2015年6月19日金曜日

ガストン・ミロン「愛の歩み」



 ストン・ミロン(1928-1996)はケベックの詩人であり、バビックスが新アルバム『クリスタル・オートマティック#1』で取り上げた8人の詩人のひとりです。日本はもとよりフランスでもあまり知られていませんが、故国ケベックでは96年の死去の際に国葬になっている国民的な詩人です。詩人および出版者として第一線の文化人で、フランス語圏カナダの擁護〜ケベック独立の闘士としても有名です。
 バビックスがガストン・ミロンの作品と出会ったのはつい数年前のことだそうで、詩集『l'Homme Rapaillé(摘まれた男)』 (1970年発表)の中のこの「La marche à l'amour(愛の歩み)」という200行を超える長編詩に電撃的なショックを受けます。この詩は文字通り歩行のリズムを持っていて、読む者はその歩行の息づかいを共有し、一緒に進み、一緒に心臓を高鳴らせ、一緒に登り詰め、一緒に息切れてしまいます。この体験をバビックスは再現したくて、曲をつけてそのポエジー・スペクタクルである「クリスタル・オートマティック」で披露しました。するとそれを見た長年の友人のひとりがやってきて、この詩で歌われた2行
moi je fonce à vive allure et entêté d'avenir
la tête en bas comme un bison dans son destin
その宿命として頭を下げて突進する野牛のように
僕はがむしゃらに突き進み未来に陶酔する
 は、おまえそのものだ、と言ったのだそうです。 それ以来「ビゾン bison 野牛」はバビックスのフェティッシュとなり、彼が新しく設立した独立制作会社の名前も「ビゾン・ビゾン bison bison」(野牛の学名)となっています。
 アルバム『クリスタル・オートマティック #1』はランボー、ボードレール、アルトー、ジュネ、ケルーアックなどの詩作品をバビックスが音楽化したものです。メロディーをつけると言うよりは、詩の語感や韻律の持つ音楽性をそのまま引き出そうと、ほとんどがスラムのようなポエトリー・リーディングで、楽器(ピアノ、キーボード、ギター、ドラムス)演奏がそのアトモスフィアを支えていくような構成になっています。
 その中でこのガストン・ミロンの「愛の歩み」は、前述のように歩行のリズムの、孤独な散歩者のものから、激情的にまだ見ぬ恋人を恋慕しつめる頂点に至るまでの上昇過程がすばらしく、まさにクリスタル現象(スタンダールの「結晶作用」)を体験する思いがします。スタンダール『恋愛論』(1822年)で有名なこの Cristallisationクリスタリザシオンも、バビックスの重要なキーワードのひとつで、セカンドアルバムのタイトル『クリスタル・ボールルーム』(2009年)でも今度の新作『クリスタル・オートマティック#1』でもこのクリスタルという言葉が使われているのは偶然ではありません。
 原詩「愛の歩み」は200行を越す長編詩ですが、バビックスは後半のほとんどを省いて、前半と結語部を結合させた約100行として作品化しています。それでも録音された曲は10分の大曲となっています。私は5月末にバビックスにインタヴューすることができ、その時にこの大曲がやはりこのアルバムの白眉であるということを確認し、おそらく日本のリスナーにも一番なじみやすいトラックだと思うと告げました。できたら誰かがこの詩の和訳をすれば、さらに好かれるのではないか、と。「きみがやれよ」とバビックスに言われ、今日、こうやって、試訳を公開します。訳はバビックスが録音した部分だけのものです。日本語になっていない部分多々あります。いつか全文訳をやってみたいと思ってます。

ガストン・ミロン 「愛の歩み」

おまえは露の野の青緑色の目をしている
おまえは冒険と光年の目をしている
その底にある優しさは5月の微風
未開のままの僕の人生と共に歩んでくれる
おまえの恐がりな体にあるこの鳥の温もりと共に
僕は骨組みであり、たくさんの茂みだ
その宿命として頭を下げて突進する野牛のように
僕はがむしゃらに突き進み未来に陶酔する
睡蓮の白さがおまえの首まで伸びていく
僕の不吉な霊力の悪巧みに従って
僕の目の中でおまえの遠い未来の死の照り返しに
おまえの鹿のようにさまよう斑点と
空と海が反応しあう

全身に日を浴びながらおまえはやってくるだろう
口は草原の冷気に満ち
体は忘れられた庭園によって熟され
そこでおまえの乳房は魅惑の呪いとなった
おまえは立ち上がる おまえは僕の腕の中の夜明けだ
そこでおまえは季節のように変わっていく
僕はおまえのために息切れの国の競歩者となろう
惨めさと身のほど知らずの限界まで歩いていく
僕はきみに命を愛させたい、僕たちの命を
おまえを根から葉まで狂おしく重々しく愛するのだ
来る日も来る日も、夜と石の浅瀬を通して
僕たちの静かな力が沸き上がってくる
僕はいつの日かどこかでおまえと出会えるに違いないのだ
きっと!
僕を失わせ苦痛をもたらすあらゆるものに逆らって
この寒さの底にかすかに残っているその視線から
おおわが恋人よ、僕はおまえが実在すると断言できる
僕は僕たちの命を修正する

僕たちはもはや衰弱して死ぬことはない
僕たちの夢の嵐がたとえ何里離れていようと
僕たちの唇が渇きでひび割れて血の筋が流れようと
両肩が飛び交うカモメたちに覆われようと
否!
僕はおまえを探しに行き、僕たちは地上に住むだろう
この悲嘆は癒されないものではない
僕はそのために愚弄の漂流物、節操のない風船、
深い病気を負い火の粉の涙を出す道化師となっているけれど
僕の渇きの空気と火を打ち砕け
絹でできた空のようなおまえの両手の中に僕を流し込んでおくれ
もしもそれがおまえのそばに愛の国から来た新参者のように
僕を再び立たせるのでなければ
二度と出られないように頭から入れておくれ
銀河でできたおまえの体で僕に星をちりばめておくれ
たとえ僕の生活がどん底にあっても
泥沼のような黒い欲望の中にあっても
もしも僕が大根役者で、絶望の粉砕機であっても

それでも僕には強く猛々しい思いがある
おまえをその純粋さによって愛すること
僕の知らなかった優しさによっておまえを愛すること
僕の空の雨霰と降る星たちの中で
僕の体の中で閃光が輝き
僕は風に向かって固く結んだ拳をかざす
僕の心臓は千馬力の蒸気機関となり
僕の心臓はロウソクの炎のようだ
おまえ、おまえは優美で深みのある頭脳を持ち
その髪の中には柳たなびく夜が潜んでいる
その顔には偶然と果実が雪となって吹き付け
その視線は秘められた泉によって養われ
おまえの血管には幾千もの虫たちの歌があり
おまえの愛撫には幾千もの花びらの雨がある

おまえは僕の愛
僕の怒号、僕の叫び
おまえは僕の愛 
宇宙から届けられた僕の帯
地平の四隅で踊られる僕のスクエアダンス
僕の希望の乱れたかせを梳き取る糸車
おまえは僕の好戦的な和解
僕の蜜蜂の睫毛に語りかける僕の日のささやき
高層ビルのてっぺんにある僕の窓の青い水
僕の愛
ロータリー花壇の垣の泉
おまえは僕に開かれたチャンス、僕の包囲網
おまえのおかげで
僕の勇気は常緑の樅の木
僕には魂に満ちる雑草や大魚がある
おまえは無傷のままの未来の美のすべてだ
影に刃向かう太陽のような、今にも壊れそうな美

(... 中略...)

僕はおまえに向かって歩む、僕はおまえに向かってよろめく、僕はおまえに飢えて死ぬ
魂の中へ僕の身の丈のすべてはゆっくりと倒れ込む
僕はおまえに向かって歩む、僕はおまえに向かってよろめく、
生きる意味など空っぽな水筒から僕は水を飲む
南も北もない道々にばらまかれたこれらの歩跡のために
頭もしっぽもない風が打つこれらの平手打ちのために
僕はもはや愛に仕える顔をしていない
僕はもはやなにものにも役立つ顔をしていない
ときおり僕は自分を不憫に思い座り込んでしまう
睡りの十字架のように僕は両腕を開く
僕の体は愛の痙攣を起こす最後の神経網だ
僕の指先には失われた記憶の糸がかかっている
もう明日なんか待てない、僕はおまえを待っている
もう世界の終わりなんか待てない、僕はおまえを待っている
僕の人生の偽りの光輪などもう取り払われてしまった


 今のところ公開されているこの曲の動画はありません。 あり次第ここに貼付けます。
 バビックスの『クリスタル・オートマティック#1』はこの曲だけでもぜひ聞いてみてください。

<<< トラックリスト >>>
1. CONVERSATION 1
2. LE BAL DES PENDUS (首吊り人の舞踏会)アルチュール・ランボー
3. LA MORTS DES AMANTS (恋人たちの死)シャルル・ボードレール(『悪の華』より)
4. LE CONDAME A MORT (死刑囚)ジャン・ジュネ(部分)
5. MES PETITES AMOUREUSES (僕の小さな恋人たち)アルチュール・ランボー
6. LA RUE (通り)アントナン・アルトー(『冥府の臍』より)
7. PULL MY DAISY (ヒナギクを摘んで)ジャック・ケルアック
8. WATCH HER DISAPPEAR (彼女が消え去るのを見て)トム・ウェイツ(アルバム『アリス』より)
9. LA MARCHE A L'AMOUR (愛の歩み)ガストン・ミロン(『拾われた男』より
10. CONVERSATION 2
11. LE CRYSTAL AUTOMATIQUE (自動水晶)エメ・セゼール(『奇跡の武器』より)

Babx "Cristal Automatique #1"
CD BisonBison BIS8128122181
フランスでのリリース 2015年6月22日


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