたどり着ける。こうしてアリアーヌ(きみ)はスマホのGPS画面を片手に、久しぶりに部屋を出て(リアルの)外界に飛び出し、赤丸の示された場所へと赴く。行けばそこは17ヘクタールもある野外イベントパークで、パーティ会場にはシャンパーニュ、ビュッフェ、音楽がふんだんにあり、サンドリーヌと婚約者ジョンの同年代(アラサー)招待者たちがわんわんと騒いでいる。純白ドレス姿の主役サンドリーヌは幸せそうに招待者ひとりひとりと応対してもみくちゃになりながら、華麗にこの上なく美しく踊っている。大盛会だったパーティーもピークを過ぎ、招待者たちが三々五々退散していく午前3時頃、サンドリーヌが姿を消す。「きみ」も帰宅することを告げたくてサンドリーヌを探すが見つからない。GPSを見ると赤丸はイベントパークの反対側にいる。アルコールも回り、眠くなった「きみ」はそのまま帰路につく。
翌日、婚約者のジョンからサンドリーヌが失踪したことを告げられる。ジョンのヴァージョンでは昨夜のパーティのとある”馬鹿野郎”とどこかにしけ込んだに違いないと言う。絶望的に落ち込んでいるジョン。ジョンとはあまり懇意でない「きみ」は、サンドリーヌが自ら消えた”わけ”を尊重し、ジョンには自分がサンドリーヌの位置情報を持っていることを明かさないでおく。「きみ」だけがサンドリーヌ(赤丸)の居場所を知っていて、その赤丸は移動しているのがわかる。そのサンドリーヌからは「昨日は来てくれてありがとう、また会おうね」の携帯メッセージが入っている。生きているから案ずることはない。その赤丸はパーティ会場から20キロ離れた湖(デール湖=Lac du Der)の辺りに移動し、そこに止まっている。
スマホが振動し、「三面記事」情報収集のために登録している地方プレスの探信ニュースが画面に現れる。「デール湖畔でジョギングで通りかかった市民が、左足だけを残して全身を焼かれた死体を発見」。まさか。サンドリーヌであるわけがない。なぜならその赤丸は微妙な動きを止めていない。それは生きたサンドリーヌなのか、それとも誰かの手に渡ったサンドリーヌのスマホなのか。
「ダムール通りの惨事:娘の目の前で、父親が息子を殺したのち自殺、死者3名」この記事は当時センセーションを起こし、多くの読者に読まれた。アリアーヌは自慢だった。これを読んだサンドリーヌは記事リンクをアリアーヌに送り、これを書いたのは本当に「きみ」なのか、と問い詰めた。「そうよ、陰惨でしょ」と「きみ」はサンドリーヌに返事した。
Muriel Barbery "Une rose seule"
ローズが京都で宿泊する鴨川沿いにあるハルの邸宅には、長年ハルに雇われハル邸の家事全般と会計帳簿を担当しているサヨコという年配の女性がいる。ぶっきらぼうで言葉少ないが、ハルから全幅の信頼を預かった重要人物であり、『狂ほしの時』では予言めいたことも口にし、ケイスケはこの女性を”キツネ”の化身と思っている。毎朝花を生け、その花に合わせた花模様の着物を身につける。ローズの職業は植物学者(ボタニスト)であり、この生花や京都の庭園の植物に敏感に反応している。小説は12章に分かれていて、各章にプロローグとして中国や日本の植物にまつわる故事(牡丹、なでしこ、つつじ、あやめ...)が紹介され、物語は花・植物と混ざり合って進行する。
サヨコは片言の英語でローズにその日の予定やポールからの伝言を伝える。ハル邸のお抱え運転手のカントともコミュニケーションは片言英語である。この言葉少ない日本人にも打ち解けず、ローズはこの意思に反しての日本滞在への苦々しさと怒りはなかなか消えない。ましてや滞在最初は言われるがまま、されるがままで、日本円も携帯電話も持たされず、スケジュールをこなすだけの囚われ人であった。1日目、運転手は銀閣寺にローズを連れていく。何の説明もなく、わけもわからず、であるが、固く閉ざされていたローズの感受性は少しずつ刺激されていく。それは未体験者/予備知識ゼロ者の”京都発見”におおいに関わっているのだが、さまざまな名勝を描写するミュリエル・バルブリーの筆力の見事さに惹き込まれるフランス人読者も多かろうと思う。もちろん最初ローズはまったく心動かされるものがなかったのに、徐々に徐々に...。
初日の銀閣寺で、ひとりの英国人女性ベス・スコットと遭遇する。後日この女性が生前のハルと関係の深い人物(一時は愛人でもあった)と知るのであるが、古くから京都に住んで京都を愛していると一面的に理解したのか、ローズはこの女性の言うことにいちいち引っかかる。初対面でのこのやりとりは非常に興味深い。
ー 日本は人々が非常に苦難の数々に晒されている国だけど、人々はそれに頓着していない。その不幸への無関心の報酬としてこれらの多くの庭園をいただき、そこに神様たちが降りてきてお茶を飲むのよ。
ー そうとは思わないわ。苦難を報酬するものなど何もないわ。
ー ほんとうにそう思う? (とイギリス人女性は尋ねた)
ー (ローズは言った)傷ついた人生、それを待つことなど何の得にもならないことよ。
イギリス人女性は顔をそむけ、銀閣を凝視することに没頭していった。
ー もしも苦しむことに心の準備ができていないということは、生きることの準備もできていないのよ。(p19)
日本は多くの苦しみに苛まれているが、人々は耐え忍び、それを鎮めるモニュメントがいたるところにあり、神様たちとたたずむ場所がある ー このテーマは本書でも何度か繰り返される。自然災害や大地震など、日本のそれは(恵まれたフランスのようなところにいる)西欧人の目から見れば大変なものだと思う。日本で生きることは苦しむことだが、それと共生するための”美”がある。
第一日めの午後、美術商ハルの後継者のベルギー人ポールと初対面。お互いに第一印象は良くない。ポールは故ハル・ウエノの遺志だけでなく、ローズの全く知らないハルの人となりについて少しずつ話し始めるのだが、40年間父から放棄されていたと思い込んでいるローズの憤りと京都という異郷にいる居心地の悪さは容易に消えはしない。『狂ほしの時』でも同様だが、この小説でも酒と料理はふんだんに登場する。酒豪であったが酩酊することが一度もなかったハルのDNAか、ローズはよく呑む。料理屋でポールが「ビールか酒か?」と聞くと「両方」と答えるローズ。だがこの酒がローズとポールの険悪な会話を柔和にするというわけではない。
『狂ほしの時』はハルの生涯という長い年月のタームで展開するが、雪のシーンが多く登場する。雪降る京都がいつも背景にあるような。それに対してこの『ただ一輪の薔薇』は、展開される時間が一週間ほどで、梅雨(mousson)の時期で、雨降る京都である。透明ビニール傘が欠かせない。
ハルが望んだローズの京都めぐりの2日目は詩仙堂へ。つつじ。バルブリーの描写が素晴らしい。その日、ローズはポールに導かれてハル邸の奥にある隠された書斎の壁一面に貼られた40年分のローズの隠し撮り写真と対面し、衝撃と激しい怒りでその場に膝を折って沈んでいく。「ハルは一日とてあなたのことを思わなかったことはない」とポールは慰めるのだが...。
大徳寺(高桐院)、真如堂、くろ谷墓地(ハルの墓だけでなく、ポールの妻クララ、ケイスケ・シバタの妻と子供の墓もある)、南禅寺(やっぱり昼食に豆腐を食べることになる)、龍安寺(観光客で混み合う時間を避けて、朝早く訪問。この石庭をローズは「巨大な猫の砂場のようだ」と喩える)、そして嵐山西芳寺(苔寺)...。私は(50数年前の高校修学旅行を除いて)全くの京都知らずなので、このバルブリー描くイマジナティヴなローズの京都名勝めぐりにうっとりしてしまった。なぜ人々はこの庭園に来て心を鎮めるのか、なぜハルは京都を愛したのか。この環境の中で、ポールはローズにハルの人物像、そしてハルと共に歩んだ人々(陶芸家ケイスケ、ポール、ベス・スコット、サヨコ、カント...)のこと、そしてポールがハルから聞き知っている限りのモード(ローズの母)とローズの祖母ポール(Paule)のことを語っていく。父親ハルに固く心を閉ざしていたローズが、一日一日と雪解けていく。
ハルと何十年と寄り添って生きたサヨコは、ローズの印象を
"volcano ice
lady”と言った。火山と氷を合わせ持った女。それはハルの目と同じだ、と。火と氷の目。そしてベス・スコットは二、三度ローズと茶屋で茶を汲み交わしただけで、ポールとローズが似たもの同士であると見抜いた。そして、ローズは最初の敵愾心から打って変わって、数日後にはポールに強く惹かれるようになる。この豹変をその目で見たベスが、ポールに”日本語で”こう言うのである。
世の中は三日見ぬ間の桜かな (p144)ふだんはフランス語で会話する英国人女性とベルギー人男性が、その場にいる(日本語の全くわからない)フランス人女性の頭ごなしに日本語で「世の中は三日見ぬ間の桜かな」と、日本の風流人のように決め台詞を放つ。チョーンっと拍子木を合わせたいようなシーン。笑っちゃいますよね。だがこの諺はハルのローズへの遺言の最初のフレーズであることも、小説の終わりの方でわかる。
ただ一輪の薔薇、それはすべての薔薇、そしてまたひとつの薔薇(高安国世 訳)
エリザ、エリザ、エリザ、僕の首に飛びついておくれエリザ、エリザ、僕の髪の毛のジャングルの中からきみの繊細な指と爪でノミを探し出しておくれ、エリザ

C'est moi. Viens tout de suite.
俺だ、すぐに来い。
1991年3月2日土曜日、午前10時に電話が鳴る。こんな時刻にリュリュは電話してきたことがない。そしていつもの「すぐに来い」のセリフがない。彼はその三日後のリーズの誕生日に何が欲しい、と尋ねる。そして初めて二人は電話で長い時間雑談をするのである。ひとしきりの雑談が終わると、彼は突然口調を変え、怒りの声になる。「俺は死にたくない。俺はもう死んだようなもんだ、わかるかい? 俺はもう勃起しないんだ、もうセックスもできないんだ、こうなったらバンブーもずらかってしまうんだ!」・・・・・・ その数時間後、パリ7区ヴェルヌイユ通りのゲンズブール邸で、ひとりひっそりとリュリュは息を引き取るのである。
というわけで、ジュリアン・クレールの古典詩へのアプローチはたいへん折り目正しく格調の高さも感じられるのだが、このエゼキエル・パイレスの制作態度はどうなんだろうか。アルバム冒頭第一音からそこはかとないメランコリーが全体を包むのだけど、始まるのは繊細で小洒落たエレクトロシンセポップなのだよ。思わず首が振れてしまう心地よいリズムとピコピコ音。これは誰も古典的な名詩だと意識しないで聴いてしまうと思うが、それでいいのか?
例えば5曲め「エレジー(哀歌)」、詩はマルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール。
たぶんあなたに会う前から私はあなたのものだった
私の命は形になる過程ですでにあなたのものと約束されていたあなたの名前は予期せぬときめきによって私に告げられたあなたの魂は私の魂を目覚めさせるために潜んでいたのだあなたの声は私を青ざめさせ、私の目は下を向いた
交わされた沈黙の視線のうちに、二人の魂は抱きあっていたこの視線の奥に、あなたの名前が明かされた
それを問うことなく、私は思わず声を上げた、これこそその人だと!ある日その声を聞いた時、私は声を失ったその声にしばらく聞き入り、私は答えることを忘れてしまった私の存在とあなたの存在は見分けがつかなくなり
私は生まれて初めて名前を呼ばれたと思った
あなたはこの奇跡を知っていたの? あなたのことを知らずに
私はその名で私の恋人と見抜いた
あなたの声の響きを聞いただけでそうとわかった
私のやるせなくも美しい日々をあなたは輝かせてくれた
その声が私の驚いた耳に届いたとたん
耳はそのとりこになり、狂喜した
私はそれだけで私のこの上なく甘美な感情の数々を表現できた
私はそれを集めて、誓いの言葉を書き著した
その名が私を愛撫し、私はその息を吸い込む
愛しい名前! すてきな名前! 私の運命のお告げ!
なんてこと! あなたは私を魅惑し、あなたの優美さが私を射抜く!
まるで私の口を閉ざす最後の接吻のよう
流れる水のようなおまえの声で語っておくれ告白のささやきがゆるやかになったら
冷やかしや残酷な言葉も言ってもいい
そして酔わせるような調べ(メロペ)で私を揺すっておくれ私をしんみりさせたり喜ばせたりしてくれるおまえのくぐもった声で私の額がおまえの波打つ髪にうもれる
おまえの望み、おまえの悔い、おまえの願いを表してくれ
おお、私の妙なる調べを奏でる恋人よ
おまえの姿は稲妻おまえの微笑みは一瞬だけおまえを切望する声がするとおまえは逃げてしまう、おお私の望みよ
おまえの姿は稲妻、つかまえようとしても腕の中はからっぽおまえの微笑みは一瞬だけ、とらえることができない
おまえを激しく切望する声が私の唇から発せられると
おまえは逃げてしまう、おお私の望みよ
おまえはシメールのように襲うことなく軽く触れていくだけいつもおまえの満たされない望みを差し出していく
この苦悶にまさるものはない
おまえの希なくちづけの苦い陶酔よ私はおまえの声、その優しい歌を聞き続けるだろう
私は何も理解できなくなっても聞き続け探すだろうさもなくばすべてを忘れるか、うとうとと眠ってしまう
もしもほんの一瞬でもおまえが歌うのをやめてもその沈黙の奥から私は聞くだろう
なにか恐ろしいものがすさまじい声で泣いているのを
おまえの望み、おまえの悔い、おまえの願いを表わしてくれ
そして酔わせるような調べ(メロペ)で私を揺すっておくれ
私の目が涙を流せる限り私の手が網紐を引っ張れる限り
あなたとの過去を悔い
涙とため息を抑えようとする時私の声はほんの少しものを言う可憐なリュートに合わせ、あなたの優美さを歌う
魂があなたのことを理解することしかできないことに甘んじている限りおお甘美な視線よ、おお豊かな美をたたえた眼よ私はそれを自信をもって言いたくはないおお優しき睡りよ、おお私の幸福な夜よ心地よい休息、静けさに包まれ私の夢を毎夜見させ続けておくれ万が一私の哀れな恋する魂が
現実の世界で幸福を知らぬことになろうとも
せめてその幻想だけでも見させてやっておくれ