"Une femme aujourd'hui"
『ある女、今日』
2026年フランス+イタリア映画
監督:ロベール・ゲディギアン
主演:マリルー・オーシルー、アリアーヌ・アスカリード、ジャン=ピエール・ダルーサン、グレゴワール・ルプランス=ランゲ
フランス公開:2026年10月21日
マルセイユの映画人ロベール・ゲディギアンの25作め、舞台は言わずもがなのマルセイユ。労働者階級の老夫婦カティ(演アリアーヌ・アスカリード)とアレックス(演ジェラール・メイラン)の娘ジュリエット(演マリルー・オーシルー)は、その出自に似合わぬサクセスコース(名門校→上場商社エリートキャリアウーマン)を歩み、独身30歳にしてプール+ガーデン付き豪奢一戸建て住宅に住み、高級ブランドに身を包み、適当にセックスパートナーを変え、順風満帆のゴールデンガールライフを満喫していた。母カティはひとクラスもふたクラスも上に位置してしまった娘と関係がギクシャクしてしまう。言語も立ち振る舞いも別世界の人間のようで、母の手料理よりも残業仕事を優先させ、接点を失いかけている。娘ジュリエットの方も、家族親族の集まり(父母の結婚記念日宴)に出ても、”自分の居場所”がないと感じてしまい、気に病んでいる。この社会階層の”飛び越え”によって起こる障害の描き方うまい。
さて破竹の成長を続ける上場企業は、その成功の社員還元として、船上パーティーを催し夜のマルセイユ湾をダンスフロアーにしてクルーズする(なかなか美しい図)。ジュリエットも日頃のストレスを解消すべく踊り、飲み、陶酔しようとするのだが、日頃からセクハラ気味に付きまとう上司の男が何度もナンパを試み、巻いても巻いても...。散会し下船して、(泥酔状態なのに)自分の車で帰ろうと、車のドアを開けると、尾行してきたであろうかの上司男が力づくで車に乗り込み、ジュリエットを強姦する。必死の抵抗で男を車から突き出し、車を全速力で走らせ逃げるが、気が動顚していて道路脇に衝突してしまう。事故音を聞いて駆けつけ、ジュリエットを助け出したのは、事故現場前の建物で困窮する未成年妊娠女性やシングルマザーたちを収容する民営慈善施設の運営者であるクリスティアン(演グレゴワール・ルプランス=ランゲ)とそこに寝泊まりしている女たち。ジュリエットの知らなかった世界。
この強姦+自動車事故はジュリエットの心身に極度なダメージをもたらしただけでなく、ジュリエットのこれまでのサクセスストーリーをすべて帳消しにし、強姦魔上司のヴァージョンを鵜呑みにする会社はジュリエットを解雇し、さらに告訴しても(ほとんどの性暴力事件と同じように)立件されないばかりか、強姦男から逆告訴され、自動車から突き落とされ放置された傷害事件となり敗訴(賠償金9万ユーロ)が確定的となる。
ゴールデンガールの転落、失墜。長い虚無状態から抜け出すきっかけが、かの女性救済施設への再訪であり、クリスティアンとそのスタッフたち、そこで暮らす女性たち(性暴力や戦争や貧困から逃れてきた若い妊婦たち母たち)との出会い....。いつしかボランティアでこの施設を手伝うようになる。求めていた”自分の居場所”とはここかもしれない。ジュリエットはこの新しい環境にやり甲斐を見出す。そして恩人クリスティアンとの間に芽生えつつある恋(←しかし強姦事件のトラウマで性行為に拒絶反応が)。そしてこの種のNGOチャリティー施設に必ずつきまとう慢性的運営金不足、近隣住民の無理解と苦情、嫌がらせ...。
さて母カティーも以前からジュリエットに明かさなければならなかった秘密があり、機会を伺っていたが、このゴールデンガール的地位からの転落は母娘の関係を少女期のような親密なものに戻し...。その秘密はアルジェリアがフランスの植民地だった時代に遡り、カティは現地のフランス家庭で生まれたことになっているが、実の母は一家の使用人のアルジェリア人女性だったというのだ。父の権限でカティーは”実子”として育てられるのだが、それを記録する手記ノートにはカティーの実母アミナがどのような女性だったのかも綴られている。そのジュリエットの実の祖母のことをカティーは伝えたかったのだ。(その前にそれを知らされたカティーの夫アレックスが、”じゃあ、あんたは半分アラブ人なのか?俺は全然構わんよ”と言ったシーンでは映画館内でどっと笑い声が起こった)
アミナには不思議な能力があった、とそのノートは記している。アフリカ大陸では今もたくさんいるとされる手による治癒師の家系の出身で、アルジェリアのカティーの家でも怪我・病気を治す女だった、と。この映画ではカティーにはないが、隔世遺伝でジュリエットにはその治癒能力があるような”奇跡”(子供の鼻血を止めるような程度のものであるが)を2回登場させている。こういうの大好き。
巨大企業の体面のために強姦魔上司を救済しジュリエットを解雇したこと、性暴力被害者ジュリエットを逆告訴して強姦男が賠償金を巻き上げるといった理不尽に、この映画はどう落とし前をつけるのか? 人情映画の名手ゲディギアンは、熱血の父アレックス(ジェラール・メイランは今回すごくいい)に犯罪まがいのやばい行動で強姦男に制裁を下し、恐れをなした強姦男は告訴を取り下げる...。浪花節ですね。
事件はさらに起こり、ジュリエットが本腰入れて”幹部”的な役割を果たすようになった女性救済NGO施設に、ある夜(おそらく騒音苦情を出していた近隣住民の実力行使で)火炎ビンが投げ込まれ、建物を焼失してしまう。女性たちは寝場所を失ってしまう。当局は仮の宿泊先としてマルセイユから遠く離れたトゥーロンの施設を提供しようとするのだが、昼の間ほとんどマルセイユで仕事している女性たちはこの提案を受け入れられない。そこで....。ジュリエットはゴールデンガール期の既得物たるプール/広大な庭付きの一戸建て住宅(←自宅)の庭に宿泊テント村を仮設し、サロンを仮食堂にしたて、当面の宿泊場所として提供したのである!
大地からひとクラスもふたクラスも上の巨大企業エリートだったジュリエットは、再び大地のレベルに降り立ち、実祖母のような”奇跡”の治癒師となって自分の居場所を見つけた、という一席でございました。
いろいろ詰め込みすぎの感もあるけれど、いろいろあるのがマルセイユ的とも言える。性暴力とネオリベラル資本主義、男性原理社会とアルジェリア、救済されねばならない人たちと共に闘う人たち、レイシズム、人情、隣人愛、不正・理不尽に対して時には必要な荒療治... こういうことがらが展開する背景画としてマルセイユの風景はほんとうによくマッチしてしまうのですね。これまでのゲディギアン映画ではいつも卑劣漢の役ばかりやっていたグレゴワール・ルプランス=ランゲが、今回は慈善NGO運営者かつジュリエットの恋人(ハッピーエンド材料)という”いい奴”役になっているのだけど、私、ゲディギアン映画見すぎのせいか、この男優の顔はどうしても卑劣漢としか見えなくて、そこが、ちょっと、映画ストーリー展開に心から入り込めない大きな原因になってしまった。それだけ残念。
カストール爺の採点:★★★☆☆
(↓)『Une femme aujourd'hui ある女、今日』予告編



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