2007年12月30日日曜日

ジスカール=デスタン時代のお嬢さん



 パトリシア・ラヴィラ『全録音集 1973-1979』
 Patricia Lavila "Intégrale 1973-1979"


 歌詞の中に出て来る「ジョン・レノン」という名前にひっかかりました。お立ち会い、よろしいですか、この時代、ジョン・レノンは生きていたのですよ。ビートルズが解散して、ジョン・レノンは(普通のひとりの)ソロ・アーチストで、まだ聖人になっていなかったのですよ。ジョルジュ・ポンピドゥーが死んで、中道保守のヴァレリー・ジスカール=デスタンが48歳の若さで新大統領になったのが1974年のことです。ジスカール時代というのは、フランスが日本よりも10年ほど遅れてテレビがようやく一般家庭に定着した時期にあたり、レコードやラジオから生まれていた大衆的ヒット曲が、急激にテレビ主導型に移行していき、テレビからスター歌手が生まれるという現象が一般化していきます。テレビですから、容姿が良いこと、歌って踊れること、といったことが必須条件になるわけですね。クロード・フランソワとシェイラが急速に領土を拡張していった理由はここにあると言えましょう。
 大衆音楽のテレビショー化は別の言葉では「ヴァリエテ」の誕生となります。いまだに「ヴァリエテ」とはどういう音楽ジャンルなのか、誰もはっきりと言えないところがありますが、ウィキペディア(仏)はかなり明確に、20世紀後半にテレビ娯楽番組が普及させたさまざまな(varié)音楽のことで、アーチストは多くの場合事前にテープ録音された音に合わせて口パクするもの、と記述しています。狭義の音楽ジャンルとしてのヴァリエテとはそのテレビ用の歌と踊りの音楽である、ということになります。そのヴァリエテ創世記である60年代後半から70年代にかけては、そんなにヴァリエテに対する侮蔑的な意見というのは出なかったと思うんですが、「シャンソン」の人も「ロック」の人もこういう形でなければテレビに出られなくなっちゃった、というフランスのテレビの間口の狭さ(80年代半ばまでテレビ局は国営の3局しかなかったのです)が、あらゆる大衆音楽のヴァリエテ化という現象を招いてしまったのですね。それで80年代にFMが自由化されて、大衆音楽がヴァリエテでなくてもちゃんと表現の場を得られるようになってから、ヴァリエテ(この場合はテレビの口パク歌謡)がおおいに軽蔑されるようになるわけです。
 前説明が長いですが、ジスカールの時代はこのヴァリエテ全盛期です。ジスカール時代に絶大の人気を誇ったテレビ司会者が、ダニエル・ジルベールという女性で、「ジスカール=テレビ=ダニエル・ジルベール」はよく三題噺のタネになります。(そしてこのジルベールは81年のミッテラン当選後、テレビ界から消されてしまいます)。ヴァリエテ・テレビはクロード・フランソワ、シェイラというトップクラスの他に、ミッシェル・デルペッシュ、ジェラール・ルノルマン、ミッシェル・トール、デイヴ、イレテ・チュヌフォワ(Il etait une fois)、カレン・シェリル、ニコレッタ、アラン・シャンフォール、パトリック・ジュヴェなどをスターにしていきます。日本のアイドル路線に遠くない現象で、テレビでは録りの日の局の「出待ち」ファンたちが群がり嬌声を上げるという状態でした。マイク・ブラント、ジョー・ダッサン、沢田研二らもこの時代のど真ん中の人たちです。
 
 このパトリシア・ラヴィラは1957年、アルジェリアのオランで生まれています。父はフランス憲兵隊の隊長でした。パトリシアが5歳の時にヴィラ一家はアルジェリアを去り、リヨンに移住しています。そこで少女パトリシアはダンスと歌唱の勉強をみっちりして、中学・高校の文化祭の人気を一身に集め(そんなもんあるんかいな?)、いつしか土地の歌姫になってしまいます。それが功を奏して、73年にはバークレイ・レコードに届いたデモ・テープが社内に大反響を起こし、16歳で初のレコード録音をして、ヴァリエテ界にデビューしてしまいます。
 私は全くこの女性歌手を知りませんでしたし、聞いたこともありませんでした。爺がフランスで暮し始めたのがジスカール時代の最末期の頃だったからかもしれません。あるいはその頃テレビを見ても、熱心にヴァリエテを追いかけていたわけではなかったからです。またここで個人史的に考えて言えるのは、私のある音楽への興味の発端は「レコードから」と「ラジオから」という二つのパターンはあっても、「テレビから」ということはまずなかったということです。
 テレビ・ヴァリエテ時代の寵児であったらしいパトリシア・ラヴィラのバークレイ・レコード在籍時の全録音44曲(うち10曲は未発表録音)を収めた2枚組CDです。シャンソン復刻レーベルとして大変マニアックな仕事をしているマリアンヌ・メロディー社による初CD化になります。多すぎます。2枚組にしないで、編集ベストで1枚もので十分だと思います。そして旧譜復刻にしてはこの市販価格は高すぎます。コレクタープライスということなのでしょうか。しかしマリアンヌ・メロディーに多数の復刻依頼投書があった末のCD化ということがライナーノーツにも書かれてあって、コレクター市場で法外な値段で売買されているらしい彼女のレアなレコード盤のことを考えれば、旧ファンおよびセブンティーズ・ファンおよびヴァリエテ・ファンには目から涙の復刻であったようです。
 ここにあるのは、オリヴィア・ニュートン=ジョンとシーナ・イーストンとアバの同時代人です。全盛期のユーロヴィジョン・コンテストに見られた、どの国の出場者でも同じような満面の笑みと振り付けで歌われた、全肯定的(オール・ポジティヴ)なポピュラーソングのエッセンスがすべて詰まっています。パトリシア・ラヴィラの歌は、安定成長期セブンティーズのオプティミズムのすべてが詰まっています。失業もエイズもなかった時代のフランスです。歌のタイトル見ただけで楽観論が了解できます:「いつも恋はヴァカンス(L'amour est toujours en vacances)」,「あなたの心の小さな場所(Une petite place dans ton coeur)」,「365日が日曜日(365 dimanches)」,「ブルージーンとTシャツ(En blue jeans et tee-shirt)」,「いい天気,だから好きよ(Il fait beau et je t'aime)」,「1万人の男の子(cent mille garçons)」,「今夜はあなたのところにお泊まり(Ce soir tu me trouveras chez toi)」....。
 1年中がヴァカンスと恋であったセブンティーズ,そういうものは実際には存在しなかったのですが,ヴァリエテ歌謡の中ではそれしかなかった時代であったようです。夢のようです。ですからノスタルジーをそそるのです。存在しなかったものへのノスタルジーは,時代を共有しなかった若い人たちにも持つことができるのです。不滅のアバやカーペンターズを追いかける若い人たちの気持ち,わかってあげましょう。ひとつのキーワードはハーモニーです。70年代ほどハーモニーが重宝がられた時代はその前にもその後にもないように爺は思っています。調和の幻想と言いましょうか。そう言えば一家に一枚イ・ムジチ合奏団の「四季」があったのもその頃ではなかったかしらん。
 パトリシア・ラヴィラのような健康&安全ポップ・ミュージックは次の世代に否定されてしまう。それはジスカールが落選してミッテランが大統領になったというフランスの変化にもよるものです。国家統制テレビの匂いのするヴァリエテは,次世代の若者たちから忌み嫌われたのです。
 それが徐々に復権してくるのは,全世界的に散在する熱狂的なユーロヴィジョン・フリークたちのキッチュ趣味みたいなものが,インターネットの世の中に多くの奇妙なファンサイトによって伝播したからかもしれません。パトリシア・ラヴィラも(↓)のような強烈なファン・ブログがあります。題して『ジスカール時代のキラ星』!
La Star des années Giscard

 この73年から79年の足掛け7年にパトリシア・ラヴィラは13枚のシングル盤と1枚のLPをバークレイに残しました。その後も引退したわけではなく,CBSに移籍し何枚かシングルを出し,さらにVogueに移籍して1986年までレコードを出し続けます。人知れずですが。プライベートには,最初の夫がダヴィッド・アレクサンドル・ウィンター(オフェリー・ウィンターの父親。オフェリーはパトリシアの娘ではありまっせん)でした。二度の結婚で二児をもうけ,時は経ち,現在は二人の孫を持つ,幸福なおばあちゃん(50歳!)として暮らしているそうです。

<<< Track List >>>
- CD1 -
L'amour est toujours en vacances
Souris-moi et chante
Une petite place dans ton coeur
365 dimanches
C'est la première fois
Schlik schlak boom boom
Chante avec les oiseaux
En sortant du lycée
C'est bon d'avoir quinze ans
Te faire un peu souffrir
La chanson de nos vacances
Pense à moi
En blue-jean et tee-shirt
Pour toi c'est rien pour moi c'est tout
On se fâche on se quitte
Cent mille garçons
Ce n'est pas tout à fait ça
Mets tes bras autour de mon cou
Je n'ai jamais vu Jacques Brel chanter
A double tour à double coeur
Peut-être plus peut-être moins
- CD2 -
Paloma Blanca
Un garçon ça ne pleure pas
Il fait beau et je t'aime
Encore amoureuse
Ce soir tu me trouveras chez toi
Est-il heureux sans moi
Des larmes de musique
La petite fille qui pleurait
La nuit des Dieux
Made in paradis
Parle-moi
L'amour me va bien
Vis ta vie
La vraie vie
Et l'amour le reste du temps
Choisis l'amour
Chanson d'enfance
Parle-moi de toi
L'enfant blond
Devenir une femme
Je suis venue t'aimer
Je l'ai dit mille fois
Déclaration de paix déclaration d'amour

2CD MARIANNE MELODIE UN7882 (通販価格 24.90ユーロ)
フランスでのリリース:2007年2月


PS:youtubeにパトリシア・ラヴィラの73年ヒット「恋はいつもヴァカンス」(CD1の1曲め。L'amour est toujours en vacances)のテレビ画像を見つけました。超長髪にご注目ください。ドライヤーに2時間という感じでしょうか。
Patricia Lavila "L'Amour est toujours en vacances"

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