2010年2月12日金曜日

ベルギー人の逆襲



アレック・マンシオン『レオポルド・ノールと臣下たち』
Alec Mansion "LEOPOLD NORD ...et eux"


 昭和中期の日本で同じような作りの高層住宅でも,「アパート」と言うと庶民的なイメージでしたが,「マンション」と言うととたんに豪奢な感じがありました。しかし,原語(英語)で mansion はいくら高級であっても高層集合住宅の意味はなく,大邸宅,即ちフランス語の manoir (マノワール,城館)に相当するものです。
アレック・マンシオンのHPのトップページはこんな感じの大きな田舎家ですけど。
 アレック・マンシオンは1958年ベルギー,ブリュージュ生れの音楽アーチストです。その唯一の栄光は1987年,弟のブノワ・マンシオン(+そのまた弟のユベール・マンシオン)と組んだレオポルド・ノール・エ・ヴー名義のシングル盤"C'est l'amour"の大ヒットであり,当時のフランスのチャートTOP50で最高位2位,ゴールドディスクを獲得しています。その後兄弟は「レ・シェリ」,「レ・フレール・マンシオン」などと名前を変えながら,シングル盤やアルバムを出すのですが,ベルギーでの受けはさることながら,フランスでは全く名前を聞かなくなってしまいます。
 アレック・マンシオンにはもう一つの栄光があり,それは当時の奥様であったミュリエル・ダックの1986年の大ヒット"Tropique"です。80万枚。当時は日本盤も出ましたし。ミュリエル・ダックも3枚ほどアルバムを出していましたが,TOP50的には一発ヒット屋でした。
 ミュリエル・ダックのサウンドも含めて,アレック・マンシオンの作るポップサウンドには日本でも隠れたファンが多いようです。複雑で流麗なコーラスハーモニー(多重録音です),サンプル音/効果音の遊び感覚,ラテン/ボサ/ディスコその他が軽妙に混じった上質のFMポップ,そしていかにもベルギー的な冗談モードが決め手です。フランス人のように言葉(遊び)で笑わせるのではなく,サウンドで笑わせるのはこの人の真骨頂でしょう。例えばリフレインのところの歌詞の単語を繰返しの度にひとつひとつ消していって、最後には聴衆のため息と拍手で終わるというふうな構成で「歌のストリップショー」をしてしまう、なんていうことですね。高度なテクニックの諧謔だと思います。
 しかし一発屋ですから、だんだん出番がなくなり、早くも90年代には懐メロ歌手の領域に突入し、タマにお呼びがかかるテレビの懐メロ特番で "C'est l'amour"を口パクで歌う、というのがこの人たちの存在の証しになってしまいます。新曲も新アルバムも出しているのに、それではお呼びがかからない。行く末は老人施設巡回訪問や、地方スーパーマーケットの大駐車場前カラオケショーの余興要員になってしまうわけです。
 2000年代に入って、そういう人たちが団結して集団復活します。2006年にスタートした"AGE TENDRE & TETES DE BOIS" "AGE TENDRE & TETES DE BOIS" は、シクスティーズ/セヴンティーズのアイドルたち(リシャール・アントニー、シェイラ、フランク・アラモ、ミッシェル・トール、ストーン&シャルデン...)10数組で、ちゃんとしたオケを連れてツアーをする大規模懐メロスペクタクルですが、これが各地で満員大盛況。年々増強して2010年には全国50数カ所のゼニット級の大ホールを回るという規模にまで成長しました。
 それよりちょっと若い世代は、このエイティーズ版で対抗しようとしたのです。それは中高年向けFMラジオネットワークであるRFMが企画した"RFM PARTY 80"というツアーです。そのディリーモーション"RFM PARTY 80" を見ると、こちらは巨大カラオケパーティーのような趣きです。80年代はフランスではFM電波解放後の世代で、FM主導でヒット曲が生まれるようになって音楽が一挙に若返りした言わばFMポップの時代で、時期を同じくして始まったフランス初の公式シングルチャートTOP50に若いファンが夢中になっていた時代でもあります。その時期の一発屋たちがこのRFM PARTY 80に参加したわけですが、アレック・マンシオン(レオポルド・ノール・エ・ヴー)もその中にいたのです。アレックはこのエイティーズ・ファンたちの熱狂に驚き、なかば呆れ、その中でカラオケ人形でいることを冷静に受け止め、逆襲を準備するわけです。アレックはこのRFM PARTY 80 のツアー中に曲を書き、ツアーの間に、その同行メンバーとデュエットで録音してこのアルバムを作ったのです。
 ジャン=ピエール・マデール(「マクンバ」の人、トゥールーズ人)、デビュー・ド・ソワレ(「ニュイ・ドフォリー」のデュオ)、クッキー・ダングレール(「ファム・リベレ」のバンド)、プラスティック・ベルトラン(「恋のパトカー」の人、ベルギー人)、デジレレス(日本名ディザイアレス)、フィリップ・ラフォンテーヌ(「月夜のオオカミ」の人、ベルギー人)、エミール&イマージュ(ゴールドというバンドとイマージュというバンドの合同体。トゥールーズ人)、リチャード・サンダーソン(ソフィー・マルソー映画『ラ・ブーム』のテーマ曲の人、イギリス人)、サブリナ(「ボーイズ、ボーイズ、ボーイズ」のおっぱい女、イタリア人)、ジャン・シュルテイス(「コンフィダンス・プール・コンフィダンス」の人)...。これらの人たちとデュエットで、なかば自虐的パロディー、なかば80年代トリビュートのきわめてベルギー的諧謔のアルバムが出来ました。なお、制作費はインターネットでファン募金を集めての、604人の共同出資プロデューサーによって支えられたプロジェクトです。この604人の名前(登録偽名)はCD内ジャケットに印刷されています。ファンの方たちの暖かいご支援に支えられて、というわけです。こういう形で制作側と受け手側が直接の交流を持って音楽が制作されるということは、生産者/消費者のフェアトレード関係と同じで、これからどんどん増えていって欲しい「南北の対話」です。
 文字通り「北」の人、レオポルド・ノールです。ベルギー王国の初代国王レオポルド1世、2代目レオポルド2世、4代目レオポルド3世、どこかにいるレオポルド4世と続いていきます。アレック・マンシオンは中国や日本の「南北朝」を模して、「北朝レオポルド」(レオポルド・ノール)を僭称します。こういう王朝(日本風に言えば皇室)の茶化しというのは、まだ日本では難しいみたいですけど、イギリスやオランダやベルギーは結構平気ですよね。日本の雲上人もこのクラスまで民衆に近づいて欲しいものです。さてジャケ写をご覧ください。レオポルド・ノール1世の正装写真は右手でフライドポテトのおつまみになっている、というベルギー王そのもの、といった図です。タピスリーの紋章が巻き紙コーン入りのフライドポテトで、胸の勲章のひとつが小便小僧です。
 そして曲のひとつひとつが素晴らしい。トゥールーズの人、マデールとのデュエット「ブリュクセル=トゥールーズ」、まさに南北をつなぐ愛のメッセージのようです。ベルギー人にとって南とはオーステンドやその国境の南であるダンケルクやカレーみたいなところまでなんですね。それがトゥールーズとなると地球の裏側的な南に思えるわけです。
 このトゥールーズはフレンチ・エイティーズにおいてはヒット王国であり、土地の録音スタジオPOLYGONEから、マデール、ゴールド、イマージュ、アルトメンゴ、カゼロ、パシフィックなどが続々とヒットシングルを出しました。トゥールーズだけで「エイティーズ祭」みたいなものができそうな感じです。そういう意味ではフランスのエイティーズは、北都ブリュッセル(リオ、プラスティック・ベルトラン、テレックス、コンフェティーズ、ルー・デプリック...)、南都トゥールーズみたいなところがありましたね。
 東都ストラスブールのバンドだったクッキー・ダングレールは、今やその中心人物クリスチアン・ダングレールひとりでRFM 80 PARTYに出てますが、そのメガヒット「ファム・リベレ」(女性解放されたら女はつらいよ、みたいな最先端女性の嘆き節でした。クロワッサン世代の哀歌と言いましょうか)に敬意を表して、アレック・マンシオンは"Cette femme est un héros"(この女性は英雄である)というヨイショっぽい女性オマージュの歌を作りました。
 「恋のパトカー」のプラスティック・ベルトランには"4 LOVE"という、ナーナーナーナーナーと単音階ガナリをしていればいいようなタテノリのスピードポップで、本歌取りのパロディーです。どうしようもなく才能のないプラスティック・ベルトランとつきあうにはこの方法しかない、という感じです。
 地球規模のメガヒットだった"VOYAGE VOYAGE"の人、デジルレスはその後(ちょっと)変わった宗教に入信したり、極貧で生活保護を受けながらの生活をルポされたり、いろいろありました。今はこういう80'Sショーなどに元気に出演していますが、往年の歌唱力など望むべくもなく...。しかしこの人はその歌の通り「旅」と共にあるイメージで、道祖神の化身みたいな観音様顔です。そのイメージをアレック・マンシオンはそのまんま使って"TES VOYAGES ME VOYAGENT"(直訳すると「きみの旅は僕を旅させる」。今野雄二風に訳すと「きみの旅は僕の旅」)という車窓から景色が飛んでいくイメージが直撃する素晴らしい曲を作りました。私のこのアルバムの大好き3曲のうちの1曲です。
 ツアーということなのか、このRFM PARTY 80のどさ回りということなのか、このアルバムでは旅に関する歌が3つもあり、どれも秀逸。エミール・ヴァンデルメール(ゴールド)とイマージュが加わって歌われる"LES VACANCES EN FRANCE"(フランスのヴァカンス。フランスとヴァカンス sont des mots qui vont trop bien ensemble)はミッシェル・フュガン("Une belle histoire")とプジョー404というフランスの甘い追想の中の南下の旅で、ごきげんなFMロック。夏の民族大移動渋滞の中でカーステで聞け、と言わんばかりのずっぽりの曲です。
 イギリス人の分際で、フランス映画の主題歌(『ラ・ブーム』の主題歌"Reality"。なぜか日本題は「愛のファンタジー」というリアリティーのないタイトル)で全世界ヒットを放ったリチャード・サンダーソンは、これしかないので、アレック・マンシオンは茶化し攻勢で「ソフィー・マルソーの電話番号を教えろ」("Le numero de S Marceau")という歌を作ります。
 このアルバムの最高傑作は10曲め"ON SE FOUT DE NOUS!"(どう訳したものか。やつらは俺たちをバカにしている、俺たちはコケにされている、ということなんですが、怒りをこめて「バカにするな!」という感じでしょうか)です。共作&デュエット相手は、ジャン・シュルテイスという現役の(ジュリアン・クレールの)ピアニスト/パーカッショニスト/編曲家で、1981年に「コンフィダンス・プール・コンフィダンス」という1曲だけのメガヒットを放っています。この曲に特徴的なのは、音階の急降下、音階の急降下、次いで音階の階段上がり、というパターンを繰り返しているということです。誰もが一聴で記憶できそうなはっきりした音階パターンです。アレック・マンシオンはこのはっきりした音階パターンをシュルテイスから譲り受けて、全然「コンフィダンス・プール・コンフィダンス」とは違うメロディーなのに、音階昇り降りのマジックだけははっきり同じ、素晴らしいリフレイン部を作ります。そして歌詞が、上のタイトル訳でも垣間みれるように、大いなる怒りです。働く俺たちをナメんじゃねえ!です。Ras le bol!(ラルボル。うんざりだ!)です。政治家たちの美辞虚言へのラルボルです。このラルボルは、通りや車の中だけでなく、学校にまで広がり、挿入部で少女コーラスで歌われる「勉強のおかげで失われた大事な青春を返金しろ!」に至っては、そうだそうだ、もっとやれ!と拳を振り上げたくなります。バカにするな!ナメんじゃねえ!が、こんなにダイナミックで美しい音階メロディーで歌われたら、これは大合唱になって、この春のあらゆるデモ行進で歌い叫ばれるようになってほしい、と心から願います。これは新しい「モティヴェ!モティヴェ!」になってください。

<<< トラックリスト >>>
1. BRUXELLES - TOULOUSE (duo with JEAN-PIERRE MADER)
2. LE P'TIT WEEKEND (duo with DEBUT DE SOIREE)
3. CETTE FEMME EST UN HEROS (duo with COOKIE DINGLER)
4. 4 LOVE (duo with PLASTIC BERTRAND)
5. TES VOYAGES ME VOYAGENT (duo with DESIRELESS)
6. C'EST L'PRINTEMPS
7. LES VACANCES EN FRANCE (duo with EMILE & IMAGES)
8. LE NUMERO DE S. MARCEAU (duo with RICHARD SANDERSON)
9. TES SEINS MES 80'S (to SABRINA)
10. ON SE FOUT DE NOUS! (duo with JEAN SCHULTEIS)
11. CERTAINEMENT PAS (duo with IMAGES)
12. BRAVE BELGE
+ 2 GHOST TRACKS

ALEC MANSION "LEOPOLD NORD... ET EUX"
CD UNIVERSAL FRANCE / AKA MUSIC 3018130
フランスでのリリース:2010年1月25日


(↓)"TES VOYAGES ME VOYAGES" (duo with DESIRELESS)のヴィデオクリップ


(↓)"BRUXELLES - TOULOUSE (duo with JEAN-PIERRE MADER)のヴィデオクリップ

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